龍騎士の花嫁

夜風 りん

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第一部 第四章 折れた止まり木

ep6

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 「清き青の煌めきよ。我が意に従いて我に翼を与え給え」

 シリウスは詠唱しながら門の外、森の入り口で練り上げた魔力を解放していた。
 漆黒の翼がバサリと広げられ、ヒラヒラと黒い羽が舞い落ちる。

 「その黒きは我が定め」

 その翼が腕に重なり、その腕が翼と同化した龍の腕に変わった。

 「その青きは我が誇り」

 シリウスの姿がたわめた翼に隠され、見えなくなる。

 「命尽きるその時まで彼の地を守り、人々に青の安らぎを与える歯車の一助とならん。ーーシリウス・イシュタルカ・イゼ・ダーヴィスとして」

 嘴を持つ龍の頭がもたげられ、漆黒の羽毛に覆われた龍の体が露わになった。

 滑らかな漆黒の翼には右先端から左先端にかけて星のように青い斑点が散らばっているワイバーンタイプの龍のようだが、シリウスは普通の龍のように鱗で覆われているわけではなく、その上から羽毛が覆っているという特殊な龍だった。
 スーヴィエラでもわかるくらい大きな力を感じて息を飲むが、シリウスは意に介していないようで、トントンと背中を示した。

 「乗って」

 スーヴィエラは荷物を手によじ登ろうとしたが、シリウスが微笑んだ。
 「荷物はこっちで持つよ」
 「そう、ですか?」
 スーヴィエラはお言葉に甘えて、と、荷物を置いてからシリウスの背に跨ると、シリウスは器用にスーヴィエラのカバンを牙に引っ掛け、翼を振り下ろして舞い上がった。
 しかし、不思議と風圧は感じない。

 不思議そうなスーヴィエラにシリウスは言った。

 「一応、風圧から守る防護壁は魔法で貼ってあるよ。でも、身を伏せていた方が楽かもしれないね。まあ、ゆっくり飛ぶからいいけど」

 「お気遣い、ありがとうございます」

 スーヴィエラはそう言ったが、ふと気が付いたように言った。
 「もしかして、私が何の龍人なのか知っています?」
 「もちろん。クライアントには必要ない情報だから言っていないが。…ところで、君は平気か?」
 「え?」
 「…その、男に触れ合うのは辛いだろう?」
 「いえ、龍のオスなら何とか」
 「嫌なら嫌って言ってくれた方がいい」
 「大丈夫ですから。それより、シリウス様こそ、龍の姿で大丈夫です?」
 「あぁ。街中で飛び立つと騒ぎが大きくなるから、あまりよくはない。だが、ここからなら、近くに降りた、程度の扱いだからな」

 「へぇ…」

 「君が天龍であることは知っている。でも、誰かに言うつもりはない。君が言ってもいいなら、必要に駆られた際、言うかもしれないが、我ら『八翼』は君を保護する義務がある」

 「八翼?」

 シリウスの言葉にスーヴィエラはキョトンとすると、シリウスは優しく微笑んだ。
 「八聖龍をまとめてそう呼ぶ。一つひとつを始祖龍の翼に充てがうように」
 「あの、八聖龍って神様ですよね?」
 「違う。正式には、始祖の女神であるシャルフィーリアからこの世界を見守るという定めを与えられた龍のことだ」
 「世界を…?」
 「そう。始祖龍がもたらしたとされるこの世界を、時折気ままに干渉しながら在りようを見守り続ける。ーーそれが、我らが使命。世界を滅ぼす影に死を与え、世界を救う存在に加護を与える」
 シリウスの朗々とした声がやけに胸に突き刺さる。
 スーヴィエラはシリウスに掴まる手に力を込めた。
 「死んでしまったらどうするのですか」

 シリウスが目を細めた。

 「我ら八翼は何度も死んでいるよ。人間との間に絆して遺した血を辿り、その遺伝子情報から何度も転生する。魂が滅びるその日まで、永遠に」

 「そんな…」
 「それが、始祖龍を…シャルを守れなかった俺たちの業だから」
 シリウスは高度を上げながら空気を蹴って少しだけ加速した。
 「守れなかった?」
 「そう。負の祈りはその身を蝕み、やがて月が月蝕で蝕まれていくように黒く転じた。それが、後に魔王と呼ばれてきた存在だ。最初の魔王を我らの手で屠った。穢れを祓う力がなかったから。でも、我らの祈りは届いてシャルは女神に昇華した。…一歩向こうの存在になった彼女に我らが出来ることは、寂しくないように忘れないまま生き抜くこと」

 シリウスは吐息を漏らした。

 「スーヴィエラ。八翼は始祖龍のためにしか生きることができない。いや、生きることで罪を贖っているつもりでいる」
 「…っ」
 「スーヴィエラ、君は始祖龍に最も近いとされている天龍の末裔。だから、我らは天龍に惹かれる。でも、好きになるかどうかは別だから、安心してほしい」
 「刷り込みと心は別モノ?」
 スーヴィエラの問いかけに、シリウスは優しく笑う。

 「そうだ。ミストの好意は本物だからな。それだけは忘れないでくれ。そして、私も君に敬意を抱いているということを忘れないでくれ」

 「敬意?」
 「そう、あんな地獄でも生きることを選択した君に、そして、身を呈してそばにいた侍女を守った君に」
 シリウスの銀の瞳が輝いた。その優しく穏やかな色の瞳にスーヴィエラは見据えられて動きを止めた。

 「シリウス、さん?」

 スーヴィエラが戸惑うと、シリウスが穏やかに告げた。

 「どうか、その優しさを忘れないでくれ。そうすれば、我らは君の気持ちを絶対に裏切らないから」

 スーヴィエラはシリウスの背に顔を埋めた。
 なんとなく、面映ゆくて、スーヴィエラは逃げ出したい気持ちに駆られていたのだ。
 そんなシリウスはケーキ見たいな甘い匂いがした。

 「甘い匂いがしますね」

 「…それは、ミストが溢した香水が袖に掛かったからだよ」

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