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第一部 第六章 心の楔と首の軛
ep3
しおりを挟むスーヴィエラはその夜、クロニカが買ってくれた髪飾りを見ていた。
しかし、シリウスの首筋のモヤモヤが気になって仕方がない。
「ねえ、リアラ」
「はい、何でしょう、スー様?」
「パパの首に何か付いていなかった?」
「え? いいえ。何か付いていましたか?」
「…ううん。でも、パパに何にも付いていなかったのね? なら、目の錯覚…?」
スーヴィエラは小首を傾げると、瞼を伏せた。
「ねえ」
「はい」
「私は…どうすればいい?」
「へ?」
スーヴィエラは遠い目をして窓の外を見上げた。
「私はパパに感謝しているわ。だって、食べるものに困らなくて、休める場所があって、服も綺麗で、味方でいてくれる人がいる。…こんな幸せなこと、ないよ。でも、天龍の姿に戻るのは…まだいいとしても、二人きりがこんなにも怖いなんて」
「スー様…治療、なさるおつもりですか?」
「呪いでも、天龍の力なら…」
「スー様」
「はい…」
「シリウス様なら優しいからスー様を傷つけることはしないでしょう。でも、スー様に呪いが跳ね返ってくる可能性もあるんですよ」
リアラの言葉に、スーヴィエラは息を飲んだ。
「それは…」
スーヴィエラは俯くと、握り拳を固めた。
「パパなら全部を知っていても、私を拒絶しなかった。こんなにも良くしてくれるパパに何かあったら、私は私を呪いたくなるよ」
涙がポロポロと溢れてほおを伝う。
「パパは私が助けたいの。お願い、リアラ」
「…スー様。決めるのは私ではなくあなたです。突き放すように聞こえてしまうかもしれませんけど、最終決定権はスー様ご自身で判断すること」
リアラがそっとスーヴィエラの手を手袋の上から握った。
「だから、絶対に死なないと約束をしてください。私はどんな風になっても、スー様の味方です」
スーヴィエラは目を見開くと、小さく頷いた。
「うん、やってみる」
スーヴィエラは頷くと、歩き出した。
その背をリアラが見送る。
「呪いなんかに負けないでください、スー様」
リアラはガッツポーズをその背に応援として向けていた。
でも、ふと、リアラは小首を傾げた。
「あれ? こういう時はガッツポーズですかね? それとも…南の大陸で伝統的にあるという応援団の応援というヤツですかね?」
リアラはどうでもいいそんなことを本気で悩んでいた。
☆
スーヴィエラがシリウスの部屋を訪れると、眠たげな声がした。
「はい…」
ドアを開けると、シリウスがベッドから体を起こしてだるそうな顔をしていた。
「やあ、スーヴィエラ。どうかしたのかい?」
後ろ手に扉を閉めたスーヴィエラはシリウスのベッドに近づくと、背中に意識を集中した。
フワッと天使のような双翼が広げられ、たわめた翼の元、その体が光に包まれる。
光が弾けて消えた時、天龍の姿をしたスーヴィエラがいた。
「パパ、首に変なモヤモヤがあるよ」
「え…」
シリウスが目を見開いた時、スーヴィエラが首にかぶりつく勢いでシリウスを押し倒し、大きな前足で優しく押さえつけながら首筋に鼻先で触れる。
「スーヴィエラ…?」
「天龍の力なら呪いを解くことができます。なら、私は」
スーヴィエラがシリウスの首筋に舌先を這わせると、シリウスはくすぐったいというように身をよじる。
しかし、呪いらしきモヤモヤが舌にきちんとかかっており、シリウスの首筋からそれは消えた。
「これで、終わり」
そう呟いた時、スーヴィエラの意識が朦朧とした。
ふらりと揺れて彼女は元の姿に戻ると、その場に倒れこむ。
シリウスはスーヴィエラを抱き留めると、額に触れた。
「酷い熱だ…」
スーヴィエラの額から手を下ろしたシリウスはぐったりとしている彼女を抱き上げ、ゆっくりとした足取りで彼女の部屋へと運んでいく。
スーヴィエラが苦しそうに息をしながら涙を目尻に浮かべた。
「もう、…やめて…痛いよ、痛いよ、兄さま…いやだ…」
シリウスは歯を食いしばってその呟きを聞きながら薄氷色の瞳に悲痛な色を浮かべる。
「スーヴィエラ」
シリウスはスーヴィエラの首筋に黒々と浮かんだ刻印に気が付いた。
スーヴィエラの部屋のドアを蹴り開けると、シリウスは中に足を踏み入れた。
ベッドメイクをしていたリアラが驚きすぎて文字通りに飛び上がったが、スーヴィエラの様子がおかしいことに気が付いて息を飲む。
「スー様!」
スーヴィエラをベッドに横たえたシリウスは彼女の首筋に触れると、彼女は悲鳴をあげた。
目を見開いて叫んだ後、気を失って枕に沈んだ。
「これは、どういうことですか?」
「…外道が、彼女に首輪をつけたということさ。さて、これを解除するから、君は少し外に出ていてくれるか?」
「え、はい」
リアラが外に出ると、シリウスはスーヴィエラに向き直った。
「今、助ける」
決意に満ち溢れた言葉をシリウスは呟いた。
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