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女スパイと幹部くん 【ディアナ編】
閑話 秘書長と班長
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会長付き秘書が仕事をするための秘書室という部屋がある。基本は誰か一人が会長の補佐を行うわけだが、秘書としての業務も別途にあるわけで、会長補佐を行う以外の秘書たちが業務を行うオフィスであった。
すでに営業時間を過ぎ、夕暮れ時のオフィスで壁に寄りかかりながらのんびりと過ごしていた秘書長がノックの音で返事をした。
「はい」
「お呼びですか、秘書長?」
呼び出しを受けて秘書室に足を運んだリヒトが部屋に足を踏み入れると、秘書長が肩をすくめた。
「で? 君に任せた仕事の報告を聞いていないけど?」
「根回しは済ませておきましたよ。例のお嬢様の半ば専属とされている新米侍女に、お家のご子息と縁談させて逃がすのはどうかとさりげなく助言しておきました。それと、ディアナ・フェレウスの新しい戸籍名なのですが…」
書類を受け取った秘書長が大げさにため息を漏らす。
「まあ、いいけど…もうちょっと捻ったら? この会社の社員以外の人に生存を知られたら面倒なことになるし、当人にも慎重に行動してもらわなきゃいけないけど…名前で呼んだらばれるじゃないか」
「それは、えっと…」
「ごり押しでどこまで押し通せると思っているんだい? 彼女は確かにスイッチが入ると優秀だけど、ちょっとお堅いところがあるからね」
シュンと落ち込んだ顔をしたリヒトに秘書長は肩をすくめた。
「で? その侍女のお家にも根回しは済んでいるんだろうね?」
「もちろんです」
「なら、いい。…けど、ルルカには酷だね」
「?」
書類をめくりながらリヒトが接触したという侍女の名前を見ながら、秘書長はため息を漏らす。
「リアラ・イシュカ、か。と、なれば、例のお嬢様のお相手はその二人の兄のうちの一人。でも、長男坊のガイラクティオ・イシュカは既婚。独身なのは次男のヴィンセントと言うことになるわけだが…」
ピンッと紙を軽く弾いて秘書長は書類をファイルに綴じ、引き出しにしまい込んだ。
「ヴィンセントはディアナ・フェレウスの恋人だよ」
そう言うと、秘書長は上着を手に取ってロッカーから鞄を取り出した。
「戸籍に関しては明日、処理しておく。正式受理も済ませておくから安心しなさい。ただ、お嬢様の政略結婚相手として根回しした男の名前くらいは彼女に伝えておいた方がいい。――君に悪意がないのはわかっている。偶然だということも。けど、ここで気持ちを切り替えておかないと、次の任務に響くから」
「そう、ですか…」
「女の子っていうのは割と繊細なんだよ。強いようで存外脆い。男と違ってガラス細工なんだよ。特に年頃の乙女なんて生き物は」
上着を羽織った秘書長にリヒトが尋ねる。
「お帰りですか?」
「ああ。娘と息子が家で待っている。――最近、仕事も忙しいし、あの子たちにかまってやれないからシッターでも雇おうかと思っているんだが、いい人がいたら教えてくれ」
「そうします。ルルカさんは僕の班で責任を持ってお預かりしますのでご安心ください」
「ああ、頼んだよ。リディック・ヒードルシェ・トスカネロ?」
「…本名で呼ばないでくださいよ、仕事場で僕はリヒト・グーネットですから。それに、末の妹にこんなことをしていると知られたら、嫌われちゃうじゃないですか」
「お前の父と決闘してまで手に入れた入社と、努力で手に入れた今の地位だろう? 誇ればいいじゃないか」
「ですかね?」
曖昧に微笑んだリヒトは寂しそうに笑った。
秘書長は背を向けるとひらひらと手を振る。
「まあ、おつかれさん。今日は先にあがらせてもらうよ」
その背を見送りながら彼は深く頭を下げていた。
すでに営業時間を過ぎ、夕暮れ時のオフィスで壁に寄りかかりながらのんびりと過ごしていた秘書長がノックの音で返事をした。
「はい」
「お呼びですか、秘書長?」
呼び出しを受けて秘書室に足を運んだリヒトが部屋に足を踏み入れると、秘書長が肩をすくめた。
「で? 君に任せた仕事の報告を聞いていないけど?」
「根回しは済ませておきましたよ。例のお嬢様の半ば専属とされている新米侍女に、お家のご子息と縁談させて逃がすのはどうかとさりげなく助言しておきました。それと、ディアナ・フェレウスの新しい戸籍名なのですが…」
書類を受け取った秘書長が大げさにため息を漏らす。
「まあ、いいけど…もうちょっと捻ったら? この会社の社員以外の人に生存を知られたら面倒なことになるし、当人にも慎重に行動してもらわなきゃいけないけど…名前で呼んだらばれるじゃないか」
「それは、えっと…」
「ごり押しでどこまで押し通せると思っているんだい? 彼女は確かにスイッチが入ると優秀だけど、ちょっとお堅いところがあるからね」
シュンと落ち込んだ顔をしたリヒトに秘書長は肩をすくめた。
「で? その侍女のお家にも根回しは済んでいるんだろうね?」
「もちろんです」
「なら、いい。…けど、ルルカには酷だね」
「?」
書類をめくりながらリヒトが接触したという侍女の名前を見ながら、秘書長はため息を漏らす。
「リアラ・イシュカ、か。と、なれば、例のお嬢様のお相手はその二人の兄のうちの一人。でも、長男坊のガイラクティオ・イシュカは既婚。独身なのは次男のヴィンセントと言うことになるわけだが…」
ピンッと紙を軽く弾いて秘書長は書類をファイルに綴じ、引き出しにしまい込んだ。
「ヴィンセントはディアナ・フェレウスの恋人だよ」
そう言うと、秘書長は上着を手に取ってロッカーから鞄を取り出した。
「戸籍に関しては明日、処理しておく。正式受理も済ませておくから安心しなさい。ただ、お嬢様の政略結婚相手として根回しした男の名前くらいは彼女に伝えておいた方がいい。――君に悪意がないのはわかっている。偶然だということも。けど、ここで気持ちを切り替えておかないと、次の任務に響くから」
「そう、ですか…」
「女の子っていうのは割と繊細なんだよ。強いようで存外脆い。男と違ってガラス細工なんだよ。特に年頃の乙女なんて生き物は」
上着を羽織った秘書長にリヒトが尋ねる。
「お帰りですか?」
「ああ。娘と息子が家で待っている。――最近、仕事も忙しいし、あの子たちにかまってやれないからシッターでも雇おうかと思っているんだが、いい人がいたら教えてくれ」
「そうします。ルルカさんは僕の班で責任を持ってお預かりしますのでご安心ください」
「ああ、頼んだよ。リディック・ヒードルシェ・トスカネロ?」
「…本名で呼ばないでくださいよ、仕事場で僕はリヒト・グーネットですから。それに、末の妹にこんなことをしていると知られたら、嫌われちゃうじゃないですか」
「お前の父と決闘してまで手に入れた入社と、努力で手に入れた今の地位だろう? 誇ればいいじゃないか」
「ですかね?」
曖昧に微笑んだリヒトは寂しそうに笑った。
秘書長は背を向けるとひらひらと手を振る。
「まあ、おつかれさん。今日は先にあがらせてもらうよ」
その背を見送りながら彼は深く頭を下げていた。
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