7 / 9
プロローグ 悪役令嬢の目覚め
ep7
しおりを挟む
屋敷に着くと、まずはエマが降り、次にギースノークが降り、彼からアナスターシャへサッと手を差し伸べられた。
「お手を」
「はい」
いかにもお嬢様らしい状況に胸が躍るものの、その手を取って降り立ったところで、ふいに冷や水を浴びせられたような気分になった。
(あ、でも、私は悪役なのでした)
その現実に少し残念さを感じつつ、それでも学園に上がる前まではお嬢様ライフを堪能したいと思いながら、降りてきたアールがエスコートを断ってストンと地面へ着地したのを見ていた。
「アナスターシャ、荷下ろしと荷解きに時間がかかるだろうからね。少し屋敷を一緒に見て回らないかい?」
「行きますわ、おじい様!」
ハイテンションにそう返したアナスターシャは祖父に駆け寄り、軽く腕を組んだ。
嬉しそうにニコニコしているアールの横顔を眺めた後、アナスターシャは実家以上に豪勢な住宅を見て目を白黒させていた。
「…あの、おじい様? ここは別荘ですわよね? その割にはとても豪華なのですけれど…?」
遠慮がちにそう尋ねると、アールはクスクスと笑った。
「まさか。こっちが本邸だよ?」
「え…」
言葉に詰まるアナスターシャにアールは愛おしそうに目を細めながら、楽しそうに口元を緩めていた。
「嘘うそ。冗談だよ、アナスターシャ。これは私専用の邸宅。息子でも入れてやるつもりはない家だけど、アナスターシャのためなら何度だって門を開いてあげるよ」
「おじい様専用の邸宅…。すごい豪華ですわね」
目をキラキラさせているアナスターシャの顔を満足そうに振り返ったアールは、少しだけ得意げな顔をして組んだ腕とは反対側の手でポンポンッと彼女の頭を優しく撫でたのだった。
「アナスターシャがいい人を見つけて結婚したら、この邸宅はプレゼントするよ」
そう言われた瞬間、アナスターシャはどきりとした。
(うっ、…婚約破棄される前に悪役になるのがばれていると…?)
彼女はとりあえず作り笑いを浮かべた。
「お、おほほ、おじい様ってば。私にはゼーク殿下という婚約者がいるではありませんの」
すると、アールは目を細めた。
「私には、お前がそこまで婚約者を愛しているとは思えないのだけど?」
「…仮にそうでも、一般論として親が決めた結婚は子の一存で覆るものではない、でしょう?」
アナスターシャは変に嘘をついてもバレるだけだと考え、一般論を告げるとアールはにっこりと笑って遠い目をしながら天井の方を見上げる。
「もっと上が覆したならば話は別だよ」
「もっと上?」
キョトンとしてしまったアナスターシャにアールが悪戯っぽく笑って振り返った。
「なんといっても、私は”怪人”のようなものだからね」
「裏社会のドンですわね!」
彼女が盛大に勘違いとも言えそうなレベルの場外ファールを打ち上げて話を終わらせようと考えたのだが、アールはにこやかに笑っただけ。
その笑顔に妙な違和感を感じながらアナスターシャは尋ねた。
「おじい様?」
「いや、言いえて妙だなと思ってね」
「え?」
アールはそれ以上応えず、通路の窓から見える庭の噴水を指さして言った。
「見てごらん。アナスターシャの家にあった噴水と同じくらい豪華だろう?」
アナスターシャはそれ以上の追及をしたい気持ちと、そして聞きたくないような複雑な気持ちを腹の底へと沈め、ホッと息を吐き出した。
(もうっ、おじい様ってば。私をからかっただけですわね…)
そう内心で呟いた後、アールの指さした噴水の方へ目を向け、彼女はその瞳を輝かせる。
「わあ…大きさは同じですけれど、高さは二倍くらいありますわね! 上にある彫像の台座、その下から流れ落ちるタイプのものですわね!」
アールは得意げに言った。
「その通り。でも、彫像の持っている水瓶からも流れ落ちているのがわかるかい?」
「ええ! あの彫像は…鳥、ですか? とても美しい鳥ですわね。でも、尻尾はトカゲ…いえ、龍のようですし、足も龍のそれですけれど…魔物ですの?」
彫像は嘴と鳥の翼のような双翼を持っている羽毛のようなタッチで表面に模様が彫り込まれている彫像だったが、護衛についてくれていた龍のような尻尾と足があった。
そして、よく見ると翼に龍の手のようなものがあり、翼と前足が一緒になったワイバーンのようなものだと推測された。
足で抑え込んだ水瓶からも滑り台のように水が流れ落ちている。
「魔物じゃないよ、アナスターシャ。あれは青の聖龍シリウスの彫像。水を司る聖龍だからね。水回りに使うと縁起がいいとされているんだ」
「青の聖龍?」
不思議そうに小首を傾げたアナスターシャが思い出そうとしていると、アールが助け舟を出した。
「地水火風光闇無全…その八つを色で表すのが昔からの習わしでね。黄青赤緑白黒銀虹って表すんだよ。…って、魔法の勉強で習ったと思うのだけど思い出したかな?」
「そういえば…」
ぼんやりと現世の記憶が思い出され、やがて魔法の項目までたどり着いた。
「そして、聖龍とは始祖龍の眷属たる七匹をまとめてそう呼ぶんだよ」
「始祖龍?」
「この世界の創世の神。大いなる八翼の蛇。星の母。…様々な呼び名があるけれど、聖龍たちは彼女のことをこう呼ぶんだ。――シャルフィーリアと」
前世の記憶を取り戻した直後に気絶させられてから、あの白い空間で見た八翼の白い龍を思い出した。
「あの白い龍が始祖龍のシャルフィーリア…」
ぽつりと独り言をつぶやいたアナスターシャの方をちらりと振り返ったアールは、噴水へと目を戻して孫に見えないように寂しそうにフッと笑った。
「その眷属が聖龍だよ。神とみるのか、それとも使い魔若しくはお遣い様とあがめるようにみるのか…そういうのは宗教によって違うけれど、私にとっては……――っと、話しすぎたね」
我に返ったアナスターシャはアールを振り返ると、祖父は見慣れた穏やかな笑顔を浮かべていた。
「私の邸宅は自分で言うのもあれだけど、広いからね。まだまだ見せたい場所はいっぱいあるんだよ」
「楽しみですわ!」
アナスターシャが顔を綻ばせると、アールは孫娘の屈託のない笑顔にホンワカと癒されていた。
「気合を入れないとねぇ」
「うふふっ、もう、おじい様ってば」
祖父と孫はその後もぽわぽわと終始穏やかな表情でお屋敷探索をしていたが、アールは満面の笑みを浮かべており、また、アナスターシャも目を輝かせており、平和なお屋敷探索が食事休憩などを挟みつつ、丸一日続いたのだった。
「お手を」
「はい」
いかにもお嬢様らしい状況に胸が躍るものの、その手を取って降り立ったところで、ふいに冷や水を浴びせられたような気分になった。
(あ、でも、私は悪役なのでした)
その現実に少し残念さを感じつつ、それでも学園に上がる前まではお嬢様ライフを堪能したいと思いながら、降りてきたアールがエスコートを断ってストンと地面へ着地したのを見ていた。
「アナスターシャ、荷下ろしと荷解きに時間がかかるだろうからね。少し屋敷を一緒に見て回らないかい?」
「行きますわ、おじい様!」
ハイテンションにそう返したアナスターシャは祖父に駆け寄り、軽く腕を組んだ。
嬉しそうにニコニコしているアールの横顔を眺めた後、アナスターシャは実家以上に豪勢な住宅を見て目を白黒させていた。
「…あの、おじい様? ここは別荘ですわよね? その割にはとても豪華なのですけれど…?」
遠慮がちにそう尋ねると、アールはクスクスと笑った。
「まさか。こっちが本邸だよ?」
「え…」
言葉に詰まるアナスターシャにアールは愛おしそうに目を細めながら、楽しそうに口元を緩めていた。
「嘘うそ。冗談だよ、アナスターシャ。これは私専用の邸宅。息子でも入れてやるつもりはない家だけど、アナスターシャのためなら何度だって門を開いてあげるよ」
「おじい様専用の邸宅…。すごい豪華ですわね」
目をキラキラさせているアナスターシャの顔を満足そうに振り返ったアールは、少しだけ得意げな顔をして組んだ腕とは反対側の手でポンポンッと彼女の頭を優しく撫でたのだった。
「アナスターシャがいい人を見つけて結婚したら、この邸宅はプレゼントするよ」
そう言われた瞬間、アナスターシャはどきりとした。
(うっ、…婚約破棄される前に悪役になるのがばれていると…?)
彼女はとりあえず作り笑いを浮かべた。
「お、おほほ、おじい様ってば。私にはゼーク殿下という婚約者がいるではありませんの」
すると、アールは目を細めた。
「私には、お前がそこまで婚約者を愛しているとは思えないのだけど?」
「…仮にそうでも、一般論として親が決めた結婚は子の一存で覆るものではない、でしょう?」
アナスターシャは変に嘘をついてもバレるだけだと考え、一般論を告げるとアールはにっこりと笑って遠い目をしながら天井の方を見上げる。
「もっと上が覆したならば話は別だよ」
「もっと上?」
キョトンとしてしまったアナスターシャにアールが悪戯っぽく笑って振り返った。
「なんといっても、私は”怪人”のようなものだからね」
「裏社会のドンですわね!」
彼女が盛大に勘違いとも言えそうなレベルの場外ファールを打ち上げて話を終わらせようと考えたのだが、アールはにこやかに笑っただけ。
その笑顔に妙な違和感を感じながらアナスターシャは尋ねた。
「おじい様?」
「いや、言いえて妙だなと思ってね」
「え?」
アールはそれ以上応えず、通路の窓から見える庭の噴水を指さして言った。
「見てごらん。アナスターシャの家にあった噴水と同じくらい豪華だろう?」
アナスターシャはそれ以上の追及をしたい気持ちと、そして聞きたくないような複雑な気持ちを腹の底へと沈め、ホッと息を吐き出した。
(もうっ、おじい様ってば。私をからかっただけですわね…)
そう内心で呟いた後、アールの指さした噴水の方へ目を向け、彼女はその瞳を輝かせる。
「わあ…大きさは同じですけれど、高さは二倍くらいありますわね! 上にある彫像の台座、その下から流れ落ちるタイプのものですわね!」
アールは得意げに言った。
「その通り。でも、彫像の持っている水瓶からも流れ落ちているのがわかるかい?」
「ええ! あの彫像は…鳥、ですか? とても美しい鳥ですわね。でも、尻尾はトカゲ…いえ、龍のようですし、足も龍のそれですけれど…魔物ですの?」
彫像は嘴と鳥の翼のような双翼を持っている羽毛のようなタッチで表面に模様が彫り込まれている彫像だったが、護衛についてくれていた龍のような尻尾と足があった。
そして、よく見ると翼に龍の手のようなものがあり、翼と前足が一緒になったワイバーンのようなものだと推測された。
足で抑え込んだ水瓶からも滑り台のように水が流れ落ちている。
「魔物じゃないよ、アナスターシャ。あれは青の聖龍シリウスの彫像。水を司る聖龍だからね。水回りに使うと縁起がいいとされているんだ」
「青の聖龍?」
不思議そうに小首を傾げたアナスターシャが思い出そうとしていると、アールが助け舟を出した。
「地水火風光闇無全…その八つを色で表すのが昔からの習わしでね。黄青赤緑白黒銀虹って表すんだよ。…って、魔法の勉強で習ったと思うのだけど思い出したかな?」
「そういえば…」
ぼんやりと現世の記憶が思い出され、やがて魔法の項目までたどり着いた。
「そして、聖龍とは始祖龍の眷属たる七匹をまとめてそう呼ぶんだよ」
「始祖龍?」
「この世界の創世の神。大いなる八翼の蛇。星の母。…様々な呼び名があるけれど、聖龍たちは彼女のことをこう呼ぶんだ。――シャルフィーリアと」
前世の記憶を取り戻した直後に気絶させられてから、あの白い空間で見た八翼の白い龍を思い出した。
「あの白い龍が始祖龍のシャルフィーリア…」
ぽつりと独り言をつぶやいたアナスターシャの方をちらりと振り返ったアールは、噴水へと目を戻して孫に見えないように寂しそうにフッと笑った。
「その眷属が聖龍だよ。神とみるのか、それとも使い魔若しくはお遣い様とあがめるようにみるのか…そういうのは宗教によって違うけれど、私にとっては……――っと、話しすぎたね」
我に返ったアナスターシャはアールを振り返ると、祖父は見慣れた穏やかな笑顔を浮かべていた。
「私の邸宅は自分で言うのもあれだけど、広いからね。まだまだ見せたい場所はいっぱいあるんだよ」
「楽しみですわ!」
アナスターシャが顔を綻ばせると、アールは孫娘の屈託のない笑顔にホンワカと癒されていた。
「気合を入れないとねぇ」
「うふふっ、もう、おじい様ってば」
祖父と孫はその後もぽわぽわと終始穏やかな表情でお屋敷探索をしていたが、アールは満面の笑みを浮かべており、また、アナスターシャも目を輝かせており、平和なお屋敷探索が食事休憩などを挟みつつ、丸一日続いたのだった。
0
お気に入りに追加
896
あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ
奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。
スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

だから言ったでしょう?
わらびもち
恋愛
ロザリンドの夫は職場で若い女性から手製の菓子を貰っている。
その行為がどれだけ妻を傷つけるのか、そしてどれだけ危険なのかを理解しない夫。
ロザリンドはそんな夫に失望したーーー。

悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~
sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。
ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。
そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。
ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。
もう一度言おう。ヒロインがいない!!
乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。
※ざまぁ展開あり

【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう
蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。
王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。
味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。
しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。
「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」
あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。
ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。
だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!!
私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です!
さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ!
って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!?
※本作は小説家になろうにも掲載しています
二部更新開始しました。不定期更新です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる