青灰の魔女

夜風 りん

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ep1-2 平穏な日々

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 リュヒータは終業式が終わると、トボトボと歩きながら大袈裟な溜息を洩らした。
 唐突にバシッと背中を後ろから叩かれ、息が詰まりそうになりながらむせかえって恨めし気に振り返ったリュヒータは余計にげんなりとした顔をする。

 「なぁんだ…ミランかぁ」

 「なんだとはなんだよ、幼馴染だろうが」

 不満げにそう言ったのは茶髪に黒い瞳をしたハンサムな顔立ちの青年。雰囲気が大人びているのでよく背の低い二十代に間違われることも多いこの彼は幼年学校に入りたての頃からの腐れ縁。
 そう、いわゆる幼馴染という奴だ。

 「キャーキャー言われたいなら余所に行ってくれる? あたしは今、それどころじゃないの」

 そう言いながら再び大げさにため息を漏らした彼女に、ミランが怪訝そうな顔を向けた。

 「いや、別に言われたくはないが…どうした? 回答欄でもズレたのか?」

 「はぁ?」

 ピクリと眉の片方を上げて不機嫌そうに振り返ったリュヒータは成績表を鞄から取り出し、それを幼馴染の鼻先に着くほどの距離へと突きつけた。
 そこにはオールAという一番いい評価の文字がずらりと並んでいた。

 「いいじゃないか。首席も狙える数値だぞ?」


 「…狙えるわけないでしょ!! よく見なさい、この実技の酷い有り様っ」


 声を張り上げたリュヒータの泣きそうな声を聞きながら、ちょっと呆れたように落ち着いてと示した彼はフーフーと荒い息をしているリュヒータを連れてドーナツショップに立ち寄り、彼女へと買ったドーナツの包みを押し付けて公園に向かう。
 鞄に成績表を一度しまい込んだリュヒータは先ほどまでの怒りムードとは打って変わり、どんよりと落ち込んでいた。

 「運動の実技の方はオールAだったじゃないか。それでも十分すごいよ」

 窘めるようにそう言いながらブランコに腰掛けたミランをジト目で睨み付けたリュヒータは口を尖らせ、ミランの隣のブランコに腰掛けてドーナツの包みを開けた。

 「でも、あたしは魔法の名家のセレス家出身なのに、魔法の点数が赤点って…笑えないじゃない」

 そう、リュヒータの成績表には一つだけがくんと下がっている項目があった。”それ”はレーダーチャートに表すと顕著に見えるのである。
 その名も――魔法。

 彼らの世界において魔法は世界のあらゆる事象を支える世界の理であり、ほぼすべての人々が魔法を使わない日などないというほど使って生きていた。
 また、動物――この世界では魔物なのだが――も魔法を使って狩りをする個体もおり、生き物の生命活動と密接にかかわっているほどである。

 そんな魔法は火をおこしたり、ちょっとした魔法を活用した器具の作動に使ったりと、様々な活動に必要なため、授業にも取り入れられているのだが、もちろんみんながみんな自由に完璧に使いこなせるものではなく、個人差も大きいので必須ではない。
 しかしながら、リュヒータのセレス家は平民ながら代々、魔法に関する技術の研究や魔法教育などの方針を定める魔法省の大臣を輩出してきた名門一家ゆえに、当然ながら授業を受講していた。

 しかし――

 彼女の魔法の成績はA・B・C評価の最低値であるC評価。名門出身というはずなのに、残念過ぎるものだった。


 「それにしてもひどすぎるわよ、これは。泣きたくもなるのってわかるでしょ?」


 拗ねたように愚痴をこぼし、鞄を膝の上に乗せて両手を前に突き出し、「えいっ」という発生と共に生じたのはマッチ程度の炎のみ。
 しかも、一度だけ魔法を使っただけなのに顔が青ざめ始め、魔法が消滅してしまう始末。

 「子供レベル…ううん。それ以下の魔法しか使えないからって…座学で頑張ってもこの評価って泣きたくなるに決まっているじゃない」

 「リュヒータは頑張っていると思うけどなぁ」

 そう言ってのんきに笑った幼馴染を睨みつけたリュヒータは大げさにため息を漏らした。

 「頑張ってこれなのよ。…あたしと兄さんはおばあさん譲りの綺麗な灰色だってお母さんは言っていたけど、…兄さんはともかく、あたしは魔法に関して努力ではどうにもなりそうにない壁があるのよ」

 ミランは自分の分のドーナツを鞄の中にしまい込んだ包みから取り出し、はむっと頬張った。

 「リュヒータのお兄さんはすごい魔法使いだもんな。俺が君だったら絶対グレるよ」

 「…兄さんはすごいってことくらい、あたしだってわかっている。ああいうのが天才…ううん、鬼才っていうのかもしれないわね」

 遠い目をして俯いたリュヒータにミランは優しく笑いかけた。

 「今日はハンバーグなんだろ? そっちをもっと喜べばいいさ」

 「…割り切れないわよ」

 「別に割り切らなくたっていいだろ? 生まれ持って与えられた才能なんてものは誰がどう頑張っても覆ることは難しいんだ。覆らないことの方が多い。でも、それはそれ、これはこれ。その天才を上回りたかったら、ベクトルを変えて努力して別のことで補えばいいんだ。――もちろん、簡単なことじゃないし、修羅の道であることに違いはないけれど…リュヒータは今までだってそうしてきただろう?」

 ミランがそう言ってのけたのを見、そして、ドーナツに視線を落とした彼女はふわりと穏やかな表情に戻り、そしてクスッと笑った。

 「そういうの、ずるいわよ」

 「何が?」

 不思議そうな顔をしているミランを見据え、リュヒータはやれやれと首を横に振った。

 「何って…ホント…タラシのくせに天然なんだから手の施しようがないわね」

 「タラシ? どこがだい? 当然のことを言っただけだよ」

 疑問符を浮かべている彼を見つめ、リュヒータは優しく微笑んだ。

 「…ふふっ、ありがと」

 「??? よ、よくわからないが…元気になったなら良かった」

 ミランが強引に納得したのを見ながらクスクスと笑い、リュヒータもドーナツを取り出して頬張った。
 負けじとミランもドーナツを頬張り、二人が黙々と食べながら静かな競争をしていると、遠くからリュートの声が響いてきた。


 「リュー、帰るぞ!」


 ゴクンと飲み下し、勢いをつけてぴょんっと立ち上がったリュヒータは「はーい」と返事をして歩き出す。そして、一度ミランを振り返ると、彼が小さく手を振っていた。
 フッと笑ってリュヒータも振り返すと急いで兄の元へ駆け寄ったのだが、その途中でふと、足を止めた。

 「どうかしたのか?」

 不思議そうなリュートを振り返った彼女は慌てて首を横に振った。

 「ううん。気のせいだから」

 「そうか?」

 そう言いつつ、並んで歩き出す。
 ちらりと茂みの方へと振り返ったリュヒータは不思議そうに小首を傾げた。


 「今、視線を感じたよう、な…?」


 リュートに怪訝そうな顔をされたので、彼女は慌てて笑顔を繕った。

 「それより、今日はハンバーグだって!」

 「そうだよ、リュー。さっさと帰らなきゃな。――家まで競争だ!」

 リュートがそう言い終わると同時に駆け出し、リュヒータは慌てて追いかけた。


 「ずるいわよ、兄さん!」


 ちらりと目の端で茂みを振り返ったが、何の気配も感じられなかった。

 (気のせい、よね…?)

 そして、随分と距離を引き離しにかかった兄の背を追いかけ、リュヒータは前を向き直って全速力で駆け出した。


 「待ってってば!」


 そんな二人を見守る紺色の制服姿の男が二人。
 その姿は蜃気楼のように揺らいで消えた。

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