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第二章 出会い
閑話 僕にできること
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今日、初めて人を罵った。
先生に今までちょっと厳しすぎるとか、注文が多すぎるとか、文句を言ったことはあるし、親父になんで構ってくれないんだとか、もっと訓練に付き合ってくれとか、子供の頃はワガママを言うことはあっても、誰かを憎んで罵ることはなかった。
でも、今日、ロッティが泣きそうな顔をした時に腹の中を熱い何かが駆け巡った気がした。
そして、気が付いたら口悪く『クソアマ』って罵っていた。
ロッティを久しぶりに見た時、見違えるようにきれいになっていて吃驚して、ちょっとふっくらしているけれど優しい声をしていて笑顔が可愛くて僕は――コロッと落ちた。
森に帰ってしまった後、どんな料理を作っているんだろうとか、どんな字を書くんだろうとか、彼女のことばかり気が付けば考えていて親父が母さんに恋をして結婚まで至ったという話を聞いてはいたけれど、ようやく理解した気がした。
僕は彼女のことが好きだ。
最初は自分よりも大きいのに気弱そうで頼りない、太っちょの女の子が将来のお嫁さんだなんて嫌だと反発したけれど、そんな過去の自分を殴りに行きたいくらいで反省した。
こんな風に変わるなんて考えもしなかったから。
でも、そんな彼女に何をしてあげられるのか考えてみて、入学前のあの模試の日は僕にとっていい薬になったことは間違いないと思う。
護衛が抑えられた後、僕は何もできなかった。懐に護身用の銃を持たされていたはずなのに触れることで精いっぱいで、あの時に握ることさえできなかった。
実戦経験がないとはいえ、婚約者さえ守れない僕は不甲斐ない。
彼女の夢を応援するには障害もたくさん出てくるはずだし、彼女の可愛さにほだされる連中から守ってやれる強さが欲しい。
本当はもっと別の道があることくらい、わかっている。
でも、僕の頭で考えうる選択肢の結果としては、これしかないんだ。
☆
翌日、屋上で黄昏ている金髪に青い瞳をした赤いネクタイをつけている女子生徒にヴィクターは声を掛けた。
「あの、あなたがヒルダさん、ですよね?」
ヒルダと呼ばれた少女が振り返る。
「ん、そうだけど、…何か用?」
「…黒の翼のことでお話があるのですけど」
ヴィクターがそう絞り出すように告げると、ヒルダから笑顔が消えた。
「依頼内容は何?」
「ルークさんにお願いしたいことがあるんです」
「…ガルシエラ宰相に取り次いであげるわ。交渉期間中なら…ルー君もそこにかくまってもらえているから。ただし、…報酬を提示してよね。提示したそれによってはこの段階で断るわ」
ヴィクターはヒルダをまっすぐに見据えた。
「ミルクプリンで」
「…ナメているのかしら? そんな子供のおやつみたいなもの…そんなもので?」
「では、ミルクプリン姫のミルクプリンだと言ったら?」
ヒルダは瞬いたが、クスッと笑った。
「ああ、なるほど。君がミルクプリン姫ちゃんの白馬の王子様なのね。じゃあ、ガルシエラ宰相には取り次いでおいてあげるから、後は自分で交渉しなさいな」
ヒルダは楽しそうに子守歌としても知られる、東地方ではポピュラーな『青の唄』を鼻歌として歌いながら立ち去って行こうとしたが、不意に足を止めた。
「ああ、そうだ。一つだけ」
「はい?」
「ルー君のこと、他言したらあなたのこと、許さないから。地の果てまで追いかけて八つ裂きにしてあげる。…それくらいの覚悟はしておいてね」
「ッ…」
「ルー君は私にとってのすべてなの。存在意義と言っても過言じゃない。あの場所を失うくらいなら、舌を噛み切って死ぬだけの覚悟はある。――だから、ね?」
「お約束します」
「うふふ、ならいいけど!」
弾むような声でそう言うと、ヒルダは立ち去って行った。
そして翌日、ガルシエラ宰相の邸宅に放課後、足を踏み入れた彼はその庭でシャルロットに頼み込み、作ってもらったミルクプリンを持参してくると、約束通りにルークが現れた。
「何か用か、坊ちゃん?」
「お願いがあるんです。僕に戦い方を教えていただけませんか?」
「報酬は?」
ルークが冷ややかにそういうと、ヴィクターは眉尻を下げた。
「ミルクプリンで…」
「アホ抜かせ。会うだけならミルクプリンでもいいが、こっちにも事情がある。危険を冒してまで滞在し続けるんだ。ガルシエラのおっちゃんにも迷惑をかけ続けるわけにもいかないこっちの立場もわかって会いに来ているんだろうな?」
「もちろんです」
「ったく、足元を見やがって」
舌打ちしたルークに、ヴィクターは遠慮がちにケースを差し出した。
「? これは?」
「親…いえ、父親に相談して前借してきました。将来、ロッティを支えて領主となっても全力で働く気があるなら貸してくれるということで」
「領主…か。その頃には革命も終わっているだろうし、国の在り方が変わっているんだろうな」
遠い目をしたルークがケースをやってきた厳つい男へと預けた。
「まあ、確かに受け取った。俺は手厳しいが、ついてくる気があるならついてこい。死なない程度に毎日しごいてやる」
「ありがとうございます!」
「ただし、半端者は嫌いだ。死にはしないが殺す気で叩きのめすからな。婚約者に見られないように顔だけは避けてやるが…一か月やって強くならなかったら余分な金は返すが二度と鍛えてやらないから覚悟しておけ」
「はい」
ヴィクターは頷くと、ルークが目を細めた。
「さあ、かかってこい」
「え、今ですか?」
「当たり前だ。時間がねぇのに、わからねぇかなぁ?」
「すみません」
ミルクプリンをかきこんで器をテーブルに置くと、ルークが身構える。ヴィクターも立ち上がって身構えると、容赦ない蹴りが腹に飛んできた。
数時間後、ヴィクターは気が付くと自分の寮の部屋で倒れていた。
顔は宣言通りに傷一つなかったが、全く反撃できず、ボコボコにされて体中が痛かった。わずかに返せたパンチの感触がまだ拳に残っている。
さほどダメージを与えられず、訓練していたはずなのにこのざまと言うことで落ち込んでいたものの、それでも、懐にメモが入っていて日時と場所のメモを見た時にちょっとうれしくて顔が綻んだ。
(僕にできることはあまりないけれど、僕がロッティを守れるくらいにならないと)
ヴィクターは治癒魔法を唱えて傷を癒しながら、僅かに顔をゆがめた。
「痛ッ…」
先生に今までちょっと厳しすぎるとか、注文が多すぎるとか、文句を言ったことはあるし、親父になんで構ってくれないんだとか、もっと訓練に付き合ってくれとか、子供の頃はワガママを言うことはあっても、誰かを憎んで罵ることはなかった。
でも、今日、ロッティが泣きそうな顔をした時に腹の中を熱い何かが駆け巡った気がした。
そして、気が付いたら口悪く『クソアマ』って罵っていた。
ロッティを久しぶりに見た時、見違えるようにきれいになっていて吃驚して、ちょっとふっくらしているけれど優しい声をしていて笑顔が可愛くて僕は――コロッと落ちた。
森に帰ってしまった後、どんな料理を作っているんだろうとか、どんな字を書くんだろうとか、彼女のことばかり気が付けば考えていて親父が母さんに恋をして結婚まで至ったという話を聞いてはいたけれど、ようやく理解した気がした。
僕は彼女のことが好きだ。
最初は自分よりも大きいのに気弱そうで頼りない、太っちょの女の子が将来のお嫁さんだなんて嫌だと反発したけれど、そんな過去の自分を殴りに行きたいくらいで反省した。
こんな風に変わるなんて考えもしなかったから。
でも、そんな彼女に何をしてあげられるのか考えてみて、入学前のあの模試の日は僕にとっていい薬になったことは間違いないと思う。
護衛が抑えられた後、僕は何もできなかった。懐に護身用の銃を持たされていたはずなのに触れることで精いっぱいで、あの時に握ることさえできなかった。
実戦経験がないとはいえ、婚約者さえ守れない僕は不甲斐ない。
彼女の夢を応援するには障害もたくさん出てくるはずだし、彼女の可愛さにほだされる連中から守ってやれる強さが欲しい。
本当はもっと別の道があることくらい、わかっている。
でも、僕の頭で考えうる選択肢の結果としては、これしかないんだ。
☆
翌日、屋上で黄昏ている金髪に青い瞳をした赤いネクタイをつけている女子生徒にヴィクターは声を掛けた。
「あの、あなたがヒルダさん、ですよね?」
ヒルダと呼ばれた少女が振り返る。
「ん、そうだけど、…何か用?」
「…黒の翼のことでお話があるのですけど」
ヴィクターがそう絞り出すように告げると、ヒルダから笑顔が消えた。
「依頼内容は何?」
「ルークさんにお願いしたいことがあるんです」
「…ガルシエラ宰相に取り次いであげるわ。交渉期間中なら…ルー君もそこにかくまってもらえているから。ただし、…報酬を提示してよね。提示したそれによってはこの段階で断るわ」
ヴィクターはヒルダをまっすぐに見据えた。
「ミルクプリンで」
「…ナメているのかしら? そんな子供のおやつみたいなもの…そんなもので?」
「では、ミルクプリン姫のミルクプリンだと言ったら?」
ヒルダは瞬いたが、クスッと笑った。
「ああ、なるほど。君がミルクプリン姫ちゃんの白馬の王子様なのね。じゃあ、ガルシエラ宰相には取り次いでおいてあげるから、後は自分で交渉しなさいな」
ヒルダは楽しそうに子守歌としても知られる、東地方ではポピュラーな『青の唄』を鼻歌として歌いながら立ち去って行こうとしたが、不意に足を止めた。
「ああ、そうだ。一つだけ」
「はい?」
「ルー君のこと、他言したらあなたのこと、許さないから。地の果てまで追いかけて八つ裂きにしてあげる。…それくらいの覚悟はしておいてね」
「ッ…」
「ルー君は私にとってのすべてなの。存在意義と言っても過言じゃない。あの場所を失うくらいなら、舌を噛み切って死ぬだけの覚悟はある。――だから、ね?」
「お約束します」
「うふふ、ならいいけど!」
弾むような声でそう言うと、ヒルダは立ち去って行った。
そして翌日、ガルシエラ宰相の邸宅に放課後、足を踏み入れた彼はその庭でシャルロットに頼み込み、作ってもらったミルクプリンを持参してくると、約束通りにルークが現れた。
「何か用か、坊ちゃん?」
「お願いがあるんです。僕に戦い方を教えていただけませんか?」
「報酬は?」
ルークが冷ややかにそういうと、ヴィクターは眉尻を下げた。
「ミルクプリンで…」
「アホ抜かせ。会うだけならミルクプリンでもいいが、こっちにも事情がある。危険を冒してまで滞在し続けるんだ。ガルシエラのおっちゃんにも迷惑をかけ続けるわけにもいかないこっちの立場もわかって会いに来ているんだろうな?」
「もちろんです」
「ったく、足元を見やがって」
舌打ちしたルークに、ヴィクターは遠慮がちにケースを差し出した。
「? これは?」
「親…いえ、父親に相談して前借してきました。将来、ロッティを支えて領主となっても全力で働く気があるなら貸してくれるということで」
「領主…か。その頃には革命も終わっているだろうし、国の在り方が変わっているんだろうな」
遠い目をしたルークがケースをやってきた厳つい男へと預けた。
「まあ、確かに受け取った。俺は手厳しいが、ついてくる気があるならついてこい。死なない程度に毎日しごいてやる」
「ありがとうございます!」
「ただし、半端者は嫌いだ。死にはしないが殺す気で叩きのめすからな。婚約者に見られないように顔だけは避けてやるが…一か月やって強くならなかったら余分な金は返すが二度と鍛えてやらないから覚悟しておけ」
「はい」
ヴィクターは頷くと、ルークが目を細めた。
「さあ、かかってこい」
「え、今ですか?」
「当たり前だ。時間がねぇのに、わからねぇかなぁ?」
「すみません」
ミルクプリンをかきこんで器をテーブルに置くと、ルークが身構える。ヴィクターも立ち上がって身構えると、容赦ない蹴りが腹に飛んできた。
数時間後、ヴィクターは気が付くと自分の寮の部屋で倒れていた。
顔は宣言通りに傷一つなかったが、全く反撃できず、ボコボコにされて体中が痛かった。わずかに返せたパンチの感触がまだ拳に残っている。
さほどダメージを与えられず、訓練していたはずなのにこのざまと言うことで落ち込んでいたものの、それでも、懐にメモが入っていて日時と場所のメモを見た時にちょっとうれしくて顔が綻んだ。
(僕にできることはあまりないけれど、僕がロッティを守れるくらいにならないと)
ヴィクターは治癒魔法を唱えて傷を癒しながら、僅かに顔をゆがめた。
「痛ッ…」
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