薬師の旦那様は記憶喪失らしいです(旧題:旦那が記憶喪失になりまして)

夜風 りん

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 「いってきます!」


 弾むような明るい声が聞こえ、振り返ったフェリシアはお店の方からパタパタと走って出て行ったルルーディアを見てその背に向かって声を掛けた。

 「いってらっしゃい。馬車や人に気を付けてね」

 すると、「はーい!」と声を弾ませてルルーディアの間延びした返事が聞こえ、そして、兎のような緑の精霊がぴょんぴょんと跳んで追いかけていくのが見えた。
 ふふっと微笑んでフェリシアは真新しいロケットを首から下げなおし、手鏡を引き出しから取り出して確認した。

 「似合っていますかねぇ?」

 仕事に行く前のカミルが後ろからフェリシアに抱き着いて凭れた。

 「似合うも何も、フェリは何を着ても似合う」

 「…あの、カミルさん。私は何を着ても似合うわけではないんですよ? そういうのが許されるのは絶世の美女だけで」

 「またそうやって言う。フェリがそうじゃなかったら、世の中の女性はどうなるんだよ」

 おのろけ全開のカミルに抱き着かれ、フェリシアは呆れたようにカミルを手鏡越しに見た。

 「いいじゃないですか。自己意識の低さは今後の伸びしろにつながるかもしれませんし」

 「おぉ、それは気が付かなかった」

 カミルが嬉しそうにそう言って、綺麗なヒスイを加工してできたその真新しいロケットを手に取り、そっと開いて幸せそうに顔を綻ばせた。

 「何度見てもいい写真だな」

 「ええ、そうですよ。ルルーがこの家に来た記念の写真なのですから」

 フェリシアはそう言うと、カミルはふわっと微笑んでフェリシアの腰に手を回し、幸せそうに顔を綻ばせた。

 「だな」

 そんな夫にフェリシアはそっと手を離させ、ちょっと膨れ面をして腰に手を当て、前のめりになって顔を覗き込んだ。

 「でもですね、カミルさん。今日は大事な定例会議の日ですよ? ちゃーんと遅刻せずに行かなきゃダメなんですからね!」

 「毎日遅刻しているような言い方をするなよな。ちゃんと最近は安定して行っているんだから」

 カミルはシニカルな笑みを浮かべると、フェリシアは視線を揺らした。

 「その節は…ご迷惑を…」

 「大丈夫だよ。これから死ぬまでフェリとずーっと一緒にいられるんだ。たぶん、あと3,40年くらいは付き合ってもらうんだから、フェリの方こそ覚悟してくれよ?」

 カミルは尻すぼみに言葉尻を弱めたフェリシアの顎を軽く持ち上げ、唇を重ねた。

 「ん、チャージ完了っと」

 「なんのですか?」

 フェリシアは呆れたようにそう尋ねるが、カミルはにっこりと笑って歩き出した。

 「じゃあ、いってきます」

 「いってらっしゃい、カミルさん」

 「たまにはダーリンって呼んでほしいな」

 カミルのおどけたような言葉に、フェリシアはかなりためらったが、頬を朱に染めながらそっとカミルの背中を押しやった。


 「いってらっしゃい、ダーリン」


 カミルが不敵な笑みを浮かべ直し、ドアを開けて振り返る。

 「よくできました、ハニー」

 カミルがそう言ってドアを閉め、開店前なので鍵を閉めた後、フェリシアはしばらく放心状態だったが、やがて耳まで赤くなって頭からシュワシュワと湯気が昇り始めた。

 しばらく悶々とジタバタしていたが、頬を朱に染めたまま、幸せそうに頬に手を当てた。


 「慣れないですけど、こういうのも…悪くないです」


 しみじみとそう告げ、フェリシアはようやく落ち着いたところで白い羽根ペンを取り出した。そして、インクの壷にペン先を浸し、インクを切ってから考え込んで天井の方を見上げる。


 「…マーサへ、子供が出来ました…だと、私が妊娠したみたいですし…うーん、あ! 薬師の旦那様は記憶喪失を脱却して、娘まで迎えました! …よし、こうしましょう」


 声を弾ませて紙に文字を書きつける。
 自然と白の歌を口ずさみながら、手紙を書くその表情は穏やかで、本当に幸せそうだった。

 そんなフェリシアを照らし出すうららかな太陽の光も穏やかで、柔らかく温かかった。


 「うーん、これでよし!」


 フェリシアは手紙を乾かしている間、お店の掃除をしていたが、ふと、学校に行く前まで書いていた絵を見て嬉しそうに顔を綻ばせる。

 「あらあら」

 そこに描かれていたのはカミルらしき眼鏡の人と、そして、フェリシアらしい女の人、そして精霊たちに囲まれたルルーディアらしい女の子がお店を背に誇らし気に立っているというものだった。

 「将来は二代目薬屋店主…なのかな?」

 そんなことを呟いてはにかんだ。


                                         【了】

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