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私の太陽【1】 ヒースside

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私の妻は、太陽のような女性だった。
魔術を得意とするエルフという種族でありながら簡単な魔術さえ使えなかった私を、同族は蔑み、いないものとして扱った。
与えられたのは風と雨がかろうじて防げる程度のあばら家。魔術至上主義であるエルフにとって、私は見ることすらおぞましい存在であった。
当たり前だと思っていた暗い世界を、彼女は暖かく照らした。
エルフの中でもとりわけ優秀だった彼女は、私と接することをよく思わなかった連中を実力で黙らせ、私の手を取った。
何故、私の手を取ってくれたのか。
何故私だったのか。
そんなことはどうでもよくなるほどに、彼女は私に愛をそそいだ。そして、私も彼女を愛した。

けれど。

けれども。

私の太陽は、死んでしまった。
出産時の出血が止まらず、死んでしまった。

「私たちの子供を、よろしくね。」

そう言って、彼女は息絶えた。
彼女が死んでからの同族は冷たいもので、また私をあばら家へと追いやった。
それだけでは飽き足らず、私から息子を奪おうとした。

 太陽の子を、私から。
 太陽から託された、我が子を。
 太陽によく似た色の我が子を。
 奪おうとした。

許してなるものか。
この子は私が託されたのだ。
私の子だ。
奪われてなるものか。
誰かに奪われるくらいならば、いっそこの手で・・・。

衝動と闘いながら、男手ひとつで太陽の子を育てた。
息子が成長するほどに愛しさは増し、妻はもういないことを思い知った。
髪の色や瞳の色は妻によく似ていたが、顔立ちは私によく似ていた。
この子は妻の代わりなどではなく、正しく私の息子なのだと、実感した。

**********

隣で眠る息子の髪を撫でる。
住んでいた里が人攫いに襲われた時、もう二度とロベルトの頭を撫でることは叶わないと思っていた。
別々の奴隷商に連れて行かれ、もう二度と会うことはないのだと、思っていた。
三度ほど主人を変えたとき、主人と奴隷商が摘発された。
行き場を失った私を引き取とった奴隷商のもとで、奇跡的に息子と再会を果たすことができた。

もう二度と、別れてなるものか。
そう心に決めた。

けれども身分は奴隷。逃げ出そうにも、叶わない。逆らおうとも、敵わない。
私にできることなど、足元にすがることだけだった。どうか、どうか息子と引き離さないでくれと。

ロベルトが身じろぐ。
ああ、愛おしい。
私と離れている間に、何があっただろう。どんな目に遭っただろう。

「お父さんが、・・・どんなことをしてでも守ってやるからな。」

新しい主人は、どんな人間だろうか。
労働力としてこき使われるだろか。
ストレス発散のおもちゃにされるだろうか。
性欲のはけ口にされるだろうか。

私がどうなろうがどうだっていいが、ロベルトが辛い思いをすることだけは耐えられない。
新しい主人は、私と息子をわざわざ一緒に買ってくれた。
きっと悪いようにはしないはずだと、己に言い聞かせて眠りに就いた。

**********

「まぁ!!そんな、あんた大変だったねぇ!!!」

翌日の朝、顔を洗いに行くと、住み込みの使用人に絡まれ、ここに来るまでの来歴を聞かれた。
隠す必要もないので答えると、労いの言葉を受けた。どうも、私のこれまでの主人から受けてきた扱いはひどいらしかった。里で受けた扱いとそう変わらなかったから何とも思わなかった。

「だとしたらあんた、ようやくツキがまわってきたね!!!
あんたを買ったイアン様はね、そりゃまあ優秀な方だけど、寛大なお方なんだよ!!」

心底誇らしげにその使用人は語る。

「ちょくちょく奴隷買ってこられるけどね、懸命に働けば一市民に戻るチャンスを下さるのさ。
ここではね、奴隷もまともに働いてりゃ賃金がいただけるのよ。」

犯罪奴隷はそうもいかないけどね、とその人は続ける。

「借金奴隷なら、自分を買い戻すチャンスがある。
イアン様は無茶なことはおっしゃらないから、励みなさいね!!」

私は、どうなのだろう。人攫いに遭い、奴隷の身分に堕とされた。
一市民になど、戻れるのだろうか。

**********

部屋に戻ると、私より先に顔を洗いに行ったロベルトがまだ戻ってきていなかった。
なにかあったのだろうか。

いいようのない不安に駆られ、探しに行くことにした。

ロベルトは、案外すぐに見つかった。
部屋を出てすぐの角で、見知らぬ男に腕を掴まれていた。

「なあー、かわいこちゃん?
お名前教えてくれよぉ、な?」

ロベルトは顔色を悪くして震えている。

「何をなさっているのですか!?」

じっと見ているなんて無理だ。たとえこの男が自分よりも偉い立場であるとしても、ロベルトに手を出すことは許せない。
男の手を振り払い、ロベルトの手を引く。驚いたようでいて、嬉しそうな顔。久しぶりに握ったロベルトの腕は細く、胸が痛んだ。

男は、私たちの部屋まで追ってきた。

「なんだよ、逃げることねーじゃん?
お近づきになりたいだけなんだからさー。」

そういう男の目は据わっており、ひどく強いアルコールの匂いがする。
アルコールの匂いがする人間にいい思い出はない。前の主人も、その前の主人も、里の同族も、暴力をふるってくる時は、アルコールの匂いが強かった。
私には、どうすればいいかなど分からない。
ただ、殴られたとしても、嬲られたとしても、私がロベルトを差しだすことはない。
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