薬師の旦那様は記憶喪失らしいです(旧題:旦那が記憶喪失になりまして)

夜風 りん

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 昼食後、カミルが悪戦苦闘しながら物凄い時間をかけて家のことをしている様子をリビングのソファに腰掛けて眺めていたフェリシアは、そろそろ寝ようと調合室に向かうために立ち上がった。
 だが、それに気が付いたのか、カミルが気難しそうな顔をして声をかけてきた。

 「客間のカギが見つからなくて、…その、他にベッドなんて見つからなくて…な。今まではどこで眠っていたんだ?」

 「えっと…その…」

 視線を泳がせた彼女はカミルが身を乗り出したので、身を縮めた。

 「客間は鍵がかかっていた。だが、他にベッドはどこにもない。寝具も、だ。ソファにはベッド代わりにした痕跡はなかった。どこで眠っていたというんだ?」

 「うっ…」

 「ど・こ・で、眠っていたんだ?」

 彼の圧力に耐えきれず、か細い声で言った。


 「…椅子の上です。椅子を並べて、その上に布団を敷いて…」


 カミルがムッとした。

 「なぜ、言わなかった?」

 「だって、ご迷惑かと…」

 か細い声でフェリシアがそう言うと、カミルはやれやれと首を横に振った。

 「それより、黙っていた方が余計に迷惑だ。そもそも、俺たちは夫婦なんだろう? なら、一緒でも問題はあるまいし」

 フェリシアは不安そうに尋ねた。

 「あなたは嫌じゃないんですか?」

 「別に」

 ぶっきら棒だったが、彼は何となく優しい口調だった。

 「俺は、お前が嫌でさえなければ、別にいい。何をするわけでもないし、しないと約束できる」

 「でも、お辛いときは言ってくださいね? あまり激しいのは無理ですけど、妻としてお相手くらいなら出来ますから」

 フェリシアはニコリと笑うと、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。

 「…って、私はあなたの何者でもないのでしたね…」

 カミルは目を細めると、背を向けた。そして、低い声で呟く。


 「何者でもないのなら、このままでいいなんて思わない」


 その呟きでフェリシアは振り返った。

 「え? 何か言いました?」

 「何でもない」

 カミルは唸るようにそう言うと、フェリシアは優しく微笑んだ。

 「…でも、今日はもうお布団でちゃんと眠りましたから、ベッドはお譲りします」

 「譲るとか、そういう問題じゃない」

 眉間に皺を寄せたカミルはフェリシアの腰に右腕を回し、そして左腕で掬い上げるようにして彼女を抱き上げた。

 「きゃっ!?」

 驚いた声を上げたフェリシアはぐっとカミルの顔が近づいて、そして、抱き上げられたことで全身の力が抜けていくような、安堵が全身に広がっていた。
 だが、気を張っていられるほどの気力もなく、倦怠感が全身を支配して大人しくカミルに凭れかかる。

 「あんまり暴れるなよ」

 「…暴れる元気もないです」

 「無理をするな」

 低い声でそう言ったカミルはフェリシアが心地よさそうに目を閉じる様子を見ながら、彼女が痛いと感じない程度にしっかりと抱き直した。

 「俺が頑張るから、無茶だけはするなよ」

 「はい…」

 優しいカミルの声を聞き、フェリシアは熱とそしてカミルの腕の中にいる安堵でフワフワしたような心地のまま、そっと目を閉じた。
 今だけは何も考えず、そのまま意識を手放し、まどろみの海へとゆっくりと沈んでいった。

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