3 / 18
憎たらしいほど愛おしい弟という奴
しおりを挟む
父上ともう少しだけ言葉を交わし、部屋を後にする。
「へえ、珍しいなぁ。兄貴がこんな時間に親父の部屋にいるなんてさぁ?」
「・・・テオ。」
父上によく似た、しかしへらへらとしていて、父上の威厳とは似ても似つかぬその男は千鳥足で近づいてくる。
「いいよなあ、親父のお気に入り様はよぉ。いくらお金をせびろうが、やたらめったら使おうが、こんな時間に部屋を訪ねようが怒られねえもんなぁ?」
・・・強いアルコールの匂いがする。
「テオ」
「ああ、そう言えば魔族様だっけ?
いい御身分だよな、顔はいいし、大した苦労もせずに何でもできるし、なあ?
さぞかし女にもてるだろうよぉ。」
「テオ、」
強く肩を掴まれる。・・・が、ふらふらしているからか、俺の外套とともにテオはずり落ちた。
「なーんで・・・俺じゃなくてあんたなんだよぉ・・・」
今にも泣き出しそうな声に、大体の事情を察する。
「テオ、・・・また振られてやけ酒をしたのか。」
悔しそうに頷く。
「お前がいつも惚れた女に一途なのは、俺がよく知っている。
・・・今回もか?」
「そおおだよおおおお!!!!
また兄貴の方がカッコよくて仕事もできるからって振られたんだ!!!」
大声で泣き出してしまった。
「ここで泣きわめくのはやめた方がいい。父上のお叱りを受けたくはないだろう。
話なら俺の部屋で聞いてやる。」
・・・ここは父上の書斎の前だから、丸聞こえだとは思うけれども。
**********
テオの話を要約すると、さんざん尽くした相手に振られたということらしい。
「お前も学ばないな。今回だって俺は忠告したはずだぞ?
あの女はお前の金にしか興味ないぞって。」
「わかってたけど・・・好きだったからさぁ・・・」
せっかくだから俺もアルコールを入れながら話を聞く。・・・酔えなどはしないが。
「おまえはこのアイゼンシュトンの次期当主なのだから、人を見る目をしっかりとだな・・・」
「・・・それ。」
定まらない目で睨まれる。
「なんで俺なの?兄貴の方が優秀だしさぁ、人を見るも確かだろ?
領民も、この屋敷の奴らも、ほかの貴族たちも、当然兄貴がこの家門を継ぐもんだと思ってる。
俺だってそう思って・・・うぅ・・・」
まだ正式に公表こそしてないが、アイゼンシュトンの後継者はテオだ。しかし、テオ自身がその事実に納得できずに公表が先延ばしになっている。
「テオ、人間の家門を継ぐのは人間でなければいけない。」
「そんなの、そんなのっておかしいよ。兄貴は優秀で、俺の自慢で、親父のお気に入りで、人望だって厚いのにさ、そんな魔族だからってだけでさ?後継者から外されるなんてこと・・・
ちょっとまって、魔族って人間じゃねぇの?」
「全然違う。」
テオ、まさかとは思うが魔族のことを“ちょっと才能に恵まれた人間”と思っていたなんてことは・・・
「兄貴と俺は血が繋がってないってこと?」
・・・あるようだ。
「気が付いていなかったのか?」
「全然・・・」
よほど衝撃的だったのか、ぽかんと呆けてしまっている。どうやら失恋の悲しみもどこかへ行ってしまったらしい。
「まあ話はそれたが、お前は次期当主なのだから、人を見る目をもっと養うといい。特に結婚する相手は慎重に選べ。
母上は聡明で、美しく、思慮深く、懐の深い方だったが、世の中の人間にそういった類は少ないと認識している。」
・・・なぜ微妙な顔をする?
「兄貴って、血が繋がってない割に、親父やお袋のこと好きだよな。あと俺のことも。」
父上は人の上に立つ者として理想的なお方だし、母上は血の繋がらない俺にも分け隔てなく接してくださった。テオだって、俺のことを兄と呼び、慕い、対等に喧嘩だってしてくれた。
嫌いになる理由を探すほうが大変だろう。
「ああ。それが何かおかしいか?おかしいというのなら理由も含めて教えてくれ。今後の人付き合いの参考にする。」
父上や母上、テオへの気持ちや態度を変えることは難しいが、新たに築く関係では気をつけることもできるだろう。
しかし、なぜかテオは顔を青くする。・・・気分でも悪くなったか?
「あっ、いや、その、・・・おかしくなんかはなくって、えっと・・・」
「吐きそうなら外へ行ってくれ。ここで吐かれると困る。」
「ちげえよ!?」
ではなんで顔色が悪く・・・?体調が悪いのではないのか?
「こちらへ来い、念のため回復魔法をかけてやる。」
ついでにアルコールも分解してくれる。そもそも説教は素面の時にしなければ意味がない。
「いやいいって!!もう、兄貴のせいで酔いが醒めちまったよ!」
椅子を倒す勢いで立ちあがり、部屋を出て行こうとする。
さっさと逃げようと?そうはさせるか。
「俺から逃げられると思っているのか?
それに、“提案”ではなく“命令”だ。」
腕を掴み、強めに回復魔法をかける。・・・少々の八つ当たりだ。
「いだだだだだだだだだだだだだだ!!!!!!!」
過度の回復魔法に負の効果は存在しない。傷が広がるわけでも、気分が悪くなるわけでもない。ただ、ものすごく痛いだけだ。
「酔いも醒めたな?」
「・・・・・・はい。」
すっ・・・と椅子に座り直す。
素面のときは聞きわけがいいのだが。・・・たしか、アルコールに逃げる癖はよろしくないと聞いた。
「あの、えっと、・・・兄さんの血が繋がってないことを揶揄したかったわけではなくて、えっと、その、
なんで悔しくなったりしないのかなって、思った、だけで・・・・・・」
「・・・なにをだ?」
「当主の件とか・・・
兄さんじゃなくて俺を選んだの悔しくないのかなって・・・ほら、血が繋がってないと、選ばれなかったことを憎く感じるって、・・・友達がいってて。
それに、その・・・」
俺の立場を、テオはテオなりに考えてくれていたらしい。
「悔しくなどない。『魔族は人間の家門を継ぐことはできない』・・・他でもない“魔族の宴”で決まったことだ。
それに、お前が“血が繋がってないのに”と言ったことを怒っているわけではない。」
そう言ってやれば、目に見えて安心している。
・・・テオが俺に対し、恐れを抱く必要などないのに。
「ただ、人間にとって“慕う”という行為は、血の繋がりが無い間柄では一般的ではないのかと、そう思っただけだ。」
「あ、いや、そんなことは、ないよ。確かによくあるパターンではないかもしれないけど・・・、でも、本来家族の関係って、兄さんが理想的なわけだし・・・
・・・・・・ごめん、兄さん。」
なぜ、泣きそうな顔で謝るんだ。悪いとするならば、人間の関係性を正しく理解できていない俺のせいなのに。
「謝られたいわけでは、ないんだテオ。俺はただ・・・」
「うん、わかってるよ。兄さんはただ、知りたかっただけだよね。
・・・・・・でも、俺、兄さんにひどいことを言ったし、言わせてしまった。」
・・・・・・俺は、テオのこういうところが憎たらしく思える。こういった、“俺に理解できない感情”を俺に見つけ、俺に突きつけてくる。そのたびに俺は、所詮“人間ごっこ”であると思い知らされる。
テオのように、感情を、心を、感覚的に理解できたなら。
「・・・テオ、酔いが醒めたのなら、部屋に戻れ。
次期当主であるという自覚を持って、辛いことがあったらアルコールに逃げる癖をやめろ。俺はそれを推奨されないことだと認識している。」
恰好悪いが、テオを部屋から追い出す。このままテオと話していては、一層惨めに感じることだろう。
「んな、ちょ、兄さん!?無理やり追いやらないでくれよ!!」
「あまり騒がずに部屋に帰れよ。叱られるのはお前なんだから。」
「うぐ・・・ったく、父さんも父さんだよな。兄さんには甘いんだからさ。」
確かに、俺が騒いでいたとしても、父上が俺を叱ることはないだろう。
だが・・・
「父上はお前にも大概甘いぞ。」
たとえばテオが勝手に家の金を使ったとして、父上は叱りはするが、それ以上の罰を与えることはないだろう。
「どうだかね。」
軽く肩をすくめ、テオは去っていく。
俺は・・・俺はお前が羨ましいよ、テオ。
父上に敬語を使われることも、距離を取られることも、自分の中に知らない誰かを見られることもないだろう。
何をしても否定されず、叱られず、なにかを成すことを期待されることもない。
最も尊敬する人にそんな態度を取られて、平気でいられないほどには感情を知ってしまった。
「こんなことなら感情など・・・理解しなければ・・・」
いや、いけない。理解したいと思い、努力を続けてきたのだから。
そしてようやく今日、一目惚れという感情を理解することができたのだから。
・・・・・・しまった、“彼らに手を出すな”とテオに釘を刺しておくのを忘れた。
まあ、失恋してすぐに手を出すなんてことはないだろう。
「へえ、珍しいなぁ。兄貴がこんな時間に親父の部屋にいるなんてさぁ?」
「・・・テオ。」
父上によく似た、しかしへらへらとしていて、父上の威厳とは似ても似つかぬその男は千鳥足で近づいてくる。
「いいよなあ、親父のお気に入り様はよぉ。いくらお金をせびろうが、やたらめったら使おうが、こんな時間に部屋を訪ねようが怒られねえもんなぁ?」
・・・強いアルコールの匂いがする。
「テオ」
「ああ、そう言えば魔族様だっけ?
いい御身分だよな、顔はいいし、大した苦労もせずに何でもできるし、なあ?
さぞかし女にもてるだろうよぉ。」
「テオ、」
強く肩を掴まれる。・・・が、ふらふらしているからか、俺の外套とともにテオはずり落ちた。
「なーんで・・・俺じゃなくてあんたなんだよぉ・・・」
今にも泣き出しそうな声に、大体の事情を察する。
「テオ、・・・また振られてやけ酒をしたのか。」
悔しそうに頷く。
「お前がいつも惚れた女に一途なのは、俺がよく知っている。
・・・今回もか?」
「そおおだよおおおお!!!!
また兄貴の方がカッコよくて仕事もできるからって振られたんだ!!!」
大声で泣き出してしまった。
「ここで泣きわめくのはやめた方がいい。父上のお叱りを受けたくはないだろう。
話なら俺の部屋で聞いてやる。」
・・・ここは父上の書斎の前だから、丸聞こえだとは思うけれども。
**********
テオの話を要約すると、さんざん尽くした相手に振られたということらしい。
「お前も学ばないな。今回だって俺は忠告したはずだぞ?
あの女はお前の金にしか興味ないぞって。」
「わかってたけど・・・好きだったからさぁ・・・」
せっかくだから俺もアルコールを入れながら話を聞く。・・・酔えなどはしないが。
「おまえはこのアイゼンシュトンの次期当主なのだから、人を見る目をしっかりとだな・・・」
「・・・それ。」
定まらない目で睨まれる。
「なんで俺なの?兄貴の方が優秀だしさぁ、人を見るも確かだろ?
領民も、この屋敷の奴らも、ほかの貴族たちも、当然兄貴がこの家門を継ぐもんだと思ってる。
俺だってそう思って・・・うぅ・・・」
まだ正式に公表こそしてないが、アイゼンシュトンの後継者はテオだ。しかし、テオ自身がその事実に納得できずに公表が先延ばしになっている。
「テオ、人間の家門を継ぐのは人間でなければいけない。」
「そんなの、そんなのっておかしいよ。兄貴は優秀で、俺の自慢で、親父のお気に入りで、人望だって厚いのにさ、そんな魔族だからってだけでさ?後継者から外されるなんてこと・・・
ちょっとまって、魔族って人間じゃねぇの?」
「全然違う。」
テオ、まさかとは思うが魔族のことを“ちょっと才能に恵まれた人間”と思っていたなんてことは・・・
「兄貴と俺は血が繋がってないってこと?」
・・・あるようだ。
「気が付いていなかったのか?」
「全然・・・」
よほど衝撃的だったのか、ぽかんと呆けてしまっている。どうやら失恋の悲しみもどこかへ行ってしまったらしい。
「まあ話はそれたが、お前は次期当主なのだから、人を見る目をもっと養うといい。特に結婚する相手は慎重に選べ。
母上は聡明で、美しく、思慮深く、懐の深い方だったが、世の中の人間にそういった類は少ないと認識している。」
・・・なぜ微妙な顔をする?
「兄貴って、血が繋がってない割に、親父やお袋のこと好きだよな。あと俺のことも。」
父上は人の上に立つ者として理想的なお方だし、母上は血の繋がらない俺にも分け隔てなく接してくださった。テオだって、俺のことを兄と呼び、慕い、対等に喧嘩だってしてくれた。
嫌いになる理由を探すほうが大変だろう。
「ああ。それが何かおかしいか?おかしいというのなら理由も含めて教えてくれ。今後の人付き合いの参考にする。」
父上や母上、テオへの気持ちや態度を変えることは難しいが、新たに築く関係では気をつけることもできるだろう。
しかし、なぜかテオは顔を青くする。・・・気分でも悪くなったか?
「あっ、いや、その、・・・おかしくなんかはなくって、えっと・・・」
「吐きそうなら外へ行ってくれ。ここで吐かれると困る。」
「ちげえよ!?」
ではなんで顔色が悪く・・・?体調が悪いのではないのか?
「こちらへ来い、念のため回復魔法をかけてやる。」
ついでにアルコールも分解してくれる。そもそも説教は素面の時にしなければ意味がない。
「いやいいって!!もう、兄貴のせいで酔いが醒めちまったよ!」
椅子を倒す勢いで立ちあがり、部屋を出て行こうとする。
さっさと逃げようと?そうはさせるか。
「俺から逃げられると思っているのか?
それに、“提案”ではなく“命令”だ。」
腕を掴み、強めに回復魔法をかける。・・・少々の八つ当たりだ。
「いだだだだだだだだだだだだだだ!!!!!!!」
過度の回復魔法に負の効果は存在しない。傷が広がるわけでも、気分が悪くなるわけでもない。ただ、ものすごく痛いだけだ。
「酔いも醒めたな?」
「・・・・・・はい。」
すっ・・・と椅子に座り直す。
素面のときは聞きわけがいいのだが。・・・たしか、アルコールに逃げる癖はよろしくないと聞いた。
「あの、えっと、・・・兄さんの血が繋がってないことを揶揄したかったわけではなくて、えっと、その、
なんで悔しくなったりしないのかなって、思った、だけで・・・・・・」
「・・・なにをだ?」
「当主の件とか・・・
兄さんじゃなくて俺を選んだの悔しくないのかなって・・・ほら、血が繋がってないと、選ばれなかったことを憎く感じるって、・・・友達がいってて。
それに、その・・・」
俺の立場を、テオはテオなりに考えてくれていたらしい。
「悔しくなどない。『魔族は人間の家門を継ぐことはできない』・・・他でもない“魔族の宴”で決まったことだ。
それに、お前が“血が繋がってないのに”と言ったことを怒っているわけではない。」
そう言ってやれば、目に見えて安心している。
・・・テオが俺に対し、恐れを抱く必要などないのに。
「ただ、人間にとって“慕う”という行為は、血の繋がりが無い間柄では一般的ではないのかと、そう思っただけだ。」
「あ、いや、そんなことは、ないよ。確かによくあるパターンではないかもしれないけど・・・、でも、本来家族の関係って、兄さんが理想的なわけだし・・・
・・・・・・ごめん、兄さん。」
なぜ、泣きそうな顔で謝るんだ。悪いとするならば、人間の関係性を正しく理解できていない俺のせいなのに。
「謝られたいわけでは、ないんだテオ。俺はただ・・・」
「うん、わかってるよ。兄さんはただ、知りたかっただけだよね。
・・・・・・でも、俺、兄さんにひどいことを言ったし、言わせてしまった。」
・・・・・・俺は、テオのこういうところが憎たらしく思える。こういった、“俺に理解できない感情”を俺に見つけ、俺に突きつけてくる。そのたびに俺は、所詮“人間ごっこ”であると思い知らされる。
テオのように、感情を、心を、感覚的に理解できたなら。
「・・・テオ、酔いが醒めたのなら、部屋に戻れ。
次期当主であるという自覚を持って、辛いことがあったらアルコールに逃げる癖をやめろ。俺はそれを推奨されないことだと認識している。」
恰好悪いが、テオを部屋から追い出す。このままテオと話していては、一層惨めに感じることだろう。
「んな、ちょ、兄さん!?無理やり追いやらないでくれよ!!」
「あまり騒がずに部屋に帰れよ。叱られるのはお前なんだから。」
「うぐ・・・ったく、父さんも父さんだよな。兄さんには甘いんだからさ。」
確かに、俺が騒いでいたとしても、父上が俺を叱ることはないだろう。
だが・・・
「父上はお前にも大概甘いぞ。」
たとえばテオが勝手に家の金を使ったとして、父上は叱りはするが、それ以上の罰を与えることはないだろう。
「どうだかね。」
軽く肩をすくめ、テオは去っていく。
俺は・・・俺はお前が羨ましいよ、テオ。
父上に敬語を使われることも、距離を取られることも、自分の中に知らない誰かを見られることもないだろう。
何をしても否定されず、叱られず、なにかを成すことを期待されることもない。
最も尊敬する人にそんな態度を取られて、平気でいられないほどには感情を知ってしまった。
「こんなことなら感情など・・・理解しなければ・・・」
いや、いけない。理解したいと思い、努力を続けてきたのだから。
そしてようやく今日、一目惚れという感情を理解することができたのだから。
・・・・・・しまった、“彼らに手を出すな”とテオに釘を刺しておくのを忘れた。
まあ、失恋してすぐに手を出すなんてことはないだろう。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
45
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる