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女王の帰還
ep1
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アリシアは早朝にお祈りを済ませると厩へ向かった時、目の前にぬぅっと白い馬が現れた。
額に一本角を持つそれは間違いなく一角獣ルピルである。
「おはようございます、姐さん! 庭の草むしり、終了しました!」
「お、おはようございます…って、なんで厩から出ているんですか!?」
「いや、別に厩にいても暇だったんで…少しでも姐さんの役に立ちたくて!」
白い歯を見せて満面の笑みを浮かべたルピルにアリシアは悩ましそうな顔を向けた。しかし、当人はというと、どこ吹く風で楽しそうに蹄をパカパカと鳴らしている。
「いえ、気持ちは大変ありがたいのです。――けど…私、ルピルの魔力が切れたら強制的に封印石に戻されるのではないかと不安なのですけど…大丈夫なのですか?」
「まだ呼ばれていないから問題ないっす! それに、一回眠ればその都度魔力は回復するんで! それより、姐さんの方は大丈夫ですか? 俺様のせいでケガをしたとなったら、馬刺しになるしかないじゃないですか」
「…ルピルの馬刺しは食べたくないです」
「え、マズそうだから、ですか!?」
ギョッとした彼にアリシアは首を横に振った。
「いえ、散々お世話になったのに、そんな羽目になってしまったら、私が泣きそうだからです」
「姐さん…!」
嬉しそうに尻尾をぶんぶん降りながらテンション高めにルピルが声を弾ませる。
「姐さんのためなら、何千回でも馬刺しになるぜ!」
「だから、ならないでくださいってば」
そんなやり取りをしていると、クスッと吹き出す声が聞こえ、ルピルが不機嫌そうに振り返った。
「誰だ?」
ギュスターヴが一頭の馬を連れて歩いてきたところだった。
「驚かせるつもりはなかったんだが、…仲がいいんだな」
ルピルが威嚇するように角を軽く振り、先端をギュスターヴの方に向くように構えた。
「このスケベ大魔王め、姐さんは渡さねぇぞ!」
ルピルの言葉にアリシアが頬を膨らませた。
「ルピル、失礼ですよ!」
「でも、姐さん。こいつは紳士の皮を被ったオオカミだ」
ルピルが口を尖らせると、ギュスターヴが顔をひきつらせた。
その言葉を聞き流しているのか、勢いよくアリシアはルピルの首を抱えるようにして頭を下げさせながら一緒に頭を下げた。
「うちのルピルが申し訳ございません! ギュスターヴ様、失礼をお許しください」
「ちょ、姐さん! 事実なんだから仕方がないだろ」
「ルピル、ギュスターヴ様は貴族なんですよ? しかも、侯爵家の血筋。ボディタッチ多めのクビになった司祭様たちと一緒にしたら失礼です!」
「姐さんに触れた機会にラッキースケベに走ったクソ野郎を俺様は断固として許さん。姐さんにセクハラというか、痴漢して俺様がとっちめたエロジジイと同格に決まっているんですよ」
「ルピルったら、もう!」
ルピルが憤慨して頭を上げると、ギュスターヴが苦い顔をした。
「その、怒っていないので気にしないでください。――そういえば、アリシアさんはどこの香水が好きですか?」
頭を上げたアリシアがキョトンとした顔をした。
「香水、ですか? 使ったこと、ないですよ。いつも手作りの石鹸を使っているんです。それを使うと動物も嫌がらない程度のいい匂いになって、私もいい気分になれますし、触れ合った動物たちにも不快な思いをさせないんです。あとは…お風呂の後にボディオイルを使うくらいでしょうか。冬場は乾燥が厳しいのでそれを使うと、とっても肌持ちがよくなるんです」
そういってにこりと笑った。
「今度、よかったら分けますよ?」
「そ、そうなのか…ありがとう」
ギュスターヴはアリシアがにっこりと笑うと声を詰まらせた。微かにのどぼとけが動き、生唾を飲んだのをルピルが目ざとく見つけてギロッと目を鋭くする。
アリシアはそんなルピルの様子に気が付いていないのか、のんびりと笑った。
「私、香水は苦手なんです。でも、ボディオイルや石鹸は香りが楽しめて好きですよ。中でもオレンジを使ったものが好きです」
ギュスターヴはまだ話したさそうにしていたが、一緒に連れている馬に促されるように背中を押され、つんのめった。
「何をするんだ、フェディーレ」
ルピルが不敵な笑みを浮かべる。
「話が長いってさ」
「…くっ」
ギュスターヴは仕方がないというように頭を振り、ルピルにも手綱を取り付け、彼の手綱も一緒に引いた。
「は?」
「馬は小屋に戻る時間だ」
「ええっ!? っていうか、早っ!」
「飼い馬がいれば嫌でも慣れる」
「俺様を馬と一緒にするなぁ!!」
ルピルがそう叫んで引っ張られながら厩に消えた後、アリシアはクスッと笑って頬を緩め、優しく微笑んだ。
「…ルピルも楽しそうね」
ルピルのために聖水を作ろうと厩に背を向けたアリシアは王宮へと歩を進めた。
しかし、ふと、地図を見ながら不思議そうに小首を傾げて戸惑った顔をしながらウロウロしている若い女性を見つけた。
「あの、どうかしましたか?」
アリシアが声をかけると、その女性がビクッと文字通りに飛び上がり、そして戸惑ったように視線を泳がせた。
「えっと…」
「どちらに向かわれますか?」
「その、王宮内の大聖堂に行きたいのですけれど、地図をもらったはずなのに迷子になってしまって…。た、楽しそうな声が聞こえたので、こちらかと思ったら全然違って…」
アリシアは念のため、地図を受け取ったのだが、丁寧に書き込みがされており、特に迷う要素はほとんど見受けられない地図だった。
一つ、彼女が持っている方向が90度違ったことを除いては。
「大丈夫ですよ。ご案内しますね」
ホッと胸を撫で下ろしたその女性は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
二人は一緒に聖堂へ向かって歩き出した。
額に一本角を持つそれは間違いなく一角獣ルピルである。
「おはようございます、姐さん! 庭の草むしり、終了しました!」
「お、おはようございます…って、なんで厩から出ているんですか!?」
「いや、別に厩にいても暇だったんで…少しでも姐さんの役に立ちたくて!」
白い歯を見せて満面の笑みを浮かべたルピルにアリシアは悩ましそうな顔を向けた。しかし、当人はというと、どこ吹く風で楽しそうに蹄をパカパカと鳴らしている。
「いえ、気持ちは大変ありがたいのです。――けど…私、ルピルの魔力が切れたら強制的に封印石に戻されるのではないかと不安なのですけど…大丈夫なのですか?」
「まだ呼ばれていないから問題ないっす! それに、一回眠ればその都度魔力は回復するんで! それより、姐さんの方は大丈夫ですか? 俺様のせいでケガをしたとなったら、馬刺しになるしかないじゃないですか」
「…ルピルの馬刺しは食べたくないです」
「え、マズそうだから、ですか!?」
ギョッとした彼にアリシアは首を横に振った。
「いえ、散々お世話になったのに、そんな羽目になってしまったら、私が泣きそうだからです」
「姐さん…!」
嬉しそうに尻尾をぶんぶん降りながらテンション高めにルピルが声を弾ませる。
「姐さんのためなら、何千回でも馬刺しになるぜ!」
「だから、ならないでくださいってば」
そんなやり取りをしていると、クスッと吹き出す声が聞こえ、ルピルが不機嫌そうに振り返った。
「誰だ?」
ギュスターヴが一頭の馬を連れて歩いてきたところだった。
「驚かせるつもりはなかったんだが、…仲がいいんだな」
ルピルが威嚇するように角を軽く振り、先端をギュスターヴの方に向くように構えた。
「このスケベ大魔王め、姐さんは渡さねぇぞ!」
ルピルの言葉にアリシアが頬を膨らませた。
「ルピル、失礼ですよ!」
「でも、姐さん。こいつは紳士の皮を被ったオオカミだ」
ルピルが口を尖らせると、ギュスターヴが顔をひきつらせた。
その言葉を聞き流しているのか、勢いよくアリシアはルピルの首を抱えるようにして頭を下げさせながら一緒に頭を下げた。
「うちのルピルが申し訳ございません! ギュスターヴ様、失礼をお許しください」
「ちょ、姐さん! 事実なんだから仕方がないだろ」
「ルピル、ギュスターヴ様は貴族なんですよ? しかも、侯爵家の血筋。ボディタッチ多めのクビになった司祭様たちと一緒にしたら失礼です!」
「姐さんに触れた機会にラッキースケベに走ったクソ野郎を俺様は断固として許さん。姐さんにセクハラというか、痴漢して俺様がとっちめたエロジジイと同格に決まっているんですよ」
「ルピルったら、もう!」
ルピルが憤慨して頭を上げると、ギュスターヴが苦い顔をした。
「その、怒っていないので気にしないでください。――そういえば、アリシアさんはどこの香水が好きですか?」
頭を上げたアリシアがキョトンとした顔をした。
「香水、ですか? 使ったこと、ないですよ。いつも手作りの石鹸を使っているんです。それを使うと動物も嫌がらない程度のいい匂いになって、私もいい気分になれますし、触れ合った動物たちにも不快な思いをさせないんです。あとは…お風呂の後にボディオイルを使うくらいでしょうか。冬場は乾燥が厳しいのでそれを使うと、とっても肌持ちがよくなるんです」
そういってにこりと笑った。
「今度、よかったら分けますよ?」
「そ、そうなのか…ありがとう」
ギュスターヴはアリシアがにっこりと笑うと声を詰まらせた。微かにのどぼとけが動き、生唾を飲んだのをルピルが目ざとく見つけてギロッと目を鋭くする。
アリシアはそんなルピルの様子に気が付いていないのか、のんびりと笑った。
「私、香水は苦手なんです。でも、ボディオイルや石鹸は香りが楽しめて好きですよ。中でもオレンジを使ったものが好きです」
ギュスターヴはまだ話したさそうにしていたが、一緒に連れている馬に促されるように背中を押され、つんのめった。
「何をするんだ、フェディーレ」
ルピルが不敵な笑みを浮かべる。
「話が長いってさ」
「…くっ」
ギュスターヴは仕方がないというように頭を振り、ルピルにも手綱を取り付け、彼の手綱も一緒に引いた。
「は?」
「馬は小屋に戻る時間だ」
「ええっ!? っていうか、早っ!」
「飼い馬がいれば嫌でも慣れる」
「俺様を馬と一緒にするなぁ!!」
ルピルがそう叫んで引っ張られながら厩に消えた後、アリシアはクスッと笑って頬を緩め、優しく微笑んだ。
「…ルピルも楽しそうね」
ルピルのために聖水を作ろうと厩に背を向けたアリシアは王宮へと歩を進めた。
しかし、ふと、地図を見ながら不思議そうに小首を傾げて戸惑った顔をしながらウロウロしている若い女性を見つけた。
「あの、どうかしましたか?」
アリシアが声をかけると、その女性がビクッと文字通りに飛び上がり、そして戸惑ったように視線を泳がせた。
「えっと…」
「どちらに向かわれますか?」
「その、王宮内の大聖堂に行きたいのですけれど、地図をもらったはずなのに迷子になってしまって…。た、楽しそうな声が聞こえたので、こちらかと思ったら全然違って…」
アリシアは念のため、地図を受け取ったのだが、丁寧に書き込みがされており、特に迷う要素はほとんど見受けられない地図だった。
一つ、彼女が持っている方向が90度違ったことを除いては。
「大丈夫ですよ。ご案内しますね」
ホッと胸を撫で下ろしたその女性は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
二人は一緒に聖堂へ向かって歩き出した。
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