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過去編 フェリシアとカミル
#10
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すべての授業が終わり、フェリシアはカミルを探して歩き回っていると、カミルがちょうど図書館に入っていくところだった。
カミルを追いかけて図書館に足を踏み入れたフェリシアは、カミルがレポートを書いている様子を見て邪魔したくないと足を止めたが、今言わないと後悔したままズルズルと過ごす気がして勇気を振り絞る。
カミルのテーブルの傍に立つと、フェリシアはか細い声で声を掛けた。
「カミルさん」
そのか細い声が震えているのは、不安が大きいからではあるが、きちんとカミルに聞こえたらしい。
「フェリシアさん?」
嬉しそうに振り返ったカミルを見て、フェリシアは勢い良く頭を下げた。
「酷いことを言ってごめんなさい。イケメンも含めて男の人は全般苦手ですけど、関わらないでほしいだなんて、友達に言うべき言葉じゃないのに…」
「フェリシアさん、顔を上げて」
顔を上げたフェリシアにカミルが優しく微笑んだ。
「気にしなくていいから。それより、マフィンをありがとう。美味しかったよ」
「ッ…!」
フェリシアはぱちくりと瞬き、さりげなく会話の方向転換をさせられていたが、それに気が付いていない彼女は嬉しくて満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。
「お口に合ったならよかったです」
嬉しそうな彼女の表情にカミルはじっと見つめていたが、やがて顔を綻ばせて小さく頷いた。
「また作ってほしい」
「では、今度はもっといっぱい作って、マーサやベン君と一緒に食べましょうね。…あ、レポートの邪魔をしてごめんなさい」
「いいよ。フェリシアさんと話ができて嬉しかったから」
そう言われた瞬間、思考が停止しそうになった。
だが、カミルは飄々としているので、特に彼にとっては社交辞令程度の言葉だったのかもしれない。それでも、そんな風に言われると乙女心はグラグラ揺れるわけで。
(マーサに紹介された恋愛小説のイケメン並みにサラリと女子のときめく言葉、初めて言われましたけど…現実に言う人がいるなんて…)
お付き合いをするとかしないとか、そういうことは別問題として、フェリシアも(妄想の相手はアレンだが)シチュエーションに憧れる乙女心もある。
とはいえ、今まで言われたこともないのだが。
「どうしたの、フェリシアさん?」
不思議そうにしているカミルに、フェリシアは慌てて背を向けた。
妙に心拍数があがっていたが、振っておいて今更ドキドキするのは失礼な気がして、でも、そういうポーカーフェイスも作れるほどの余裕はなかった。
「あの、用事があるので失礼します」
さっさと逃げるように立ち去ったフェリシアだったが、後ろからカミルに呼び止められた。
「フェリシアさん!」
思わず足を止めたフェリシアに追いついたカミルが小さな紙袋を彼女に差し出した。
「これは?」
「仲直りの証にって買っておいたんだけど…レポートの期限が近いことを忘れていて…。でも、会えてよかった」
ニコッと笑ったカミルはフェリシアの手にクッキーの袋を押し付け、「それじゃあ」と告げて図書館に戻っていった。
そんなカミルを見送ったフェリシアは茫然としながら帰路についていたが、妙に心拍数があがっていることに気が付いて、フェリシアは否定するようにブンブンと頭を振った。
(違う! あれは単に友達の証として…)
だが、体を冷やして体調を崩した日以来、発作はないので、このドキドキが意味することを頭ではちゃんとわかっていた。
(カミルさんのこと…手遅れだけど好きになっちゃったのかも)
内心でそう呟いたフェリシアは深くため息を漏らす。
(…そっか。私はアレンの魂の持ち主がいつの間にかカミルさんだって決めつけちゃっているんだ。困っているときに手を差し伸べてくれて、彼から前世で言われなかった言葉を妄想するのにちょうどいい相手だからって。…やっぱり、最低ですね…私は)
そう決めつけ、自分の不甲斐なさに苦いものを感じながら家に戻ってきた彼女は靴を履き替え、フラフラと歩いてベッドに倒れこむ。
放り出したクッキーの袋が開いてベッドの上に数枚散らばった。
可愛らしい花の形や葉の形をした季節もののクッキーを袋にしまい直したフェリシアはサイドテーブルにクッキーの袋を戻すとこのまま沈んでしまいたくなる気持ちのまま、もう一度倒れこんだ。
「そもそも、振ったのは私ですし、分不相応なのも私ですし、…結婚しても他の人と結婚して幸せになるのよりも、一緒にいられる時間は短いですし。――それに、カミルさんは…アレンじゃないですし」
言い訳するようにそう呟いたフェリシアは体を丸めると、しばらくじっとしていた。
カミルを追いかけて図書館に足を踏み入れたフェリシアは、カミルがレポートを書いている様子を見て邪魔したくないと足を止めたが、今言わないと後悔したままズルズルと過ごす気がして勇気を振り絞る。
カミルのテーブルの傍に立つと、フェリシアはか細い声で声を掛けた。
「カミルさん」
そのか細い声が震えているのは、不安が大きいからではあるが、きちんとカミルに聞こえたらしい。
「フェリシアさん?」
嬉しそうに振り返ったカミルを見て、フェリシアは勢い良く頭を下げた。
「酷いことを言ってごめんなさい。イケメンも含めて男の人は全般苦手ですけど、関わらないでほしいだなんて、友達に言うべき言葉じゃないのに…」
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顔を上げたフェリシアにカミルが優しく微笑んだ。
「気にしなくていいから。それより、マフィンをありがとう。美味しかったよ」
「ッ…!」
フェリシアはぱちくりと瞬き、さりげなく会話の方向転換をさせられていたが、それに気が付いていない彼女は嬉しくて満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。
「お口に合ったならよかったです」
嬉しそうな彼女の表情にカミルはじっと見つめていたが、やがて顔を綻ばせて小さく頷いた。
「また作ってほしい」
「では、今度はもっといっぱい作って、マーサやベン君と一緒に食べましょうね。…あ、レポートの邪魔をしてごめんなさい」
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そう言われた瞬間、思考が停止しそうになった。
だが、カミルは飄々としているので、特に彼にとっては社交辞令程度の言葉だったのかもしれない。それでも、そんな風に言われると乙女心はグラグラ揺れるわけで。
(マーサに紹介された恋愛小説のイケメン並みにサラリと女子のときめく言葉、初めて言われましたけど…現実に言う人がいるなんて…)
お付き合いをするとかしないとか、そういうことは別問題として、フェリシアも(妄想の相手はアレンだが)シチュエーションに憧れる乙女心もある。
とはいえ、今まで言われたこともないのだが。
「どうしたの、フェリシアさん?」
不思議そうにしているカミルに、フェリシアは慌てて背を向けた。
妙に心拍数があがっていたが、振っておいて今更ドキドキするのは失礼な気がして、でも、そういうポーカーフェイスも作れるほどの余裕はなかった。
「あの、用事があるので失礼します」
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「フェリシアさん!」
思わず足を止めたフェリシアに追いついたカミルが小さな紙袋を彼女に差し出した。
「これは?」
「仲直りの証にって買っておいたんだけど…レポートの期限が近いことを忘れていて…。でも、会えてよかった」
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だが、体を冷やして体調を崩した日以来、発作はないので、このドキドキが意味することを頭ではちゃんとわかっていた。
(カミルさんのこと…手遅れだけど好きになっちゃったのかも)
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