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第一部 第一章 虚無の安寧
ep3
しおりを挟むスーヴィエラはその日の夜、空腹で目が覚めた。
「…はぁ…」
最近はティータイムを過ごすなどして昼食は満足だったが、こうも食事を抜くと辛かった。
しかし、普通のご飯を食べられないのだから仕方がない。
「狩りに行かなきゃ」
ゆっくりと起き上がって廊下に出ると、一階に降りた時、厨房からいい匂いがした。
「…?」
何気なくそちらを見てみると、料理長が難しい顔をしてスープの味見をしていた。
「料理長さん…?」
「え? わ、奥様!? こんな時間にどうしたんですか?」
「少し、お腹が空いてしまったので、クッキーでもないかな、と」
本当は狩りに行こうとしたということは伏せておいた。
やはり、龍人だとばれるのはまずい。
と、そういう判断からである。
「あの、お口に合うかわかりませんが、スープの味見はいかがですか?」
「料理長さん、もしかして、私のせいで…?」
「奥様のせいではございません。ただ、料理人の意地とプライドって奴ですよ。奥様が美味しく召し上がってくれれば、それでいいんですから」
「!」
スーヴィエラは料理長が器によそってくれたスープを受け取った。
「…温かいです」
「出来立て、ですから」
料理長がニコリと笑うと、スーヴィエラは微笑んだ。
「料理長さんっていい人ですね」
「ふふっ、そうですか?」
スーヴィエラはスプーンでひと匙掬い、匂いを嗅いだ。
「クリームスープにしてはアッサリとした匂いがしますね」
「奥様は最南端の海の街パル出身ということでしたので、海産物を試しに使って見たのです」
「…あの、私は別に海産物をそこまで食べたことはないんです」
スープを口に運んだスーヴィエラは甘く蕩けるスープに驚き、口元が微かに綻んだ。
「これ、ラグーンシャークのお肉ですか!」
「えぇ。網にたまに引っかかって網を食い破る海の破壊屋。でも、サメなのに臭みがなくて大変上品な味なのです」
「これ、懐かしいです。乳母が作ってくれた地魚のスープとそっくりです!」
スーヴィエラが美味しそうにゴクゴクと飲んでいると、料理長はフワリと笑った。
「なるほど。スーヴィエラ様。あなたの好みが大体わかりましたよ?」
「え?」
「それ、すごく薄味にしてあるんです。旦那様にお出しすると、マズいって言われるレベルに」
「え、お出ししたんですか?」
「えぇ。試しに飲んでくださいと言ったら、試飲して、『薄い、マズい』ですって。でも、それは舌が薄味に慣れていらっしゃらないから。スーヴィエラ様のスープをお先にお作りして、味を調整して旦那様にお出しすればいい。後は少し温め直せば完璧です!」
料理長は嬉しそうだった。
「奥様、食欲が出てきたら遠慮なくお申し付けくださいね。もっと料理を工夫しますから」
「ありがとうございます、料理長さん」
スーヴィエラは振り返ると、フワリと笑った。
料理長が視線を泳がせたのにも気が付かぬまま、彼女はスープを皿分はペロリと平らげ、シンクに皿を置いた。
「ご馳走様でした。おかげで助かりました」
「い、いえ! 奥様に喜んでいただけたのなら光栄の至りです!」
背筋を正す料理長にスーヴィエラはお辞儀をして部屋に帰って行った。
彼女が部屋に帰っていった少し後、夜が明け始めた頃に眠たげな顔でヴィンセントがやってきた。
「スープ、うまくいったか?」
「え?」
「こんな時間までスープの調整、していたんだろう? 彼女を満足させられるのか?」
「え、はい。もちろんです」
「そっか。なら、よし」
「ヴィンセント様、奥様のこと、気にしているなら、もう少し大切にしてあげても…」
「何で?」
「え?」
「客人として大切にはしているけど、俺にとって彼女は必要ないから」
「っ…」
料理長が複雑そうな顔をしていると、ヴィンセントが怪訝そうな顔をした。
「そもそも、彼女はディアナじゃない。愛する義理はない」
料理長はハッと息を呑み、悲しそうな顔をした。
「旦那様…」
「例の件に無関係じゃなかったら、滅茶苦茶に壊すくらいはしてあげるけどな」
ヴィンセントの背を見送りながら、料理長は呟いた。
「まだ、引きずっていらっしゃるのか…」
そうぼやいた時、ザッと足音が鳴り、一人のメイドが現れた。
「その話、少し詳しく聞かせなさい」
料理長は顔を引きつらせた。
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