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笑ゥ転生神~異世界スマホはチートでござる、の巻~中
しおりを挟む「あーあ。思ってたよりかショボい仕事だったなあ~」
帰りすがらそうボヤくカイーラ。
「なーんかさー。最近こう、戦いらしい戦いもしてねーし、腕が鈍っちまうぜ」
「鍛錬は大事よ。けどそれは安易な刺激のためにやるものではないでしょ」
「くぁーーー! 堅い! 堅いよ! 我が姉ながら堅すぎる!
な、そう思うだろ、ヤスタローもさ!?」
またもや二人の言い争いに巻き込まれる保太郎。このパターンはうかつな返答をするとまた面倒なことになる。
「ヤスタローさんはカイーラよりちゃんとしてます。
あなたのようないい加減な姿勢ではいずれ大きな問題に直面しますよ」
「うぇぇぇぇ、信じられん程に堅い!」
確かにリタは堅い。しかしカイーラはその真逆に何事もおおざっぱで適当過ぎる。正直二人を足して二で割るくらいが丁度良いんだけどなー、などと思っているが、それは口にしない。
「なーー、ヤスタロー!
ヤスタローだってこんなお堅いことばっか言ってる女より、アタシみたいな方が気楽で付き合いやすいよなーーー!?」
言いつつ腕を保太郎の肩に回して身体を寄せてくるカイーラ。
「何故そういう話になるの!? そ、それに、そんなにく、くっついたら、ヤスタローさんが歩きにくくて困っているでしょう!?」
右からカイーラ、左からリタと、全力で挟まれる保太郎。何だか雲行きが怪しいぞ、と思っていると、スマホがブルルと震える。
「あ、敵だ」
これもまたスマホアプリの索敵警報、邪魔者警報Jアラートの機能である。
Godglemap上に表示される場所へ向かうと、飾りのある高価そうな馬車と、それを囲む賊の群れだ。
賊は10人前後だろうか。多くは小柄で、数人ほど体格の良い者が居る。棍棒や斧、まれに剣で武装し、毛皮か皮の鎧、ボロボロの盾などを装備した姿は、典型的な山賊野盗という風体。
馬車の周りには数人の護衛らしき兵が居て、奮戦はしてるが数的に劣勢。中に一人だけやたらと動きの早い黒装束の者が居るが、全体としては並みの動きだ。
「おお、居たじゃん、はぐれゴブリン!」
カイーラの嬉しげな声で、保太郎はそれがゴブリンの群れだと分かる。成る程、実物はあんな感じなのか、と。保太郎は今までスマホの画像でしかゴブリン達を観たことはなかった。
「数が多い……。ここはまず私の弓とヤスタローの魔法で牽制し分断さ……せぇぇぇ~~~!?」
リタの分析と立案などまるで聞きもせず、カイーラは雄叫びをあげて走っていた。
「カイーラ! 待ち……」
止まったところでもう遅い。ゴブリン達の数人がすでに気づいて居てこちらへと向き直り身構え、数人は武器を振りかざしてこちらへ走り出している。
保太郎はカイーラの後を追いつつ、スマホの魔法アプリを立ち上げる。
使うのは水属性と土属性の複合魔法で、【泥濘(ぬかるみ)の生成】。
指定した地面の区画を大雨のあとのような泥濘へと変えて足を滑らせる。
勢いよく走り出していた最初の数人はそれで見事に転び、後続も不安定な泥濘に慌ててバランスを崩している。
その動きの鈍った群れへと矢継ぎ早に射掛けるリタ。カイーラは泥濘の前で方向転換し、回り込むように移動。
保太郎はそれに合わせて魔法アプリでさらに援護と追撃。
状況の異変に気づいた護衛たちは、ゴブリンの隙をついて反攻に出る。
篭手の拳を巧みに使い、攻撃を受けて流しカウンターに殴り飛ばすカイーラの動きは、他の魔獣や魔物相手の時よりも、二足歩行で人型のゴブリン相手の方が鮮やかで巧く決まっていて、保太郎は補助以外殆どやることが無いまま敵を無力化出来た。
始末がついて三人は、護衛の者達に礼を言われる。
「助力、感謝する。
我々は故あって旅路を急いでいたため少数だった。
貴殿等の助けがなくば危うかったかもしれぬ」
あー、来たな、ようやく来たな、貴族令嬢を助けて惚れられちゃう展開ね、と保太郎。
最近は「Webノベルならこういうときはこーだろ」みたいな思考もしなくなって来ていたのだが、ここまでお膳立てされてはそう思わざるを得ない。
しかし、
「貴殿等の名と逗留している宿等を教えて貰えれば、後程改めて謝礼を渡しに行く」
あれ? 貴族令嬢は?
等と思っている間に、さっさと支度をして去ってしまう。
なんだよ! イベントねえのかよ! と内心ふてくされつつも、村と街のそれぞれの宿と名前を教えておいた。
結果的にはぐれゴブリンの討伐も出来たし、それでこの件はまあ終わりかな……と、思いきや。
「……君は何だ」
「のおおおぉーーー、バレてしまったのにゃ!」
背後の木陰で何やら変な調子でそう返すのは、体のラインがあまり出ないタイプのぶかぶかで手首足首などを紐で締めたような黒装束姿。ぱっと見は判断つかないが多分女だ。
そして本人的には隠しているつもりなのか、覆面や装束の上からも分かるくらいに、尻尾と尖った耳がある。
尖った耳といってもフード………というか頭巾の上の方からはみ出ていて、動物のような毛に覆われている。
つまり、いわゆる獣人というやつだ。
「あー、あんた、馬車の護衛してた奴だろ?」
カイーラが指摘する通り、彼女は先ほどの護衛達の中で最も素早く動いていた覆面黒装束の人物。
「何のことだにゃ? マーは護衛なんかしてないにゃ。マーは密偵で忍者だにゃ。
そこの怪しげな男を追跡してたんだにゃ」
そこの、というのは勿論保太郎のことだ。
「……密偵が密偵だと自分で言って良いのですか?」
リタがもっともな疑問を口にする。
「しまったにゃ! 今のは秘密だにゃ! 聞かなかったことにして欲しいにゃ!」
全く秘密になってない。
「はァ~? 怪しげなっ……て、ヤスタローの何がどう怪しげなんだよ?
そりゃあ確かにめったにいねーよーな色男で強くて、性格も頭も良い奴だけどよ」
「そんなことは関係ないのにゃ。んにゃ、関係あるけど関係ないのにゃ!
コイツからは変な魔力のハドーが出てるのにゃ! 凄く変なのにゃ!
めちゃめちゃ怪しいのにゃ! あと名前も変なのにゃ!」
変な魔力の波動、と言われれば、それは間違いなくスマホからだろう。
あと名前は確かに日本人名をそのまま使ってるから変かもしれないが、恐らく一人称のマーという名前らしい奴に言われたくない、とも思った。
保太郎はこの自称密偵が何を考えているのかと訝しんだ。あの馬車の周りで護衛をしてたのは間違い無い。実際彼女の戦いぶりはすごかった。
しかし密偵を自称するにはぶっちゃけ間抜けすぎるし、変な魔力の波動とやらを調べようと言う理由も分からない。
そしてこれは助けた馬車の中の“偉い人”やらの命令なのか? つまりそれは……?
「……何にせよ、助けた後にこの様に探られる筋合いはありません。お帰りください」
普段以上に丁寧な態度でそう追い返そうとするリタ。
「にゃ!? それは出来ない相談だにゃ! マーはきちんと調べて報告する義務があるにゃ!」
「んだとてめー、しつけーぞォ!?
ヤスタローが迷惑すんだろーがよー!?」
かなりヤンキーかレディースの暴走族みたいな対応のカイーラ。
「分かったにゃ! 迷惑かからないようにもう少し離れて後をつけるにゃ!」
いや、そういう問題じゃないだろう……と思うが、しかし保太郎的には結構どうでも良かった。
「いいよ。探られて困るようなこともないし、特に害意もなさそうだし」
素っ気なくそう言うと、マーと言う彼女は
「ありがとうにゃ! 助かるにゃ!」
とか言いながら、確かに適度な距離を置いて木陰に隠れた。
かつて尾行、調査対象に尾行させてくれるお礼を言った密偵など居たのだろうか。
村までの道中、マーはしっかりきちんと尾行を続けて来た。
コボルト達の件と、その後のはぐれゴブリン退治について村長に報告し、一応の証明としていくつかの戦利品にゴブリンの耳を見せる。
ゴブリンの耳はエルフとも形状がやや異なる独特の尖り耳をしていて肌の色も暗緑色で特徴がある。なので倒した場合の証明としては、耳を切り取るというのが一般的だと言う。
状態の良かった武器防具類なども持ってきており、事前の取り決め通りの謝礼に、それら戦利品の買い取りで幾らかの報酬を得る。
ゴブリン達からの戦利品はひとまず村長の蔵に納められ、幾つかは適宜補修された後に必要に応じて行商人等へと売り払われる村の資産となるだろう。
屋敷で晩餐を頂いてから、再び番小屋を借りて休む。屋敷と言ったところで保太郎の感覚からすれば田舎の粗末な農家程度の建物だ。客間も番小屋も大差ないように思える。
翌日、それなりの収入に気の大きくなった保太郎とカイーラは、村人から聞いた話とスマホ検索から見つけたある場所へ行こうと言う話になった。
最初はリタも難色を示しはしたが、結局は折れて、半日ほど歩いて山間の宿へと着いた。
「にゃ、にゃ!? 何故おまえ達はそっちに行くのだにゃ!?」
もはや尾行どころか同行している自称密偵のマーがそう聞いてくる。
「何だよ、文句あんのかよ?」
「べ、別に無いにゃ! 聞いただけにゃ!」
「美容……いえ、健康と体調の保全に良いというからには、後学のため試してみる必要はあるとは思いますからね」
「いーんだよ。旨いもん食ってのんびり休めるっつーならそれでよ!」
たどり着いたところは所謂「温泉宿」だ。
この国では元々入浴文化が盛んで、大きな街には必ず公衆浴場があるくらいだ。
先ほどの村でも、街のものより小さめのものが設置してあったし、使わせても貰っていた。
衛生面もあるが、何より健康とリラクゼーション効果が求められ、また公衆浴場という場所自体がある種の社交場として機能していた。
で、温泉にはより高い薬効があるとも知れ渡っており、温泉の出る場所にこういった宿、保養地が造られるというのもここ何年かの流行なのだと言う。
「おっひゃー! すげえな、何だよこれ!」
そうはしゃいだ声をあげつつそのまま湯に飛び込むのはカイーラだ。
「ちょっと、やめなさいはしたない! あと、ちゃんと身体を洗ってから入りなさい!」
濡れて身体にぴったりと張り付く湯浴み着を押さえつつ、遠慮がちに入ってくるのはリタ。
筋肉質で引き締まりつつも適度に肉付きの良いカイーラは、保太郎の語彙で言えば「むっちり巨乳」系で、鍛えられつつもしなやかな痩せ身のリタは「くびれスレンダー」系。
この世界での価値観では、前世の日本よりも肉付きの良い事が女性の美の条件と思われているので、一般的にはリタよりもカイーラのスタイルの方が好まれる。
二人の態度の違いは、そもそもの性格のみならずそういう価値観からくる自信の差もあるのもしれない。
そんなことを考えている保太郎は、既にこの露天温泉の中。
混浴だ。しかも個室の貸し切り。
宿には大浴場もあるし、雑多に雑魚寝をする安い大部屋もある。
あと当然ながら大浴場は混浴ではない。
しかし今居るのはこの宿の中でも最高級の部屋の一つで、部屋に隣接した露天温泉まである。
部屋付きの温泉には別に男女の区別があるわけではなく、結果混浴に……て、いやおかしいだろ!? と、内心思わなくもないが、基本クールキャラを演じてる……というか、元々は単に周りへの興味関心の薄さからクールだと思われ、そう思われている内にそういう自分を演じるような流れになってしまっている保太郎としては、そんな事で慌てたり騒いだりは出来ない。
あくまで「や、別に女性との混浴なんて慣れてますけど、何か?」という顔をしたままだ。
当然慣れてなんか居ない。
というか、生前はただの学生かつほぼほぼ友達もいなかった保太郎は、こんな近くで半裸の女性と接したこともない。
湯浴み着とされるのは浴場で着られる薄い布地を紐でかるく縛ったようなもので、覆っている面積としては所謂ワンピースの水着に近いものが多いが、水着と違って濡れると完全にぴったりと肌に吸い付き透けて見える。
要するに、保太郎にとっては肉体的な生々しさがとてつもなく際立って見える格好なのだ。
特にカイーラの方はというとリタとは違いやたらと保太郎に絡んでくる。
いくら「俺、人間にあんま興味ないんで」な保太郎でも、こうなるとまた話は違う。内心はいっぱいいっぱいである。
勿論態度には出さない。
出してないつもりである。
出てるかもしれない。
「ふぅ~ふっふっふ、極楽にゃ~」
その保太郎の横で呑気にぷかぷか湯に浮かんでいるのはマーと名乗った例の自称密偵の獣人。
マーは保太郎が前世で暇つぶしに読んでいたWebノベルによくある「猫耳と尻尾のついた美少女」みたいなタイプではなく、かなり獣っぽい外見をしていた。
身体付きはほぼ人間だし、顔立ちは人間っぽい猫、叉は猫っぽい人間という感じ。全身を短毛種っぽい猫の毛で覆われていて、滑らかでしなやかな毛並み。
というか当たり前に全裸になり風呂に入る辺り、一体今まで何故ああまで頑なに覆面黒装束を貫いていたのか。
当たり前の顔で同じ部屋に泊まって居るが、何故そうなったのかと言えば、そもそもこの高級個室を取れたのがマーの口利きによるからだ。
保太郎達には元々こんな高級個室を取るつもりはなかった。雑魚寝の大部屋は流石に取らないが、中の下くらいの個室をとり、大浴場に入れれば……との予定でいた。
それが実際に来てみたところ、先入りしたマーが宿の人間と何事かを話していて、いつの間にやらこの部屋に決まっていた。
「あなた、この宿の常連か何か?」
「もう何度も来てるにゃ! 温泉は超最高なんだにゃ! お前らにも味合わせてやるにゃ!」
「おい、奢りか!? 奢りだよな!? こんなすげぇ部屋の宿泊料払えねーぞ!?」
厳密には払えなくもないが、今後の生活が立ち行かなくなる。
そしてマーの言う通りに温泉は最高だった。いろんな意味で。
保太郎達は数日温泉でまったりとしていた。
早く新たな仕事をしなければ、と言うリタではあるが、マーのお陰で高級個室をただで借り続けられている為ついつい長居してしまう。
その日もゆっくりと湯に浸かった後に部屋でのんびり食事をとる。食事も部屋代と込みで、長椅子、ソファに座ったり寝そべったりしながら食べる。旧帝国貴族風の食事スタイルだ。
羊や鶏のスパイシーローストに生ハムとチーズ、シンプルな蒸し野菜。インドのナンに似た薄焼きのパンに様々なフルーツという、オーソドックスなメニューだが、味は良い。
保太郎も魔晶石のストックを増やさねばとは思いつつも、女性二人と……あと一人の獣人とだらだら混浴する日々に浸りきっている。
温泉のおかげでか精神的にもかなりゆるくなり、初めから全裸上等なマーはもとより、密着度の高かったカイーラに、三人の中では最も常識的だったリタまでもが、かなりのラッキースケベ状態を日々露わにしてきてくれた。
これは既にもはやハーレム状態と言って良いはずだ、とは思いはするが、かと言って巧いこと手を出そう……とか考えてそれを実行出来る保太郎ではない。いくら見た目が良くて実力派で魔法のスマホというチートアイテム持ちでも、中身はただの高校生にすぎない。
保太郎に出来たのは、一見電子機器だが魔法のアイテムである異世界スマホを温泉に持ち込んでの隠し撮りくらいである。
そんな風に数日を過ごしていると、保太郎一行の部屋を客人が訪れる。
「先日の件でお礼に参りましたわ~」
お礼参り……ではなく本当のお礼だ。
妙にのんびりした調子で従者を連れた若そうに見えるご婦人。細面で柔和なたれ目の顔立ちは、おっとりとした品の良さが感じられる。
「おおー、来たにゃ!
こいつのことはマーがしっかりと見張ってたにゃ!
今のところは問題ないのだにゃ!」
寝転んで鶏もも骨付き肉をかじりつつマーが言う。
部屋に来たのは例の馬車の護衛とその主と思われるご婦人だ。
自称密偵でありながら速攻で尾行がバレ、その後はほぼ同行者としてつきまとっていただけのマーに一体報告できる何があるのかは疑問だが、ともあれマーによる身許調査では合格のようだ。ほぼ温泉でだらだらしてただけだが。
「え? マジでコンティーニ将軍の?」
「カイーラ! 言葉を改めなさい!
失礼しました、奥方様」
二人が驚き恐縮するのも無理からぬ。
保太郎達が助けたのは、この国では英雄と呼ばれているリッカルド・コンティーニ将軍の12歳になる娘エレナ・コンティーニであり、今来たこのご婦人がその母でありリッカルド将軍の夫人のラーナ・コンティーニだからだ。
神pediaによるとリッカルド将軍は二年ほど前に起きた“血の髑髏事件”に端を発するクトリア邪術士討伐とやらで功名を成し新貴族となった新進気鋭の時の人。
要するに「超有名人」だ。
そしてこの温泉宿を経営してるのも実はコンティーニ家で、保太郎達が高級個室を借り切れたのも常連客のマーによる口利きではなく、奥方であるラーナによる口利きだった。
これは偶然……というよりは当然の成り行きで、保太郎達が馬車を助けたときに向かっていたのがこの宿で、あの村の近辺で貴族が向かう場所など有名な保養地であるここしかない。
この地へ向かおうとしたときにマーが変に慌ててたのも、身元確認のとれる前にバッティングしてしまう可能性があったからだ。
「夫はお二人の父上であるエリスとも懇意にさせてもらっていますのよ~」
鷹揚とした、というか、のんびりとした口調の奥方のラーナ夫人はそう笑いながら言うが、カイーラもリタも父親についての話はしていない。保太郎に対しても、だ。
なのでこっちに張り付いていたマーとは別の誰かが、この数日でカイーラとリタの身元確認を済ませてきたと言うことなのだろう。
しかし……。
「こちらのヤスタローさんも戦団の方なのでしょうか?」
そう問われても保太郎としては戦団とやらを知らない。
「あ、いえ。ヤスタローは違います。以前私達も助けてもらった事があり、それ以来の道連れです」
リタとカイーラにしろ、このコンティーニ家の馬車の件にしろ、保太郎からするとかなり「テンプレ通り」なイベントだ。
今回の件にしては、一度助けたという後にこちらの身元確認という一手間が入りはしたが、結果からすれば想定通り。
ただラーナは貴族の奥方で、その娘はまだ顔を見せていないが12歳というからまるっきり子供。前世の保太郎は高校生で、その感覚からすれば12歳は小学生。年齢が近い分余計に「子供」という感覚が強くなる。
この世界の一般的な成人年齢は15歳で、リタとカイーラもその年齢、つまり成人したて。立派な肉体を持って転生した保太郎も、恐らくそんなものだろう、と自分では思っている。
貴族ともなれば政略結婚が基本というこの世界では、12歳で婚約なんてのもそりゃ珍しくはないが、かと言って保太郎が12歳のエレナ相手にどうこうというのはおかしな話だ。
───等と言うことをぐだぐだ考えているのは、勿論保太郎が前世のWebノベル的観点で「このテンプレの場合、エレナちゃんハーレムインするよな? けど12歳をハーレムインとかって、リアルに考えるとかなりヤバくね?」という所からだ。
人間にあまり興味が無く、ネットを通じたバーチャルな生活に浸かっていた頃は気にもしていなかったが、異世界で生身の人間……や亜人等々と関わることが増えた事で、その辺りをむしろ意識する様になってきている。前世ではなかった事だ。
それに、実際この世界の人間の身体的成長度は前世の日本より遅い。
成人してる者達も体格に優れた者はそう多くはないし、12歳なんてのは10歳以下くらいに見える。社会的には成人してるリタとカイーラも、前世の感覚で言えば女子中学生くらいに感じる。前世年齢が男子高校生な保太郎的にはそのくらいなら「だいたい同年代」な感覚でさほど問題無いが、流石に小学生低学年くらいに見える女子に性的な妄想は抱けない。
ついでに言うと、体型“だけ”ならば全体にほっそり小柄なラーナ夫人よりも獣人のマーの方がむっちりグラマーだ。あまり関係ないが。
と、傍目には「変に出しゃばったり、武勇伝自慢をしたりせず神妙な顔つきで控えている」ように見える保太郎の頭の中は、こんな感じであった。前世より他者との関わりについて考える事が多くはなったとは言えこの程度ではある。
「それはそうと、先日の馬車でも少ない供の者でかなり急いでおられたようですが」
保太郎の内心とは無関係に場の会話は続いていた。
リタ達の戦団とやらが何かは知らないが、直接の面識はなかったとは言え縁はあるからか、細かいことにも話題は及ぶ。
「ええ、それなんですけどもねェ~……」
あまり緊張感の感じられないラーナ夫人によると、ここへ来た理由は療養で、娘のエレナの具合が長らくよろしくない事からだと言う。
原因がはっきりせず、微熱と倦怠感が続きときおり痛みがある。
症状自体は重篤ではない。ただそれが数ヶ月前から徐々に起きて長引いて居るのだという。
「え? もしかしてヤバいやつ?」
「いえいえ、それほどでは無いのですよぉ~。
でも今はエゼリオも居ないし、大事をとってるので」
柔和な笑みを崩さずにラーナ夫人が言う。
エゼリオというのはコンティーニ家の長男で、光魔法に特性を示し神官騎士として修行中の身なのだという。
この世界には属性ごとに様々な回復系統の魔法があるが、光魔法は特にそれらに特化された魔法が多い。エゼリオが居れば長引くこともなかっただろうが、あいにくそうではない。
リタはあまりに不躾なカイーラを後ろでつねり、つねられたカイーラは無言でリタを睨む。
保太郎はというと、聞きながらこっそり弄っていた異世界スマホで検索をし、その症状から幾つかの見当をつけていた。
「あのー、奥方やリッカルド将軍にはその症状はありますか?」
「いいえー、エレナだけなのよー」
感染症は違う。
「どこか彼女だけで旅に出たり、滅多に行かない場所へ行ったりとかは?」
「あの娘は余り外には出ないのよねえ」
風土病の可能性も薄い。
「食事や飲み物の偏り等は?」
「あら、ご存知なのかしら? 最近東方のものを取り寄せてますのよ」
特殊な食事、食材……寄生虫や菌類?
「でも私も食べてますのよ~。変わった風味ですけど、なかなか美味しいの~」
……なら違う、か。
「ヤスタロー、何か分かりそうか?」
脳天気に、というか多分特に何も考え無くカイーラがそう聞く。
分かるかな、とも思ったが、今の所検索で調べた症例で当てはまるものはない。
後は───。
「直接お会いする事は出来ますかね?」
護衛の男やお付きの従者が色めき立ったが、その空気の変化を読みとれるほどには保太郎も世慣れてない。
ラーナ夫人は保太郎の後ろに居たマーと視線で会話しているが、それにも気が付くことはない。
「お、それなら分かりそうか?」
同じく空気を読まないカイーラがそう続け、リタは慌ててそれを止めようとする。
保太郎辺りが現代日本人感覚で持っている中世ヨーロッパ風世界のイメージと比べると、この世界の……いや、この国の貴族と市民との垣根は高くはない。
元々帝国の前身は共和国で、帝政となってからも長く元老院による合議制の政治体制が続いており、貴族達も荘園や鉱山などを所有し経営することで財を成している者がほとんどで、今の王国でも地方を領主が統括する封建制ではない。一部の辺境伯等を除いては、だが。
それに軍人であり英雄のリッカルド将軍が新貴族として新たに貴族位を得るなど、貴族というもの自体、ある種の名誉を現す称号のような意味合いの方が強い。
しかしだからこそ、初対面で新貴族であるコンティーニ家の奥方やその娘のエレナにあまり不躾な態度で接するのは、「新貴族“だから”軽んじている」と受け取られる可能性もある。
リタとしてはそれを避けたい。
しかしラーナ夫人は相変わらずののんびりした口調、態度で、
「そうねぇ~。加減の良いときがあれば、改めてお礼を出来るかもしれないですわね~」
と言いながら笑う。
新貴族だから、なのか、元々の彼女の気質なのか、なんとも呑気な対応だ。
そんなことは気にもせず、保太郎はこの新規クエスト攻略の為にスマホをどう活用するかを考えている。
先ほど使ったのは“異世界医学”のアプリ。異世界、と名付けられているのは主体がどこなのかと疑問に思えるが、このスマホはあくまで保太郎用にカスタマイズされたものなので、あくまで「この世界に転生する前の保太郎」の目線なのだろう。
現時点で重篤ではないとは言え、症状が長く続いていて、それが徐々に重くなっている、と言うのがポイントだろう。
貴族だからこそ気付けた、とも言えるが、平民なら「最近ちょっと怠い」くらいで無理に働き続ける、ということになり易いだろうし、その分症例のデータとしての蓄積が少ない。
この世界の医学、医術の範囲ではなかなか見つからない。
夫人と別れてからもあれこれとスマホで調べていた保太郎は、そこで視点を変えてみることにした。
そしてその結果が、まさに大正解だったのだ。
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