王宮メイドは元聖女

夜風 りん

文字の大きさ
上 下
34 / 59
教皇と元聖女

ep3

しおりを挟む

 エメル王国、水の都ウィノンにて――


 盛大なファンファーレと共にたくさんの人々に出迎えられた教皇は従者のノエルと共に遊覧船で王宮へと向かっていた。
 本当は新聖女と顔合わせをしてから行く予定だったのだが、まずはどうしても、どうしてもアリシアの安否を確認したかった教皇。
 ゆえに、もっともらしく

 『まずは女王へ挨拶するのが筋である』

 そう宣言し、新聖女はそもそも教会の人間なので後回しにし、教会の後ろ盾たる各国のお偉い様にご挨拶、といった体を示したわけである。

 だが、実際は可愛い我が子に会うためなのだが。


 「ついに来たぞ、ノエル」


 興奮冷めやらぬように船から身を乗り出そうとする教皇の襟首をつかんで無理やり座らせたノエルは護衛士であり従者として冷静な表情で周囲を見渡した。

 「わかっていますから、大人しくしてください」

 「ノエル、なんか冷たくないかい?」

 「教皇様。ここは教皇庁ではないのですよ? 私の仕事は、あなたを守ることです。正教会に全ての人がいい顔をしているわけではありません。――わかってください」

 「それはそうなんだけどさぁ」

 拗ねたように教皇は口を尖らせる。

 「いいから、笑顔で民衆へ手を振っていてください。そもそも、護衛士をみんな振り切って二人だけで来てしまったわけですけれど、自由に行動できるのは数日、ですからね」

 教皇はノエルの言葉にうなずいた。

 「それはわかっているさ。けどね」

 「はい?」

 「明後日は愛娘と親子デートを楽しめるんだよ!? アリシアも会えることを楽しみにしているって言ってくれているし、お父さん、頑張って抜け出しちゃうんだから!」

 ノエルは前髪を掻き上げてやれやれと首を横に振った。

 「知っています…。列車の中でずーっと王都の観光情報誌を見ていましたからね。御遣い様との約束を忘れてはいないですよね?」

 「もちろんわかっているよ。…けど、実際に顔を見ないと安心できない。無理をしていたら、真正面で顔を見合わせたらお父さんセンサーで絶対にわかるもん!」

 「ちょくちょくウザいです、教皇様」

 「ノエルがそんなことを言うなんて…!」

 教皇がショックを受けた顔をすると、ノエルは笑顔のまま小首を傾げたが、こめかみにピシッと青筋が立った。

 「教皇様。今が公務中だということをお忘れなきように」

 教皇はノエルの威圧感に押されて慌てたように笑顔を浮かべ、民衆へ向かって手を振った。そんな教皇の様子にノエルはやれやれと首を横に振って警戒に戻る。
 ふと、彼は視線の端で屋根の上、煙突に凭れかかっているような人影を見つけてハッと振り返る。

 だが、振り返ってもだれもおらず、ただ、影が伸びていただけだった。

 (気のせい、かな…)

 ノエルは剣の柄に手を掛けながら周囲により一層、警戒をしながら王宮までの船旅を続けていた。



     ☆



 ――何を考えているんだい?

 黒フードの男は煙突の影に入り、のんびりと凭れながらどこからか掛けられた声に楽しそうに声を弾ませた。

 「別に」

 ――その割には楽しそうだよ?

 「青を欺いて街で散策するのはとても楽しいさ。それと…あんなに魔力の波長が心地いい人間に会うのは久しぶりだったから楽しいだけだ」

 ――そう。でも、余計なことをすると縄張り荒らしだと青に襲撃されるよ?

 「それは怖い。ここは青の力があまりにも強いから、俺では勝てないだろうな」

 黒フードの男は楽しそうに声を弾ませると、どこからか掛けられた声も楽しそうに声を弾ませた。

 ――くれぐれもうまくやってよね?

 「これが仕事じゃなければとても楽しいんだが」

 彼は小さく苦笑したような笑い声を立てた。


 「あまり度が過ぎる依頼はきちんと断らないとダメだな」


 ――それはそうだよ。

 「でも、そうじゃないと彼女に近づけないからな」

 ――やーい、変態!

 その言葉に彼が怒ったような声で告げた。

 「…飛燕、いくらお前でも後でぶっ飛ばすからな?」

 ――君に隠れていれば殴れないよ?

 そんな不毛な言葉の掛け合いをしていると、彼は唐突に言葉を切った。

 「…お前、いつまで姿を現さないつもりだ? 俺が一人で喋っている変人みたいだろうが。そんな寂しいやつになりたくないんだが」

 ――えへへ~、宿主の体に隠れられるのは便利だよね!

 「はいはい…もういいよ」

 彼がズルズルと煙突の壁をこするようにして座り込むと、その横にどこからともなくふわりと白い花びらが舞い上がり、それが渦巻いて純白の毛並みを持つオオカミが現れた。

 「ナハト、どうする?」

 「今日は寝る」

 彼が蹲ったのを見ながら、そのオオカミが呆れたようにため息を漏らした。


 「こんなところで寝たら、風邪をひくよ?」

しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

メイドから家庭教師にジョブチェンジ~特殊能力持ち貧乏伯爵令嬢の話~

Na20
恋愛
ローガン公爵家でメイドとして働いているイリア。今日も洗濯物を干しに行こうと歩いていると茂みからこどもの泣き声が聞こえてきた。なんだかんだでほっとけないイリアによる秘密の特訓が始まるのだった。そしてそれが公爵様にバレてメイドをクビになりそうになったが… ※恋愛要素ほぼないです。続きが書ければ恋愛要素があるはずなので恋愛ジャンルになっています。 ※設定はふんわり、ご都合主義です 小説家になろう様でも掲載しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...