薬師の旦那様は記憶喪失らしいです(旧題:旦那が記憶喪失になりまして)

夜風 りん

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 次に二人がやってきたのは公園。
 特に何の変哲もない、遊具とランニングコース、テニスコートなどがある割と大きな自然公園である。

 そんな公園を二人きりで歩きながら、カップルや親子が思い思いに過ごしている様子を見て、フェリシアは小さく微笑んだ。

 「カミルさん、いい天気ですね。そろそろお昼にしませんか?」

 カミルは遠い目で周囲を見ていたが、我に返ったようにフェリシアを見つめ、頷いた。

 「あ、あぁ…」

 少しぎこちないカミルの様子を見ながら、ちょっとだけ距離を詰めた。

 「この道を一緒に手を繋いで歩いたんですよ。それに、プロポーズされたのもここだったんです。これから一緒に生きていこうって言ってくれて、本当に一緒にいてくれた」

 その手が微かに震えており、カミルは少しためらったが、彼女の手をそっと握った。フェリシアは驚いたように目を見開くと、カミルは頬を朱に染めながら明後日の方角に顔を向けた。

 「…震えていたから、寒いのかと思って」

 フェリシアは寂しそうに笑ってカミルから視線を外し、遠くの空を見上げた。

 「今は暖かいですよ」

 カミルはフェリシアの冷たい手を握りながら指を絡めるように握り直した。

 「どこに座る?」

 気分を変えるような問いかけに、フェリシアはカミルに手を放してもらうと、バスケットの中から布にくるんだシートを広げて芝生の上に敷いた。
 そして、その布を綺麗に畳んでバスケットを受け取り、シートの上に座る。


 「ここです! 温かい太陽の下でお弁当を食べましょうよ」


 無邪気に笑ってみせたフェリシアの隣に腰を下ろしたカミルは優しく目を細め、バスケットから取り出したお絞りを受け取ってそれで手を拭いた。
 シートやおしぼり、水筒などを入れていたスペース以外はサンドイッチでぎっしりと埋まっているそのバスケットを見て苦笑する。

 「張り切って作ったんだな。食べきれるのか?」

 「う~ん、わかりませんけど、少ないよりはずっといいですよ。それに、晩御飯に残りを食べればいいですし、夜食にしてもいいですし。味も全部変えてみたので、食べ応え抜群の自信作なんですから!」

 胸を張ったフェリシアにカミルはクスッと笑い、そして、真っ先に手に取ったのはサクサクのトンカツに濃厚なソースをたっぷりとかけ、野菜と一緒に挟み込んだサンドイッチ。
 フェリシアはにっこりと笑った。

 「カミルさんの大好物もちゃんと入れてありますけど、真っ先にそれを選んじゃうんですね」

 「…悪いか?」

 「いえ、とんでもない。じゃあ、私も!」

 そう言いながら手に取ったのは新鮮なイワシをタレにつけこんで、漬けにしたものを挟み込んだサンドイッチ。
 はむっと一口頬張って、美味しそうに顔を綻ばせた。
 そんなフェリシアの顔をじーっと見つめているカミルを横目に、フェリシアはもう一口も頬張り、さらにおいしそうに頬を朱に染めながら目を閉じて幸せそうな顔をした。

 ようやく、自分のサンドイッチを食べたものの、なんとなく羨ましそうな顔をしている彼にフェリシアは悪戯っぽい笑みを向ける。

 「カミルさんにはそっちがあるじゃないですか?」

 「…美味しいのか、それ?」

 「はい、とても」

 幸せそうにホワンと表情を綻ばせたフェリシアに、カミルは尋ねる。

 「一口味見させてくれないか?」

 フェリシアは上目遣いにカミルを見やる。

 「じゃあ、半分こなら、いいですよ? その代わり、カミルさんのサンドイッチも半分ください」

 「うっ…」

 視線を落として躊躇い、しばらく悩んだカミルは魔法で二つに切ったカツサンドの半分をフェリシアに差し出したのだった。

 「ほら」

 「いいんですか?」

 「…いいから」

 カミルがちょっとムスッとしながらそう言うと、フェリシアはクスクスと笑いながらパクッとそれを咥えて受け取り、フェリシアも同じように魔法で切り分けたそれの片方である大きいサンドイッチの方をカミルの口に押し込んだ。

 「むごっ…むむっ」

 何とか食べ始めたカミルはフェリシアがモグモグと食べながら幸せそうに普通に笑っている様子を見て、彼もつられて笑顔になっていた。

 「これも美味しいな」

 イワシのサンドイッチを食べ終わってそう言った彼に、カツサンドを何とか食べ終わったフェリシアは身を乗り出して「そうですよね!」と嬉しそうに目を輝かせた。


 「いつもより、多めにイワシを使っているんですよ! ぷりぷりで天然な美味しいイワシなんです! 私、魚料理がすごく好きで、お肉も嫌いじゃないですけど、特に生魚は美味しいです」


 いつもより熱が入っているフェリシアにカミルが優しい視線を向け、そして、カツサンドを食べてから別のサンドイッチに手を伸ばした。

 「これはマカロニサラダのサンドイッチか?」

 「はい。照り焼きチキンのサンドイッチとか、ステーキのサンドイッチ、それにクリームコロッケのサンドイッチもあるんですよ! 色々と作ってみたので、たくさん食べてくださいね」

 「ああ」

 カミルが美味しそうに頬張っている様子を見ながら、フェリシアは微笑んで二人分のお茶の用意をしていると、ズキッと胸が唐突に痛んだ。


 (ッ、こんな時に発作だなんて…。…しばらくなかったのに)


 フェリシアはギュッと胸の前で握り拳を固めながら、もう片方の手で懐から包みを取り出した。
 布に包まれていたのは小さな薬。

 (…そっか。サンドイッチづくりに夢中になりすぎて、朝に薬を飲むのを忘れたんでした…)

 呼吸が浅くなり、じわっと嫌な汗がにじむ。
 視界が幾重にもぶれ、指先も震え始め、胸の奥から熱いものがせりあがってきてむせかえった。
 浅く息をしながら手のひらを見ると、赤い血がべったりとついており、薬を持った手に血の付いた手で薬を求め、手を伸ばす。
 だが、起き上がる力もなくなってその場に倒れこんだ。

 カミルが彼女の症状に気が付いていないのかのんびりと振り返って不思議そうに小首を傾げた。

 「どうした? そんなに太陽が心地よかったか?」

 「…」

 フェリシアは取りこぼした薬へと手を伸ばしたが、その手が届く前に地面に手がぽとりと下ろされる。

 違和感にようやく気が付いたカミルがフェリシアの肩をゆする。

 「おい、大丈夫か!?」

 その声が次第に遠のき、彼女の意識も闇に溶けた。

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