上 下
12 / 18

太陽に触れる【2】 ヒースside

しおりを挟む
「まあまあまあ!!!!!別嬪さんとかわいこちゃんがいると思ったら!ヒースとロベルトじゃないのさー!!!
こりゃまた、見違えるほどだね!宗教画から出てきたのかと思ったよ!」

満面の笑みを浮かべて、アンさんは私たちを褒める。

「当然です。元がいいのはもちろん、私たちが腕によりをかけて仕上げましたからね。」

「ふん、ヒースとロベルトの元がいいからこんだけ綺麗なのさ。あんたが威張ることじゃないんだよマチルダ。」

イアン様のもとに向かう途中、アンさんに出会った。
アンさんは手放しで私たちを褒め、マチルダさんはそんなアンさんを鼻で笑う。アンさんがマチルダさんを睨む。
・・・・・・お二人は仲が悪いのだろうか。

「はっはっはっ、喧嘩するほど仲がいいとは、このことですなぁ!
しかし、お二人ともこの親子が綺麗であることは共通認識のようですな?」

ハリスさんがわざとらしく大きな声で笑う。
二人は顔を見合わせた後、ツン!とそっぽを向いてしまった。
・・・否定しないということは、仲がいいのかな?

「アン、さん。僕、髪の毛可愛くしてもらった・・・」

ハリスさんの言葉で勇気が出たのか、ロベルトがおずおずと主張してみせた。きっと自慢したかったのだろう、上目づかいで二人を覗くと、編みこんでもらった髪を控えめに見せる。
改めてよくみると、すこし光沢のあるリボンも編みこんであり、亜麻色の髪に紫がよく映えている。

「-----っ!!!!なんて可愛いんだいお前さん!!うちの子になるかい!?」

アンさんが、すごい勢いでロベルトを抱き上げようとする。
反射的に、ロベルトを持ちあげる。ロベルトは私の子だ。だれにも渡してなるものか。たとえ神であろうとも、私からロベルトを奪うなど、許せない。

「僕は、ロベルトはお父さんの子です!!」

殺意にも似た感情が湧きあがってきた瞬間、ロベルトは私の手をぎゅっと握って宣言する。

「ロベルトぉ・・・・・・!!!!」

ふんす、と自慢げに胸を張る。可愛い・・・天使だ・・・

「そっかあ!!!」

断られたのに、アンさんはにっこにこだ。

「イアン様に見せに行くんだろ?きっとメロメロだね!ロベルト、お父さんをいっぱい自慢してやんなよ~!」

ロベルトは元気よく返事をする。
すっかり心を開いていて、昨晩震えていたのが嘘みたいだ。
他人の機微に聡いロベルトが、こんなに笑みを見せて心穏やかに過ごしている。
・・・きっと、ここは大丈夫だ。ここは、こんなにも暖かい。

「さ、イアン様のお部屋はこちらです。アンなどにかまっていては日が暮れてしまいます。」

「な、マチルダあんたねぇ!!」

「なにか文句でもおありですか?」

また揉め始めてしまった。
今にも掴みあいになりそうな雰囲気。・・・本当に仲はいいのか?

「やれやれ。この二人に付き合っていては、それこそ日が暮れてしまいますね。」

私達は先に行きましょうか、とハリスさんはにこやかに言う。
最初は胡散くさかったハリスさんの笑み。慣れてしまった今は、何とも思わなくなっていた。

「はい・・・!」

ロベルトの手を引き、ハリスさんの後を付いていく。
ふと隣を見ると、ロベルトが後ろを向いて、手を振っていることに気がついた。ちらっと振り返ってみると、アンさんとマチルダさんが手を振っている。アンさんは満面の笑みだし、マチルダさんは目尻が下がっている。
思わず私も笑ってしまった。

**********

「さ、あの角を曲がればイアン様のお部屋が見えてきますよ。」

近づけば近づくほど、緊張してきた。
大丈夫・・・今の私は綺麗にしてもらっているし、可愛いロベルトもいる。大丈夫、大丈夫・・・たぶん。

「ふむ・・・何やら騒がしいですね。」

ハリスさんが怪訝な顔をする。
確かに、曲がった先の廊下が騒がしい。今朝の騒ぎとは違う、どこか緊迫感を感じさせるざわめき。
ロベルトの顔が曇り、私の手を強く握る。・・・私も、不安だよ。

「少し聞いてまいります。ここでお待ちを。」

ハリスさんが近くにいた使用人を捕まえ、事情を聞こうとした時だった。

「ハリス!ハリス、ちょうどよかった大変なんだ!!」

今朝の男・・・テオ様が飛び出してきた。

「兄さんが、兄さんが刺されて!!血が止まらなくて!!!」
「落ち着いてください。イアン様に何かあったのですか?」
「は、はあ、・・・ふぅ・・・父上に、ダンダリオン様を呼ぶように伝えろと言われた。」
「な、そこまでの重傷を!?あのイアン様が!?」

にこやかな表情を崩さなかったハリスさんの顔が、深刻なものになる。

「分かりました。すぐにお伝えいたします。」

イアン様に、なにかあった?
重傷?
恩人が?
私の、太陽によく似た彼が?
また、
また、
また、
また、
・・・・・・死んでしまうかもしれない?

「ヒースさん、ロベルトくん、緊急事態です。使用人の部屋に戻って・・・・・・ヒースさん!?」

考えるよりも先に身体が動いていた。
驚いた顔のテオ様の横をすり抜け、角を曲がる。

「っあ、ああっ・・・!!ああああ!!!!」

蹲り倒れているイアン様が、廊下の先にいる。
その腹部からは、止めどなく血が流れている。

死んでしまう
また、死んでしまう
消えてしまう
いなくなってしまう
私の太陽が
また、私の手から、すり抜けていってしまう。

駆け寄っては見ても、どうしたらいいのか分からない。
こんなとき、里の人達のように魔術が使えたら、救えるのだろうか。

『だからお前は出来損ないなのだ。好いた女ひとり守れはせぬ、何も出来ぬ。』
『惨めに蹲るだけで、何もできはしない。』
『お前なぞが手を取ったから彼女は命を落としたのだ。おとなしく身を引いていれば、彼女が死ぬことはなかった。』

うるさい
うるさいうるさい!
私を責めるだけで何もしない幻影が・・・!!

「ヒースさん!兄さんに触っちゃだめだ!!!」

うるさい!!
私はもう二度と、失いたくないんだ・・・・!

彼の身体を抱き起してから、私の名を呼んだ声が、幻影でないことに気がついた。

「っく、間に合わなかったか・・・!」

腕の中の彼が、ゆっくりと顔を上げる。
ああ、やはりよく似ている。私の太陽に、よく似ている。

「・・・っまずい!!全員退避!待避せよ!!!」

彼と目があった、その瞬間理解する。
酷く飢えた、獣の目。獲物を見る、飢えた獣の目。
私は、美しい獣の前に、無防備にも出てきてしまったらしい。
しおりを挟む

処理中です...