薬師の旦那様は記憶喪失らしいです(旧題:旦那が記憶喪失になりまして)

夜風 りん

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 フェリシアがいつも通り夕食の支度をしていると、少し遅い時間にカミルが帰宅した。

 「ただいま」

 カミルが大荷物を抱えていることに気が付いてフェリシアはキョトンとした。

 「残業…の割には荷物がたくさんですけど、どうしたのですか?」

 カミルはフェリシアに下がっているよう手で合図をして荷物が入った大きなカバンを床に置いた。

 「昨日も今日も残業だなんてお仕事、お忙しいのです?」

 不安そうな顔をしたフェリシアに首を横に振ったカミルは後ろに手を回し、そして、差し出したのは赤いバラの花束。

 「すごい! …えっと、これは…何本ですか?」

 「誕生日おめでとう。残念ながら君の誕生日と同じ本数ではないが…後で数えてみてくれ」

 フェリシアは花束をそっとわきに置くと、勢いよくカミルに抱き着いた。

 「本当にありがとうございます、カミルさん!」

 嬉しそうにしている彼女の様子に彼は思わず顔を綻ばせながら、やさしくギュッと抱きしめ返す。そして、目を輝かせているフェリシアの少女のような笑顔にそそられてキスしようと身を乗り出した。
 だが、カミルが身を乗り出した時、フェリシアは彼の足の間に小さな子供の足が見え、彼女が身を乗り出したことによってキスは大失敗となったのだが。

 フェリシアがカミルの後ろを覗き込むと、そこには不安そうな顔をした金髪に光降り注ぐ海のように、そして、青い宝石のように不思議な光を持つ青い瞳の少女がいた。
 恥ずかしそうにカミルの裾を掴んでいたが、フェリシアと目が合って会釈する。

 「は、初めまして…」

 か細い声でそう言った少女に、彼女は驚いた顔でカミルを見やった。

 「…カミルさん? まさか、お仲間の誰かが…?」

 「フェリシア。部下の誰かを勝手に殺さないでくれ。部下に不幸があって俺たちで引き取るなんて、そんなことにはならないからな? ――そうじゃなくて、孤児院から引き取ってきたんだ。実は、記憶が飛ぶ前から準備はしていたらしいんだが、記憶がぶっ飛んだことで色々と手続きが終わらなくなっていたらしい」

 フェリシアが離れると、カミルは少女を前に押しやって隣に並ばせ、肩に手を置いた。

 「どうするのかっていう催促の手紙が来たから昨日、行ってきたんだ。で、試用期間で受け入れるために連れてきた。勝手に連れてきたことは悪いと思うが、前に言っていただろう?」

 フェリシアはカミルを見上げていたが、ウルウルと瞳が潤み始めた。

 「ふぇ、フェリシア!?」

 「やっぱりカミルさんはカミルさんだ」

 「へ?」

 フェリシアがカミルにもう一度勢いよく抱き着いた。


 「カミルさん、大好きです!」


 カミルは満面の笑みを浮かべているフェリシアを抱きしめ返してやりながら少女の方を振り返った。

 「ルルーディア、だったな。ようこそ、我が家へ。改めまして、俺はカミル。そして、妻のフェリシアだ」

 フェリシアが目元の涙を拭って嬉しそうな顔をしながらカミルから離れ、少女の前にしゃがみ込んでキラキラと目を輝かせながら少女の顔を覗き込んだ。

 「初めまして、フェリシアです。よろしくね、ルルーディアちゃん」

 にっこりと笑ったのだが、いつの間にかルルーディアの姿が消えていてフェリシアは瞬いた。何気なく周囲を見渡すと、カミルの後ろに隠れてしまった少女の姿があった。

 「人見知り、みたいだな」

 「そ、そうなんですね。…グイグイ行きすぎちゃったみたいです…」

 シュンと落ち込んだフェリシアを慰めるようにポンポンと肩を抱いたカミルはルルーディアに施設から持ってきた上履きを取り出し、置いてやった。

 「とりあえず、飯にするか。ほら、おいで」

 ルルーディアが遠慮がちに靴を履き替え、そして脱いだ靴を整えてフェリシアを避けるように歩き出した。

 「…お邪魔、します」

 フェリシアは気を取り直したように立ち上がると、バラの花束を抱えて嬉しそうな顔をしながらバケツに水を汲んできて、そこに活けておいた。
 そして、リビングに駆けてゆく。

 「カミルさん、ルルーディアちゃん、私は後で食べるので先に食べちゃってくださいね」

 カミルは瞬いた。

 「そっか、夕飯のこと、忘れていた。気が回らなくて悪い。――よかったら俺はどこかで飲んでくるから、フェリシアはルルーディアと一緒にご飯を食べていてもいいんだぞ?」

 「私は家族団らんがいいのです!」

 むぅっと頬を膨らませたフェリシアに、カミルは優しく微笑んだ。

 「それもそうだな」

 「あ、でも、ベッドメイクもしなくちゃいけませんね! それと、しばらく使っていませんし、しまってある予備のお布団と交換してこなくては」

 あれこれと考え込んでいるフェリシアを落ち着かせるためにとりあえず座らせたカミルは、ルルーディアを振り返った。

 「初日からパタパタしてごめんな? 俺の不手際で妻には一切合切知らせていないせいなんだ。ちゃんと支度するから、ちょっと待ってくれるか?」

 ルルーディアはか細い声で言った。


 「あの、食べてきましたので平気です。お手伝いしましょうか?」


 フェリシアが優しく微笑んで目線を合わせるように屈むと、ルルーディアは物凄く慌てたように開きっぱなしになっていたリビングのドアの影に隠れる。

 「あ、あれれ? 私、そんなに怖いです…?」

 フェリシアが不安そうにカミルを振り返ると、カミルは冗談交じりに苦笑いする。

 「ほら、聖龍の転生者だから、威圧のオーラでも出ているんじゃないのか?」

 「黒と一緒にしないでください。でも、カミルさん、私はそんなに怖い顔、しています?」

 「むしろ、食べられる側の顔しかしていないから安心しろ」

 のんきにそういったカミルに、フェリシアがギョッとしたように彼を見据えた。

 「それはそれで困りますよ」

 「うーん、人見知りしているだけだと思うけどな?」

 カミルはそう言って事前に引っ張り出しておいた客間の鍵を取り出した。

 「とりあえず、客間の掃除をしてくる」

 「いえ、私がします。カミルさんはお掃除まで下手になってしまっていますし、何よりもルルーディアちゃんはあなたと一緒の方が安心するみたいですから…」

 ちょっと寂し気なフェリシアに、カミルは困った顔をしながら頷いた。

 「わ、わかった。色々と話してみるよ」

 びくびくしながら物陰に隠れるようにしているルルーディアに寂しそうに微笑んで階段を上がっていったフェリシアを見送り、彼は俯いている少女を見据えた。


 「さて、どうするかな…?」


 とりあえず話そうとしてくれているのか、おずおずと遠慮がちにリビングに入ってきて荷物を抱きしめた彼女にソファを勧めながら、カミルはしばらく言葉の切り出しに悩んでいた。

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