88 / 123
番外編 小噺集
変化…?
しおりを挟むスーヴィエラがハッと目を覚ますと、シリウスが眠たそうな顔で腕の中にいる彼女を見つめた。
「…? どうかした…?」
シリウスの問いかけに、スーヴィエラは瞼を伏せた。
体が震えてしまっていて、昨夜の契りと相まって余計に下腹部が痛む。
体の相性もいいのに、悪夢が過去の苦痛と絡めて思い出させる。
シリウスのせいではなく、悪夢が快楽だった記憶さえ塗り潰そうとするから。
「…っ、シリウス様ぁ」
情けない声が出た。
涙がほおを伝う。
優しく抱き締められて心が解れていく。
それだけで心が軽くなるが、それよりもシリウスを求めてしまう。
「抱いてください…今すぐ」
「…そうしてあげたいけど、ね。ちょっと頑張りすぎたから休ませて? その代わりに子守唄を歌ってあげよう」
からかっているようにしか聞こえないが、眠たげなシリウスは本当に疲れているのだろう。
しっかりとスーヴィエラを抱き直して鼻歌を口ずさむ。
スーヴィエラはシリウスにしがみつくと、シリウスは鼻歌で青の歌と呼ばれる、今やエメル王国の国歌を囀っていたが、しばらくして彼は寝息を再び立てた。
スーヴィエラはシリウスの腕の中できつく目を閉じたが、前に一度だけ感じたことがある吐き気がゆっくりとこみ上げてきた。
(そういえば、月ものがしばらく来ていない…?)
ゆっくりとスーヴィエラが青ざめる。
だが、結婚前の半年は誰にも抱かれていなかったし、結婚して数カ月経つが、シリウス以外に抱かれてはいない。
そう考えると胸の奥を暖かな何かがせり上がり、彼女ははやる予感を感じながら顔色が元に戻り、ゆっくりと赤みがさす。
(もしかして…)
シリウスの腕を退けてトイレで吐いた。
(そっか、あの時はどん底での妊娠だったから、…産みたくなかったし、その後の暴力で堕胎前に死なせちゃったけど…あれ以来なんだ…)
初めて襲われた時に出来てしまったことがあったが、度重なる暴行で激しく叩きつけられた時、腹の子を死なせた。
今回は出来ていたなら大好きなシリウスとの子供で、躊躇う必要は一切ない。
だが、過去の似通った感覚で悪夢を見たのだろうとスーヴィエラは推測した。
(どうしよう?)
月ものはここしばらく来た覚えがない。
でも、ストレスという可能性もあり、勘違いだったら恥ずかしくて火が出そうだ。
(しばらく、黙っていよう)
そう決めたスーヴィエラだったが、数日すると変化が表立ってきた。
まず、食欲の増加。
キチンと一人前を食べられるようになり、少し味付けも濃くなった。
そして、睡眠時間が増加し、汗もいっぱいかくようになった。
スーヴィエラは侍女長に理由を説明して病院に連れて行ってもらえることになったのだが、馬車を調達すると変なので、少し体調不良のために病院へ行きたいとシリウスに伝えた。
すると、シリウスは自分の専属医に診せると言って翌日、専属医であるミシェルを連れてきたのだった。
「さて、よろしく。体調不良と聞いていたけど、元気そうね?」
「え、はい…」
スーヴィエラはそう答えると、ミシェルは目を細めてスーヴィエラの腹に手をやった。
「月もの、どれくらい来ていない?」
「…え?」
「早く」
「ここ2、3ヶ月、です」
「そ。シリウスが激しくしすぎてストレスでも溜まっているのかと思ったけど、違うのね」
「…シリウス様ってどういう評価ですか…」
「ん? 家族を溺愛する男。それに元聖龍の人間。そして、あたしの親友。…それくらいかな」
ミシェルはそう言うと、カバンから何かのレジュメを取り出した。
「はい、これ」
「?」
スーヴィエラが怪訝そうな顔をすると、ミシェルは言い放った。
「妊娠の注意事項が書かれているからね。妊娠中は龍化しないこと。一度でも龍化すると腹の中で赤ちゃんまで龍化しちゃって元に戻れなくて、子宮や膣を角で突き破る危険性があるから」
「じゃ、じゃあ!」
「うん、おめでとう。シリウスのことだから、張ってきた乳腺の感覚とか、母乳の匂いとか、そう言うのでわかると思うけど、大切にしてもらいなさい。それと、もっと甘えたら?」
「え?」
「妊娠したら、出来ないことも増えてくるわ。なら、思い切り手を焼かせてやればいいのよ。シリウスはちょっとやそっとで伴侶にした人を嫌いになるほど執着が弱いわけじゃないから」
「っ!」
「さ、あたしは帰るから、龍人の注意すべき注意事項をよく守って出産まで頑張ること。…そうね、時々、体が楽な時にシリウスにあたしのところ、連れてきて貰いなさい。面倒くらいは見るわよ」
「ありがとうございます」
スーヴィエラは満面の笑みを浮かべると、ミシェルはヒラヒラと手を振った。
「ほら、立ち聞き男。もういいわよ」
ドアを乱雑に蹴り開けたミシェルはドアの外で壁にもたれていたシリウスへ声をかけると、彼は不貞腐れた顔をした。
「人聞きの悪いこと、言うなよ。防音魔法を掛けていたくせに」
「バレた?」
「スーヴィエラに何かしていないだろうな?」
「してないって。それと、おめでとうさん」
ミシェルがそう言うと、シリウスが目を見開いて動きを止めた。
「それって…」
「ほら、早く行きなさいな」
ミシェルに背を押され、シリウスはフラフラと室内に入ると、立ち上がったスーヴィエラをしっかりと抱きしめた。
「シリウス様?」
シリウスは嬉しそうに笑っていることに気が付いて、スーヴィエラもほおが緩んだ時、彼は弾んだ声でハッキリと告げた。
「ありがとう、スー。これからもよろしくな?」
スーヴィエラはシリウスを抱き返した。
「もちろんです、シリウス!」
シリウスは目を見開いたが、彼は幸せそうに笑った後、一筋の涙を零した。
「ありがとう、スーヴィエラ。本当に、ありがとう」
シリウスは涙を拭って笑ったが、その涙の意味をスーヴィエラが知るのは少し後の話である。
0
お気に入りに追加
2,207
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
結婚相手の幼馴染に散々馬鹿にされたので離婚してもいいですか?
ヘロディア
恋愛
とある王国の王子様と結婚した主人公。
そこには、王子様の幼馴染を名乗る女性がいた。
彼女に追い詰められていく主人公。
果たしてその生活に耐えられるのだろうか。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為
騎士団長の欲望に今日も犯される
シェルビビ
恋愛
ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。
就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。
ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。
しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。
無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。
文章を付け足しています。すいません
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる