お嬢様、ご乱心!

夜風 りん

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プロローグ 悪役令嬢の目覚め

ep7

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 屋敷に着くと、まずはエマが降り、次にギースノークが降り、彼からアナスターシャへサッと手を差し伸べられた。

 「お手を」

 「はい」

 いかにもお嬢様らしい状況に胸が躍るものの、その手を取って降り立ったところで、ふいに冷や水を浴びせられたような気分になった。

 (あ、でも、私は悪役なのでした)

 その現実に少し残念さを感じつつ、それでも学園に上がる前まではお嬢様ライフを堪能したいと思いながら、降りてきたアールがエスコートを断ってストンと地面へ着地したのを見ていた。

 「アナスターシャ、荷下ろしと荷解きに時間がかかるだろうからね。少し屋敷を一緒に見て回らないかい?」

 「行きますわ、おじい様!」

 ハイテンションにそう返したアナスターシャは祖父に駆け寄り、軽く腕を組んだ。
 嬉しそうにニコニコしているアールの横顔を眺めた後、アナスターシャは実家以上に豪勢な住宅を見て目を白黒させていた。

 「…あの、おじい様? ここは別荘ですわよね? その割にはとても豪華なのですけれど…?」

 遠慮がちにそう尋ねると、アールはクスクスと笑った。

 「まさか。こっちが本邸だよ?」

 「え…」

 言葉に詰まるアナスターシャにアールは愛おしそうに目を細めながら、楽しそうに口元を緩めていた。

 「嘘うそ。冗談だよ、アナスターシャ。これは私専用の邸宅。息子でも入れてやるつもりはない家だけど、アナスターシャのためなら何度だって門を開いてあげるよ」

 「おじい様専用の邸宅…。すごい豪華ですわね」

 目をキラキラさせているアナスターシャの顔を満足そうに振り返ったアールは、少しだけ得意げな顔をして組んだ腕とは反対側の手でポンポンッと彼女の頭を優しく撫でたのだった。


 「アナスターシャがいい人を見つけて結婚したら、この邸宅はプレゼントするよ」


 そう言われた瞬間、アナスターシャはどきりとした。

 (うっ、…婚約破棄される前に悪役になるのがばれていると…?)

 彼女はとりあえず作り笑いを浮かべた。

 「お、おほほ、おじい様ってば。私にはゼーク殿下という婚約者がいるではありませんの」

 すると、アールは目を細めた。

 「私には、お前がそこまで婚約者を愛しているとは思えないのだけど?」

 「…仮にそうでも、一般論として親が決めた結婚は子の一存で覆るものではない、でしょう?」

 アナスターシャは変に嘘をついてもバレるだけだと考え、一般論を告げるとアールはにっこりと笑って遠い目をしながら天井の方を見上げる。

 「もっと上が覆したならば話は別だよ」

 「もっと上?」

 キョトンとしてしまったアナスターシャにアールが悪戯っぽく笑って振り返った。

 「なんといっても、私は”怪人”のようなものだからね」

 「裏社会のドンですわね!」

 彼女が盛大に勘違いとも言えそうなレベルの場外ファールを打ち上げて話を終わらせようと考えたのだが、アールはにこやかに笑っただけ。
 その笑顔に妙な違和感を感じながらアナスターシャは尋ねた。

 「おじい様?」

 「いや、言いえて妙だなと思ってね」

 「え?」

 アールはそれ以上応えず、通路の窓から見える庭の噴水を指さして言った。

 「見てごらん。アナスターシャの家にあった噴水と同じくらい豪華だろう?」

 アナスターシャはそれ以上の追及をしたい気持ちと、そして聞きたくないような複雑な気持ちを腹の底へと沈め、ホッと息を吐き出した。

 (もうっ、おじい様ってば。私をからかっただけですわね…)

 そう内心で呟いた後、アールの指さした噴水の方へ目を向け、彼女はその瞳を輝かせる。


 「わあ…大きさは同じですけれど、高さは二倍くらいありますわね! 上にある彫像の台座、その下から流れ落ちるタイプのものですわね!」


 アールは得意げに言った。

 「その通り。でも、彫像の持っている水瓶からも流れ落ちているのがわかるかい?」

 「ええ! あの彫像は…鳥、ですか? とても美しい鳥ですわね。でも、尻尾はトカゲ…いえ、龍のようですし、足も龍のそれですけれど…魔物ですの?」

 彫像は嘴と鳥の翼のような双翼を持っている羽毛のようなタッチで表面に模様が彫り込まれている彫像だったが、護衛についてくれていた龍のような尻尾と足があった。
 そして、よく見ると翼に龍の手のようなものがあり、翼と前足が一緒になったワイバーンのようなものだと推測された。
 足で抑え込んだ水瓶からも滑り台のように水が流れ落ちている。

 「魔物じゃないよ、アナスターシャ。あれは青の聖龍シリウスの彫像。水を司る聖龍だからね。水回りに使うと縁起がいいとされているんだ」


 「青の聖龍?」


 不思議そうに小首を傾げたアナスターシャが思い出そうとしていると、アールが助け舟を出した。

 「地水火風光闇無全…その八つを色で表すのが昔からの習わしでね。黄青赤緑白黒銀虹って表すんだよ。…って、魔法の勉強で習ったと思うのだけど思い出したかな?」

 「そういえば…」

 ぼんやりと現世の記憶が思い出され、やがて魔法の項目までたどり着いた。

 「そして、聖龍とは始祖龍の眷属たる七匹をまとめてそう呼ぶんだよ」

 「始祖龍?」

 「この世界の創世の神。大いなる八翼の蛇。星の母。…様々な呼び名があるけれど、聖龍たちは彼女のことをこう呼ぶんだ。――シャルフィーリアと」

 前世の記憶を取り戻した直後に気絶させられてから、あの白い空間で見た八翼の白い龍を思い出した。

 「あの白い龍が始祖龍のシャルフィーリア…」

 ぽつりと独り言をつぶやいたアナスターシャの方をちらりと振り返ったアールは、噴水へと目を戻して孫に見えないように寂しそうにフッと笑った。

 「その眷属が聖龍だよ。神とみるのか、それとも使い魔若しくはお遣い様とあがめるようにみるのか…そういうのは宗教によって違うけれど、私にとっては……――っと、話しすぎたね」

 我に返ったアナスターシャはアールを振り返ると、祖父は見慣れた穏やかな笑顔を浮かべていた。

 「私の邸宅は自分で言うのもあれだけど、広いからね。まだまだ見せたい場所はいっぱいあるんだよ」

 「楽しみですわ!」

 アナスターシャが顔を綻ばせると、アールは孫娘の屈託のない笑顔にホンワカと癒されていた。

 「気合を入れないとねぇ」

 「うふふっ、もう、おじい様ってば」


 祖父と孫はその後もぽわぽわと終始穏やかな表情でお屋敷探索をしていたが、アールは満面の笑みを浮かべており、また、アナスターシャも目を輝かせており、平和なお屋敷探索が食事休憩などを挟みつつ、丸一日続いたのだった。

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