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プロローグ 悪役令嬢の目覚め
ep4
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げんなりとした気持ちを隠して食堂に足を運んだアナスターシャを待っていたのは、長広いテーブルとずらりと並んだ椅子、そして二人分の食事と継母だった。
(…やっぱり好きになれませんわ、この人)
苦いものがこみ上げてくるのを感じ、アナスターシャは笑顔が引きつってしまいながらも優雅にお辞儀をした。
「遅ればせして申し訳ございません、お義母さま?」
そう告げると、継母は顔を上げて真正面に用意された料理のある席に顎で示して座るように促した。
「何をしているの? さっさと座りなさい」
「はい」
アナスターシャは嫌味っぽい口調に少しだけピクピクッと眉を動かしたが、深呼吸をして穏やかな笑みを繕いながら、ウォルターに引いてもらった席に腰を下ろした。
(嫁姑バトルじゃないけれど、この方のことは私…本当に大嫌い。相手も同じで嫌っているってわかっているだけに、話し合いなど無意味だということをあちらもわかっているはずですのに…)
平常心と念仏でも唱えるように心の中で何度も言い聞かせながら、穏やかに継母を見やった。
「何か御用でしょうか、お義母さま?」
継母はアナスターシャの方を一切見ることなく、最高級な霜降り肉のステーキを切り分けながら告げた。
「来月から通うことになる学園への寮への入寮についてなのだけど、首都の学校に行くのに入寮してあなたに余計な金をかけている場合じゃないの。――それはわかるかしら?」
何でもないことのように言っているが、嫌味をたっぷりと含んだ言い回しにアナスターシャは内心で毒づく。
(ババア、テメェはどうなんだよ…。余計な一回しか着ないドレスとか、流行おくれだからと言って身につけなくなった宝石をタンスの肥やしにして、無駄なクソばっかりこしらえているのはそちら側…っと、前世の汚い言葉遣いが…)
表面上は何でもないというように聞き流した風を装い、アナスターシャも食事を始めた。
幼い頃から現で身に着けた食事マナーはいかんなく発揮され、継母同様に上品な仕草で食事をする。
「貴族の息女が婚約者のお家に居座るようにとおっしゃるのですか、お義母さま?」
明らかに喧嘩を吹っかけるような棘がアナスターシャの言葉に出てしまったのは、もう、ご愛敬というところだろうか。
言葉でマウンティングの気配に、二人の食事をサポートするために見守っていた使用人たちの表情が強張ったが、アナスターシャの傍にいるウォルターだけは飄々と佇んでいた。
「まさか」
アナスターシャの言葉を鼻で笑った継母だが、その挑発に乗ることなくアナスターシャはまっすぐに継母を見つめ返し、一瞬、彼女自身にも継母とかち合った視線で火花が散ったのを感じた。
受けて立ってきたアナスターシャの様子に微かな苛立ちを見せながら継母が少し不機嫌に続ける。
「この私がリヴィングストン家の評判を落としたいなんて思うはずがないでしょう? あなたがいかに出来損ないで気味の悪い子供でも、このお家を守るためならないがしろにするわけがないじゃない?」
前の彼女だったらはっきりと傷ついて俯いてしまったであろう中傷。
だが、大人社会のストレスの潮流に耐え抜いてきた社会人という前世の記憶を”武装”として手に入れた彼女には、その程度の言葉の挑発に乗るわけもなく。
真向から返し手を放った。
「それはそうでしょう。この私のためにお家の名に泥を塗るわけにも参りませんもの」
クスクスと意地の悪い笑みを浮かべて見せると、継母が視線を揺らしてわずかに戸惑いを見せた。
優位が覆る感覚に、アナスターシャは思わず笑みをこぼしそうになり、取り出した扇子で口元を覆い隠す。
ただ、アナスターシャだけでなく、傍に控えるウォルターにまで少し口元をゆがめられており、余計にアナスターシャはおかしさをこらえるのに必死になっていた。
それに気が付いたのか、継母の表情が不機嫌になる。
「…とにかく、あなたには明日から首都に行ってもらいます。お義父さまには先週のうちに手紙を送ってあるので、歓迎してくれるはずよ」
アナスターシャは一瞬、誰のことを言っているのか考えたのだが、記憶の中に一人の適合人物の顔を思い浮かべた。
(おじい様のことですわね)
継母にとっては義父であり、アナスターシャの父親にとっては父親。そして、アナスターシャにとっては祖父に当たる人物。
その人は昔からアナスターシャには特別甘かったが、今の両親と折り合いが悪く、最近は文通以外で接触があるわけではなかった。
だが、幼いアナスターシャの頃の記憶にある『優しい祖父』のことを考えると、彼女は家にいる以上に安心してしまうことも事実であるほどに親愛の情を寄せていることを思い出す。
「つまり、おじい様のところで暮らしてよいということですのね?」
「そういうことよ」
ほぼ負けを認めたような継母の不機嫌すぎる態度を満足そうに見ていたアナスターシャは、扇子をしまい込んで上機嫌に食事へと戻ったのだが、その後、継母の態度も表情も終始変わらないままだった。
(おじい様の元に行くことができるというのなら、ここで暮らすよりは多少、のびのびと過ごせそうですわ)
まさに『溺愛』という表現がぴったりと当てはまるように甘やかしてくれる祖父のことを考え、キチンとしていれば居心地の悪いようには絶対にしないだろうという信頼が置ける空気感を思い出しながら、彼女は小さく口元を綻ばせた。
(…やっぱり好きになれませんわ、この人)
苦いものがこみ上げてくるのを感じ、アナスターシャは笑顔が引きつってしまいながらも優雅にお辞儀をした。
「遅ればせして申し訳ございません、お義母さま?」
そう告げると、継母は顔を上げて真正面に用意された料理のある席に顎で示して座るように促した。
「何をしているの? さっさと座りなさい」
「はい」
アナスターシャは嫌味っぽい口調に少しだけピクピクッと眉を動かしたが、深呼吸をして穏やかな笑みを繕いながら、ウォルターに引いてもらった席に腰を下ろした。
(嫁姑バトルじゃないけれど、この方のことは私…本当に大嫌い。相手も同じで嫌っているってわかっているだけに、話し合いなど無意味だということをあちらもわかっているはずですのに…)
平常心と念仏でも唱えるように心の中で何度も言い聞かせながら、穏やかに継母を見やった。
「何か御用でしょうか、お義母さま?」
継母はアナスターシャの方を一切見ることなく、最高級な霜降り肉のステーキを切り分けながら告げた。
「来月から通うことになる学園への寮への入寮についてなのだけど、首都の学校に行くのに入寮してあなたに余計な金をかけている場合じゃないの。――それはわかるかしら?」
何でもないことのように言っているが、嫌味をたっぷりと含んだ言い回しにアナスターシャは内心で毒づく。
(ババア、テメェはどうなんだよ…。余計な一回しか着ないドレスとか、流行おくれだからと言って身につけなくなった宝石をタンスの肥やしにして、無駄なクソばっかりこしらえているのはそちら側…っと、前世の汚い言葉遣いが…)
表面上は何でもないというように聞き流した風を装い、アナスターシャも食事を始めた。
幼い頃から現で身に着けた食事マナーはいかんなく発揮され、継母同様に上品な仕草で食事をする。
「貴族の息女が婚約者のお家に居座るようにとおっしゃるのですか、お義母さま?」
明らかに喧嘩を吹っかけるような棘がアナスターシャの言葉に出てしまったのは、もう、ご愛敬というところだろうか。
言葉でマウンティングの気配に、二人の食事をサポートするために見守っていた使用人たちの表情が強張ったが、アナスターシャの傍にいるウォルターだけは飄々と佇んでいた。
「まさか」
アナスターシャの言葉を鼻で笑った継母だが、その挑発に乗ることなくアナスターシャはまっすぐに継母を見つめ返し、一瞬、彼女自身にも継母とかち合った視線で火花が散ったのを感じた。
受けて立ってきたアナスターシャの様子に微かな苛立ちを見せながら継母が少し不機嫌に続ける。
「この私がリヴィングストン家の評判を落としたいなんて思うはずがないでしょう? あなたがいかに出来損ないで気味の悪い子供でも、このお家を守るためならないがしろにするわけがないじゃない?」
前の彼女だったらはっきりと傷ついて俯いてしまったであろう中傷。
だが、大人社会のストレスの潮流に耐え抜いてきた社会人という前世の記憶を”武装”として手に入れた彼女には、その程度の言葉の挑発に乗るわけもなく。
真向から返し手を放った。
「それはそうでしょう。この私のためにお家の名に泥を塗るわけにも参りませんもの」
クスクスと意地の悪い笑みを浮かべて見せると、継母が視線を揺らしてわずかに戸惑いを見せた。
優位が覆る感覚に、アナスターシャは思わず笑みをこぼしそうになり、取り出した扇子で口元を覆い隠す。
ただ、アナスターシャだけでなく、傍に控えるウォルターにまで少し口元をゆがめられており、余計にアナスターシャはおかしさをこらえるのに必死になっていた。
それに気が付いたのか、継母の表情が不機嫌になる。
「…とにかく、あなたには明日から首都に行ってもらいます。お義父さまには先週のうちに手紙を送ってあるので、歓迎してくれるはずよ」
アナスターシャは一瞬、誰のことを言っているのか考えたのだが、記憶の中に一人の適合人物の顔を思い浮かべた。
(おじい様のことですわね)
継母にとっては義父であり、アナスターシャの父親にとっては父親。そして、アナスターシャにとっては祖父に当たる人物。
その人は昔からアナスターシャには特別甘かったが、今の両親と折り合いが悪く、最近は文通以外で接触があるわけではなかった。
だが、幼いアナスターシャの頃の記憶にある『優しい祖父』のことを考えると、彼女は家にいる以上に安心してしまうことも事実であるほどに親愛の情を寄せていることを思い出す。
「つまり、おじい様のところで暮らしてよいということですのね?」
「そういうことよ」
ほぼ負けを認めたような継母の不機嫌すぎる態度を満足そうに見ていたアナスターシャは、扇子をしまい込んで上機嫌に食事へと戻ったのだが、その後、継母の態度も表情も終始変わらないままだった。
(おじい様の元に行くことができるというのなら、ここで暮らすよりは多少、のびのびと過ごせそうですわ)
まさに『溺愛』という表現がぴったりと当てはまるように甘やかしてくれる祖父のことを考え、キチンとしていれば居心地の悪いようには絶対にしないだろうという信頼が置ける空気感を思い出しながら、彼女は小さく口元を綻ばせた。
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