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しおりを挟むカミルはいつも通りの時間に帰ると、フェリシアは出かけているのか出迎えもなく、人の気配もなかった。
「…買い物か?」
そう呟いて靴を履き替え、リビングに足を踏み入れて周囲を見渡し、手紙やノートなどが乗ったテーブルを見て瞬いた。
「? 手紙?」
カミルは何気なく手紙を手に取り、それがフェリシア宛ではなく、自分に当てたフェリシアからの手紙であることに気が付いて息をのむ。
「フェリシアから?」
封を切り、中の手紙を取り出した時、便箋と一緒に出てきたもう一枚の紙が地面に落ちた。
それを拾い上げると、それが何かの書状であることに気が付く。
「これは…」
それは、離婚届だった。力強い字でフェリシアの名前が書かれており、思わず力が抜けていくような、そんな虚脱感に陥った。
その場にへたり込んだカミルは便箋の方を震える手で開くと、そこにはこう書かれていた。
『あなたと過ごす日々は私にとって苦痛でしかありませんでした。
私のことを忘れて他の人と恋をして、冷たくて不器用で、本当に何もかも変わってしまった。
今のあなたの気持ちなんて私にはもう、わかりません。いえ、もう、わかりたいとさえ思えません。一緒にいるのさえもう、我慢ならない。
今までは、あなたが私に頼らないと何もできないと思っていたから義務感で一緒にいたにすぎません。
だからもう、私の前に二度と現れないでください。私には私の人生があって、あなたといると息苦しさで寿命を縮めるだけです。
これからはあなたをさっさと忘れて自分のためだけに寿命を使っていこうと思います。正直、あなたと一緒にいると、命がいくつあっても足りませんので。
本当に大嫌いです。あなたは私の愛していたカミルさんではないから、愛していた時間もかなり無駄にしたと思うくらいに後悔しています。
さようなら、カミルさん。もう二度と会うことはないでしょう』
淡々とした文章だが、離婚届と同じように筆圧がかなり強かった。
便箋の半分ほどまでしか書かれていなかったのだが、カミルの心を抉るには十分な内容であり、彼はクシャリとその手紙を握りつぶして立ち上がり、ゴミ箱に向かって全力投球した。
「クソッ!」
病院で目を覚ましてから今までの日々が脳裏を駆け巡り、カミルはやり場のない思いを込めて握り拳をテーブルに叩きつけた。
目を覚ました時の嬉しそうな顔と、記憶を失ったと知ったときの悲しそうな顔。襲われていたところを助けた時のホッとしたような表情。デートに誘った時、彼女が浮かべた本当に嬉しそうな顔も、倒れて熱で苦しそうにしていた時、零したあの言葉。フェリシアのいつもの穏やかな、でも、どこか寂しそうな笑顔が浮かんでは消えていく。
「全部、嘘だっていうのかよ…」
カミルは歯を食いしばると、力に任せてもう一度テーブルに握り拳を叩きつけた。
さらにもう一度、手を振り上げたのだが今度は力なく握りこぶしがテーブルに乗せられただけだった。
「なんでだよ…? なんで何も言ってくれなかったんだよ? 俺が嫌いならそうと早く言ってくれれば俺は…、俺は、あんたのことを…」
涙が頬を伝い、カミルはゴシゴシと目元をこすったが、涙が止まらなくなっていた。
テーブルに突っ伏し、カミルはしばらくその場で嗚咽していた。
どれくらい時間が経っただろう?
日も暮れ、家の中も暗く、ほとんど何も見えない状態になっていることに気が付いたカミルはぼんやりとしながら何気なく、歩き出していた。
廊下を歩き、正面玄関である店の方に足を踏み入れると彼はぼんやりとした顔のまま小部屋の中へと入った。
そこは、ついこの間まで就寝に使っていた椅子たちが置いてある調合室。
普段、家のことをしている以外の時にかなりの時間を過ごしている、そんな小部屋でもあった。
普段から家の中が綺麗に保たれているが、ここも使用した器具は綺麗に磨き上げられており、新品同様に戸棚に並んでいた。
そして、書物もきちんと仕分けされて、綺麗に並んでおり、薬の知識から野草の知識本、そして山草の採取に関する山歩きの本のようなものも置いてある。
(フェリシアはここで、どんな想いで眠っていたんだろうか…)
隅っこに並べられた椅子にそっと指を走らせ、ギュッと目を閉じる。
(俺が中途半端に生き残ったせいで苦しい思いをさせたのかな…)
カミルは椅子に腰かけ、壁に凭れながら目を閉じた。
仕事での疲労感より、フェリシアの手紙に書かれた内容の方がより虚無感を与え、どうしようもない虚しさが募っていく。
「フェリシア」
声に出して彼女の名前を呟いた。
「今の俺は、前の俺とどれだけ違うんだ? なあ、教えてくれよ。どこをどう直せば好きになってくれるんだ?」
その声は自嘲交じりの嗚咽に溶けて消えた。
☆
フェリシアは老紳士に連れられて路地裏を歩いていた。
「こちらで合っているんですか?」
「ええ、もちろんです。ですが、申し訳ございません。裏路地で不安ですよね? それは承知の上ですが、例の人は人通りが多い場所は苦手でして」
老紳士が苦笑すると、フェリシアは瞬いた。
「あ、それはごめんなさい」
フェリシアが慌てて謝ると、老紳士は首を横に振った。
「いえいえ、明るい時に予定を組んでおけばよかったですね」
「そんな。お気遣い、ありがとうございます」
フェリシアがフニャリと笑った直後、老紳士がバランスを崩したようにつんのめった。
慌てて支えようと手を伸ばした彼女だったが、グイッと引き寄せられるように腕を引かれ、気が付けば彼女の後ろに老紳士がいる状況となった。
そして、トンッと首の後ろに衝撃が走り、彼女の意識が途絶えてその場に倒れこむ。
倒れこんできた彼女を老紳士が支えると、曲がり角の方からスタスタとやってきた化粧の濃い女が気だるそうに顔をしかめながら告げる。
「さっさと運んで頂戴。そんな女、さっさと始末しましょう」
その目にある嫌悪感を冷静に見据えながら老紳士は小首を傾げた。
「約束の900万は用意できましたか?」
「ええ、ちゃんと貢いでもらって用意してもらったわよ」
依頼主――ミリアがそう言ってケースを差し出すと、一度フェリシアを下ろした老紳士がケースを受け取って中身を確認し始めた。
それを横目にミリアがフェリシアをつま先でつんつんとつついた。
「やっぱり、何発か殴らないと気が済まないし、殴っておこうかしら?」
そんなミリアを振り返らずに老紳士が告げる。
「死体処理ですと別料金がかかりますが、よろしいですか?」
「ちょっと待ってよ。運んだって殺すとは言ってないじゃない!?」
ミリアがギョッとすると、老紳士は数え終わってケースを魔法鞄にしまい込みながら言った。
「彼女は体が弱いので、普通に殴っても首の骨が折れるなどして死に至る可能性がございます。何発か殴るのはお客様のご自由ではありますが、しかしながら、殴って死んでしまった場合、死体運搬は契約書面にございませんので、追加料金を頂戴いたします」
「そんなの聞いてないわよ!」
「聞かれませんでしたから。死体処理なんて行っていることがばれると、こちらも面倒な手続きが必要になりますから、ね」
老紳士はそう言ってフェリシアを背負うと、ミリアは舌打ちをして踵を返した。
「まあ、結果は同じでしょうけど、とっとと捨ててきて」
「承知いたしました」
老紳士はフェリシアを連れて裏路地を進んでいく。それを見送ったミリアは悪態をついたが、何事もなかったように去っていった。
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