龍騎士の花嫁

夜風 りん

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第二部 第三章 揺れ動くは乙女心

ep6

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 あっという間に一週間が経った日、ヴィクトルは龍騎士の龍舎を訪れていた。

 リアラも一緒にいたが、彼女の未来が掛かっている決闘なのでいても仕方がないことである。
 だが、ヴィクトル以上に緊張しており、彼は思わず吹いてしまったほどガチガチになっていた。

ヴィクトルの方はリアラが緊張しているおかげで楽になっており、少しだけ楽しむ余裕もあった。
 ヴィンセントはリアラが来ていると聞きつけて比較的早くに切り上げて来たようだが、一緒にいるヴィクトルを見て瞬いた。
 「あぁ、例の件か…。ほどほどにしてくださいね」
 ヴィクトルは頷いたが、殺気立っているオースティンの視線に気が付いて彼は笑顔を返す。
 「くっ…」
 しかし、彼の相棒は怯えたように尻尾をたくしこんでおり、ブルブルと震えていた。

 「あの、オースティン? ホントにあの人と決闘するの?」

 「当たり前だ」
 オースティンが胸を張ると、相棒は身を縮めた。
 「絶対やめた方がいいよ」
 「煩い! 俺はリアラが…」
 ヴィンセントが咳払いして促す。

 「こっちだ」

 ヴィクトルはどこ吹く風だが、オースティンは戦意を剥き出しにしており、その雰囲気を察してゾロゾロとすれ違った龍騎士やその相棒たちが訓練場に戻って来た。


 訓練場はどこも同じらしいが、競技会施設のように段になった座席が周りを取り囲むドーム型の建物となっており、屋根はないのでコロッセオタイプの建物とも言えるだろう。
 とはいえ、全ての龍騎士が演習を行えるほど広くないため、訓練施設はいくつかあるらしいのだが。
 とはいえ、年に一度一つの街の中で行う競技会が開かれるのはこの施設らしい。

 リアラもヴィンセントに誘われたことはあるが、きょうだいを応援する余裕がなかったために、初めてこの施設を訪れていた。


 リアラはヴィンセントの相棒、レレーシャに誘われて龍も通れる内部の通路を歩き、特等席と言う名の、全体は見えるが遠すぎて豆粒ではないにせよ、かなり小さくしか見えない座席にいた。
 女王や領主が座るような席らしいが、リアラにはどうでもいいことだった。

 「ヴィクトル様…」

 ギュッと手を握りあわせてそう呟くと、リアラはヴィクトルがオースティンと共に審判役のヴィンセントから注意事項を聞いている様子を見ながら、リアラはオースティンを半ば冷やかしも含めて擁護する声が上がっているのを見て表情を曇らせた。

 身を乗り出すとあらん限りの声で叫ぶ。


 「ヴィクトル様、頑張れえええぇぇぇっ!」


 吼えるように叫ぶと、ヴィクトルが驚いたような顔をしてリアラを振り返り、ヴィンセントが唖然としてリアラを振り返った。
 ヴィクトルはヴィンセントを促して話を続けさせるが、どこかソワソワしている。
 これでは審判失格である。

 だが、当の競技者たちは真剣そのものなので問題はないのかもしれないが。

 リアラはアウェーの声を突き破る応援をしながら、身を乗り出していた。



 そんなリアラの応援を聞きながらヴィクトルは余裕綽々の表情で微笑んだ。

 (リアラさん、ありがとう。とても心強いよ)

 ヴィクトルはオースティンが剣を握る様子を見ながらセアを構えた。
 魔力を流し込まれ、一瞬でその刃が伸び、立派な剣に変化したそれを上に構える。
 指揮棒のように上に構えられたそれを見ながら、一部の騎士がざわめいた。

 「あの構えは…」
 「ヴィクトルって、まさか」

 そんな呟きが聞こえる。でも、そんなことはどうでもよかった。
 誰かを守るために乞い、ようやく苦労して手に入れた力。

 (誰であろうと、今は容赦しない)

 冷淡な瞳がオースティンを見据える。
 いつになく冷たい瞳は最近ではカノン以外に向けたことのない、団長として敵に向けた容赦のない瞳。
 龍たちの歓声も巻き起こり白熱しており、リアラがあらん限りの声で叫んでいる。

 「どうして、お前ばかり…」

 オースティンがそうぼやいた。
 その瞳には殺意。

 「始め」

 ヴィンセントが合図を下した瞬間、オースティンが怒号と共に駆け出した。

 「何で、お前なんだよおぉぉぉ!」

 ヴィクトルは冷ややかに、見下した瞳を浮かべると僅かに横にずれ、すれ違いざまに剣を握る手を掴んだ。
 勢い余って後ろに引っ張られ、肩が外れた音がした。

 剣の落ちる音がして、ヴィクトルはフンッとオースティンに対し冷徹に鼻で笑うと、不意に顔を上げた。
 弾かれたように特等席を見上げたヴィクトルが目を見開き、パッと駆け出す。

 放心状態だったヴィンセントが慌ててジャッジした。

 「勝者、ヴィクトル。ーーって、どこに行くんですか!?」

 ヴィクトルは軽やかに座席のフェンスを飛び越えると、階段を駆け上がり、ヒクヒクと痙攣しているレレーシャのそばに駆け寄った。

 「神経系統に麻痺を与える魔法か…」

 ヴィクトルはサッと手をかざし、魔法を発動させると、レレーシャの麻痺が解け、呼吸が穏やかになった。
 「リアラさんは?」
 ヴィクトルはそう尋ねると、レレーシャがゆっくりと目を開けた。

 「ティクの…」

 「え?」
 「ティクの女の子があなたによろしく、と…。今度は楽しい殺し合いになることを楽しみにしているって…」
 「!」
 レレーシャはフラフラと体を起こした。
 「これ…地図、よ。…っく、私…」
 「無茶をしないで。まだ魔法を解いたばかりで反動が残っていますから」
 「そうは言っても…」
 ヴィクトルは床に落とされていた簪を手に取ってギュッと握りしめた。

 「必ず助け出します」

 「よく、早くに気が付いたわね」
 「リアラさんの声はキチンと聞こえていましたから。途絶えた時、直ぐにわかりましたし」
 ヴィクトルはそう言うと、歩き出した。
 「一人で行くの?」
 「ええ、はい。リアラさんを攫ったなら要求があるかもしれませんし、ヴィンセントさんに早く帰るよう、お伝えください」
 「気を付けて…ね」
 「ええ、はい」
 ヴィクトルは微笑んだが、目は一切笑っていなかった。

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