薬師の旦那様は記憶喪失らしいです(旧題:旦那が記憶喪失になりまして)

夜風 りん

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 カミルが革靴を脱いで部屋用の靴に履き替え、疲れた顔でソファに腰掛けると、フェリシアが夕飯を用意し終えたようで、顔を上げたので声を掛けた。

 「朝は急にわがままを言って悪かった…」

 すると、フェリシアはキョトンとした顔をした後に優しく微笑んだ。

 「気にしなくてもいいんですよ、カミルさん。でも、お役に立てたなら良かったです」

 のほほんと笑う彼女に、彼は落ち着かなさそうに目を泳がせた後、ふと、部下がホクホク顔で鞄に詰め込んでいた菓子の包みがゴミ箱からはみ出ていることに気が付いて彼は瞬いた。

 「…饅頭でも買ったのか?」

 なんとなくモヤモヤして、そう尋ねると彼女はカミルのためにお茶を用意しながら言った。

 「貰いました。あ、でも、薬を作るときにお腹が減ってしまって、6個入り全部食べちゃいました。賞味期限も近かったので、つい…」

 「貰った? 誰から?」

 思わず強い口調でそう尋ねてしまい、カミルが慌てて口を塞いだが、フェリシアは不思議そうに小首を傾げていただけだった。

 「どうしたのですか、カミルさん? 別にカミルさんの部下の方が注文した薬を受け取りに来た時、お土産にもらっただけですよ? それに、無理に私のことなんて心配しなくたって、私はそこまで綺麗でもないですし、モテませんから」

 にっこりと笑った彼女に、カミルは少し眉根を寄せながら唇を真一文字に結ぶ。

 「そういうことじゃない」

 カミルがそう言い切ると、フェリシアがのほほんと言った。

 「変なカミルさん」

 彼女は彼のために淹れた紅茶を差し出し、そしてソファの背もたれに引っかけられたスーツの上着をアイロンがけするため、手に取った。
 咄嗟にフェリシアのその細い手首をつかんだカミルは驚いた顔をしている彼女を見上げると、やっとの思いで言葉を紡いだ。


 「もう、大丈夫なのか?」


 「へ?」

 言葉の意味がわからなくてキョトンとしたフェリシアだが、昨日の事件のことをなんとなく思い出してしまったのか、ぶるっと身震いしたが、小さく微笑んで頷いた。
 そして、冗談交じりに彼女が言った。

 「思い出すと怖いですけど、でも、今はおうちの中ですし。それに、寝ぼけていたのでしょうけど人肌で温めてもらったら安心しちゃいましたから」

 その言葉でカミルが視線を泳がせる。

 「そ、それはだな…事故というか、いや、事故だ」

 「そうですよね」

 彼女が夕食を食べる様子がないので、カミルは尋ねた。

 「食べないのか、夕飯は?」

 「私はまだ、仕事がありますから」

 用意されているのは二人分だったが、フェリシアの分はやけに分量が少なかった。そのことが気になったが、フェリシアがアイロンがけを始めたので、仕方がなくカミルは一人で食事を始める。
 フェリシアもアイロンをかけ終わったら食事を始めたのだが、食欲がないのか食べるのもゆっくりで、しかも、それほど量を食べることができていなかった。

 「ふぅ…」

 ため息をついたフェリシアはカミルが見ていることに気が付いて照れ笑いを浮かべた。

 「えへへ、お饅頭を食べすぎちゃいました。一口で食べることができちゃうから、とってもお手軽で美味しかったのですけどね。薬を作るとどうしても魔力を持っていかれますし、お腹が空いちゃうので間食しちゃうのですけど、食べすぎはダメですね」

 「そんなに美味しかったのか、それ?」

 カミルが問いかけるとフェリシアは驚いた顔をしたが、ニッコリと笑った。

 「ええ、とても。疲れた時の糖分補給にぴったりでしたし、味も私が好きな味でしたから」

 「部下によく言っておく」

 「お願いしますね」

 フェリシアの弾んだ声を聞きながら、カミルは正体のわからない胸の中のモヤモヤを感じていた。

 「…そいつと、友達、なのか?」

 小さくそう尋ねると、フェリシアはぱちくりと瞬いた。

 「え? いえ、単なる常連さんであって、取引相手さんですよ? どうしちゃったんですか、カミルさん?」

 「…いや、別に」

 カミルはプイッとそっぽを向くと、フェリシアは不思議そうな顔をしたが、彼はさっさと食事を済ませて部屋を出て行ってしまい、それ以上話すことはできなかった。

 「あ…」

 フェリシアは残念そうな顔でそれを見送ったが、寝室に戻ってベッドに寝転んだカミルは悶々として突っ伏していた。


 (…やってしまった)


 余計なことを口に出してしまい、それに伴って妙に態度に出てしまう。

 (思春期じゃないのに、思春期のガキみたいな態度をとって情けない…)

 10年分の記憶が消えているとはいえ、親を失ってからというものの、彼は大人の中に交じって生きてきたはずだった。
 だが、大人びた態度を誰に対しても発揮していたはずなのに、なんとなくフェリシアの前でそれができないことに後悔してしまう。

 (これじゃあ甘えているだけじゃないか)

 愛した記憶がないはずなのに、いつの間にか寄りかかってしまう。そんな自分が情けなくて、カミルは唇を噛みしめていた。

 「負担を掛けるくらいならいっそ、離婚した方がいいよな…」

 だが、そう呟いてから脳裏をよぎったのは、いつもフェリシアの元に通っているという部下と彼女が楽しそうに笑いながら暮らしているという妄想。
 だが、それを考えた瞬間、カミルの眉間に深い皺が寄った。

 「…全然面白くない」

 握り拳を固めると、彼はしばらくムスッとした顔をしていたが、ドアをノックされ、部屋の外からフェリシアの声が掛けられて飛び起きた。


 『カミルさん、お風呂の用意が整いましたけど、いかがですか?』


 ドアを開けると、フェリシアが不思議そうな顔で小首を傾げていた。

 「どうかしましたか?」

 「…別に」

 カミルはフェリシアの顎を軽く持ち上げると額にキスを落とし、立ち去った。
 呆けたように額に手を当てていたフェリシアは次第に顔が赤く染まり、両手で頬を包み込むようにして触れながら動揺したように視線を揺らした。

 「???」

 だが、カミルはそそくさと風呂場へと向かって行ってしまって取り残される形となったフェリシアは慌てたように階段を降りる。


 「からかわないでくださいよ、カミルさん!」


 家に響き渡った、そんな声を聞きながらカミルは胸のモヤモヤが薄れたので少し上機嫌だった。

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