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序章 深淵の底で
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私の人生は物心ついた時から暗闇の中だった。
私は貴族の家に生まれた。でも、正妻の子ではなく、愛人程度のメイドの子として。
いつも何かとつけてケチをつけられ、子供への教育などはほとんど受けさせてもらえず、辛うじてメイドとして働くために必要な教育だけは先輩から教えてもらえたけれど、それ以上の知の欲求はすべて制限され、質問も主やその家族に対してすることは許されず、疑問を持つことさえ許されなかった。
愛人の子というなら母親の傍にいて、母親と共に逃げ出せばよかったのでは?
と、そうやって事情を知らない後輩メイドに聞かれたこともある。
でも、私の母親は私を産んですぐに死んだと聞いた。
けど、本当は――――私の母親は殺されたことを知っている。
そして、『お客様』をお通しする隠し部屋にご丁寧に剥製にされて飾られていることも、屋敷の古株なら皆が知っていることで、噂をしていたのだから。
剥製と言っても主に人形趣味があるわけじゃない。
母親は龍人と呼ばれる、龍の血を持つ種族だった。そして、その血ゆえに龍に変身することもできる人だった。
そして、母親はその龍族の中でも特に希少な『天龍』と呼ばれる珍しい龍の血を引く、とても希少な龍人の一人だった。
その龍は鱗ではなく滑らかな毛に覆われた蛇のような胴体に小さいながらもしっかりとした四肢を持つもので、天使もしくは白い鳥のような双翼を持つ。気性は穏やかで争いごとを嫌う気質で、戦う能力が低いし繁殖力も低すぎて絶滅危惧種の龍。
そんな母は私を生かしておく代わりに龍になった『龍化』状態のまま殺されることを選び、龍として死んだ母の体は剥製にされて、どこにあるかわからない隠し部屋にずっといる。
主は『お前は龍化できない出来損ないだから売り物にならない』と言っていたけれど、私自身、龍化できないわけじゃない。
ただ、記憶の奥底に泣きながら『絶対に人前では龍化しちゃいけないよ』と囁く母親の姿があるからそうならないだけで、私は飛べないわけじゃない。
死にたくなるようなことも多い人生だけど、死ぬのは怖いし痛いのは嫌だ。それに、母親のように殺されて剥製にされて飾られ続けるのはもっと嫌で、無様に生き続ける道を選んだ。
ほんの一ミリ運んだ荷物の位置を間違ったり、ほんの少し埃を残してしまったり、一秒でも仕事が遅かったら痛めつけられるけれど、そういうものなんだとしか思えなかった。
もう、辛いなんて感じることもなかったから。
ただ、ほんの少し光が差すようになった。
私が結婚許可が下りる16歳を過ぎると貴族の男に嫁がせるためなのかパーティに連れ出されることも多くなった頃。私にもパーティに連れていかれるときだけ専属侍女が付くようになった。
その時の担当は一番年下の見習い侍女リアラ。まだ5歳で、奉公に出られる年齢ギリギリだそうだけど、お家の事情から出てきたらしい。
ミスばかりだったけど、明るくて優しくて、そして私にも笑いかけてくれるような素直でいい子。
短気な奥様に殴られるのを見たくなくて、私が代わりに殴られると申し訳なさそうにしていた他の後輩とは違って、つたない治癒術で私を直そうとしてくれた優しい子。
そんなリアラが本気で家族へ歯向かおうとしてくれた。それも、私のために。
今まで一度も誰かに守られたことなんてなくて、あるかどうかさえ忘れていた心で本当に驚いた。それも、こんなに小さな子なのに、本当に行動力があってあわや噛みついてしまうところだったから。
リアラが私のために怒って、そして受けた傷跡を見て泣いて。
今まで受けたことが本当は当然のことではなかったんだと、その時初めて気が付いた。
そう思ったら自然と涙が零れて、私は人形じゃないことを思い知った。
リアラに縋り付いて自然と生まれて初めて弱音を漏らしていた。
「逃げたい」
って。
現実逃避の言葉に過ぎなかったのに、リアラはうんうんと何度も頷いて、その小さな手で優しく背中をさすってくれて『大丈夫ですからね』と言ってくれた。
その数日後、私の世界は唐突に変わることとなった。
私は貴族の家に生まれた。でも、正妻の子ではなく、愛人程度のメイドの子として。
いつも何かとつけてケチをつけられ、子供への教育などはほとんど受けさせてもらえず、辛うじてメイドとして働くために必要な教育だけは先輩から教えてもらえたけれど、それ以上の知の欲求はすべて制限され、質問も主やその家族に対してすることは許されず、疑問を持つことさえ許されなかった。
愛人の子というなら母親の傍にいて、母親と共に逃げ出せばよかったのでは?
と、そうやって事情を知らない後輩メイドに聞かれたこともある。
でも、私の母親は私を産んですぐに死んだと聞いた。
けど、本当は――――私の母親は殺されたことを知っている。
そして、『お客様』をお通しする隠し部屋にご丁寧に剥製にされて飾られていることも、屋敷の古株なら皆が知っていることで、噂をしていたのだから。
剥製と言っても主に人形趣味があるわけじゃない。
母親は龍人と呼ばれる、龍の血を持つ種族だった。そして、その血ゆえに龍に変身することもできる人だった。
そして、母親はその龍族の中でも特に希少な『天龍』と呼ばれる珍しい龍の血を引く、とても希少な龍人の一人だった。
その龍は鱗ではなく滑らかな毛に覆われた蛇のような胴体に小さいながらもしっかりとした四肢を持つもので、天使もしくは白い鳥のような双翼を持つ。気性は穏やかで争いごとを嫌う気質で、戦う能力が低いし繁殖力も低すぎて絶滅危惧種の龍。
そんな母は私を生かしておく代わりに龍になった『龍化』状態のまま殺されることを選び、龍として死んだ母の体は剥製にされて、どこにあるかわからない隠し部屋にずっといる。
主は『お前は龍化できない出来損ないだから売り物にならない』と言っていたけれど、私自身、龍化できないわけじゃない。
ただ、記憶の奥底に泣きながら『絶対に人前では龍化しちゃいけないよ』と囁く母親の姿があるからそうならないだけで、私は飛べないわけじゃない。
死にたくなるようなことも多い人生だけど、死ぬのは怖いし痛いのは嫌だ。それに、母親のように殺されて剥製にされて飾られ続けるのはもっと嫌で、無様に生き続ける道を選んだ。
ほんの一ミリ運んだ荷物の位置を間違ったり、ほんの少し埃を残してしまったり、一秒でも仕事が遅かったら痛めつけられるけれど、そういうものなんだとしか思えなかった。
もう、辛いなんて感じることもなかったから。
ただ、ほんの少し光が差すようになった。
私が結婚許可が下りる16歳を過ぎると貴族の男に嫁がせるためなのかパーティに連れ出されることも多くなった頃。私にもパーティに連れていかれるときだけ専属侍女が付くようになった。
その時の担当は一番年下の見習い侍女リアラ。まだ5歳で、奉公に出られる年齢ギリギリだそうだけど、お家の事情から出てきたらしい。
ミスばかりだったけど、明るくて優しくて、そして私にも笑いかけてくれるような素直でいい子。
短気な奥様に殴られるのを見たくなくて、私が代わりに殴られると申し訳なさそうにしていた他の後輩とは違って、つたない治癒術で私を直そうとしてくれた優しい子。
そんなリアラが本気で家族へ歯向かおうとしてくれた。それも、私のために。
今まで一度も誰かに守られたことなんてなくて、あるかどうかさえ忘れていた心で本当に驚いた。それも、こんなに小さな子なのに、本当に行動力があってあわや噛みついてしまうところだったから。
リアラが私のために怒って、そして受けた傷跡を見て泣いて。
今まで受けたことが本当は当然のことではなかったんだと、その時初めて気が付いた。
そう思ったら自然と涙が零れて、私は人形じゃないことを思い知った。
リアラに縋り付いて自然と生まれて初めて弱音を漏らしていた。
「逃げたい」
って。
現実逃避の言葉に過ぎなかったのに、リアラはうんうんと何度も頷いて、その小さな手で優しく背中をさすってくれて『大丈夫ですからね』と言ってくれた。
その数日後、私の世界は唐突に変わることとなった。
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