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翼の標
閑話 仮面の道化
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ロシュは煙草を吸いながら上機嫌に散歩をしていると、ふと、木の上に何かがぶら下がっていることに気が付いた。
昨日の雨で何かが飛ばされてきたのだと思ったが、それは雨に濡れた布ではなく、人の手であることに気が付いて思わず煙草を落としそうになった。
「ひ、人!?」
慌てて木に駆け寄ると、ギュスターヴがぐったりと木の枝に垂れ下がっていた。
「お、おい、ギュスターヴ!?」
恐るおそると言った風に声を掛けたロシュは、ピクッとギュスターヴが動いたので胸を撫で下ろした。
「ギュスターヴ、大丈夫かい?」
「…無事に、見えるか?」
「まあ、派手にやられたのかとは思うけど、…ラクラにぶっ飛ばされたなら、それはしゃーないって話さね」
ロシュがヒラヒラと手を振ると、ギュスターヴは魔法でゆっくりと着地し、ひれ伏すような形で倒れこんだ。
「ラクラの顔さえ見ていない」
「ありゃ? なんで?」
「仮面の道化にぶっ飛ばされたからに決まっているだろうが…」
ロシュが怪訝そうな顔をして小首を傾げると、ギュスターヴはゆっくりと体を起こしてものすごく不機嫌そうな顔をしながら言った。
「あの野郎…、アリシアさんと一緒にいるのに邪魔だとか言って、魔法で吹き飛ばしてきて、一晩中、ずっとここにぶら下げされていた…」
「降りなかったのかい?」
「動けなかった。暗示っぽいのを掛けられて、それを破るのにすごく苦労したから…」
そう言いながらも、まだ血の気のない顔をしているギュスターヴを見ながら、ロシュはやれやれと首を横に振って携帯灰皿に煙草を押し付けて消した。
「そういやぁ、あんた。あの、巨大企業ISALの飼い犬に情報を流していたんだってね?」
ギュスターヴが動きを止める。
「…ッ、なんで…知っている?」
「マリアンヌ様がハインツ共々捕まえられて、反省部屋で一時間過ごしている間に、シリウス様の尋問であっという間にゲロったよ」
「姫が…」
「まあ、隠し立てする気はなかったけど、そういう人材を自分の騎士に入れると面白いことになる気がしたって姫様は言っていたみたいだけどね」
ギュスターヴは視線を背けた。
「王家の存亡にかかわるようなことや、スキャンダルになるようなことは絶対に漏らしていない。それだけは誓って言える」
「あたしはあんたを責める気なんてこれっぽっちもないけどさ、そんなことをしなきゃいけないってことは脅されていたのかい?」
ギュスターヴは首を横に振った。
「脅されたというより、恩を売られた。俺では到底、なしえなかったことを奴は堂々とやってのけただけだ。――まあ、俺もいつか騎士になって力を付けたらしようと思っていたことで、アプローチを間違えた結果なんだがな」
ロシュがものすごく嫌そうな顔をした。
「まどろっこしいから早く言え」
「スミマセン…」
凄まれて首を竦めながらギュスターヴは自然と正座をしつつ告げる。
「妹の仇を討ってもらったんだ」
「はーん、なるほど。で、それを手玉にとられて、まんまと利用されたってことねぇ」
ロシュはそう言うと、携帯灰皿を仕舞い、メモを取り出して素早く書きつけた。
「じゃあ、その仮面の道化って男の正体も知っているのかい?」
「…いや、単にISALのエージェントで、コードネームがナハトというくらいしか。後は白い花びらに変わる、喋る剣を持っているってことくらい…です」
ギュスターヴが正座したままそう言うと、ロシュはふむふむと何度も頷いた。
「喋る剣に白い花。ナハト…仮面の男ねぇ。本名は知らない?」
「知っていると思うのか?」
引きつった顔をしたギュスターヴの顔を一瞥したロシュが冷たい目をした。
「まあ、そうだよねぇ。利用しているだけの男に本名なんて教えるわけがない。――つまり、あんたはいいように利用されてきたってことか」
「…その通りでございます」
言い返せるほどの言葉もなく、彼は俯きながらそう言うと、ロシュはメモを取る手を止めた。
「じゃあ、なんの聖龍なのか知らないんだ?」
「ロシュこそ、なんでそんなことを…?」
「イエスかノーでさっさと答えな」
強い口調でそう言われ、ギュスターヴは「知りません」と呟くように言った。
☆
「――情報を統合すると、ギュスターヴはその仮面の道化に『妹の仇を討ってもらった恩』として働かされていたようです。その仮面の道化については調査中ですが、『妖刀使い』のようですね。白い花というと、”飛燕”でしょうか」
メイド服を着た女がそう告げると、シリウスは小さく息を吐き出した。
「ご苦労だったな、ロシュ」
「いえ、王家のためならば容易いものです」
いつもと違い、上品な佇まいをしているロシュにシリウスがフッと優しく微笑んだ。
「君の働きには感謝しているよ、ローシュエルナ。その調子でマリアンヌのことも頼んだよ」
「お褒め頂き光栄の至りでございます。ところで、シリウス様。その、ナハトという男についてはいかがしましょうか?」
ロシュがそう尋ねると、シリウスは目を細めた。
「できれば穏便に済ませたいが、相手の出方によっては戦わざるを得ないだろうな」
ロシュは片膝をつく騎士の礼を取った。
「ご武運を」
「お守りなら私のスーにもらってきた。だから大丈夫だとも」
そう言いながら幸せそうに額に手をやったシリウスの顔を見ながらロシュはちょっとだけ呆れた顔をした。
「惚気すぎてフォレス殿を虐めないであげてくださいね?」
「ああ、わかっている。君の義兄の胃をもっと緩められるように私もつとめようじゃないか」
「…私の姉と、ちょっと仕事のことでギスギスしているようですし、労わってやってください」
「承知した」
シリウスはそう言うと、部屋を出て行った。それを見送ったロシュはふと、心配そうな顔で窓の外に見える森の方を振り返った。
「あの子は大丈夫かね…?」
昨日の雨で何かが飛ばされてきたのだと思ったが、それは雨に濡れた布ではなく、人の手であることに気が付いて思わず煙草を落としそうになった。
「ひ、人!?」
慌てて木に駆け寄ると、ギュスターヴがぐったりと木の枝に垂れ下がっていた。
「お、おい、ギュスターヴ!?」
恐るおそると言った風に声を掛けたロシュは、ピクッとギュスターヴが動いたので胸を撫で下ろした。
「ギュスターヴ、大丈夫かい?」
「…無事に、見えるか?」
「まあ、派手にやられたのかとは思うけど、…ラクラにぶっ飛ばされたなら、それはしゃーないって話さね」
ロシュがヒラヒラと手を振ると、ギュスターヴは魔法でゆっくりと着地し、ひれ伏すような形で倒れこんだ。
「ラクラの顔さえ見ていない」
「ありゃ? なんで?」
「仮面の道化にぶっ飛ばされたからに決まっているだろうが…」
ロシュが怪訝そうな顔をして小首を傾げると、ギュスターヴはゆっくりと体を起こしてものすごく不機嫌そうな顔をしながら言った。
「あの野郎…、アリシアさんと一緒にいるのに邪魔だとか言って、魔法で吹き飛ばしてきて、一晩中、ずっとここにぶら下げされていた…」
「降りなかったのかい?」
「動けなかった。暗示っぽいのを掛けられて、それを破るのにすごく苦労したから…」
そう言いながらも、まだ血の気のない顔をしているギュスターヴを見ながら、ロシュはやれやれと首を横に振って携帯灰皿に煙草を押し付けて消した。
「そういやぁ、あんた。あの、巨大企業ISALの飼い犬に情報を流していたんだってね?」
ギュスターヴが動きを止める。
「…ッ、なんで…知っている?」
「マリアンヌ様がハインツ共々捕まえられて、反省部屋で一時間過ごしている間に、シリウス様の尋問であっという間にゲロったよ」
「姫が…」
「まあ、隠し立てする気はなかったけど、そういう人材を自分の騎士に入れると面白いことになる気がしたって姫様は言っていたみたいだけどね」
ギュスターヴは視線を背けた。
「王家の存亡にかかわるようなことや、スキャンダルになるようなことは絶対に漏らしていない。それだけは誓って言える」
「あたしはあんたを責める気なんてこれっぽっちもないけどさ、そんなことをしなきゃいけないってことは脅されていたのかい?」
ギュスターヴは首を横に振った。
「脅されたというより、恩を売られた。俺では到底、なしえなかったことを奴は堂々とやってのけただけだ。――まあ、俺もいつか騎士になって力を付けたらしようと思っていたことで、アプローチを間違えた結果なんだがな」
ロシュがものすごく嫌そうな顔をした。
「まどろっこしいから早く言え」
「スミマセン…」
凄まれて首を竦めながらギュスターヴは自然と正座をしつつ告げる。
「妹の仇を討ってもらったんだ」
「はーん、なるほど。で、それを手玉にとられて、まんまと利用されたってことねぇ」
ロシュはそう言うと、携帯灰皿を仕舞い、メモを取り出して素早く書きつけた。
「じゃあ、その仮面の道化って男の正体も知っているのかい?」
「…いや、単にISALのエージェントで、コードネームがナハトというくらいしか。後は白い花びらに変わる、喋る剣を持っているってことくらい…です」
ギュスターヴが正座したままそう言うと、ロシュはふむふむと何度も頷いた。
「喋る剣に白い花。ナハト…仮面の男ねぇ。本名は知らない?」
「知っていると思うのか?」
引きつった顔をしたギュスターヴの顔を一瞥したロシュが冷たい目をした。
「まあ、そうだよねぇ。利用しているだけの男に本名なんて教えるわけがない。――つまり、あんたはいいように利用されてきたってことか」
「…その通りでございます」
言い返せるほどの言葉もなく、彼は俯きながらそう言うと、ロシュはメモを取る手を止めた。
「じゃあ、なんの聖龍なのか知らないんだ?」
「ロシュこそ、なんでそんなことを…?」
「イエスかノーでさっさと答えな」
強い口調でそう言われ、ギュスターヴは「知りません」と呟くように言った。
☆
「――情報を統合すると、ギュスターヴはその仮面の道化に『妹の仇を討ってもらった恩』として働かされていたようです。その仮面の道化については調査中ですが、『妖刀使い』のようですね。白い花というと、”飛燕”でしょうか」
メイド服を着た女がそう告げると、シリウスは小さく息を吐き出した。
「ご苦労だったな、ロシュ」
「いえ、王家のためならば容易いものです」
いつもと違い、上品な佇まいをしているロシュにシリウスがフッと優しく微笑んだ。
「君の働きには感謝しているよ、ローシュエルナ。その調子でマリアンヌのことも頼んだよ」
「お褒め頂き光栄の至りでございます。ところで、シリウス様。その、ナハトという男についてはいかがしましょうか?」
ロシュがそう尋ねると、シリウスは目を細めた。
「できれば穏便に済ませたいが、相手の出方によっては戦わざるを得ないだろうな」
ロシュは片膝をつく騎士の礼を取った。
「ご武運を」
「お守りなら私のスーにもらってきた。だから大丈夫だとも」
そう言いながら幸せそうに額に手をやったシリウスの顔を見ながらロシュはちょっとだけ呆れた顔をした。
「惚気すぎてフォレス殿を虐めないであげてくださいね?」
「ああ、わかっている。君の義兄の胃をもっと緩められるように私もつとめようじゃないか」
「…私の姉と、ちょっと仕事のことでギスギスしているようですし、労わってやってください」
「承知した」
シリウスはそう言うと、部屋を出て行った。それを見送ったロシュはふと、心配そうな顔で窓の外に見える森の方を振り返った。
「あの子は大丈夫かね…?」
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