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教皇と元聖女
ep3
しおりを挟むエメル王国、水の都ウィノンにて――
盛大なファンファーレと共にたくさんの人々に出迎えられた教皇は従者のノエルと共に遊覧船で王宮へと向かっていた。
本当は新聖女と顔合わせをしてから行く予定だったのだが、まずはどうしても、どうしてもアリシアの安否を確認したかった教皇。
ゆえに、もっともらしく
『まずは女王へ挨拶するのが筋である』
そう宣言し、新聖女はそもそも教会の人間なので後回しにし、教会の後ろ盾たる各国のお偉い様にご挨拶、といった体を示したわけである。
だが、実際は可愛い我が子に会うためなのだが。
「ついに来たぞ、ノエル」
興奮冷めやらぬように船から身を乗り出そうとする教皇の襟首をつかんで無理やり座らせたノエルは護衛士であり従者として冷静な表情で周囲を見渡した。
「わかっていますから、大人しくしてください」
「ノエル、なんか冷たくないかい?」
「教皇様。ここは教皇庁ではないのですよ? 私の仕事は、あなたを守ることです。正教会に全ての人がいい顔をしているわけではありません。――わかってください」
「それはそうなんだけどさぁ」
拗ねたように教皇は口を尖らせる。
「いいから、笑顔で民衆へ手を振っていてください。そもそも、護衛士をみんな振り切って二人だけで来てしまったわけですけれど、自由に行動できるのは数日、ですからね」
教皇はノエルの言葉にうなずいた。
「それはわかっているさ。けどね」
「はい?」
「明後日は愛娘と親子デートを楽しめるんだよ!? アリシアも会えることを楽しみにしているって言ってくれているし、お父さん、頑張って抜け出しちゃうんだから!」
ノエルは前髪を掻き上げてやれやれと首を横に振った。
「知っています…。列車の中でずーっと王都の観光情報誌を見ていましたからね。御遣い様との約束を忘れてはいないですよね?」
「もちろんわかっているよ。…けど、実際に顔を見ないと安心できない。無理をしていたら、真正面で顔を見合わせたらお父さんセンサーで絶対にわかるもん!」
「ちょくちょくウザいです、教皇様」
「ノエルがそんなことを言うなんて…!」
教皇がショックを受けた顔をすると、ノエルは笑顔のまま小首を傾げたが、こめかみにピシッと青筋が立った。
「教皇様。今が公務中だということをお忘れなきように」
教皇はノエルの威圧感に押されて慌てたように笑顔を浮かべ、民衆へ向かって手を振った。そんな教皇の様子にノエルはやれやれと首を横に振って警戒に戻る。
ふと、彼は視線の端で屋根の上、煙突に凭れかかっているような人影を見つけてハッと振り返る。
だが、振り返ってもだれもおらず、ただ、影が伸びていただけだった。
(気のせい、かな…)
ノエルは剣の柄に手を掛けながら周囲により一層、警戒をしながら王宮までの船旅を続けていた。
☆
――何を考えているんだい?
黒フードの男は煙突の影に入り、のんびりと凭れながらどこからか掛けられた声に楽しそうに声を弾ませた。
「別に」
――その割には楽しそうだよ?
「青を欺いて街で散策するのはとても楽しいさ。それと…あんなに魔力の波長が心地いい人間に会うのは久しぶりだったから楽しいだけだ」
――そう。でも、余計なことをすると縄張り荒らしだと青に襲撃されるよ?
「それは怖い。ここは青の力があまりにも強いから、俺では勝てないだろうな」
黒フードの男は楽しそうに声を弾ませると、どこからか掛けられた声も楽しそうに声を弾ませた。
――くれぐれもうまくやってよね?
「これが仕事じゃなければとても楽しいんだが」
彼は小さく苦笑したような笑い声を立てた。
「あまり度が過ぎる依頼はきちんと断らないとダメだな」
――それはそうだよ。
「でも、そうじゃないと彼女に近づけないからな」
――やーい、変態!
その言葉に彼が怒ったような声で告げた。
「…飛燕、いくらお前でも後でぶっ飛ばすからな?」
――君に隠れていれば殴れないよ?
そんな不毛な言葉の掛け合いをしていると、彼は唐突に言葉を切った。
「…お前、いつまで姿を現さないつもりだ? 俺が一人で喋っている変人みたいだろうが。そんな寂しいやつになりたくないんだが」
――えへへ~、宿主の体に隠れられるのは便利だよね!
「はいはい…もういいよ」
彼がズルズルと煙突の壁をこするようにして座り込むと、その横にどこからともなくふわりと白い花びらが舞い上がり、それが渦巻いて純白の毛並みを持つオオカミが現れた。
「ナハト、どうする?」
「今日は寝る」
彼が蹲ったのを見ながら、そのオオカミが呆れたようにため息を漏らした。
「こんなところで寝たら、風邪をひくよ?」
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