龍騎士の花嫁

夜風 りん

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第二部 第二章 列車にて

ep6

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 「うっ…」

 リアラが目を覚ますと、ヴィクトルがスカーフを結わえていた。
 だが、苦手なのか歪んでしまっているそれを四苦八苦して結んでいる様を見て、リアラは思わず吹き出してしまった。
 「ヴィクトル様、結べないんですか?」
 「え、あ、はい…。その、お恥ずかしながら…その、…普段は姉上が、スカーフを巻いた方がいいと結んでくれるんです…」
 「なんでそんな服を選ぶんですか」
 呆れ顔でリアラは場所を空けさせ、そこにベッドから飛び降りると、ヴィクトルのスカーフを一度解き、結わえ直す。
 すると、ヴィクトルは蚊の鳴くような声で言った。
 「何を着ていけばいいのかわからなかったので…」
 「別に制服でいいのでは…?」
 「せっかくの旅行ですし…」
 ヴィクトルは照れ笑いを浮かべた。
 「いつもは着ない私服を着ておきたかったんです。団長格として、いつ呼び出されるのかわからなかったものですから」
 「ヴィクトル様…」
 リアラは無粋なことを聞いてしまったと反省していると、彼はスカーフを結び終えたリアラから慌てて離れ、背を向けた。
 「その、情けないところをお見せしてすみません…」

 「え?」

 「昨日、運んでくださったのでしょう? 騎士としてレディに運ばせるなんて恥ずべきことをしてしまい、申し訳ございません。その…調子に乗って魔力を使い過ぎてしまいまして」
 「いえ、私の方こそお見苦しい姿を…」
 ヴィクトルは首を横に振った。
 「帰り道はシグルドを呼んでおきます。何かあってはいけませんし」
 「…え、いいんですか!」
 「良くはないですが、こちらの龍騎士に連絡をして、事情を説明すれば問題ないでしょうから」
 「…最初からそうしていればいいのでは?」
 「連絡する時間がありませんでしたから」
 「え?」
 「龍で飛んだ方が早いので、伝書鳩より先に着きます」
 「…あ」
 リアラは納得して声を漏らすと、ヴィクトルは肩を竦めた。
 「先ほどまで警察の方がお見えしていたのですけど、リアラさんはちっとも起きませんでしたね。何度か肩を揺すったのですけど」
 「っ!」
 「でも、大丈夫です。キチンと目撃者がいたようですから」
 「…そう、ですか」
 リアラがホッと息を吐くと、ヴィクトルが思い出したようにリアラへ簪を差し出した。

 「申し訳ございません。戦いの最中に折れてしまったようでして…」

 ヴィクトルが差し出した簪は見事に真っ二つに切られていた。
 おそらく、ヴィクトルと例の少女との戦闘中に切られてしまったのだろう。

 「あ、大丈夫ですよ。確かに気に入って付けていたのですけど、あれはパパ…しゃなくて、父が初めて買ってくれたプレゼントだったので。まだ、イシュカ家が裕福じゃなかった時代で、安物ではあるんですけど、ね」

 「そんな大切なものを壊してしまうなんて…」
 落ち込んだヴィクトルがキリッと顔を上げた。
 「あの! お詫びとしては心許ないのですが、…その、簪、僕にプレゼントさせてください」
 「え、そんなこと、いいですよ」

 リアラは戸惑ったが、ヴィクトルは列車が駅で停車すると、荷物をまとめて降りた後、立ち寄ったアクセサリーショップでリアラに約束通り、簪をプレゼントしてくれた。

 綺麗な黄色の明るい花飾りが用いられた、べっ甲色の簪で、割と値が張りそうだったが、リアラが値段を見る前にヴィクトルがリアラに差し出した。

 「これ、きっとあなたに似合うと思うんです」

 「私ってローラシアの花みたいですか?」

 ローラシアの花、とは、リアラの簪に付いている花飾りのモチーフの黄色くて大輪の花を咲かせる甘い匂いがする花のことだ。
 生命力が強く、割と色々な場所に咲いている手に入りやすい花であり、比較的、どの国に行っても手に入る花である。
 場合によってはどこの国でも手に入ることから、普遍的な花=凡庸なモブ顔という悪口でも使われることがあるくらいの花で、『普通だね』という意味合いが強い。最近はそう使われることも多いのだとか。
 とはいえ、男性であるヴィクトルがそんなことを知っているとは到底思えないわけで。
 リアラは苦笑してしまった。

 「違いますよ! その明るくて優しい色合いがリアラさんの良さとそっくりだと思うんです」

 ヴィクトルはニコリと笑ってそう言うと、柔らかく目を細めた。

 「…スーヴィエラさんの太陽、ですから」

 「スー様の? 私が? …まあ、スー様のアイドルでしたし、そうなのかもしれませんけど…」
 照れたリアラにヴィクトルは頷いた。


 でも、彼は黙っていた。
 その花がローラシアの花ではなく、よく似た別の花であることも、そして、彼なりの深い感謝の表しであることも。

 感謝を言葉にするのも恥ずかしいので、そっと胸の中にしまい込み、今はリアラの護衛兼旅行を楽しむことに集中することにした。

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