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翼の標
閑話 翼の標
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ナハトが上機嫌に自宅へと戻り、缶切りで缶詰を開けてコンビーフを皿の上に出し、それをつまみに家にある特上のワインを開けて香りを嗅いだ。
「ナハト、それって試作品のコンビーフ…って食べ物だよね? 保存食なのにどうして開けちゃうの?」
「俺が何をつまみにしようと関係ないだろう、飛燕?」
「僕も食べたい」
「仕方がないな」
ナハトは飛燕に匙で掬ったコンビーフをつまませてやりながら、ワインを一口味わった。
「そういえば、ナハト。いいの? 翼の標、つけたまま帰ってきちゃったけど?」
「…んー、いいんじゃないか? これからゆっくり口説き落としていくには、すぐに位置が把握できる『翼の標があった方が、俺には都合がいい」
「でも、無断でマーキングしたようなものじゃない? それってどうなのかなって、僕は常々思うんだけど」
飛燕がそう言うと、ナハトは苦笑した。
「でも、やろうと思えば簡単に消えるもんだけどな」
「ナハトは本気でアリシアさんのことを落としたいの?」
怪訝そうな顔をした飛燕に、ナハトは含み笑いを向けた。
「本気で惚気たらお前は引くと思うけど、本当に聞きたいか?」
冗談交じりの言葉だが、飛燕は顔を引きつらせてぶんぶんと頭を振り、パタパタと羽ばたいて部屋の中に設置された巣箱に入り、そこで座った。
「ナハト、そんなに嬉しかったの? その傷を見て何も言わない人がいるってことに?」
「…いいだろ、別に」
つんとそっぽを向いてワインをあおり飲んだナハトを見て、飛燕は複雑そうな顔をした。
「でもさ、ナハト。いくらアリシアさんが初心だと言っても、ナハトのこと、全部知らないんだよね? 全部知ってもそれでも愛せるほど彼女が強いと思うの?」
「…それは…わからない」
「ナハトって時々思うけど、結構まじめだよね?」
飛燕は大きく欠伸をすると、ナハトが苦笑しながら仮面を外した。
「どうかな。この傷がなくてイケイケだったら、洞窟で一緒に過ごした日に手を出すくらいはしていたかもしれないぞ?」
「それは、もしもって話でしょ? ナハトはしないよ」
「…なんで全幅の信頼があるんだ?」
不思議そうに小首を傾げる彼に、飛燕は照れたように笑った。
「だって、ナハトは意外と知られていないけどヘタレだもん」
「…」
「…」
奇妙な沈黙が広がり、ナハトがフォークをコンビーフに突き立てた。
「ヘタレだと?」
「え、違う? だって、アリシアさんに声をかけることさえ最初は躊躇っていたのに、それを誤魔化すために変な演出をして、ルピルに黒い矢を撃ちこんで暴走させかけたし」
「それは、彼女の器を見るためだぞ?」
「でもさ、その後もウロチョロする癖に、全然声を掛けないんだもん。ヘタに姿を現したら危ないっていうのはわかるけどさ、ナハトはもっと攻めの姿勢でいないと、たぶん、出し抜かれちゃうよ?」
ナハトはハムッと一口コンビーフを食べてムスッとした。
「わかっているよ、んなこと…」
「わかってない。ちゃんとデートに誘ってあげないと、冗談だったんだってことにされちゃうんだから」
やれやれと首を横に振る飛燕に、ナハトは拗ねたような顔を向けた。
「デートなんて…どこに連れて行ったらいいんだよ?」
「それは自分で考えてよ」
飛燕は柄にもなく取り乱しつつあるナハトを見ながら心配そうにつぶやいた。
「大丈夫かなぁ…」
その呟きは空気に溶け、消えた。
「ナハト、それって試作品のコンビーフ…って食べ物だよね? 保存食なのにどうして開けちゃうの?」
「俺が何をつまみにしようと関係ないだろう、飛燕?」
「僕も食べたい」
「仕方がないな」
ナハトは飛燕に匙で掬ったコンビーフをつまませてやりながら、ワインを一口味わった。
「そういえば、ナハト。いいの? 翼の標、つけたまま帰ってきちゃったけど?」
「…んー、いいんじゃないか? これからゆっくり口説き落としていくには、すぐに位置が把握できる『翼の標があった方が、俺には都合がいい」
「でも、無断でマーキングしたようなものじゃない? それってどうなのかなって、僕は常々思うんだけど」
飛燕がそう言うと、ナハトは苦笑した。
「でも、やろうと思えば簡単に消えるもんだけどな」
「ナハトは本気でアリシアさんのことを落としたいの?」
怪訝そうな顔をした飛燕に、ナハトは含み笑いを向けた。
「本気で惚気たらお前は引くと思うけど、本当に聞きたいか?」
冗談交じりの言葉だが、飛燕は顔を引きつらせてぶんぶんと頭を振り、パタパタと羽ばたいて部屋の中に設置された巣箱に入り、そこで座った。
「ナハト、そんなに嬉しかったの? その傷を見て何も言わない人がいるってことに?」
「…いいだろ、別に」
つんとそっぽを向いてワインをあおり飲んだナハトを見て、飛燕は複雑そうな顔をした。
「でもさ、ナハト。いくらアリシアさんが初心だと言っても、ナハトのこと、全部知らないんだよね? 全部知ってもそれでも愛せるほど彼女が強いと思うの?」
「…それは…わからない」
「ナハトって時々思うけど、結構まじめだよね?」
飛燕は大きく欠伸をすると、ナハトが苦笑しながら仮面を外した。
「どうかな。この傷がなくてイケイケだったら、洞窟で一緒に過ごした日に手を出すくらいはしていたかもしれないぞ?」
「それは、もしもって話でしょ? ナハトはしないよ」
「…なんで全幅の信頼があるんだ?」
不思議そうに小首を傾げる彼に、飛燕は照れたように笑った。
「だって、ナハトは意外と知られていないけどヘタレだもん」
「…」
「…」
奇妙な沈黙が広がり、ナハトがフォークをコンビーフに突き立てた。
「ヘタレだと?」
「え、違う? だって、アリシアさんに声をかけることさえ最初は躊躇っていたのに、それを誤魔化すために変な演出をして、ルピルに黒い矢を撃ちこんで暴走させかけたし」
「それは、彼女の器を見るためだぞ?」
「でもさ、その後もウロチョロする癖に、全然声を掛けないんだもん。ヘタに姿を現したら危ないっていうのはわかるけどさ、ナハトはもっと攻めの姿勢でいないと、たぶん、出し抜かれちゃうよ?」
ナハトはハムッと一口コンビーフを食べてムスッとした。
「わかっているよ、んなこと…」
「わかってない。ちゃんとデートに誘ってあげないと、冗談だったんだってことにされちゃうんだから」
やれやれと首を横に振る飛燕に、ナハトは拗ねたような顔を向けた。
「デートなんて…どこに連れて行ったらいいんだよ?」
「それは自分で考えてよ」
飛燕は柄にもなく取り乱しつつあるナハトを見ながら心配そうにつぶやいた。
「大丈夫かなぁ…」
その呟きは空気に溶け、消えた。
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