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44話

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(はあああ、どうしてこんな苦行を強いられないといけないの?)

自然と浮かぶ言葉にマリアンヌは肯定する。
そう、正に苦行としか思えない。
美の化身を筆頭に豪華絢爛な美貌を放つ方々に囲まれて平凡、ううん、平凡以下の容姿の自分には拷問としか思えない。
せめてコゼット・ケンティフォリアの様な艶やかで麗しい美貌なら自信を持つ事が出来るけど……。

ふと、我に返る。

鬱々とした気持ちに駆られる事にマリアンヌは自己嫌悪に陥ってしまう。
今に始まった事では無い、気にしても仕方がない。
だけど……。
乙女心は複雑なのよ。
絶世の美貌の貴公子であるクリストファーが婚約者である事にやっぱり思う所はあって。

(ああ、自分が鬱陶しいなぁ。
思い悩みたく無いのに、なのに……。
ああ、もういや!)

これも全てはコゼット・ケンティフォリアに出会った所為だ。
災難とも言えるコゼット・ケンティフォリアとの出会いが引き金で。

(違うでしょう、マリアンヌ。
コゼット・ケンティフォリアは関係、無い。
他人の所為にして、自己憐憫しない!
自分の気持ちの持ち様でしょう!)

と、気持ちを切り替えてチラリと隣にいるクリストファーを見ると機嫌極まり無い空気を発している。
表情を垣間見ると表情筋が1ミリも動いていない。
全くの「無」である。

「も、もう、そんなに不機嫌な顔をしないで、クリストファー……」

こっそりとクリストファーに囁いても何の反応も無い。
氷点下の空気を発して側にいるマリアンヌは無意識に身体をブルブル震えさせている。

「さ、寒いわ、クリストファー。
機嫌直してよ……」

と情けない声音で呟くとエドヴァスは呆れ果てた様子でクリストファーに言う。

「おい、そんなに不貞腐れた顔をするな。
俺達がお邪魔虫だったのは分かるが、いい加減、機嫌を直せ、クリストファー」

エドヴァスの言葉にクリストファーの柳眉がぴくりと上がる。
分かっていたら絡んでくるなと言いたげなクリストファーにエドヴァスはやれやれと肩を竦める。
「貴方も大概、人が悪い」とぽそり呟くエリオットにエドヴァスがふん、と鼻を鳴らす。
流石にバツが悪いのか、エドヴァスはクリストファーをチラリと見ながら指を鳴らす。

ぱちん、と言う音と共に給仕が洗練された所作でクリストファーとマリアンヌの前にアフタヌーンティーをセッティングする。
芳醇な香りを醸し出す紅茶と目を奪う煌びやかなお菓子の数々にマリアンヌの瞳がキラキラと輝く。

「……、まあまあ、お前達を誘ったのはここの限定スウィーツをご馳走したくて」

と、クリストファーの機嫌を取る素振りを見せるエドヴァスにクリストファーが無愛想に言い捨てる。

「ティアに焼き菓子を渡して欲しいからでしょう、エドヴァス様。
ティアに婚約の事で拒否られているから、僕を出汁に使ってティアのご機嫌を伺おうとする魂胆が見え見えですよ」

図星だと言わんばかりのエドヴァスの表情にクリストファーが盛大なため息を吐く。
先程から一向に機嫌を直そうともせず、態度を改めないクリストファーに、マリアンヌはクリストファーを嗜める事を放棄していた。
何を言っても聞きそうにも無いし、それよりも、今、目の前にあるアフタヌーンティーにマリアンヌの心は釘付けだった。

(いやん、こ、これってエドヴァス殿下が私達のために特別に作らせたのでしょう……。
はああ、こ、こんなに綺麗で上品で、ああ、自分の語彙が恨めしい。
煌びやかで華やかなお菓子の美しさを表現出来ないって。
ああん、食べるのが勿体無い……)

と心の中できゃあきゃあ歓喜の声を上げながらケーキ皿に優雅な所作で置かれるお菓子にうっとりとした目で見詰める。
綺麗な仕草で口に運ぶマリアンヌの上機嫌な様子に気付いたクリストファーの表情が一気に緩んでいく。
幸せそうな顔でケーキを食べるマリアンヌの愛らしさにクリストファーの目が蕩ける様に甘く、クリストファーの一挙一動を見ていたエドヴァスとエリオットは各々の心の中で吐き捨てていた。

何だ、この砂を吐きそうな程甘いクリストファーの締まりの無い顔は、と。

(ああ、俺が愚かだった。
クリストファーを揶揄って楽しもうと思って強引に誘ったのがそもそもの間違いだった。
……、ティアの様子が知りたくてクリストファーならティアも気を許すと思い、偶然、クリストファー達と出会った事を喜んでいたが)

「私はこんな茶番に付き合う程、暇ではありません、エドヴァス様」

エリオットの痛烈な皮肉にエドヴァスがそれ以上言うな、と手をハタハタと振る。
二人の気持ちなどお構い無しにクリストファーは熱烈な視線をマリアンヌに注いでいる。
絶対零度の空気を纏っていたクリストファーが急に春の日差しの如く暖かな空気に変化させている事に気付いたマリアンヌが頬を染めながらニッコリと笑う。

「うふふ、このお菓子、とっても美味しいからクリストファーも食べてみて」と上機嫌なマリアンヌにクリストファーはマリアンヌにおねだりする。

「ねえ、マリアンヌ。
僕に食べさせてくれる?」

クリストファーの甘いおねだりにマリアンヌの頬が真っ赤に染まる。

「な、なんて事を言い出すの、く、クリストファーああ!も、もう、人前で恥ずかしい……」と、上擦った声で言いつつも、クリストファーのおねだりに抗う事もせず口元にケーキを運ぶ。

蕩ける様な甘い声でマリアンヌに強請ったケーキを頬張るクリストファーにエドヴァスとエリオットはすかさず、その場を離れていく。

「これ以上馬鹿馬鹿しくて付き合っていられるか」と半分ヤケクソに、そして、それ以上に羨ましいと思うエドヴァスにエリオットが憐憫の情を込めた視線を向ける。
エリオットの視線の意味を察したエドヴァスが力無く言う。

「やめろ、これ以上俺を見るな」

「……」

「その無言もやめろ、エリオット」

「……、エドヴァス様」

「俺が浅はかだった、それだけは認める」

それだけは、と強調するあたりエドヴァスも思い知ったのだろう。
クリストファーとマリアンヌの予想以上な相思相愛ぶりに、いや、クリストファーのマリアンヌへの溺愛ぶりにと言い換えた方が正しい。
恋は人を愚かにすると言うがクリストファーの恋情は常軌を逸していると思うエドヴァスだが、エリオットから言えば、エドヴァスもクリストファーと同類では無いかと。

(己の事は棚に上げて、クリストファー殿の事を言うエドヴァス様も相当頭のネジが緩んでいるな。
ああ、これが次期国王かと思うと嘆かわしい……。
私がしっかりと手綱を握ってエドヴァス様を調教しないと、この国の行く末は)

と、至極真面目に考えるエリオット。

ふう、とひと息を吐く。
流石にこの二人の様子から見ると我が愚妹が入る隙間等無いな、とエリオットはコゼットの姿を思い浮かべる。
艶やかで華やかな美貌の、甘ったれで我儘放題で、そして自分の感情に素直で。
はっきりとクリストファーに振られたと気付いた時のコゼットがどんな騒動を起こすか……。

(また頭痛の種が増える)

と眉間に皺がよるエリオットが警備の一人に命令する。

「クリスティアーナ・レガーリス公爵令嬢に届けてくれ」と手配した焼き菓子を渡す。

素直に受け取るとは思わないがこれもエドヴァスの為だから仕方がない、と、エリオットが今日、ー何度目かのため息を吐きながらエドヴァスの後を追った。
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