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第二部 第二章 列車にて
ep1
しおりを挟む列車に揺られながら、リアラは緊張でガチガチに固まっているヴィクトルを見やり、苦笑した。
「えっと、お付き合いした経験、あるのでは?」
「む、む、無理です。丸一日、弄ばれるように連れ回されて振られました」
「あ、…なんか、ごめんなさい…」
リアラはなんとか話題を変えようと、思考を巡らせるが、何一つ浮かばなかった。
(スー様のことなら話せるのになぁ…)
そんなことを考えながら、リアラは外を見やると、窓の外に飛翔する龍の姿が見えた。
「あれは、龍、でしょうか?」
遠くの方で霞んでいるためによく見えないが、たくさんの龍が舞い上がり、羽ばたいている。
「あれは龍騎士の演習です。この方面だと…クア=ドルガの龍騎士の、でしょう」
ヴィクトルがスラスラと言葉を紡ぐので、リアラはホッとした。
(龍騎士のことなら話してもよさそうね)
黙っていても楽しくないので、リアラはとりあえず話題が見つかったことにホッとしていた。
「ヴィクトル様はどうして龍騎士に?」
「僕ですか? 僕は…父上に甘え続けたくなかったからです。…と、言っても、今思えば子供っぽい反抗心なのでしょうけど」
ヴィクトルはリアラの顔を見て話すと緊張するようで、少し視線を逸らしながら話していた。
「僕は、十歳の時に父上に引き取られました。姉上が十六歳で、僕はもう少しで十一歳になる日に」
「…え…」
「母上の顔は正直、知らないんです。写真で辛うじて知っているだけで」
「そう言えば、シリウス様と血縁関係はあるのに、お二人とも養子なのですよね」
「はい。僕も姉上も、遺伝子上は父上の子供ですが、僕は今の父上と母上の遺伝子から。でも、姉上は三つ前の前世の父上と、その婚約者だった女性の遺伝子から作られました」
「複雑ですね」
「えぇ。でも、父上は僕らのことを大切にしてくれました。…とはいえ、僕は反抗期の真っ盛りで、将来、明確に魔物の医師を目指していた姉上とは違い、明確な目標もなく、でも、父上と同じ職場で比べられ続けられるのも耐えられないと考えていたんです」
「オトナですね。そんなことを考えるなんて」
「いえ、全く」
ヴィクトルが俯くと、リアラは苦笑した。
「私が侍女になったのは、龍騎士が当時、男しかなれないと信じられていたから、なれなかった当てつけで侍女になったんです。さっさと家を出て困らせてやるって」
「…リアラさん」
龍騎士は十年ほど前まで男しかなることが出来ないと言われていた。
いや、嘗ては女子もいたらしいのだが、ほんの一握りしかなることがなく、いつの間にかしばらくエメル王国内では女子がなることがなくなってしまった。
そのうち、『女子は騎士になるべからず』という不文律が出来上がってしまった…ということである。
しかし、十数年前、男装して紛れ込んだ女騎士が見つかり、彼女が打ち立てた功績は否定できず、それを区切りに女性の方でも希望者が集まったために女騎士団が試作的に立ち上げられた。
それがうまくいったということが顕著にわかるのは、現状を見れば明らかである。
とはいえ、リアラが侍女になったのは十にも満たない時。
当時はまだ、理解が得られていなかった時代。
仕方がなかったといえばそれまでだが、リアラは反対を余儀なくされ、騎士への道を諦めた。
「でも、こうなってよかったのかもしれません」
「え?」
「そうでなくば、こうして皆さんと会うことはなかったのですから」
リアラは微笑むと、ヴィクトルは虚をつかれた顔をしていたが、いつの間にかリアラの顔を見ていたヴィクトルが面白いくらい動揺した。
「…っ」
ヴィクトルは窓の外に視線をやった時、リアラはふと、思いついたように立ち上がった。
「そういえば、お飲み物をもらってきますね。喉、乾きましたでしょう?」
「あ、それならば僕が」
ヴィクトルが慌てて立ち上がる。
「え? それくらいは私が…」
「レディに重いものを持たせるわけにはいきませんから」
「そこまで重くは…」
「是非、僕にやらせてください」
ヴィクトルにそう言われてしまってはリアラも食い下がるわけにはいかず、腰を落とした。
「…では、お願いします」
ヴィクトルが頷いてそそくさと出ていった後、リアラはふと、思い出したようにミサンガを取り出した。
キラキラと太陽光にかざすと光って見える天龍の糸で作った最高級ミサンガ。
願いが叶うように祈りを込めて巻き、切れた時、その願いが叶うというそれを手首に巻いた。
ある、一つの願いを込めて。
列車の規則正しい揺れの中に一瞬、ガクンと揺れるような振動が伝わったが、リアラはぼんやりと外を眺めてヴィクトルが戻るのを待っていた。
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