薬師の旦那様は記憶喪失らしいです(旧題:旦那が記憶喪失になりまして)

夜風 りん

文字の大きさ
上 下
36 / 64

33

しおりを挟む

 カミルはため息を漏らしながら帰ってきていた。

 『ルルー? 帰ってきていないわよ? …カミル、どういうことかしら?』

 シスター・ミルダにそう低い声で叱責を受け、当然と言えば当然だが、余計に道が遠のいた気がして疲れてしまっていた。
 とりあえずフェリシアの寝顔でも見て癒されてから気合を入れ直そうと考え、寝室のドアを開ける。

 しかし、そこには誰もいない。

 「…フェリ?」

 布団をめくってもフェリシアまでいなくなっていた。

 「…勘弁してくれよ? まさか、フェリまでいなくなったら…」

 カミルはフェリシアを探して家の中を隅々まで見回ったが、やはりいなかった。

 (ルルーディアを連れ戻しに行ったのか…?)

 カミルは外に飛び出すと、朝焼けの光がちょうど差し込んできたところだった。
 その眩しさに目を細めた時、龍の咆哮と共に羽ばたく音が聞こえ、朝日を背に抱いて純白の龍が大空を駆け抜けるのが見えた。
 嘴を持つ羽毛で覆われたワイバーン。その瞳は鮮やかな緑色。

 「あれは…」

 カミルが茫然とした時、その龍がこちらに向かっているのが見えた。

 「え?」

 こちらに向かってきた龍が風を巻き上げてカミルに向かって突っ込んでくる。


 「カミルさんッ!」


 明るく楽しそうなフェリシアの弾んだ声がして、龍の姿が光に包まれて消え、その光を突き破ってフェリシアが飛び出してきた。
 その背中にはボロボロと涙を零している少女の姿。

 「フェリ、ルルーディア!」

 カミルは大きく手を広げてフェリシアを迎え、カミルに向かって飛び込んでくる彼女をギュッと抱きしめた。

 「おかえり」

 「はい、ただいま帰りました!」

 抱き合いながら顔を寄せ合って幸せそうに微笑みあう。

 「迎えに行ってくれたのか?」

 「ええ、そうです。薬草図鑑が開きっぱなしになっていまして、薬草を採りに行ってくれたんだと、目星を付けまして。門は閉まっていますし、この城塞都市の中にある森と言うと一つだけでしたから。あとは精霊の気配を頼りに探してようやく。怪我は無いようでしたけど、森の奥深くにいましたから飛んできた方が早くて」

 カミルはフェリシアを離すと、ルルーディアを見据えた。

 「急にいなくなったら吃驚するだろうが」

 「…ごめんなさい」

 「でも、薬草なんてどうして必要だったんだ?」

 カミルがそう尋ねると、フェリシアがルルーディアをゆっくりとおろしてやりながら言った。

 「私のせいなんです、カミルさん。ちょっとタルク草が手に入らなくて、特別手配をしてもらおうとしていたのを聞いて、少しでもお世話になるからその駄賃にって…そう思ったんですって」

 俯いているルルーディアの頭を撫でてやったカミルは小さくため息を漏らし、そして微笑んだ。

 「そうか、フェリのためにしてくれたのか。…ありがとう、ルルーディア。――だが、今度は出かけるなら必ずどちらかに報告すること。いいな?」

 「はい」

 泣きそうな顔をしている少女の頭をもう一度撫でたカミルは、フェリシアが微笑んでいたものの、目の焦点が合っていないことに気が付いて不安そうに顔を覗き込んだ。

 「フェリ…?」

 「あ、…大丈夫です。疲れてしまって…」

 フェリシアはカミルに凭れると目を閉じて眠りへと堕ちて行った。フェリシアを抱き上げた彼はルルーディアに肩をすくめてみせ、そして、家に戻ろうと促す。
 そう促され、ルルーディアも家に戻る。


 だが、フェリシアは数日しても目を覚まさなかった。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

処理中です...