上 下
15 / 18

罪過の炎が身を焦がす 【1】

しおりを挟む
飢餓を必死に抑えつけながら、混乱する脳内を整理する。
俺が奪ってしまったのは他でもない、俺が大事にするヒースの命ということか。
ならば、返さなければ。

だが、身体はさらなる命を欲して言うことを聞かない。
なぜだ。
いや、理由は分かっている。
魔族は、自分の身が危うくなるとわかっている行動は起こせないのだ。
いま、ヒースから奪ったであろう生命力を返してしまったら、おれは肉体を維持できなくなって死んでしまうことだろう。
それでいいのに。
ヒースの命を奪って生きるこの先の生に、何の意味があるというのだろう。
このまま何も奪わずに居れば俺は死ぬだろう。だが、これ以上ヒースの生命力を奪わなければ、少なくともヒースが死んでしまうこともないだろう。ヒースの顔色は、まだ変わっていない。今なら、まだ、間に合うはずだ。
ヒースから奪った生命力を吐き戻そうとした、その時だった。

「自らの命を見捨てることは、許されない。いつ、いかなる理由があろうとも、魔族にそれは許されない。」

声が降ってくると同時に、首筋に軽い痛みが走る。
なにかが身体に打ち込まれるのを感じた途端、全身の力が抜ける。

「かろうじて間に合ったようだな。」

「ダ、ンダの、・・・じっさま、か?」

身体をヒースに預ける形になり、結ぼうとしていた禁忌反転の術式がほどける。

「アンドレ、お前という奴はこんな形でしか、私を呼べないのか?
お前が私を必要とするときは、いつだってこうだ。お前はいつでも、命の狭間にいる。」

首根っこを掴まれ、ヒースから引き剥がされる。離れた瞬間、激痛が全身を襲う。

「ぐ、・・・っく!」

「これはまた、手酷くやられたなあ。」

仰向けに転がされ、傷を検分される。

「魔力の逆流を誘発する物質と、肉体の再生を阻害・・・いや、再生した先から破壊されているのか。ん?違うな・・・両方か。
随分と面倒な・・・これはアンドラス程度じゃ手に負えんか。」

ぶつぶつと言いながら、俺の腹に手を伸ばす。

「浸食された部分を切除する。痛むぞ。」

言うや否や、ブチブチっ!!と音を立てながら傷口を深くえぐられ、引きちぎられる。

「あ”、!グ、ガァ・・・っ!!!!!」

ヒースの目の前で情けない声を上げたくなくて、必死にこらえる。ダンダのじっさまは、いつだって急だ。考える隙も、理解する暇も、与えてくれない。

「この浸食された組織は、アンドラスの見識にまわす。
アンドレ、サリエルが来るのは明後日だ。それまで耐えろ。ここまで浸食が激しくては、アンドラスでは手に負えぬ。」

サアッ・・・と、血の気が引いて行くのがわかる。

「ま、まて、じっさま!ヒースを・・・ヒースを犠牲にするのだけは嫌なんだ!!!」

ダンダのじっさまの目から、温度が消えてゆく。

「アンドレ、お前はいつだってそうだ。いつだって他の存在を優先し、勝手に死んでゆく。私は何度、お前の死に目に逢わねばいけないのだ?
アンドレ、そう思っているのは私だけではない。マリウスも、アザゼルも、ウェパールも、オロバスも、アスモデウスも、ミカエルも!サリエルも!!ガブリエルも!!!」

瞳には、怒りが滲んでいる。

「みな、お前が生きることを望んでいる。
アンドレ、お前は生きなければならない。魔族として以上に、アンドレアルフスは生きねばならない。おまえは、けして、自らの命を見捨ててはならない。いつ、いかなる理由があろうとも。」

ダンダのじっさまは、茫然としているヒースに触れ、瞬く間に傷口を消し去った。

「愛しい人間種族であったとしても、そこに命があるならば。その命が尽きようとするならば。
貪り尽くせ、アンドレ。それがお前への罰であり、私たちからの呪いだ。」

それにつづけてなにかをヒースに耳打をすると、ダンダのじっさまは煙のように消えてしまった。

俺に残されたのは、この重い肉体と、定められた残酷な運命だけだった。
しおりを挟む

処理中です...