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第一章 羽休め
ep1
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屋敷の前にたどり着くと、二人の子供が勢いよく屋敷から走り出てきた。
シリウスが先に馬車を降りるとしゃがみこみ、駆け寄ってきた二人の子供を抱きしめる。
「ただいま、クロニカ、ヴィクトル」
薄亜麻色の髪の毛に薄氷色の瞳をした少女と、銀髪に青い瞳をした少年がシリウスに抱き返して嬉しそうに顔を綻ばせている。
「おかえりなさい、パパ」
「おかえり…父上」
少女と少年がそう言うと、シリウスは破顔して少年のような笑みを浮かべながら二人の頭をわしゃわしゃとかき回し、二人がキャッキャと言いながら離れたところで立ち上がり、こちらを振り返った。
「さあ、こちらに」
スーヴィエラが少し戸惑いながら差し伸べられた手を握って降り立つと、二人の子供たちはぽかぁんと口を大きく開いて呆けた顔をした。
「紹介しよう。スーヴィエラさんだ。――お前たちのお世話役だよ」
シリウスがそう言うと、少女があからさまに胸を撫で下ろした。そして、すまし顔で軽くスカートの端をつまむ礼をする。
「お初にお目にかかります、クロニカ・ウルフィーヌ・ルルカディアと申します。どうぞよろしくお願いいたします、シッターさん」
クロニカと少女が名乗り、大人びた挨拶をした一方、少年――ヴィクトルは人見知りな性格なのか半ばクロニカに隠れながら小さく会釈し、か細い声で言った。
「ヴィクトル、です」
スーヴィエラは優雅にお辞儀をした。
「よろしくお願いいたします、クロニカさん、ヴィクトルさん」
そう言うと、クロニカがちょっと拗ねたように口を尖らせた。
「…よろしく」
ヴィクトルはあわあわしながら小さくお辞儀した。
「お、お願いします」
二人の子供に挨拶を終えたスーヴィエラはシリウスに手招きされて二人の子供に一礼した後、急ぎ足でシリウスの元に向かう。
すると、彼がそっと荷物を彼女の手から引きはがし、持ってくれた。
「こっちだ」
案内されてやってきたのはベッドとデスクセット、そしてクローゼットがある程度のシンプルな部屋だった。
「客間で悪いのだが、まあ、従者とか、家仕えの人とか、彼らと同じような間取りの部屋だから、問題ないかなと、思ってね。それに、あの子たちは甘えん坊だからこの部屋で眠ることはほとんどないだろうけど、ちょっと一人になりたいときとか、考えを落ち着けたいときにはやっぱり一人部屋も必要だろうし、この部屋を好きに使っていいからね」
「ありがとうございます、シリウス様」
スーヴィエラが頭を下げると、シリウスが彼女に手を伸ばした。びくりと彼女が首をすくめ、キュッと目を閉じたが、ポフッと頭に手が乗せられただけだった。
「え?」
スーヴィエラがキョトンとしていると、シリウスも不思議そうな顔をしていた。
「どうかしたのかい?」
「…い、いえ…」
「こういうスキンシップは慣れなかったかな? それは悪かった。…その、子供たちにもよくやるから、つい、クセでしてしまっただけで…いや、驚かせて悪かった」
彼が慌てて手を下ろしたのでスーヴィエラはホッとする反面、ほんの少し手が退けられるのを名残惜しく思いながら、その心の揺れに戸惑った。
「いえ、気にしていませんから平気です」
「…そうか。…あ、その、あれだ。この部屋は君が好きに使っていい。カーテンの色や絨毯の色が気に入らなかったら変えていいし、布団が寒いとか、熱いとか、家仕えの誰かにキチンと言ってくれれば対応するから」
「ありがとうございます」
スーヴィエラが頭を下げると、シリウスは荷物を机の上に下ろし、そして部屋を出てからかなり遠くの方でこちらを窺っている二人の子供たちの方へ足を向けた。
が、不意にスーヴィエラを振り返って微笑んだ。
「ああ、今日はゆっくりしていいよ。ただ、食事の方は私たち家族と一緒にこれから用意してもいいだろうか?」
「お食事ですか? …あの、あまり多く食べることができない体質なので、あまり味の濃くない、少量の料理を用意していただけるとありがたいのですけど…」
そう言ったスーヴィエラに、シリウスは優しく頷いた。
「料理長の方にはそう伝えておくよ」
「…あの、それと…お洋服はどうしたらいいでしょうか? お仕事用の服を用意した方がいいですか?」
「それはいいよ。シッターとして雇ったわけだし、侍女じゃない。けど、給仕服を着たいなら用意してもいいけれど…」
「え、いえ…そういうわけでは」
「だよね。給仕服を着たくて侍女になったって新人の子がいてね、よくわからない心理だが制服が好きってことなのかもしれないけど」
「そうなのですね」
シリウスは肩をすくめた。
「夕飯の時間になったら人を使わせるから、それまではゆっくりと休んでくれ。移動で疲れただろうし」
スーヴィエラは微かに息をのんだ。
(そんなに疲れた顔、見せていたっけ?)
実際、スーヴィエラは列車での移動と面接さえ受けられない徒労感、そして慣れない馬車の移動で疲れていたものの、感情が表に出ないと自負していただけにとても驚いた。
しかし、シリウスが単に気を遣っただけだろうとその考えを振り払って一礼すると、シリウスは二人の子供たちに歩み寄って二人と手をつなぎながら優しい声で何かを話しかけ、二人の子供たちがそれを聞いて嬉しそうに顔を綻ばせる様子を見送った。
ちょっとだけ、親子の仲睦まじい様子が羨ましいなと、そんな風に想いながら。
シリウスが先に馬車を降りるとしゃがみこみ、駆け寄ってきた二人の子供を抱きしめる。
「ただいま、クロニカ、ヴィクトル」
薄亜麻色の髪の毛に薄氷色の瞳をした少女と、銀髪に青い瞳をした少年がシリウスに抱き返して嬉しそうに顔を綻ばせている。
「おかえりなさい、パパ」
「おかえり…父上」
少女と少年がそう言うと、シリウスは破顔して少年のような笑みを浮かべながら二人の頭をわしゃわしゃとかき回し、二人がキャッキャと言いながら離れたところで立ち上がり、こちらを振り返った。
「さあ、こちらに」
スーヴィエラが少し戸惑いながら差し伸べられた手を握って降り立つと、二人の子供たちはぽかぁんと口を大きく開いて呆けた顔をした。
「紹介しよう。スーヴィエラさんだ。――お前たちのお世話役だよ」
シリウスがそう言うと、少女があからさまに胸を撫で下ろした。そして、すまし顔で軽くスカートの端をつまむ礼をする。
「お初にお目にかかります、クロニカ・ウルフィーヌ・ルルカディアと申します。どうぞよろしくお願いいたします、シッターさん」
クロニカと少女が名乗り、大人びた挨拶をした一方、少年――ヴィクトルは人見知りな性格なのか半ばクロニカに隠れながら小さく会釈し、か細い声で言った。
「ヴィクトル、です」
スーヴィエラは優雅にお辞儀をした。
「よろしくお願いいたします、クロニカさん、ヴィクトルさん」
そう言うと、クロニカがちょっと拗ねたように口を尖らせた。
「…よろしく」
ヴィクトルはあわあわしながら小さくお辞儀した。
「お、お願いします」
二人の子供に挨拶を終えたスーヴィエラはシリウスに手招きされて二人の子供に一礼した後、急ぎ足でシリウスの元に向かう。
すると、彼がそっと荷物を彼女の手から引きはがし、持ってくれた。
「こっちだ」
案内されてやってきたのはベッドとデスクセット、そしてクローゼットがある程度のシンプルな部屋だった。
「客間で悪いのだが、まあ、従者とか、家仕えの人とか、彼らと同じような間取りの部屋だから、問題ないかなと、思ってね。それに、あの子たちは甘えん坊だからこの部屋で眠ることはほとんどないだろうけど、ちょっと一人になりたいときとか、考えを落ち着けたいときにはやっぱり一人部屋も必要だろうし、この部屋を好きに使っていいからね」
「ありがとうございます、シリウス様」
スーヴィエラが頭を下げると、シリウスが彼女に手を伸ばした。びくりと彼女が首をすくめ、キュッと目を閉じたが、ポフッと頭に手が乗せられただけだった。
「え?」
スーヴィエラがキョトンとしていると、シリウスも不思議そうな顔をしていた。
「どうかしたのかい?」
「…い、いえ…」
「こういうスキンシップは慣れなかったかな? それは悪かった。…その、子供たちにもよくやるから、つい、クセでしてしまっただけで…いや、驚かせて悪かった」
彼が慌てて手を下ろしたのでスーヴィエラはホッとする反面、ほんの少し手が退けられるのを名残惜しく思いながら、その心の揺れに戸惑った。
「いえ、気にしていませんから平気です」
「…そうか。…あ、その、あれだ。この部屋は君が好きに使っていい。カーテンの色や絨毯の色が気に入らなかったら変えていいし、布団が寒いとか、熱いとか、家仕えの誰かにキチンと言ってくれれば対応するから」
「ありがとうございます」
スーヴィエラが頭を下げると、シリウスは荷物を机の上に下ろし、そして部屋を出てからかなり遠くの方でこちらを窺っている二人の子供たちの方へ足を向けた。
が、不意にスーヴィエラを振り返って微笑んだ。
「ああ、今日はゆっくりしていいよ。ただ、食事の方は私たち家族と一緒にこれから用意してもいいだろうか?」
「お食事ですか? …あの、あまり多く食べることができない体質なので、あまり味の濃くない、少量の料理を用意していただけるとありがたいのですけど…」
そう言ったスーヴィエラに、シリウスは優しく頷いた。
「料理長の方にはそう伝えておくよ」
「…あの、それと…お洋服はどうしたらいいでしょうか? お仕事用の服を用意した方がいいですか?」
「それはいいよ。シッターとして雇ったわけだし、侍女じゃない。けど、給仕服を着たいなら用意してもいいけれど…」
「え、いえ…そういうわけでは」
「だよね。給仕服を着たくて侍女になったって新人の子がいてね、よくわからない心理だが制服が好きってことなのかもしれないけど」
「そうなのですね」
シリウスは肩をすくめた。
「夕飯の時間になったら人を使わせるから、それまではゆっくりと休んでくれ。移動で疲れただろうし」
スーヴィエラは微かに息をのんだ。
(そんなに疲れた顔、見せていたっけ?)
実際、スーヴィエラは列車での移動と面接さえ受けられない徒労感、そして慣れない馬車の移動で疲れていたものの、感情が表に出ないと自負していただけにとても驚いた。
しかし、シリウスが単に気を遣っただけだろうとその考えを振り払って一礼すると、シリウスは二人の子供たちに歩み寄って二人と手をつなぎながら優しい声で何かを話しかけ、二人の子供たちがそれを聞いて嬉しそうに顔を綻ばせる様子を見送った。
ちょっとだけ、親子の仲睦まじい様子が羨ましいなと、そんな風に想いながら。
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