龍騎士の花嫁

夜風 りん

文字の大きさ
上 下
48 / 123
第一部 第五章 羽休めの街

ep4

しおりを挟む

 なんとか復活したヴィクトルはクロニカと共に応接間に来ていた。
 「あの、父上、話とは?」

 「スーヴィエラ嬢についての話だ。彼女は今まで辛い人生を送って来た。だから、私たちが彼女を傷つけないように色々と知っておくべきかと思って。刺激が強いから、クロニカに話すべきか迷ったけど、お前には彼女を支えになってほしいから」

 ヴィクトルが暗い顔をした。
 「彼女が生気のない目をしていることは見てわかりましたが…」
 「彼女とデートをしてきたんだって?」
 「ケーキを一緒に食べて来たのですけど、ケーキ自体は美味しかったようですが、元気になって貰えませんでした。姉上に完敗です」
 シリウスは落ち込んでいるヴィクトルの頭にポンッと手を乗せた。
 「でも、ありがとう。お前なりに気を遣ってくれたんだろう?」
 ヴィクトルがコクンと頷くと、シリウスはワシャワシャと頭を掻き回し、ヴィクトルは「わあっ!?」と声を上げたが、子供のような笑みを浮かべた。
 クロニカがほおを膨らませる。
 「ヴィーばかりズルいわ。パパ、私も!」
 シリウスに頭を撫でられ、クロニカも無邪気な子供みたいに笑う。
 「えへへ」
 嬉しそうな二人の子供たちの、緊張感のカケラもない笑顔を見ながら、シリウスは呆れたように呟いた。

 「スーヴィエラ彼女もこんな風に笑えればいいのに」



          ☆



 スーヴィエラは目を覚ますと見知らぬ天井が見えた。
 「う…ん?」
 スーヴィエラは寝返りをうち、床に置かれた二つのトランクを見ながら、イシュカ邸ではなく、ルルカディア邸にいることを思い出した。

 のろのろと起き上がり、柔らかなベッドから足をおろしてスーヴィエラはふと、ベッドサイドのテーブルに紅茶と、皿の下にある手紙に気が付く。
 その手紙には、

 『ウチのヴィクトルに付き合ってケーキショップに行ってくれてありがとう。ささやかながら、そのお礼だ』

 と、書かれていた。
 綺麗な文字に目を通し、スーヴィエラは紅茶を手に取ると、深みのある甘い匂いと、仄かに香る花の香り。
 ホッとする優しい味の紅茶だった。

 何気なく手紙を裏返すと、シリウスの走り書きで、「今回の紅茶は『優雅なる女王陛下』と呼ばれるブレンドを用意してみた。お口にあっただろうか?」と書かれていた。
 スーヴィエラは紅茶を味わいながら息をつく。

 紅茶を飲み終え、カップと皿を持って外に出ると、侍女と鉢合わせした。
 「あ、あの、厨房はどちらですか?」
 「私が片付けますのでご安心を」
 カップと皿を侍女は受け取ると、一緒にいた執事を振り返った。
 「お嬢様を応接間にお通しして。ただし、返事があるまでは決して中にお入れしないように」
 「畏まりました。…お嬢様、こちらです」

 執事の案内で応接間の前にやって来た時、禍々しい気配が部屋に満ち溢れていた。
 しかし、執事がノックすると、酷く疲れきったシリウスの声がする。

 「はい」

 「失礼します。お嬢様をお連れしました」

 執事がドアを開けてそう告げると、ヴィクトルが項垂れてフルフルと震えており、クロニカは青い顔をして俯いていた。
 シリウスはふぅっと息を吐き出し、スーヴィエラが中に入ると苦笑を浮かべる。

 「悪いね、こんな雰囲気で。普段ならもっと明るいんだけど」

 「えっと…何かあったんですか?」

 ヴィクトルがスーヴィエラをしっかりと見据えた。
 「スーヴィエラさん!」

 「は、はい?」
 大声で呼ばれ、戸惑った声を上げると、ヴィクトルがキリッと顔を上げて立ち上がり、片手で胸元に握り拳を固め、スーヴィエラを見据えて宣言した。

 「僕があなたを守ります。だから、その、僕をあなただけの騎士に選んで頂けませんか?」

 「え? 私だけの…?」

 スーヴィエラは戸惑ったが、ヴィクトルはフッと笑った。
 「もちろん、今すぐに、というわけではなく、これから行動で示していくので、ちょっとでも僕のことを見てもらえたらいいな、と、そう思った次第で」
 「…は、はい…」
 スーヴィエラは疑問符を浮かべていると、シリウスが優しく笑った。

 「さて、スーヴィエラさんもうちの家族のようなものになったんだし、これからは私の可愛い娘だ。娘にさん付けも変だし、呼び捨てていいかな?」

 「も、もちろんです。…あ、あの…パパ…って呼んでも?」
 スーヴィエラは勇気を振り絞ってそう言うと、シリウスはワシャワシャとスーヴィエラの頭を撫でた。
 「もちろん」

 どんな男の手に触れられるのも嫌だったが、不思議とシリウスに撫でられるのだけは気持ちよくて、スーヴィエラはフニャっと顔を緩める。

 「パパは不思議な人ですね。男の人に触れられるのは怖いのですけど、あなたに頭を撫でられるのは好きです」

 クロニカが優しく見守りながら言った。

 「パパは前世、女だったこともあるから」

 「はい?」

 スーヴィエラは瞬いた。
 シリウスは肩をすくめる。

 「聖龍としての務めは教えたよな? 何度も転生していることも。だけど、必ず生まれた時の性別に生まれるわけではなくて、男女アトランダムに生まれてくる。それぞれの人格は使い捨ての人形さながらに降り積もって残っているだけだが、ね?」

 ヴィクトルが話題を掻っ攫われてほおを膨らませていたが、スーヴィエラの緊張感が緩んでいるので、彼はフッと優しく彼女の横顔を見つめていた。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

私だけが赤の他人

有沢真尋
恋愛
 私は母の不倫により、愛人との間に生まれた不義の子だ。  この家で、私だけが赤の他人。そんな私に、家族は優しくしてくれるけれど……。 (他サイトにも公開しています)

美人な姉と『じゃない方』の私

LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。 そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。 みんな姉を好きになる… どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…? 私なんか、姉には遠く及ばない…

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...