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第一部 序章 灰色の世界で
ep4
しおりを挟む目を覚ますと見知らぬ天井が見えた。
天蓋付きの豪華なベッド。甘い香りのするフカフカの布団。
枕はとても柔らかくて、布団は温かく、初めて包み込まれるような柔らかいベッドに横たわった彼女はフニュフニュと幸せそうな顔で目を閉じていた。
しかし、ふと、いつもの仕事の時間で目を覚ます。
装飾の施された豪勢なベッド、そして、ベッドサイドの美しいテーブルには可愛らしい花を逆さまにしたようなランプシェードが。
そして、傍らには満面の笑みを浮かべたリアラが着たこともないほど綺麗で豪華な長袖タイプのドレスを手に佇んでいた。
「おはようございます、スー様♪ 今日のお召し物は柔らかなライムグリーンと、薄桃のどちらになさいます?」
「おはよう、リアラ。あの、そのドレスはどうしたの?」
「スー様のご実家の妹さんや奥方様が捨てたドレスを加工して作った一点ものですよ?」
メイド服を着るわけにもいかないですからね。と、リアラが言ったことで思い出した。
「そっか、私…いちおう結婚したのね」
「いちおう、って何ですか。正式に結婚したんですよ!」
リアラが拗ねたようにそう言うと、スーヴィエラを上目遣いに見上げてフニャリと笑った。
「ふふっ…スー様、ヴィンセント様が嫌でしたら、遠慮なく言ってください。いくら旦那様だろうとボコボコにして差し上げます」
「リアラ」
嗜めるようにそう言ったスーヴィエラは小さく微笑んだ。
そして、小首を傾げて手を反対側の手に添えた。
「あまり出過ぎたことはしないでよね?」
スーヴィエラの言葉にリアラは頬を膨らませて顔を背けたが、小さく頷いた。
「はい、スー様」
リアラはそう言うと、薄桃色のドレスをクローゼットに戻し、ライムグリーンのドレスを手に取る。
不敵な笑みがその顔に浮かんだ。
「今日はこれにしましょう!」
「うん」
スーヴィエラは寝巻きのボタンに指をかけた。
☆
スーヴィエラは身支度を済ませて食堂に向かうと、ヴィンセントが食事をしていた。
「おはようございます、ヴィンセント様」
スーヴィエラがそう言うと、ヴィンセントは眉間に皺を寄せ、ため息を漏らす。
「君はメイドか?」
「え?」
「貴族や豪商の娘たちでさえそんな丈の長いドレスは今時、着ていないぞ」
「旦那様は短い方がお好きですか?」
「そう言うわけではないが…」
ヴィンセントはため息を漏らすと、食事を終えて立ち上がった。
「…気分が悪くなった。君は…笑わない方がマシだ」
スーヴィエラは動きを止めた。
「っ…」
「まったく…」
ヴィンセントはさっさと部屋を出て行ってしまったが、スーヴィエラは小さく笑った。
「…わかっているわよ、そんなこと」
誰にも聞こえない声でそう呟くと、嘘笑いの仮面のまま笑顔を振りまいた。
スーヴィエラが食事を終えると、すでにヴィンセントは出かけてしまっていると教えられた。
とは言え、奥様の仕事などわからないスーヴィエラはリアラに助けを求めると、リアラは屋敷を散策することを提案してくれた。
「ほら、お屋敷は広いですし、どこに何があるのか覚えなくては」
二人は散策に出かけた。
「広いのね」
スーヴィエラは大商人とはいえ、平民の家柄であるヴィンセントがどんな屋敷に住んでいるのか想像できなかったのだが、かなり広い邸宅に驚いていた。
実家とかなり近い大きさの屋敷に驚いて見て回りながら、本邸の二階にある大広間のシャンデリアに見とれていたのだが、ふと、火の消えた煉瓦造りの暖炉の上にある写真立てを見つけた。
「写真…?」
手を伸ばして見てみると、そこには幸せそうに寄り添うヴィンセントと見知らぬ女性の姿があった。
可愛らしいショートボブの茶髪に、青い目をした小動物チックな女性で、中々の美人である。
その笑顔に影はなく、また、ヴィンセントも幸せそうな顔をして写っていた。
「誰でしょうね? 綺麗な人です。あ、もちろん、スー様…いえ、奥様が一番ですよ?」
「お世辞はいいよ、リアラ。この人、旦那様と仲よさそうだね。もしかしたら…恋人さんかな」
「そんなはずは! だって、恋人がいたら、普通は恋人と一緒になるでしょう?」
「そう信じたいけど、政略結婚なんて、そんなものでしょう?」
「奥様~、愛憎小説の読みすぎですよ…」
リアラが泣きそうな顔をしたので、スーヴィエラは小さく笑い、小首を傾げた。
「大丈夫。私、彼との結婚に幸せを求めるの、辞めましたので」
リアラは衝撃を受けたようだったが、悲しげに項垂れ、小さく頷いた。
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