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第一部 第四章 折れた止まり木
ep3
しおりを挟むその夜、スーヴィエラは荷物を持って外へと忍び出ていた。
足音を立てないよう、慎重に歩いていたスーヴィエラはふと、声を掛けられて立ち止まった。
「スーヴィエラ様」
危うく荷物を落としそうになり、ドキドキしながらスーヴィエラは息を整えていると、執事長がやってきたところだった。
「やはり、そうするのではないかと思っていたのですが…本当によろしいのですか? 旦那様がフィアナ様と約束したことは嘘かもしれませんよ?」
「それでも、私には居場所がありませんから」
「…私が奥様のことを調べていたのは知っていますか?」
「…なんとなく」
「奥様のことをたくさん調べました。とても口には出せない数々のことも」
「…っ」
「でも、旦那様には時期早だとしてお伝えしませんでした」
「え?」
「旦那様には辛い環境で育ったことを除いた貴族としてのスーヴィエラ様をお伝えしましたが、あくまでも虚像でしかありません。…この判断が間違っていたのかもしれません」
「…そんなことありません。…私は、知られる方が辛いですから」
「ミストさん含むエージェントは優秀です。ですから、きっと証拠は掴まれていると思います」
執事長は瞼を伏せた。
「まだ、旦那様を説得するという方法はあります。本当に出て行くのですか?」
「はい、どうせ、数年しか結婚生活はない予定でしたし、その後は一人で生きる予定でしたから。では、もう、行きますね」
スーヴィエラは外に足を向けると、執事長は尋ねた。
「リアラさんはどうします?」
「…リアラに直接言うのは辛いから、よろしくお伝えいただいてもいいですか?」
「…畏まりました。ですが、行く当てはあるのですか?」
「…龍の里」
「え?」
「龍の里に行こうと思います。私、龍化できない龍人ですけど、受け入れて貰えるんではないですかね?」
スーヴィエラは微笑むと、夜の街へフラフラと歩き出した。
その寂しそうなその背に執事長は手を伸ばしかけたが、ゆっくりと降ろされた。
「止める資格は、私にはない、ですね」
執事長は深々とお辞儀してその背を見送った。
と、言ったものの、スーヴィエラは行く当てなどないわけで、途方に暮れながら月明かりの下、ベンチに腰掛けていた。
「…ふぅ…」
彼女は呆けたように座っていると、スーヴィエラの方に誰かが近づいてきた。
振り返ると紳士風の男が声を掛けてきた。
「お嬢さん、どうしたのですか? こんな夜更けに一人でいるなんて。世の中、物騒ですから一人でいるなんて危ないですよ?」
「行く当てがないので」
スーヴィエラはため息を漏らしてそう言うと、男の笑みが少し深まった気がした。
「ご心配おかけしてごめんなさい。でも、大丈夫ですから」
「いやいや、浮浪者やゴロツキもいますからね。どうですか? 朝まで少し休みませんか? 今の時間でも開いている酒場を知っているんです」
「え、でも、いいんですか?」
スーヴィエラが戸惑うと、男は大きく頷いた。
「ええ、もちろん」
スーヴィエラは男と並んで歩き始めた。
別に信じ切ったつもりはなく、単に時間を潰して門が開くのを待っていたかったのだ。
城壁で囲まれているそれぞれの街は防衛の関係上、門が夜の間はしまっていることが多い。
例に違わず、この街も夜はしまっていることくらい、スーヴィエラも知っていたが、屋敷にいるのが息苦しくて出てしまったのだった。
「素人ですが、いい歌い手がいるんです。素敵なバーですから落ち着くかと」
スーヴィエラは「へぇ」と適当に関心の声を漏らした時、不意に男の手が腰に回された。
「きゃあ!」
悲鳴をあげて、スーヴィエラは逃げようとしたが、意外な力で口を塞がれ、裏路地に連れ込まれた。
地面に押し倒され、もがいていると男がヘラリと笑った。
「こんな夜中に一人でウロウロしているのが悪いんだよ」
耳元でねっとりとした吐息を吐き掛けられた。
「大人しくしていれば優しくしてやるよ」
スーヴィエラは目を見開いてギュッと目を閉じた。
(また、あの時と同じ)
絶望が胸の内を広がって行く。
スカートの中に手を入れられ、タイツに指をかけられた時、凍てつくような冷ややかな声がした。
「虫の居所が悪い俺の前で無理強いした女を抱くとか、何の罰ゲームだ?」
シリウスが冷徹な表情を浮かべて佇んでいた。
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