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第一部 第五章 羽休めの街
ep4
しおりを挟むなんとか復活したヴィクトルはクロニカと共に応接間に来ていた。
「あの、父上、話とは?」
「スーヴィエラ嬢についての話だ。彼女は今まで辛い人生を送って来た。だから、私たちが彼女を傷つけないように色々と知っておくべきかと思って。刺激が強いから、クロニカに話すべきか迷ったけど、お前には彼女を支えになってほしいから」
ヴィクトルが暗い顔をした。
「彼女が生気のない目をしていることは見てわかりましたが…」
「彼女とデートをしてきたんだって?」
「ケーキを一緒に食べて来たのですけど、ケーキ自体は美味しかったようですが、元気になって貰えませんでした。姉上に完敗です」
シリウスは落ち込んでいるヴィクトルの頭にポンッと手を乗せた。
「でも、ありがとう。お前なりに気を遣ってくれたんだろう?」
ヴィクトルがコクンと頷くと、シリウスはワシャワシャと頭を掻き回し、ヴィクトルは「わあっ!?」と声を上げたが、子供のような笑みを浮かべた。
クロニカがほおを膨らませる。
「ヴィーばかりズルいわ。パパ、私も!」
シリウスに頭を撫でられ、クロニカも無邪気な子供みたいに笑う。
「えへへ」
嬉しそうな二人の子供たちの、緊張感のカケラもない笑顔を見ながら、シリウスは呆れたように呟いた。
「スーヴィエラもこんな風に笑えればいいのに」
☆
スーヴィエラは目を覚ますと見知らぬ天井が見えた。
「う…ん?」
スーヴィエラは寝返りをうち、床に置かれた二つのトランクを見ながら、イシュカ邸ではなく、ルルカディア邸にいることを思い出した。
のろのろと起き上がり、柔らかなベッドから足をおろしてスーヴィエラはふと、ベッドサイドのテーブルに紅茶と、皿の下にある手紙に気が付く。
その手紙には、
『ウチのヴィクトルに付き合ってケーキショップに行ってくれてありがとう。ささやかながら、そのお礼だ』
と、書かれていた。
綺麗な文字に目を通し、スーヴィエラは紅茶を手に取ると、深みのある甘い匂いと、仄かに香る花の香り。
ホッとする優しい味の紅茶だった。
何気なく手紙を裏返すと、シリウスの走り書きで、「今回の紅茶は『優雅なる女王陛下』と呼ばれるブレンドを用意してみた。お口にあっただろうか?」と書かれていた。
スーヴィエラは紅茶を味わいながら息をつく。
紅茶を飲み終え、カップと皿を持って外に出ると、侍女と鉢合わせした。
「あ、あの、厨房はどちらですか?」
「私が片付けますのでご安心を」
カップと皿を侍女は受け取ると、一緒にいた執事を振り返った。
「お嬢様を応接間にお通しして。ただし、返事があるまでは決して中にお入れしないように」
「畏まりました。…お嬢様、こちらです」
執事の案内で応接間の前にやって来た時、禍々しい気配が部屋に満ち溢れていた。
しかし、執事がノックすると、酷く疲れきったシリウスの声がする。
「はい」
「失礼します。お嬢様をお連れしました」
執事がドアを開けてそう告げると、ヴィクトルが項垂れてフルフルと震えており、クロニカは青い顔をして俯いていた。
シリウスはふぅっと息を吐き出し、スーヴィエラが中に入ると苦笑を浮かべる。
「悪いね、こんな雰囲気で。普段ならもっと明るいんだけど」
「えっと…何かあったんですか?」
ヴィクトルがスーヴィエラをしっかりと見据えた。
「スーヴィエラさん!」
「は、はい?」
大声で呼ばれ、戸惑った声を上げると、ヴィクトルがキリッと顔を上げて立ち上がり、片手で胸元に握り拳を固め、スーヴィエラを見据えて宣言した。
「僕があなたを守ります。だから、その、僕をあなただけの騎士に選んで頂けませんか?」
「え? 私だけの…?」
スーヴィエラは戸惑ったが、ヴィクトルはフッと笑った。
「もちろん、今すぐに、というわけではなく、これから行動で示していくので、ちょっとでも僕のことを見てもらえたらいいな、と、そう思った次第で」
「…は、はい…」
スーヴィエラは疑問符を浮かべていると、シリウスが優しく笑った。
「さて、スーヴィエラさんもうちの家族のようなものになったんだし、これからは私の可愛い娘だ。娘にさん付けも変だし、呼び捨てていいかな?」
「も、もちろんです。…あ、あの…パパ…って呼んでも?」
スーヴィエラは勇気を振り絞ってそう言うと、シリウスはワシャワシャとスーヴィエラの頭を撫でた。
「もちろん」
どんな男の手に触れられるのも嫌だったが、不思議とシリウスに撫でられるのだけは気持ちよくて、スーヴィエラはフニャっと顔を緩める。
「パパは不思議な人ですね。男の人に触れられるのは怖いのですけど、あなたに頭を撫でられるのは好きです」
クロニカが優しく見守りながら言った。
「パパは前世、女だったこともあるから」
「はい?」
スーヴィエラは瞬いた。
シリウスは肩をすくめる。
「聖龍としての務めは教えたよな? 何度も転生していることも。だけど、必ず生まれた時の性別に生まれるわけではなくて、男女アトランダムに生まれてくる。それぞれの人格は使い捨ての人形さながらに降り積もって残っているだけだが、ね?」
ヴィクトルが話題を掻っ攫われてほおを膨らませていたが、スーヴィエラの緊張感が緩んでいるので、彼はフッと優しく彼女の横顔を見つめていた。
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