薬師の旦那様は記憶喪失らしいです(旧題:旦那が記憶喪失になりまして)

夜風 りん

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 「…ん、う…ぅ?」

 フェリシアが目を覚ますと、ベッドで眠っていたことに気が付いた。そして、少し離れた場所で寝返りを打ち、こちらに顔を向けて熟睡しているカミルがいた。
 彼の整った寝顔を見つめながらフェリシアはギュッと握り拳を固める。

 (…カミルさん…)

 前ならば躊躇わずにカミルの体に抱き着いて、胸元に顔を埋めながら幸せそうに二度寝することもできたが、フェリシアは彼を起こさないようにそっとベッドを抜け出した。
 体調は万全と言えるものではなかったが、これ以上寄りかかることはフェリシアにとっても、カミルにとっても良くないと、そう考えていた。

 辛うじて体を動かしても問題がなさそうな状態であり、フェリシアはホッと息を吐き出す。

 まだカミルを起こすには早い時間であり、フェリシアはまずシャワーを浴び、そして着替えも済ませて洗濯などをこなした。
 乾いた洗濯物もアイロンがけが必要な状態であり、てきぱきと手際よく掃除などもこなす。
 食欲がないので自分の分のおかゆを焚き、カミルの分の朝食は別にこしらえた。

 (今日は体調もいいし、十分にお休みしたから大丈夫そうかも)

 玄関掃除をしていると、カミルが少し早い時間に起き出してきて、階段を駆け下りてきた。

 「! 掃除も洗濯も俺がやると言っただろう?! ほら、休んで」

 フェリシアは黒く汚れたぞうきんをバケツの中で洗い、堅く絞ってから小首を傾げた。

 「もう終わっちゃいました。それに、きちんとお休みしましたし、私は大丈夫です」

 「…熱はないのか?」

 カミルはフェリシアの傍に膝をつくと、彼女の額に手を当てた。

 「…熱は、ない…か」

 「はい。でも、大人しく安静にしておきますので、安心してくださいね?」

 にっこりと笑ったフェリシアに、カミルは小さく頷いた。

 「…無茶なことだけは、するなよ。きちんと休んで、安静にしているんだ」

 「はい」

 笑顔を浮かべた彼女の頬に手を当てたカミルはこつんとフェリシアの額に額を軽く当てた。

 「約束だからな」

 「はい」

 カミルがいつも通りに着替えを済ませ、食事を終えて新聞を読んで時間を潰し、そして出勤していった様子を見送ったフェリシアは時計を確認し、ホッと息を吐き出した。


 「この時間なら、お店を開けてもカミルさんにばれないですね」


 そして、フェリシアはおよそ三日ぶりに店を開けたのだった。



     ☆



 「フェリシアさん、聞きましたよ! お体は大事ないのですか!?」


 常連の一人、ウィルが真っ先に店にやって来た。

 「ウィルさん、あの、お仕事は?」

 フェリシアがそう尋ねると、ウィルは身を乗り出しながら言った。

 「営業周りの途中ですが、あなたが心配で…」

 「ご心配おかけして申し訳ございません。でも、大丈夫ですからね」

 彼女は小さく微笑んでそう返すと、身を引いて心配そうな顔をしながらウィルは言った。

 「無理はしないでくださいね」

 「ありがとうございます」

 フェリシアはニコリと笑うと、次にドアが開いてルーカスもやって来た。

 「やぁ、フェリシアちゃん」

 「お久しぶりです、ルーカスさん」

 ルーカスはヘラヘラと笑っていた。

 「いやぁ、フェリシアちゃんの笑顔を見ると元気が出るなぁ」

 「? どうかしたんですか?」

 「フェリシアちゃんが倒れて、しばらく元気な顔を見られなかったから心配しすぎちゃって!」

 「あら、それは申し訳ございません。今、お茶を淹れますからね」

 フェリシアがお茶を淹れて持ってくると、彼らは満足げにお茶を飲んだ。
 だが、ふと、ルーカスが思い出したように言う。

 「そういえばさ、フェリシアちゃん」

 「はい?」

 「記憶を戻すいい方法を聞いたんだよ!」

 「え!?」

 フェリシアが目を見開いて驚いたような顔をすると、ルーカスが得意げな顔をし、ウィルがかなり悔しそうな顔をして口を尖らせた。


 「俺さ、一応考古学者なんだけどね? 遺跡で見つけたんだ! 時を司る聖龍の話!」


 フェリシアは不思議そうに小首を傾げた。

 「時を…?」

 「無の聖龍…って言うのかな。そう言うのがいるらしいんだよ」

 ルーカスがそう言うと、フェリシアはキョトンとした。


 「あぁ、銀龍ですね? 確かにいますが…聖龍さえも知覚を混乱させる魔法を持っていますし、簡単に見つけられるか…。私は探査魔法が得意ではありませんし…」


 彼女の淡々とした様子にルーカスは思わず会心の一撃が不発に終わり、苦い笑みを浮かべた。

 「く、詳しいね」

 「えぇ、昔は知り合いだったので。でも、ここ何百年も会っていませんし…」

 フェリシアはフフッと笑った。


 「何百年も経てば姿は変わるものですし」


 ルーカスが凍り付いたように動きを止める。

 「ん? 何百年…?」

 ルーカスが動きを止めると、フェリシアはキョトンとした。


 「あら、知らなかったのですか? 私は白の聖龍、その転生者です」


 学校では有名な話なのですが、と、フェリシアは言うと、肩を竦める。

 「この片隅にある薬屋に大企業のCEOなどがやって来るのはそう言うことです。とはいえ、だいぶ力も衰えてきたので効力も0.02パーセントくらい落ちていますけど…」

 「でも、どう見ても人間だよね?」

 ルーカスが不思議そうに小首を傾げると、彼女はニコッと笑った。

 「今は人を魂の器としていますから。加護のありようと世界を切り離してから、我々も少し力が弱まりまして」

 フェリシアは優しく微笑んだ。


 「崇められても困りますけどね」


 その冗談めかした口調にその場の空気が緩んだ。

 「これからも今まで通りに営業しますので、どうぞご贔屓に!」

 客たちが表情を緩めた。
 その顔を見ながらフェリシアは顔を緩めたが、ふと、内心で呟いていた。


 (銀龍、ですか…)



 フェリシアがいつもより早い時間に店じまいの支度をしていると、カランコロンとベルの音が鳴り、フェリシアは来客に振り返る。


 「あら、もう店仕舞いの時間なのですが…」


 振り返った瞬間、フェリシアは固まった。

 「あ…」

 ものすごい怒りのオーラを放つカミルの姿があった。
 魔力の奔流でメガネにヒビが走る。

 「フェリシア…俺は言ったよな? 大人しく寝ているようにって」

 「ごめんなさい…」

 か細い声でそう言うと、彼はため息を漏らした。

 「俺のことが面倒になったから、だから言いつけを破ったのか?」

 「っ! そんなことありません! ただ、…ただ……寂しいだけです」

 フェリシアは俯いた。


 「あなたが帰って来ないことも運命だとわかっているんです。どんな理由であれ、あなたが私を置いて行っても、私は恨んだり否定したりするつもりなんてないんです。でも…一人は…寂しいんです」


 フェリシアはニコリと笑うが、カミルは唇を噛み締めた。

 「…悪かった」

 しかし、ホッとしたのもつかの間、カミルはふいっとそっぽを向いた。

 「怒って、いらっしゃいます?」

 「当たり前だ」

 「…っ、…ごめん、なさい……」

 フェリシアがギュッと瞼を伏せると、カミルがフェリシアを抱きしめて腕の中で彼女の体の方向を変えて後ろから抱きしめるような形にし、耳たぶをはむっと甘噛みした。

 「ッ、ん…」

 「これは罰だ。それとも、これ以上、調教してほしいか?」

 フェリシアは顔を真っ赤にしてブンブンと首を横に振ると、カミルはフェリシアから離れた。


 「…とにかく、夜は安静にして、早く寝るんだぞ」


 フェリシアはこくんと頷き、夢見心地でシャワーを先に浴びたのだが冷水を浴びるように心臓がギュッと痛んで我に返った。


 (カミルさんに迷惑を掛けないためにも、銀龍を探そう)


 そう、決意して。

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