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笑ゥ転生神~異世界スマホはチートでござる、の巻~上
しおりを挟む「転生……ですか?」
「はい、転生ですよ」
そう言われて、須磨保太郎(すま・やすたろう)は軽く眉根をしかめる。
あくまで「軽く」だ。
「おや。あまり驚かれないようですねェ」
保太郎と相対している全身黒ずくめの男はというと、その大きな目鼻立ちをした肉厚な顔の表情を変えることなく続ける。
黒い男だ。黒いフェドラーハット、黒いスーツ、柄付きの黒いネクタイ。
肌の色だけは妙に色白で、まるで禁酒法時代のマフィアを彷彿とさせる不穏な出で立ち。しかし大きな顔に人形のように変化のない表情を張り付かせ、達磨みたいな丸々ふっくらとした体つきは、不気味さと滑稽さをちょうど足して半分にしたかのようだ。
その二者が向き合っているのは四畳半一間の古い昭和な一室。小さめのこたつがあり、かごに入ったみかんがあり、アンテナのついたモノクロのブラウン管テレビでは何故かプロレス中継。音は小さいが賑やかしい。
「まあ、実感がないと言えば実感が無いですし、あなたの言うように本当に僕が死んだというのなら、今更慌てたり騒いだりしても意味無いですしね」
保太郎はそう無感情に返答する。そしてそれは虚勢でも嫌味や当て擦りでもなく、保太郎の偽りなき実感であった。
気が付いたらこの四畳半一間で、ぬくぬくとこたつに入り、黒ずくめで顔の濃い腹の出た男と向かい合い座っていた。
それから男は、保太郎が不慮の事故で死んでしまったことと、別の世界へと転生することが可能であるということを告げる。
態度も丁寧で礼儀正しく思えるものの、やや慇懃すぎる男の言い分は相応に胡散臭く、普通に聞けばただのイかれた戯言でしかない。
それをこうもあっさり受け入れる保太郎とはどんな器の大きな人間なのか?
答えをここで言ってしまえば、「自分を含めた人生そのものにあまり興味のない男」であった。
「いやはや、あなた、かなりの人物ですなあ。
たいていの人は、自分が死んだなどと指摘されれば取り乱すか相手の正気を疑うか、現実逃避をするものです。
あなたのように泰然自若、落ち着いて自分の死を受け入れるような人は、そう多くはありません」
黒ずくめの男はそう感心したかに目を閉じて頷く。
なんとなく誉められてることは分かるが、当然保太郎にはピンと来ない。
「それにあなた、自らの命をかけて人助けをなさった。
本当に希有なお方ですよ」
これも、保太郎にはよく分からない。
保太郎の死因は、「歩きスマホをしてて車に跳ねられる」というものだ。
実感はない。死んだ瞬間を覚えてないのだ。
なんとなく覚えていることを並べて繋げると、歩きスマホをしていてつまづいてしまい、その際に誰か……小さな子供を蹴飛ばしたような気がする。
たまたま蹴飛ばしたその子供が、たまたま車にひかれる寸前で、蹴飛ばしたことでたまたま助けた形になり、そしてたまたまその子供の代わりに車にひかれた。
実際はそんなことなのだけれども、保太郎はその辺りを何も覚えてない。
「はあ、まあ……」
なので、こんなぼんやりとした返事になる。何を言ってるのだろうかこの黒ずくめのおじさんは? という感じだ。
「それでですな。
そんな貴方に、ご希望する望むような転生の仕方をさせてさしあげるか、特別な力を差し上げたりしようかと……そう思ったわけなのですよ。
最近は何ですかな? チート……とか、そんな言い方をするのでしたかな?」
「あ、じゃ、スマホで」
即答である。
異世界転生してチート。保太郎のよく読むweb小説にあがちな展開である。
そして保太郎はいつも思っていた。
異世界とか転生しても、スマホなくちゃヤバくね? と。
保太郎にとって、スマホの無い人生は考えられない。
どこに行く? スマホで検索。
調べ物? スマホで検索。
何か暇だなー。スマホで動画かweb小説でも読む。
買い物もスマホ。店の評価も商品の評価もスマホで確認。
スマホの中には全てがある。何をするにしてもスマホが必要だ。
「ほう……。スマホ……ですか?
さすが、面白いことを言いますなあ」
またも感心されるが、面白いも何も当たり前のことだ。
「あ、その異世界がどんな世界か分からないけど、その世界でちゃんと使えるスマホじゃないと意味ないんで、そういうのは出来ます?」
スマホの本体のみがあっても意味はない。機能がきちんと備わってこそのスマホだ。ネット環境も含めての。
「転生先は所謂『剣と魔法の世界』とでも言うような世界ですな。
そこには魔法もありますし、あなたの世界のハイテク機器をも超える魔法の道具も製作可能です。
そうですね、あなたの世界のスマホの機能を、その世界の魔導技術をベースに再現し、それ以上のものにしてさしあげましょう」
黒ずくめの男はそう言って、黒スーツの内ポケットへと手を入れると、保太郎の持っていたスマホにソックリなスマホ……いや、魔法の道具を取り出した。
「これ……ですか?」
見た目には今までのスマホと何ら変わらない。
触ってみた感触も全く同じ。
「出来るだけ手に馴染んだものを再現してみましたが、如何でしょうか?」
再現も何も、全く今まで通り。細かな傷や汚れ、塗装剥がれまで今までのものと同じ。これが魔法の道具なのだと言われても、出来の悪い冗談にしか思えない。
「おお、そうでした。
先ほども言ったように、これは魔法の道具なので電気ではなく魔力で動きます。
ですので、決して魔力の補充を切らさないでくださいね。
約束ですよ───」
保太郎がスマホを手にして確かめていると、不意に辺りが暗くなり、同時に意識も遠のいてゆく。
そこで初めて、保太郎は自分が本当に死んだのだという実感を得た。
◆ ◇ ◆
意識を取り戻したとき、そこは古代の遺跡のような場所だった。
石造りで古びており、薄暗く埃っぽい部屋の中。
手にはスマホ。つまりは例の黒ずくめの男の言うとおりに転生をしたのだろうか?
周りを見回すと、壊れた金属の破片が散乱している。金属は鈍い金色で、一瞬黄金の塊かとも思うが、なんとなく違うような気がした。
円形のホールのような部屋の中央に台座のようなものがあり、小型の宝箱が開いている。
そして保太郎の手にはスマホ。
保太郎のよく読むweb小説での転生では、生まれたばかりの赤ん坊になるか、自分自身が若返ったような新しい肉体を与えられての転生というのがよくあるパターンだが、保太郎が自分自身を見てみると、鎧を着て剣を腰に吊した、まるで冒険者のような出で立ち。
テンプレ的には転生すると冒険者になるのだが、フル装備の冒険者として転生するというのはなかなかに珍しいパターンだな、と思う。
保太郎はふと思い立ち、スマホを開いてカメラアプリを立ち上げる。
自撮りモードで自分の姿を映し出すと、元の自分とは似ても似つかぬ偉丈夫が居た。
「うわ! 誰!?」
思わずそう声に出してしまうが、よくよく見るとなかなかのイケメンだし、似ても似つかぬ……という程ではない。
黒髪黒目で、元々の典型的日本人ののっぺり醤油顔からすればかなり濃いめの彫りの深い顔立ちだが、保太郎自身決して不細工ではなかった。
平凡と言えば平凡。けれども子供の頃には「まるで女の子みたい」なんて誉められる程度には整っていた……と、思う。
その「平凡だがそれなりに整っていた」保太郎の純和風弥生顔を、この世界の───というか、西欧人的な彫りの深い顔立ちへと変換させれば、なるほどこういう顔になるのかもしれない。
長い髪を後ろで軽く纏めていて、やや面長で大きめの目尻が下がった垂れ目。優男とでも言える柔和な面差しだが、弱々しさは感じられない。
様々な角度を自撮りして確かめていく内に、保太郎は今のこの体への違和感はあまり無くなった。
元より、保太郎は自分の身体や外見にはあまり興味が無いのだ。
それから軽く体を動かしてみると、思った以上にスムーズに動き回れる。正直、へろへろのもやしっ子だった前世の保太郎からは考えられないくらいに身体能力はアップしていた。
身体頑強で、すらりとした筋肉質。柔軟性もあり俊敏。かなり鍛えられた戦士、という感じだ。
なるほど、これも転生特典か。保太郎はそう納得する。
スマホの機能を使えるだけでは、『剣と魔法のファンタジー異世界』ではどんな不測の事態に陥るか分からない。
そこで、あの黒ずくめの男は「この世界の人種に近く、身体能力も高いイケメン痩せマッチョ」な肉体を作り出して転生させてくれたのだろう。
しかも、冒険者としての装備付きで。
自分自身にすらあまり興味のない保太郎があまり考えていなかった所なので、そういう意味ではサービス満点だと言える。
しかしこの周りの状況は何なのだろうか、とも思う。
転生した直後に襲われたのか? にしては何者かと戦ったり倒したりした記憶もない。
というか周りのこの鈍い金色の残骸が何なのかもよく分からない。
手に取ってみると、硬くて重い。本当に金なのかな? 等とも思うが、まあよく分からない。
色々考えもよく分からないと言うことしか分からないので、保太郎は考えるのを止める。
そして徐にスマホを手に取り、「金色 金属 遺跡 残骸」等と、思いつくキーワードをパパパッと打ち込み検索。
元の世界のネットに繋がっていたとしたら答えはでないだろうが、ものは試しだ。
そしてそのお試しは大成功。検索結果からなんと、「古代ドワーフ遺跡 ドワーベン・ガーディアン」等と言ったそれらしい単語が表示される。
古代ドワーフ遺跡というのは、呼んで字の如く、古代のドワーフ達の遺跡だ。
そしてその遺跡によく存在している、鈍い金色のドワーフ合金という特殊な魔法金属で作られた機械仕掛けの自動人形を魔力で動かすゴーレムとしたものが、ドワーベン・ガーディアンと呼ばれる遺跡の守護者達。
それらの詳細情報は「神pedia」と名付けられたらページに諸々記載されていた。うーむ、確かに「スマホっぽい機能のある、この世界にあわせた便利な魔法の道具」になっている、と感心する。便利だがこの名前ちょっと間抜けだな、とも思ったが。
それから「Godgle map」というアプリを使うと、この遺跡の地図から近くの街までの経路を表示。歩いて半日は結構面倒だなあ、と思いつつ、使えそうなものや価値のありそうなものを拾ってから保太郎は移動を開始した。
◆ ◇ ◆
遺跡のあったところは深い森の中であったが、そこを抜けると広い草原と疎らな木々のある平地。
Godgle map で順路を探すと石畳の街道にでる。なかなかインフラの整った世界のようだ。
新しい身体はかなり体力があり、スマホの時計で三時間ほど歩き続けてもたいして疲れを感じなかった。
勿論疲れてはいる。しかし保太郎の前世の感覚からすれば、これだけ歩き続けていたらへろへろになって座り込んでいるのが普通なのだ。
水やちょっとした食料も持っていたし、時々休息をとりつつ神pediaでこの世界の情報を検索していく。
そうするとこの世界は正に『剣と魔法のファンタジー』とでも言うかのような世界で、エルフにドワーフ、獣人に魔物と、まるでwebノベルにあるような世界だな、と感じられた。
ただ色々と残念なこともある。
一つは、この世界では一般的な異世界もののノベルに比べると、魔法が簡単には使えない、ということだ。
所謂人間という種族はこの世界ではかなり魔法への適性が低い種族らしく、初歩的な魔法ですら使えるようになるのは10人に1人居るかどうか。
その中で魔術師と呼ばれるようになるほどの使い手になるのはさらに少ない。
保太郎も「とんでもない魔力量を誇り、全属性魔法を自在に使える!」などという都合の良い無双チートまでは得られていないようだ。
しかしものは考えよう、でもある。
魔法の使い手が少ないと言うことは、魔法のスマホアプリが使いたい放題の保太郎は、それだけでかなりのアドバンテージを持っていることになる。
調べ物も簡単。道順もすぐ分かり迷うことはない。その上色々なアプリを調べてみると、実は魔術を直接行使できるアプリまで有ることが分かった。
まるで魔法のような、ではなく、魔法そのものを使えるアプリ。
魔法アプリを立ち上げると、選択した魔法が実際に使えるのだ。
これ、結局は魔法が使えるってのと同じじゃね?
保太郎はそう考え、幾つかの魔法を試してみる。
すると、スマホから火炎が飛び出し、また光り輝いて暗い道を照らしたりもする。
そうして、町へと向かう道すがら、馬車に乗った人々が狼のような獣の群れに襲われているのを軽く撃退し手助けしてやると、お礼にと町まで乗せてくれた。
それからもう一つ残念なことは、この世界には所謂「冒険者ギルド」というものが無いらしい、ということだ。
そうなると、web小説にありがちな「入っていきなり高ランク魔物を狩って受付嬢に驚かれる」みたいなイベントは出来ない。
いや、出来なくても何も困らないし、そんな手垢の付いたつまらないエピソードをわざわざやる必要は何も無いのだが、とは言えこの世界に着たばかりで頼る伝手も何も無い自分にとって、web小説のような誰でも入れて仕事も受けられる冒険者ギルドは保険にもなるだろうと考えていたので、少々当てが外れた気もする。
そんなことを考えつつ馬車に揺られて町へと着くと、入り口で検問のようなことは受けるがさほど問題なく町へと入れた。実際には入場税を払うことにはなったのだが、手持ちのお金で十分払える額だったのだ。
時間は夕方になり始め。
町はそれなりの規模のようで、城壁に囲まれた城塞都市というものだった。
建物は石造りの土台に木の梁と柱に土壁といった感じで、保太郎の中にあるぼんやりとした「古いヨーロッパっぽい町並み」を彷彿とさせるが、保太郎は海外旅行になど行ったことはない。テレビか、せいぜいスマホを使ってネットで見た画像か、もっと言えば「ゲームで見たような気がする」くらいの感覚である。
ある路地の近くを通りかかると、いかにもという風体の、人相の悪いチンピラ達が、ソックリな顔立ちをした美少女2人に難癖を付けていた。
厳密には難癖……というか、いかにもという風体の人相の悪いチンピラ達に、2人の美少女が文句を付けていたのだがその辺はあまり興味もないしどうでも良い。
保太郎は、「あ、これ、webノベルでよくあるイベントじゃね?」と思い、介入してチンピラ達を撃退。美少女2人に感謝をされて、手頃な宿屋も教えてもらった。
宿に部屋を取りその2人と夕食でも、という段になって灯りの元で改めて見てみると、美少女というのは過剰な表現だったような、と保太郎は思った。
実際のところ十分以上に整った顔立ちなのだが、保太郎は元々自分にも他人にも余り興味が無い。
なので前世でも現実の人間と接したりよく観察したりする事が無かったため、頭の中にある「美少女の基準」が、ネットで見かけるアニメやラノベのイラストなのだ。生身の人間ではない。
2人は姉妹だと言い、リタと名乗ったほっそりとした姉の方は弓使いで、シャープな顔の作りで濃い茶色の髪の一部を後ろ頭頂部で纏めている。
表情に乏しく、雰囲気もやや硬い。それは姉としての責任感と警戒心故なのだが、保太郎は「クールデレなら青髪ショートだろJK」等と考えている。
逆によく話す妹はカイーラと名乗り、何でも格闘を中心とした近接戦闘の使い手らしい。勿論格闘オンリーではなく武器も使う。軍隊格闘術みたいなもんかな、と保太郎は解釈した。
そのカイーラは、なんというか豪快でざっくばらんとした性格で、妙に押しが強く、保太郎はやや辟易していた。「勝ち気系のデレキャラなら赤髪ツインテが常道だろ。何で今時ショートカットのボーイッシュキャラなんだよ。流行らねえよ」とか考えている。
当たり前ながら、実際にそれらしい出来事に遭遇してそれらしい事をしたからと言って、webノベルそのままのステロタイプな美少女キャラが都合良く配置される等と言うことはない。しかし「スマホで読んでたwebノベル基準」で異世界転生を捉えていた保太郎からすると、「なんか違う」という感覚になる。現実とwebノベルとは違って当たり前なのだが。
しかしこの状況は、傍目に見れば間違い無く「美少女2人と夕食を共にするイケメン」の構図なのだ。
普通ならのぼせ上がったり、調子に乗ったりしてもおかしくない。
しかし保太郎はあくまで2人から情報を得ることに勤め、浮ついたりのぼせたりという様は全く見せなかった。
その理由は、一つは前述の通り、「何か予想していたアニメやwebノベルとちょっと違うなあ」という失望感からで、もう一つは神pediaやGodgleで「検索」するにも、その検索ワードとして使える基礎情報が無いと色々面倒くさいということに気付いていたからだ。
例えば2人は自分達を「駆け出しで修行中の探索者」と名乗った。
この「探索者」というのを神pediaで調べると、「遺跡や辺境を探索し、その調査情報や古代の遺物、文献など取り引きすることで金銭を得るもの達」などと書かれていて、それは保太郎のイメージしていた「ファンタジー世界の冒険者」にやや近い物だった。
戦働きをする傭兵でもなく、君主に仕える騎士や兵士、隊商の護衛兵等ともまた異なるものらしい。
ただ、場合によっては害獣魔獣やゴブリンの群れの退治なんかも引き受けることもあり、その辺は人により曖昧なようだ。
要するに、力頼みの荒事請負人、といったところか。
そういったこの世界での基礎的な知識を2人から得て、保太郎は夕食を終えると自室へ戻り、スマホでそれらの整理と再検索をする。
また、ちょっとばかしマメに記録でもつけるかな、と考えたものの、面倒くさいので単文箇条書きでだらだらと呟く。
特に誰とも繋がっていないので、文字通りに独り言を呟いているだけだった。
元の世界に動画配信とか出来れば面白いのになあ、などと考えつつ、異世界転生後初めての夜を過ごした。
◆ ◇ ◆
保太郎はリタとカイーラの2人と行動することが多くなった。
この世界での常識や振る舞い方をあまり知らない保太郎としては、冒険者ギルド代わりに情報や依頼を見つけてきてくれる2人はかなり便利であったし役に立った。
また、遠距離戦闘を得意とする弓使いのリタと、近距離戦闘のカイーラに、遠近万能で魔法も使える保太郎は、組み合わせの相性もバッチリだった。
スマホアプリを使った魔法に、二人は大層驚きまた誉めてくれたので、保太郎は悪い気はしなかった。
「いや、すげえのはお前じゃなくてスマホだろ?」と突っ込む向きもあるかもしれないが、保太郎としてはそれこそ「転生特典にスマホを選んだ自分の先見の明」が誉められていることにもなる。
まあ、表向きクールぶりつつも内心ヘラヘラ喜んでいる保太郎は、そこまで考えて喜んでいるわけではないが。
しばらく行動を共にして、二人は自ら修行中だと言っていた通り、仕事を金額ではなく「自分たちの今後の糧になるかどうか」基準で選んでいるらしいことが分かった。
なので、一見すると下らなくつまらない依頼を受けることも多かった。
特に姉のリタはその意識が強いらしく、奔放で自由闊達な妹のカイーラとは度々揉めることもあった。
保太郎は
「女の揉め事に関わるとろくなことはない」
と、思っている。それはある意味事実だが、女二人男一人のグループで一切知らぬ存ぜぬを決め込んでいれば、それはそれで信頼性に関わる。
何より保太郎としてはこの二人との関係を切りたくはない。情報源としても、この世界での接点としてもまだまだ有用だ。
なので保太郎は揉め事になりそうな気配を感じると、コッソリとスマホで問題解決の方法を検索していた。
知識、情報で済む揉め事は簡単だった。
けれども問題は「どちらが正しいと言うわけでもない」と言うような揉め事の時だ。
どちらかを立てても角は立つし、実際どちらでも良いこともある。
「だーからさー。姉さんは堅すぎなんだよねえ。
そんなぎっちぎちに課題こなしてばっかじゃつまんねーじゃんさー」
宿屋のベッドでだらしなく横になりながらカイーラが言う。
「あなたは緩すぎなんです。
私達は実績を積んで実力を示さなければなりません。
遊び感覚の仕事をやってる暇は無いんですよ」
お堅い。実にお堅い。とは思うが、保太郎がここでカイーラに肩入れするのはよろしくない、ということは既に分かっている。
ここでスマホの出番である。
周辺地域での問題トラブルをざっくり検索しつつ、そこから条件に合うものを絞り込んで行く。
「リタの言うことも分かるけど、退屈な仕事ばかり続けていると逆に緊張感を無くして気持ちも緩むと思うよ。
ここから西に2日程行った村で、はぐれゴブリンの群れが見かけられてて困っているらしいから、調査か討伐で行けば気分転換にもなるし良い経験にもなるんじゃないかな?」
両者の言い分を汲み取りつつ立てて、「退屈だ、もっと派手な仕事をしたい」というカイーラと、「きちんと実績になる仕事をすべき」というリタ双方の要望を満たす。
保太郎もなかなか慣れてきたものである。勿論スマホの情報検索が役に立ったのは言うまでもないが、保太郎自身もこの世界に来てから色々経験しこなれてきた。
自分にも他人にも興味が無く、ただただスマホを通じてのみ世間と繋がっていた前世では考えられなかったことだ。
保太郎の案は2人に受け入れられ、「さすがヤスタローだな!」「なるほど、ちょうど良い案件かもしれませんね」と好評だ。
2人合わせて「さす、なる」である。保太郎も表向きクールぶりつつもご満悦だ。
翌日、乗り合いの馬車で西への街道を行く。
乗り合い馬車はかなり尻に負担がかかり、身体もこわばる。
街道がそこそこ整備されているところはマシだったが、場所によってはかなりのものだ。
保太郎はスマホで馬車の揺れを軽減する方法を検索して気を紛らわせた。ここで調べたことを元にして新しい装置でも作って大儲けしてやる、とも考えていた。さらには、自分自身の創意工夫は全く必要ないので楽なものだ、とも考えている。実際に作るのはどうせ職人かドワーフだ。ドワーフとはまだ合ってないが、この世界のドワーフも鍛冶細工に長けた種族らしい。
改めてスマホ検索知識無双の今後を考えると笑いが止まらない。表向きクールぶってはいるが。
村に着くと、一見すると簡素な木の柵で囲まれただけの長閑な田舎の農村という感じで、事件や怪異とは無縁そうだった。
麦畑が広がり、山間に近い斜面には葡萄畑もある。この世界でも葡萄酒は広く飲まれていて、保太郎もけっこう好んで飲んでいる。前世では未成年だったし興味もなかったので酒も煙草も無縁だったが、この新しい身体はなかなかに飲める方だ。
村人達に話を聞くと、確かに最近はぐれゴブリンと思われる連中が近辺で見かけられており、鶏が盗まれる等の被害が出ているらしい。
まだ人が襲われるという事態にまではなっていないが、王都にも念のためと報告はしているものの、取り立てて危険視されるということもない。
保太郎とカイーラは、思いの外小さな事件だと落胆したが、リタは「どっちにしろ大きな群れなら私達だけでは対処出来ない。調査だけして問題の規模を確かめるくらいが経験としてはちょうど良い」なんぞと言う。
保太郎はまだ、所謂亜人タイプの魔物とは戦った事が無かったので興味があったが、まあ遠出したこと自体は気晴らしになったので良いだろうと考えた。
村長に会い話を付けて、翌日から調査をすることになる。
支払いは結果次第。勿論きちんと報告しても「信用できない」と払いを渋るかもしれないし、向こうからしてもこちらが嘘をついて金だけせしめようというならず者の類ではない保証はない。何せこの世界には、間に立って報酬と任務の遂行確認をしてくれる冒険者ギルドなんて便利な組織はないのだ。
個々個人同士でのやりとりと信用のみ。
いかにこちらが信用されるよう振る舞えるか。全てがそれにかかっている。
保太郎は交渉の基本はリタに任せていた。
リタの生真面目そうな雰囲気は、こういうときには役に立つ。
ただしその前に、スマホ検索でこの村と周辺地域の情報を調べあげ、適切な話題をリストアップして教えてある。
彼らの興味関心のある事柄や、日々の些細な悩みなどを話題に混ぜ込むことで、親近感を抱かせて信頼を得る。
見方を変えれば詐欺師がよく使うテクニックではあるが、これらのテクニックそれ自体が犯罪的なわけではない。
検索したハウトゥテクニックまんまではあるが、スマホでの下調べをリタ達は巧く活用していた。
目撃情報を元に場所を絞り込み、Godglemapに位置情報を追加していく。
「どうもこの辺りに古い忘れられた遺跡があるみたいだ。
そこに住み着いた連中が悪さしてるんじゃないかな」
と、所見を述べる。
実際にその遺跡近辺をGodglemapの画像でつぶさに調べたら、出入りしているゴブリンらしき連中の姿も確認出来ていた。
誰が撮ったんだ。てか写真なのか。その辺りは不明である。
遺跡、しかもおそらく手付かずの、となると、保太郎としては有り難い。
そこが特に古代ドワーフ遺跡なら、魔晶石が手に入る可能性が高いからだ。
ぱっと見は様々な色をした水晶のように見えるそれは、この世界に転生して最初に居た遺跡の中にもけっこうな数落ちていた。
これもスマホの検索で詳細を調べたのだが、この色鮮やかな水晶のような“魔晶石”は、魔力の結晶なのだという。
モンスターを倒すとポップするのかな? と思ったが、実はそういうのは滅多に無いらしい。
ゲームと違って、この世界のモンスター、というか魔物、魔獣は、素材を剥ぎ取ったり、その魔晶石のようなものを常に落としてくれるような、「積極的に狩りに行くことで利益を得られるお得な獲物」ではないらしい。
皮とか骨を加工することは出来るが、手間暇かかる割に「魔物素材だからそれだけで特別に強力」になるとも限らないし、食肉としては魔力が籠もってるため、生まれつきの耐性が無い人間にとっては毒のような作用もする。適切な処理で魔力を抜けば常食にも耐えるが、リスクと手間暇を踏まえれば、敢えて魔物を狙って狩るよりは、普通に鹿や山鳥を狩る方が良いし、家畜化した動物の方が便利だ。
魔物を手軽に狩れて常食出来るなら、食肉用の家畜を飼う文化はあまり発展してないかもしれない。
いずれにせよ人間社会にとって魔物、魔獣というのは「とにかく面倒で厄介で関わりたくない存在」でしかないのが殆どだ。
唯一、動力源として、またはコアとして利用されている古代ドワーフのドワーベンガーディアンや魔術師の作るゴーレム、存在そのものが魔力の塊のような魔法生命体である幻獣等からは、頻繁に採集する事が出来る。
で。
自分自身ではごくわずかな魔力しか扱えない保太郎にとって、「魔力で動くスマホ」の動力源としての魔晶石は必須の消耗品。
これがなくなると「スマホの充電」が出来なくなるのだ。スマホが使えないというのは保太郎にとって致命的だ。
「スマホという便利な道具が使えない」と言うだけではない。何せ「異世界に何を持って行く?」の問いに「スマホ」と即答するくらいだ。
色々確かめてみて簡易魔法と呼ばれるごく簡単な魔法だけは自力で使えることまでは分かっているので、いざというときは自前の魔力でも充電ならぬ充魔力出来るのだが、あくまでほんのわずか。間に合わせの一時しのぎにすぎない。
万全を期するためにも常に幾つかの魔晶石を確保しておきたい。
ただこの魔晶石、買うとけっこうお高いのだ。
ごく小さな物でも数日分の生活費相当。単純に言うと、今後も今のペースでスマホを使い続ける前提で居るならば、通常の二倍から三倍の生活費がかかると言って良い。
今はまだ最初の遺跡で手に入れた物のストックがあるから良いのだが、これらが切れたら今みたいなのんびりした仕事ぶりじゃ間に合わない。
かなり積極的に金を稼ぐつもりにならないとやっていけなくなる。
なので、忘れられた遺跡が見つかり、そこで魔晶石まで手に入る……となれば、保太郎的にはかなり助かる。
この時点で、保太郎の主目的はゴブリンの調査より遺跡にあるかもしれない魔晶石の回収になっている。
とは言えそのことを二人にはわざわざ言わない。特に必要だとも思えない。
考える必要があるのは、売れば結構な金になるだろう魔晶石を優先的に貰う口実くらいだ。
村には宿などなかった為、村長の紹介で番小屋の宿舎を借りる。
村の青年団達が交代で見張りをするときの詰め所の一つで、いまいち信用しきれないよそ者の見張りも兼ねている扱いだが、こういうケースの中ではかなり好待遇でもある。村長の屋敷の納屋だとか客間なんてのは、相当信用されなきゃ借りられない。宿屋が無ければ馬小屋か野宿が普通だ。
翌日、3人は昼になる前に装備などを整えて目的地へと向かうことにした。
元々現代日本の生活環境に慣れていた保太郎的には野宿も馬小屋も番小屋の汚いベッドもキツいものがあったが、今ではかなり慣れてきている。何よりよく眠れなくても、スマホの安眠アプリがあるし、警戒する為のアプリも、衛生環境を良くするアプリもある。魔法のスマホの魔法アプリは、戦闘だけでなくかなり便利で快適な生活を個人で営むのに向いたものも多数あるのだ。
目的地はそう離れては居ない森の中だが、元々危険な魔獣や獣の多い場所ではないらしい。狼や熊は居るかもしれないが、それとて人里に来るほどでもない。
逆に言えばそういう場所だからはぐれゴブリンの群れが住み着く事が出来たのかもしれない。
熊や狼のテリトリーにはゴブリン達も近寄らない。シャーマン等が居ると狼を家畜化していることもあるらしいが、それは比較的大きな群れの場合くらいだ。
索敵はこれまたスマホのアプリで出来る。生命体、または生命力を持たない魔物や魔法の創造物等々など、近くにいるそれらの動きがGodglemapの拡大周辺地図にマーカーで表示される。
それらをきちんとチェックしつつ移動すれば、不意打ちをされることもないし、むしろ一方的に攻撃するのも容易い。
異世界に来てまでも歩きスマホの保太郎である。しかもこの世界には彼を跳ね飛ばすトラックは存在しない。
数時間程の探索でそれらしき群れは簡単に見つかったが、それはゴブリンではなかった。
鼠と犬とモグラを足してぶん殴ったみたいな顔をした小鬼、コボルトだ。
「何だよ、コボルトかよ。
しかも4、5匹程度の本当にちっぽけな群れじゃねーか」
いかにもつまらなさそうにカイーラがボヤく。
コボルトとゴブリンは一般的には混同されがちだが、生態から見た目からと全く異なる。
ゴブリンとは違い、コボルトはたいていの場合人を襲うようなことはしない。特に大きな群れならまだしも、数匹単位のはぐれの群れならなおさらだ。
臆病で小心。その代わりこそこそと隠れて物を盗むようなことをよくする。
鶏を盗んだのは確かにこの群れなのだろう。
そのくらいのことはするが、結局は軽く脅しつけてやれば簡単に逃げ出す程度の容易い相手だ。
暫く様子を見てから、群れの数も今確認できている数匹のみと確信できたので、保太郎達はコボルトを脅かして追い払う。
隠れ家が「怖い人間にばれた」と思えば、コボルトの群れは別の所へと逃げ出すから、村にちょっかいを出すことも無いだろう。
保太郎達は彼らの巣を探り、盗まれた鶏の骨やら雑貨類を証拠として回収する。
同時に遺跡の奥に魔晶石が無いかと探ってみるが、奥へと続く道は完全に崩落して進めなくなっており、保太郎としては完全に当てが外れてしまっていた。
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