龍騎士の花嫁

夜風 りん

文字の大きさ
上 下
39 / 123
第一部 第四章 折れた止まり木

ep3

しおりを挟む

 その夜、スーヴィエラは荷物を持って外へと忍び出ていた。
 足音を立てないよう、慎重に歩いていたスーヴィエラはふと、声を掛けられて立ち止まった。

 「スーヴィエラ様」

 危うく荷物を落としそうになり、ドキドキしながらスーヴィエラは息を整えていると、執事長がやってきたところだった。
 「やはり、そうするのではないかと思っていたのですが…本当によろしいのですか? 旦那様がフィアナ様と約束したことは嘘かもしれませんよ?」
 「それでも、私には居場所がありませんから」
 「…私が奥様のことを調べていたのは知っていますか?」
 「…なんとなく」
 「奥様のことをたくさん調べました。とても口には出せない数々のことも」
 「…っ」
 「でも、旦那様には時期早だとしてお伝えしませんでした」
 「え?」
 「旦那様には辛い環境で育ったことを除いた貴族としてのスーヴィエラ様をお伝えしましたが、あくまでも虚像でしかありません。…この判断が間違っていたのかもしれません」
 「…そんなことありません。…私は、知られる方が辛いですから」
 「ミストさん含むエージェントは優秀です。ですから、きっと証拠は掴まれていると思います」
 執事長は瞼を伏せた。
 「まだ、旦那様を説得するという方法はあります。本当に出て行くのですか?」

 「はい、どうせ、数年しか結婚生活はない予定でしたし、その後は一人で生きる予定でしたから。では、もう、行きますね」

 スーヴィエラは外に足を向けると、執事長は尋ねた。
 「リアラさんはどうします?」
 「…リアラに直接言うのは辛いから、よろしくお伝えいただいてもいいですか?」
 「…畏まりました。ですが、行く当てはあるのですか?」
 「…龍の里」
 「え?」
 「龍の里に行こうと思います。私、龍人ですけど、受け入れて貰えるんではないですかね?」
 スーヴィエラは微笑むと、夜の街へフラフラと歩き出した。

 その寂しそうなその背に執事長は手を伸ばしかけたが、ゆっくりと降ろされた。

 「止める資格は、私にはない、ですね」

 執事長は深々とお辞儀してその背を見送った。



 と、言ったものの、スーヴィエラは行く当てなどないわけで、途方に暮れながら月明かりの下、ベンチに腰掛けていた。

 「…ふぅ…」

 彼女は呆けたように座っていると、スーヴィエラの方に誰かが近づいてきた。
 振り返ると紳士風の男が声を掛けてきた。

 「お嬢さん、どうしたのですか? こんな夜更けに一人でいるなんて。世の中、物騒ですから一人でいるなんて危ないですよ?」

 「行く当てがないので」
 スーヴィエラはため息を漏らしてそう言うと、男の笑みが少し深まった気がした。
 「ご心配おかけしてごめんなさい。でも、大丈夫ですから」
 「いやいや、浮浪者やゴロツキもいますからね。どうですか? 朝まで少し休みませんか? 今の時間でも開いている酒場を知っているんです」
 「え、でも、いいんですか?」
 スーヴィエラが戸惑うと、男は大きく頷いた。

 「ええ、もちろん」

 スーヴィエラは男と並んで歩き始めた。
 別に信じ切ったつもりはなく、単に時間を潰して門が開くのを待っていたかったのだ。


 城壁で囲まれているそれぞれの街は防衛の関係上、門が夜の間はしまっていることが多い。
 例に違わず、この街も夜はしまっていることくらい、スーヴィエラも知っていたが、屋敷にいるのが息苦しくて出てしまったのだった。


 「素人ですが、いい歌い手がいるんです。素敵なバーですから落ち着くかと」

 スーヴィエラは「へぇ」と適当に関心の声を漏らした時、不意に男の手が腰に回された。
 「きゃあ!」
 悲鳴をあげて、スーヴィエラは逃げようとしたが、意外な力で口を塞がれ、裏路地に連れ込まれた。
 地面に押し倒され、もがいていると男がヘラリと笑った。

 「こんな夜中に一人でウロウロしているのが悪いんだよ」

 耳元でねっとりとした吐息を吐き掛けられた。

 「大人しくしていれば優しくしてやるよ」

 スーヴィエラは目を見開いてギュッと目を閉じた。

 (また、あの時と同じ)

 絶望が胸の内を広がって行く。


 スカートの中に手を入れられ、タイツに指をかけられた時、凍てつくような冷ややかな声がした。


 「虫の居所が悪い俺の前で無理強いした女を抱くとか、何の罰ゲームだ?」


 シリウスが冷徹な表情を浮かべて佇んでいた。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

[完結]思い出せませんので

シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」 父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。 同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。 直接会って訳を聞かねば 注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。 男性視点 四話完結済み。毎日、一話更新

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

ふまさ
恋愛
 いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。 「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」 「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」  ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。  ──対して。  傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

処理中です...