王宮メイドは元聖女

夜風 りん

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姫様の専属侍女

ep4

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 作ってもらったレジュメを見ながらアリシアは一通りの流れを頭に入れていると、ロシュがトレーに乗せて二つ分のコーヒーを持ってきた。

 「お疲れさん」

 「ありがとうございます!」

 ロシュに差し出されたコーヒーを受け取ったアリシアは笑顔でそう言うと、ロシュは不敵な笑みを浮かべてアリシアの休憩に腰掛けている給湯室のベンチの隣へと腰を下ろした。

 「ど? 覚えられそうかい?」

 「マリアンヌ様の髪の結い方だけでもこんなにパターンがあるんですね」

 「そういうのは慣れだから。でも、貴族の女性でも最近は短いヘアスタイルの子もいるし、流行り廃りもあるから、そういうのは情報収集をキチンとしないとダメ。でも、マリアンヌ様は美人だし、どんなヘアスタイルも割と似合うし…まあ、時たま斬新なスタイルにしてもいいけど」

 「ほぇ~…」

 呆けたように口を開いたアリシアにクスッと笑いながらロシュはひらひらと手を振った。

 「そういうヘアメイクなんかは最初、見ていればいいさ。でも、基本業務の方はきちんと覚えてもらわないとね。ノーラと比べるつもりはないけど、荷物運びなんかもあるし、ある程度荷物運びができるようになった方がいい、ってところ。ノーラはティクだから力持ちだけど」

 「ティク…というと南の大陸に多い、三大戦闘民族ティク、ブリガンテ、龍人のティク、でしたっけ。黒髪に金の瞳を持つ鬼族やドワーフ族たちの混血だとか」

 アリシアはそう尋ねると、ロシュが頷いた。

 「そ。黒髪に金の目の『宵の民』。赤い髪の毛に橙の瞳の『暁の民』もティクにあるけど、ノーラは宵の民だね。過去が過去のハインツはともかくとして、ノーラはこっちの大陸に残された大陸裂断の頃の忘れられた一族だけど」

 「大陸が二つに分かれたのは1000年前、でしたよね?」

 「その通り。その前にだってティクやブリガンテはいたわけだし、取り残された一族が少しいた。――というわけさ。旧王朝が崩壊した年に大陸裂断事件。魔導砲で切り裂かれた大陸が黄の聖龍テレンの力で強引に引きはがされ、数百年かけて今の位置に至った…なんて神話クラスの話だけど」

 ロシュはコーヒーを啜ってから息を吐き出した。


 「さて、問題。あたしはどの部族出身でしょうか?」


 悪戯っぽく笑うロシュを見ながらアリシアはコーヒーを一口飲んでから小首を傾げた。

 「龍人、ですか?」

 「ありゃ、なんでわかったの?」

 「目立つ目の色と髪の色は大抵、龍人ですから」

 「ブリガンテにも二種類いるって知らないの?」

 「そう、なんですか? 公務の際は青髪に金の目をした方にしか会ったことはありませんけど…」

 「まあ、あたしは龍人だからいいんだけど、ブリガンテにはセイレーンの民とシルフの民の二種類がいるんだ。青髪に金の目がセイレーンの民。それともう一つ。ティクの暁の民に比べるとあまりにも少ないんだけど、少数部族のシルフの民っていうのもいて、銀髪に金の目をしているのさ。南の大陸では知らなきゃ色々と面倒なことだけど、北の大陸からすれば南の大陸にいる三大戦闘民族のどれかって、そういう認識なのかもね」

 アリシアは目を輝かせた。

 「詳しいですね」

 得意げにロシュがニヤリと笑う。

 「んふふ~、そりゃ、あたしは南の大陸出身だからねぇ」

 「南の大陸は船で行かなければならないので、安全を考慮してそれほど公務で行く機会はなかったのですけれど、南の大陸は大陸一つに一つの国があるんですよね」

 「そうそう。んで、そこには三つの民族がいるってハナシ」

 ロシュはコーヒーを一気に飲み干すと立ち上がった。

 「さて、専属侍女はずっと傍にいるイメージかもしれないけど、基本的には護衛騎士より弱いはずだからね。基本は護衛士が主をお守りして、専属侍女は支度や用事が済んだら退散して主のお部屋周りの掃除。それから、主が食事に行っている間に掃除を済ませて、夕飯は少しだけ遅くなる。――まあ、今までもあっただろうけどさ。掃除やベッドメイクをしてから夕飯だから、10分くらいは遅れるけど、そのあとは他の侍女と普段なら同じく就業時間終了ってわけ」

 「では、特別な日というのは?」

 「夜会。それと、主が夜に出かける際、着飾らなければならないとき。きちんと手当は出るから安心しな」

 アリシアはコーヒーを飲み干してからカップを膝の上に置き、メモを取った。

 「なるほど」

 ロシュはアリシアのカップを引き取り、トレーに乗せてシンクの方へ運んだ。そして、トレーを戻し、カップを洗う。

 「あ、私が洗いますよ」

 慌ててアリシアがそう言ったが、ロシュはさっさとカップを洗い終え、水切り籠にカップを置いた。

 「二つだけだし気を遣わなくたって大丈夫だって」

 そう言うと、時計を確認して肩をすくめた。

 「さて、姫様は食堂に向かった頃合いだし、あたしたちは掃除をして帰るとしますかねぇ。…あ、そうだ。せっかくだし、飲みに行かない?」

 「え、ご一緒していいんですか!?」

 「ああ、もちろん。先輩が払ってやる――と、言いたいところだけど、給料日前だから割り勘で」

 「いえ、その方がありがたいです。えへへ…なんだか新鮮です。先輩と一緒に飲みに行くのって初めてなんです。同期の二人はお酒があまり強くなくて、飲みに行くのを遠慮していたんですけど…お酒、結構好きなんです」

 「あー、そうだねぇ。メイドたちってそれぞれの持ち場をさっさと片付けて各々終了って感じだから、横のつながりって同期くらいしかないし、掃除以外の業務くらいでしか話なんて他の人と出来ないし」

 「そうなんです! だから、先輩ができて嬉しいんです」

 アリシアが嬉しそうに頬を上気させるのを見ながら、ロシュは不敵な笑みを浮かべた。

 「飲み比べなら負けないけどね?」



     ☆



 数時間後、給湯室のベンチの上、ギュスターヴは疲れ切った顔でベンチに座った。

 手を置いた場所に違和感を覚えて振り返ると、大粒のエメラルドのペンダントが落ちていた。眉間に皺を寄せた彼が裏側をひっくり返した時、そこに刻まれた呪文を見て目を見開いた。

 「…これは、二日酔い防止の紋章? …でも、こんなに高そうなもの誰が…?」

 そう呟いた時、ふと、鮮やかな深紅のドレスを纏った彼女の嬉しそうな笑顔が脳裏を横切り、彼女に手渡した見事なエメラルドのお守りを思い出した。

 「あ…」

 彼は目を見開くと駆け出した。

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