龍騎士の花嫁

夜風 りん

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第一部 第六章 心の楔と首の軛

ep7

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 スーヴィエラがシリウスを待ちながら掃除をしていると、呼び鈴が鳴らされた。

 「あれ、もうそんな時間?」

 スーヴィエラはキョトンとすると、ガチャリとドアを開けた。
 その直後、ドスッと腹に握り拳が突き刺さり、スーヴィエラはがくりと力なくその場に崩れた。
 倒れかかってきた彼女を片腕で抱き留めた黒フードは目を細めた。

 「くびきは取れたんだね。でも、お喜びのところ悪いけどさ、こっちも仕事なんだよ。ねぇ、可哀想な

 ピクリとも動かないスーヴィエラに黒フードは小さく言った。
 「もう、君を傷つけたくは無いんだけどさ、また、もう一度君を裏切るよ」

 そう言ってから苦笑した。

 「まあ、みんな、君が信じようとした人は裏切ったんだけどね」

 エレベーターホールに向かっていた黒フードは「よいしょ」と言って乗り込むと、スイッチを押した。
 ガタガタと安定感の悪い箱がゆっくりと降りていく。
 スーヴィエラはそれでも目を覚まさない。

 エントランスまで降りた彼はスーヴィエラを肩に担いだままのんびりと歩く。
 「裏切らなかったせいで死んだみたいにはなりたくないからね」

 不意に殺意が駆け抜け、黒フードの青年を突風が襲った。
 青年は尻餅をついた拍子にスーヴィエラをとり落す。

 「あ!」

 慌てて手を伸ばしたが、スーヴィエラは黒い尾が巻きついてあっという間に奪い返されていた。
 青年が振り返ると、人の姿に戻ったシリウスがスーヴィエラをそっと床に寝かせ、武器を収納できる魔法具であるアミュレットに触れたところだった。

 「ルルカ、だと?」

 「あ…」

 シリウスが燃えるような瞳で青年を見据え、剣を握り直した。
 「貴様、ルルカのことを知っているのか?」
 「え? はて、ナンノコトヤラ…」
 カタコトの返事にシリウスが剣を構えながらゆっくりとレイピアの角度を調節していく。
 「全て話してもらおうか」
 「え、いや、待って。…あ、そうだ! スーヴィエラの昔話をしようか!」
 「あん?」
 「俺の同級生でさ、女を用意してやるから、ちょっと金を稼がせてくれないかって言う奴が居たんだよ。んでさ、そいつの家に行ったら、艶かしい女がベッドにいて、まだ、16歳だって言うのにすげぇいい体をしていて…」

 ショックで動きを止めることでも期待したのだろう。だが、シリウスの表情が露骨に殺意を剥き出しにしていた。

 「貴様、スーヴィエラを…彼女を無理やり抱いた一人か」

 シリウスが握り拳を固めると、剣を振り下ろした。
 黒フードは情けなく転んだが、脱げたフードに剣が突き刺さり、つんのめって止まる。

 「あれ?」

 這って逃げようとした黒フードの上に馬乗りになり、握り拳を固めたシリウスが容赦無く振り下ろした。
 血が飛び散り、折れた歯が弾き飛ばされて地面を転がった。



 スーヴィエラが目を覚ますと、シリウスの咆哮と、誰かの啜り泣くような声が聞こえた。
 ゆっくりと視線を動かすと、血に染まった拳を振り下ろすシリウスがいて、ボコボコにされた青年がボロ雑巾のような顔で泣きながら許しを請うている。

 かなり激しく殴ったのだろう。
 シリウスの拳も痛そうだが、殴られた側の顔は骨格が変わる程酷く歪んでいた。

 「お願い、もうやめて」

 スーヴィエラはシリウスが怒る理由に気が付いてそう告げるが、シリウスは止まらない。
 スーヴィエラはゆっくりと体を起こして胸の前で手を握りあわせる。
 助ける義理はないこともわかっているが、だが、シリウスが自分のせいで人殺しになるのはもっと嫌だった。

 「もうやめて、パパ!」

 スーヴィエラは喉の奥から声を絞り出して叫ぶと、シリウスの動きが止まった。
 振り返ったシリウスは顔に降りかかった返り血を拭い、爛々と目を輝かせながら言う。

 「お前を傷つけ、俺の部下まで手に掛けた」

 青年だったそれはブンブンと頭を振る。
 「ひがう、おひぇじゃにぁい(違う、俺じゃない)!」
 シリウスがその首を掴んで叩きつけた。
 「あ? テメェも関与しているんだろうが!」
 恫喝するようなシリウスの言葉に怯みそうになったが、スーヴィエラは意を決して歩き出し、首を締め上げ始めたシリウスに近づく。

 「お願い」

 スーヴィエラは後ろからギュッとシリウスに抱き着くと、シリウスの動きが止まった。
 目を見開き、手の力が緩む。

 「シリウス様、お願いします。もう、誰も傷つけないで」

 スーヴィエラが祈りを込めてそう言うと、シリウスは泣きそうな顔でスーヴィエラを見つめた。

 「ごめん、ごめんな、スーヴィエラ…。お前が一番の被害者なのに…」

 シリウスは体の向きを変えてスーヴィエラを振り返ると、血の匂いがする体で柔らかく抱きしめた。

 「ごめんな、スー」

 スーヴィエラは瞳を潤ませると、シリウスの血がついた胸元に顔を埋めて目を閉じ、そのまま声が枯れるまで泣いたのだった。

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