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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
2-30.J.B.(16)Children's Story(童話)
しおりを挟む───昔々、あるところに呪いによって野獣の姿に変えられた王子様が居ました。
野獣はその醜い姿により人々から疎まれ、嫌われ、忘れ去られ、隠れ潜むかのように屋敷に籠もって暮らしていました。
その呪いを解けるのは真実の愛───ただそれだけなのです。
[メズーラとジャンヌ]
◆ ◇ ◆
「おい、言っとくけど絶対にアタシが仕切るかんな。
価格交渉に口挟むなよ!?」
丁度俺の腰の辺りからドスの利いた声で言うのはハーフリングのブル。
「わーってんよ。
ただ、打ち合わせ通りだぞ。変に欲かいてボろうとかすんなよ?」
「しねーよ!
おめーなんかよりアタシの方が金のことなら分かってンだからな!」
酒樽二つを俺と鍛冶師の犬獣人マルクレイとでそれぞれ背負い、向かう先はシャロンファミリーが仕切る旧商業地区随一の店、『牛追い酒場』だ。
ここでふたつ、やることがある。
一つは、ボーマ城塞で仕入れた酒の売り込み。
イベンダーのオッサンが居ない今、「ドワーフの売り込む酒」という当初のプランは使えない。
もう一つは……それを利用した「もう一つの問題」の解決策。
さて、そいつが結構、厄介だ。
◆ ◇ ◆
「何これ、凄いじゃない。どーしたのよ?」
透き通ったその透明なヤシ酒を一口飲むと、マランダは溜め息混じりにそう感嘆の声を上げる。
「今は秘密だ。
が……まあ、最近ウチの仲間になったあるドワーフが関係してる……ってことだけは、教えておくぜ」
ちょっとばかり得意気な顔をして小声で言う。
嘘はついてないが、噂にするならこの程度にボカシでおくのが良い。
「……で、どうしたいワケ?」
いつもならもう少し引っ張って情報を取ろうとするだろうマランダが、今回はやや焦って食いついてくる。
この酒にはそれだけの価値はあるからな。
「アタシ等は、今後定期的にこの二種類のヤシ酒を卸すことが出来る。
こっちの樽の濁り酒の方と、もう一つの蒸留酒。この二種類をね」
濁り酒、つまり醸造酒の方ですら、マランダの店の自家製酒よりも美味い。
今までの酒の二倍の価格でも売れるだろう、というくらいには美味い。
そこには勿論、ヴォルタス家の連中の長年の創意工夫に加えて、原料としているヤシ樹液の質の良さ、山間の井戸水の性質もある。
ただ今回───いや、俺達が卸す酒にはさらに一手間、悪酔いせずスッキリと何杯でも飲めるよう工夫がしてある。
何か?
ピクシーの“魔法の粉”だ。
回復効果や浄化効果のあるピクシーの魔法の粉は、まずそのままでも効果があり、それを原料とした魔法薬にはさらなる高い効果がある。
そしてその粉を酒にちょっと混ぜておけば、悪酔いをしなくなるのみならず、気力体力も回復させる薬酒にもなる。
今回のこの二樽は、どちらもその、薬酒効果のあるヤシ酒だ。
悪酔いせず、二日酔いもせず、味も良くて何杯も飲める。
それが“シャーイダール印”の新しいヤシ酒。
……うーむ。ブランド名に関しては、一考の余地アリか。
「で、今契約を結ぶなら、二つほど条件がある」
「条件?」
「ああ。簡単なことだし、そっちにも得なことだ」
「ふーん……勿体ぶるわね。
良いわ、聞いてあげる」
探るようなマランダの目に射竦められ、少しばかり怯みかける。
とは言えこれは重要な条件。これが通らないと、次には進めない。
「まず、一つ。
今契約をするなら、最初の一樽は半額で卸す」
目を見開いてそれに応えるマランダだが、すぐにその驚きの顔を引っ込める。
「つまり……お試し、ってことね」
「その間にじゃんじゃん売って、客をがっちり掴んでくれりゃあね」
やや挑発気味のブルの物言いに、
「そうね。お酒さえ良ければ、客は十分に集まるわね」
マランダも負けじとそう返す。
負けず嫌いで意地っ張りなところのあるマランダには、おだてるよりは少し挑発するくらいの方が丁度良い。
「で、もう一つなんだけどな。
この店の馴染みの中で、貴族街に顔の利く奴らは、どのくらい居る?」
急な質問に、マランダはまた少しだけ眉根をしかめ、
「正確なとこは分からないけど、2、30人は居るんじゃない?」
「……うん、じゃあそいつら全員に招待状でも出して、新しい酒のお披露目会をしてくれ。
最初の一杯はタダで飲ませる、ってな」
それを聞き、マランダはようやくそのふっくらとした唇に笑みを浮かべ、ニヤリと笑う。
「……なるほど、ねェ。
じゃ、今日から3日間は、特別なお客様にのみ提供する、ということにするわ」
「おっと、その前にきちっとした値段と条件を決めないとな」
そうブルが意気込んで計算盤を取り出して交渉に入る。ここから先はお任せだ。
俺は席を立ち、事前の打ち合わせ通りマルクレイとブルを置いて移動する。
「……と、その前にもう一つ、ちょっと良いか?」
「あ?」
「ちげーよ、お前じゃねえし、取引とは別件だよ。
マランダ、いいか?」
「何?」
少しだけ耳元に口を寄せ、
「カストの野郎の居場所が分かった。
奴は貴族街に居る。
今回のこれも、そこへの誘い水にするつもりだ」
そしてマランダは、今度こそ心底愉悦に満ちた顔をして、
「そう……。続報待ってるわ」
と、笑った。
◆ ◇ ◆
牛追い酒場を出て、まずはガキ共の様子を見に行く。
曰く、昨日の今日ではまだ身体の調子は戻らないだろうけど、とのピートの言だが、少なくとも今日のジャンヌは痛みにのたうち苦しむことは無くなっている。
持ってきた食い物を適当に配り、床に集めてきたぼろ布を敷いただけの寝床の横に座ると、寝ていたのかと思いきやじろりと睨みつけてくる。
「ンだよ、起きてたんかよ」
「……テメェが騒がしくするから、目が覚めたんだよ」
「ぬかせ。いいから寝てろや」
しばしの沈黙。
「……で、どーなってンだよ」
「酒を牛追い酒場に卸す。上物のを、な」
「は? 何だそりゃよ?」
「けど、それより上物の、いや、特上の酒が一樽キープしてある。
牛追い酒場で新しく上物のヤシ酒が売りに出されれば、噂が噂を呼んで、貴族街のファミリーにも直ぐに伝わる。
そこで、連中の欲しがる特上の酒を持って、あちらに乗り込む」
「……どんくれーかかるよ」
「そればかりは、分からん」
カストが貴族街に居ることは、昨日のうちに半死人の情報屋、“腐れ頭”に確認を取っている。
貴族街に居る連中は、まず間違い無く三大ファミリーの何れかと関係する。
その一員か、または上納金を納める下部組織か、その家族か。
王国軍大使館関係者とかのごく少ない例外を除いては、だ。
その中で、今更わざわざ旧商業地区までやってきて人攫いなんぞをする奴が関わってそうなファミリーはどこか? と言うと、
「本命はクランドロール、次点がマヌサアルバ会、まずはなかろうってのがプレイゼスだな」
というのが“腐れ頭”の分析だった。
「根拠は?」
瓶に入れたヤシ酒の蒸留酒を渡して話を聞く。
「クランドロールは売春を一番の売りにしてる。
まあお前も知っての通り、旧商業地区でどこの勢力の庇護も受けてない、見た目の良い女をあらかた攫ってったのはこいつらだ。
連中は三大ファミリーの中じゃ一番の武闘派で血の気が多い。
攫われたのは、火傷で顔半分潰れた頭のイカれた小娘なんだろ?
普通はそんな女は使わない。
だが、“そういう趣味の客”からの特注がありゃあ別だ。
火傷の女とか、醜い傷跡のある女とか、或いは頭のイカれた女、てーな注文があって、カストが心当たりを探してこいと命令されて連れて行った……と」
……まあ、あり得る話だ。
「マヌサアルバ会ってのは?」
「トムヨイ達が上質の獲物を卸している、美食家サロンだ」
「食事処が?」
「ここはな、クランドロールと違ってえれえ紳士的だ。
今じゃ数少ない、元クトリア貴族の集まりだってえ話だからな」
「それが何で次点なんだ?」
「……ま、こいつはかなりの“胡散臭い”情報だけども、な」
そう前置きしながら、瓶ごと酒をぐびりと飲んで続ける。
「あくまで、噂。噂によると奴ら───“食う”らしいんだ」
何を?
「ニンゲンを、な」
「───何……だと?」
「美食が昂じて、か、放浪中に何かやっちまったのか、そもそもただの、タチの悪い噂にすぎないのか───。
たびたびその手の噂が出ては消え、してるんだよ。
まあ、胡散臭いってことじゃ、その噂以上にマヌサアルバ会の連中自体が胡散臭い。
滅多に外に出ないし顔色も悪い。その上顔を半分隠すような仮面を被ってて素顔を見せない。
それに、元クトリア貴族と言われるわりに、家名の復興をしようともしない」
今のクトリアじゃあ元貴族はかなり少ない。
滅びの7日間の後の混乱期で支配権を握った邪術士達は、真っ先に貴族や王族を殺しまくったという。
生き残った元貴族を主張するなら、むしろ今ならそれだけで強い立場に立てる。
場合によっちゃ、我こそクトリアの正統支配者なり、とも言い出せるワケだからな。
……もちろん、その分責任も敵もでかくなるが。
「で、最後のプレイゼスの連中は、道化と芸人と楽団を抱えた劇場だ。
歌い手やら演奏家なら欲しがるだろうが……火傷をしたイカれた小娘は……まあ、欲しがらんだろうさ」
王朝期には退廃的な文化が華やかだったという話だが、同時に多くの芸術文化活動も盛んだったとも言う。
特に演奏会や歌劇等は、貴族や富豪たちの間ではかなり好まれていたらしい。
“腐れ頭”の分析には、それぞれ頷けるものがある。
というより、貴族街内部のことなんざ殆ど知らない以上、疑う材料が俺にはない。
「……何にせよ、一通り当たってみねえことにゃあ分からんか」
「ま、俺の方でも当たれる情報は当たっておくさ。
また旨い酒持って来いよ」
「ああ、特上のヤツを、お前の分だけより分けておくわ」
で、それからアジトに戻って、貴族街三大ファミリーに繋ぎをつけるための方法をなんとか考えてきたわけだ。
「───何にせよ、おめーはここでだらしなく休んでろ。後のことは俺がなんとかする」
「糞が」
「おうおう、元気で大変よろしい」
実際ガキ共のリーダーとして、ジャンヌはかなり慕われている。
身体的にもボロボロで、ここ半年なんかはマトモに歩くことも出来ないくらいだったにも関わらず、ジャンヌの周りから去ったガキは殆ど居ない。
仕事を見つけて出て行った者や、死んじまった奴は幾らかは居る。だが、面倒を見ているガキの数は、増えることはあっても減る事はないくらいだ。
ジャンヌはそれだけ周りの人間をまとめる能力が高く、また用心深く知恵もあった。
それだけに、古馴染みのメズーラが攫われるのを守れなかった事に、忸怩たる思いがあるんだろう。
詳しい話は聞いてないが、ジャンヌとメズーラは王国軍が来る前の、山野で放浪生活をしていた頃からの関係らしい。
「本当に───」
今まで聞いたこともないようなか細い声で、ジャンヌが続ける。
「本当に、なんとかしてくれんだよな───?」
目を逸らし力もないその背中は、記憶にあった以上に小さく、か細くて華奢だ。
「心配してんじゃねえよ、生意気によ。
俺を誰だと思ってんだ? JBさんだぞ?」
ニヤリと笑っておどけるが、イマイチ反応も芳しくない。
「ピートが言うには暫くは痛みも続くらしいが、浄化された魔力が巧く循環しだせば、ひとまず身体の調子は前以上に良くなるらしいからよ。
ま、その後はまた、別の何かが色々と必要らしいけどな」
ジャンヌがああいう状態になっていたのには、いくつかの複合的問題が重なった結果だと言うが、その辺りは今関わり合う問題でもない。
一呼吸。俺は一呼吸置いてから続ける。
「しっかし、なあ~。
こういう、何つーの? 御伽噺? 童話とかでの話だとよ?
呪いで醜い野獣に変えられていた王子様だお姫様だー、なんてのはよー。
呪いが解けたら元の美しい姿に戻る……ッてのがお決まりだろ?」
やや間があってから、
「……んーだよ」
「野獣の呪いを解いたのに、やっぱ野獣のままでした、ってなーよ。
横紙破りも良いとこだろーぜ」
「……うるせェ、ボケ! 殺すぞ」
笑いながらジャンヌの悪態を後ろに聞き、俺は立ち上がり次へと向かう。
◆ ◇ ◆
「おお! なン……っと芳醇! なン……っと清廉!
すン……ぶぅわらしいですな、マランダ!
このサラディーノ、これほどの酒と巡り会えた幸運を、神に感謝いたしますぞ!」
伊達男を自称している遊び人のサラディーノが、やたらと大袈裟に騒ぎ立てる。
牛追い酒場の常連の中でも、酒好き、女好き、博打好きの見本みたいな男だが、口先と目利きには定評がある。
サラディーノが旨いと言う酒はやはり旨いし、サラディーノが売れると言ったものはやはり売れる。
それだけのものがあるくせに、本人全くまともに働くつもりがなく、女にタカるか借金塗れで追いかけられてるか。
実際俺もこいつに集金したのは二週ちょい前。
その頃は廃屋の隅に隠れて寝泊まりしてた癖に、もう羽振りが良さそうだ。
「なんだい、サラディーノ。伊達男の面目躍如じゃねェかよ?
一体どーしちまったッてーのよ?」
マグを掲げて乾杯しつつそう聞くと、
「おおー、我が友よ!
今の私にはね、幸運の女神がついて居るのだよ!」
そう言って示す先には巨大な雌牛……いや。
「あ、あら、お久しぶりですわね、ホホホホ……」
これまた事業を破産させ借金まみれだったハズの巨体のご婦人。
かつて俺に借金返済の代わりに、「未発見の古代ドワーフ遺跡の地図」を渡して来たイゾッタ婦人だ。
その巨体の肉をぶるんぶるんと震わせつつ、しかし右手のヤシ酒の入ったマグは手離さないで少しだけ身をすくめる。
「これはお久しぶりです、イゾッタ婦人。
確か婦人は、ご親戚の方の所へ出立した、との噂を聞きましたが、まだこちらにおいででしたか。
再会できて光栄です」
再び杯を合わせる。
「ははは! それが我が友よ、聞いてくれ!
君が私の所に来た日の夜、もはや進退窮まった私は最後の勝負に出ようと考えてね。
なけなしの入場税を払い、貴族街のプレイゼスの賭場へと行ったのだよ。
しかし元手となる資金に乏しい私の前に、この勝利の女神が現れたのだ!」
何とも芝居がかった物言いで、イゾッタ婦人を紹介するサラディーノ。
言われた婦人も何やらはにかんだように身体をくねらせ、
「あら、そんな、女神だなんて……」
と、頬を染める。
「資金の足りない私に、なんとも快く金貨を融通して頂きまして、そのおかげもあって見事大勝!
それでこうして、共に素晴らしいお酒を楽しめるわけですよ!」
言いながら、自分の二倍はありそうなイゾッタ婦人の肩を抱き寄せる。
「なるほど、それは正に女神としか言いようはありませんなあ、イゾッタ婦人?
しかも、事業に破産したという災難に見舞われていたというのに、残りの資産を賭けで膨らませるなど、並の者には出来ない豪胆さ!」
こちらもサラディーノに合わせて、大仰なジェスチャーを交えて驚いてみせる。
「やはり、“持っておられる”方は違う。
幸運も、素晴らしい異性とも、そして良き酒も、自然と出会い訪れる。
まさにイゾッタ婦人、あなたに会うために集まって来るかのようですなあ」
その言葉に、視線を逸らし口ごもりつつ、
「え、ええ……。そう言っていただけるのを、嬉しく、思いますわ」
と。
まあ、流石に本人も忘れちゃあいないだろう。
今のサラディーノの話が正しいのなら、イゾッタ婦人は手持ちの資金がまるでないからと大嘘を吐いて、得体の知れない“宝の地図”を渡しておきながら、その日の内にサラディーノと二人、貴族街の賭場でギャンブル三昧していたわけだ。
結果的にその地図は本物で、今はハコブを中心としたチームで探索を始めている。
巧く行けば小遣い金程度の借金返済なんかをはるかに上回る利益を得られるかもしれないので、今更騙されたと恨む気はさらさら無いが、ちょっとばかし意地悪を言うのはやぶさかでない。
「ま、それに……ここだけの話、ですがね」
ここで俺は声を潜めて二人に耳打ち。
「実は、今回のものよりさらに上質な熟成させた蒸留ヤシ酒を、用意することも出来るのですよ」
顔を寄せた二人は驚きと喜びを隠しもせず、口々にわめき出すがそれを制し、
「ただまあ、流石にこの店の客層には高価すぎる。
どこか……貴族街のお店で取り扱ってくれると、ちょうど良いのですがねえ」
さて、この撒き餌に一番に食いつくのはどのファミリーになるか?
その日のお披露目会では、6人程の“特別なお客様”に撒き餌をし、後は彼らがこの噂を貴族街で広めてくれるのを待つだけだ。
俺は美酒に「酔いすぎた」イゾッタ婦人が、サラディーノと共に二階の部屋を借りて「とても激しい休息」を取っているのを後目に、今夜の所はひとまずアジトへと戻ることにした。
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