薬師の旦那様は記憶喪失らしいです(旧題:旦那が記憶喪失になりまして)

夜風 りん

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 フェリシアはいつも通り薬の調合をしていると、ルルーディアがじーっとその様子を見ていることに気が付いた。

 「どうかしましたか?」

 そう尋ねると、ルルーディアが不思議そうな顔をしていた。

 「…あの」

 「?」

 「お薬って苦そうな葉をすり潰して混ぜ合わせてお薬にするんですか?」

 ルルーディアが気にしているのが、苦そうな味と言うことに気が付いて、フェリシアは優しく微笑んだ。

 「うふふ、違いますよ、ルルーディアちゃん。これは天上草といって、とっても甘い草なんです。魔力回復薬も甘いような変な味がしますよね? それの甘みの一つが天上草なんですよ」

 ルルーディアは口を尖らせた。

 「魔力回復薬なんて魔法も使わないのに飲まないです」

 「飲んでみます?」

 フェリシアが今作っているのは二回目の調合であり、一度目の調合の時に作成した魔力回復薬の一つをルルーディアに手渡した。

 「瓶は割れやすいので気を付けてくださいね」

 瓶のふたを開け、恐るおそる口を付けた。


 「甘くて、ちょっと酸っぱい。…美味しくはないけど…甘い…です」


 そう呟いたルルーディアにフェリシアはクスクスと笑った。

 「お薬ですからね。ルルーディアちゃんも混ぜてみますか?」

 「いいんですか…?」

 空になった瓶を受け取り、それを机の上に置いたフェリシアは大きく頷いて大きな鍋へ最後に天上草のすり潰した液を入れた。

 「これを混ぜて、薄緑色の液体になったら、あとは煮詰めて終わりです。煮詰める作業は私がしますから、ルルーディアちゃんは大きなこのヘラを使って混ぜてくださいね?」

 ヘラを手渡すと、ルルーディアは目を輝かせて慎重に混ぜ始めた。

 「上手です。でも、もうちょっと早くても大丈夫。あまり早くかき混ぜると零れちゃうので、零さないように丁寧に、でも、優しくふんわりと混ぜる。――そう、いい感じです」

 フェリシアはルルーディアが集中して混ぜ混ぜしている様子を見守っていたが、ふと、その小さな頭の上にどこからともなく現れた白い蛇のような精霊が降りてその作業に寄り添ったことに気が付いた。

 (精霊が力を貸してくれている…。これなら、大丈夫そうですね)

 フェリシアはホッと胸を撫で下ろして店の中にある植物に水やりをしていると、カランコロンと来客を告げるベルが鳴り、振り返る。

 「いらっしゃいませ!」

 そこにいたのは常連客のウィル。

 「こんにちは、フェリシアさん」

 「あら、いらっしゃいませ、ウィルさん。お茶でもいかがですか?」

 フェリシアが席を勧めると、ウィルは照れたように後頭部をポリポリと掻いた。

 「では、お言葉に甘えて」

 席についた彼にお茶を出したフェリシアはウィルからリストを受け取った。

 「今すぐに用意できるのは魔力回復薬と回復薬、それと状態回復薬系統くらいですね。解熱剤は注文している薬草が入って来ないみたいで、私のお薬もストックがなくなってきて厳しくなってきているのですけれど、あまりにも酷いようなら特別手配をお願いしてもいいですか?」

 「もちろんです。他の薬品はどうです?」

 「倉庫からとってくればありますよ」

 フェリシアはそう言って顔を上げた時、明るい声が響き渡った。


 「できました!」


 トテトテと走ってきたルルーディアが興奮したようにフェリシアに駆け寄った。そのやり切ったような顔を見てフェリシアは嬉しそうに顔を綻ばせた時、ガタンと音がした。
 二人が振り返ると、ウィルが青い顔をして驚いたようにルルーディアを見ていた。

 「…い、いつの間に」

 「ウィルさん?」

 不思議そうな顔をしているフェリシアにウィルが縋りつくように身を乗り出した。

 「い、いつの間に子供を出産したのですか!?」

 「え? あ、ルルーディアちゃんのことですか?」

 ルルーディアは驚いてしまったのかカウンターの後ろに隠れてしまっており、ちらっと覗き込むようにしてこちらの様子を窺っている。
 そんな様子に笑みをこぼしたフェリシアはウィルを振り返った。

 「違うんです、ウィルさん。あの子はこれからうちの子になる予定のルルーディアちゃんです」

 「これから…?」

 「はい。養子をとろうと思いまして、今は試用期間なのです」

 ウィルが今度は泣きそうな顔で落ち込んだように席に座った。小首を傾げるフェリシアに彼は遠慮がちに尋ねる。

 「カミルさんと順調なのですか?」

 すると、フェリシアは頬が朱に染まり、幸せそうに顔が綻んだ。幸せそうなフェリシアの顔を見てウィルは虚ろ気な表情になり、遠い目をする。

 「し、幸せそうで何よりです…」

 深いため息を漏らすウィルはお茶を飲んでため息ごと飲み込んだ。

 「えへへ…。あ、タルク草の特別手配の件、後で見積りを出していただけますか?」

 「あ、はい」

 ウィルが慌てて鞄からそろばんを取り出し、パチパチと弾く。その間にフェリシアはルルーディアに声を掛けた。

 「ルルーディアちゃん。あの人は常連さんのウィルさんです。後でキチンと挨拶しましょうか」

 「…挨拶だけなら…」

 拗ねたようにそう言ったルルーディアの頭を撫で、調合室の反対側にある倉庫室に足を運んでドアに手を掛けた直後、ズキッと胸が痛んで思わず蹲った。

 「ッ…」

 胸の前をギュッと掴み、フェリシアは息を整えようとした。
 異変に気が付いたウィルが慌てて立ち上がる音が聞こえ、ルルーディアの不安そうな声が聞こえた。

 「フェリシアさん…?」

 しかし、ウィルたちの駆け寄ってくる足音が次第に遠のき、意識が闇に溶ける。
 溶け行く意識の中、最後に見たのはフェリシアが見たこともないほど不安そうで、今にも泣きそうな顔をした幼い少女の顔だった。



     ☆



 「タルク草……えーと、ふかい、のやまに……えーと…じせー、し? …じせーってなんだろ?」

 白い蛇のような精霊を頭に乗せたまま少女はほとんど読めないが、絵が綺麗で素敵な図鑑を眺めていた。
 夜も更け、明かりをつけたその薄暗い調合室で少女は落ち込んだような顔をしていた。

 そのままになった、ルルーディアがかきまぜたその大きな鍋。そして、使い終わったカップが流しに置かれたままになっている。

 振り返って寝室がある方を見上げた少女は再び図鑑に視線を落とした。

 「あ、あった。うすぐらい森の中!」

 少女は精霊と顔を見合わせた。

 「病気、治ったら…親子になれるのかな?」

 不思議そうに小首を傾げる精霊に彼女は悲しげな顔をした。

 「…わかんないよね」

 だが、立ち上がって意を決したように歩き出し、玄関の外に出た。精霊が彼女のために魔法で鍵を閉める。
 星明りの空の下、少女は前に進む。


 「タルク草があればきっと…」


 そう呟いて。

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