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閑話 白薔薇の溜息 その4
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エドヴァスの訪問から数日経った、ある日。
長椅子に腰掛け、ひと針ひと針丁寧に刺繍を刺していたクリスティアーナは、微かに漂う薔薇の芳香に気付き、手を止める。
ティーとダマスクが入り混じった薫り。
薔薇の本来の甘い香りに上品な紅茶の香りをブレンドさせた様な芳香に、クリスティアーナは顔を上げ、扉へと視線を注ぐ。
「ティア」
軽く扉をノックして入ってくるクリストファーにクリスティアーナの口元が自然と綻ぶ。
幼馴染であり再従兄弟でもあるクリストファーは、クリスティアーナと同じく対なる君の呪いの保持者でもある。
クリスティアーナの苦悩も、焦燥も、哀しみもクリストファーには包み隠さず話す事が出来る。
フランシスを喪った時、嘆き悲しむクリスティアーナに唯一、共感したのはクリストファーだけだった。
自分の命よりも大切な存在。
対なる君の呪いでそう感じるのかと問われて、否と答えるのは、クリスティアーナは、クリストファーと自分だけだと言い切る事が出来る。
クリストファーにとってマリアンヌが唯一であるのと同じく、クリスティアーナにとってフランシスは唯一だと……。
***
8歳の時にこの世を去った愛しい人。
あの日、自分がやっと女性として一歩、踏み出す事が出来る様になった、特別な日。
身体に変化があった日。
自分の身体が異様に熱い。
どくどくと心臓の音が高まって身体の芳香が拡散して。
自分の中の薔薇の開花の兆しがあった、あの日。
(ああ、早くフランシス様に会いたい。
会って、伝えたい。
一歩、貴方に近付く事が出来る様になった。
身体が大人になろうとしていると)
逸る気持ちで馬車に乗り、フランシスの屋敷に向かっていたクリスティアーナ。
そっと自身の身体を抱き締める。
まだ、身体の変化は見ても分からない。
だが、乳母であるアンナが慈しみを込めた瞳で己を見詰め教えてくれた。
「クリスティアーナお嬢様は、フランシス様のお子を産めるお体になりました」、と。
最初、アンナに何を言われたか、クリスティアーナは解らなかった。
身体の異変。
触った時の違和感。
下腹部の鈍い痛み。
ガタガタと震えが走って、涙がボロボロと流れて止まらない。
混乱する気持ちと自分の身体の異変が怖くてクリスティアーナはアンナに泣いて縋った。
泣き噦るクリスティアーナにアンナは柔らかく抱き締め、クリスティアーナの気持ちが静まる迄側に居て慰めた。
アンナから渡された薬の効果と身の回りを綺麗に整えて貰って、やっと気持ちの混乱が収まり、冷静になってアンナが告げる言葉の意味を思案し、気付いた時の恥ずかしさと喜びと。
(フランシス様の?
フランシス様の子供って、私が……。
幼い自分が大人の女性になろうとしている。
まだ一歩、進み始めたばかりだけど、でも)
「フランシス様は、その、喜んでくれるかしら……」
恐る恐る尋ね、上目遣いでアンナを見る。
恥ずかしくて声が掠れる。
多分、頬は熟れたトマトの様に真っ赤だと自負している。
嬉しさと気恥ずかしさと、そして大人なフランシスに近付こうとしている自分の身体の成長と。
クリスティアーナの問いにアンナは笑みを深くし、肯定してくれた。
アンナの後押しにクリスティアーナの気持ちは舞い上がり、フランシスに会いたい気持ちが一気に膨れ上がる。
(フランシス様に会いたい!
今直ぐにでもフランシス様に会って、伝えたい……)
大人になったと言いたい。
そして自分の気持ちを伝えたい。
貴方が好きです、と。
告白する自分を想像し、クリスティアーナの緊張は最高潮に達していた。
頬が熱くなる。
告白するんだ。
ずっと躊躇っていた気持ちをフランシスに告白して。
(フランシス様……)
何度も伝えたいと思った。
フランシスの事が好きだと。
恋をしていると。
子供な自分の告白をフランシスがどう受け止めるか解らない。
だけど、何時もフランシスは自分を対等に扱ってくれた。
大人で優しい、フランシス。
初めての恋で好きの意味もまだ幼くて。
でも、恋に年齢は関係ないと思う自分もいる。
この気持ちは誰にも負けない。
フランシスを慕うこの気持ちは、誰よりも真剣だって。
ずっと伝えたかった、フランシスに。
恋心を伝えたかった。
クリスティアーナのフランシスに対する淡い想いにフランシスは気付いていたかも知れない。
だが、この想いが異性に対する恋情だとフランシスは思わないだろう……。
「フランシス様。
貴方が好きです」
対なる君だからでは無い。
対なる君の呪いなんて知らない。
このトキメキも、頬が赤くなるのも、フランシスが側に居てソワソワして落ち着かないのも、これは全部、クリスティアーナの感情。
クリスティアーナの気持ち。
呪いの所為では無い。
そう、フランシスに伝えたい。
だが、クリスティアーナはフランシスに想いを告げる事が出来なかった。
対なる君の呪いがフランシスを襲い、呪いの毒が心臓を覆いフランシスの身体中に荊が蔓延り壊死が始まり……。
何も知らないクリスティアーナがフランシスの元に駆け付けた時には既にフランシスはこの世を去っていた。
皮肉にもクリスティアーナの初潮が呪いの発動の引き金となって、フランシスの呪いと共鳴し、フランシスの命を奪う形となってしまった。
その事をクリスティアーナは知らされていない。
フランシスは遺言として自身の寿命が尽きたとクリスティアーナに伝えて欲しい、と。
自分の死の真相をクリスティアーナに伏せる事を最後の言葉として残して逝った。
***
(今日、お祖母様は王妃様のお茶会に招かれ王室に行かれてる。
お祖母様の外出を見計らっての訪問って、クリストファーったら)
クリストファーの心情を察したクリスティアーナは、クリストファーを見詰めながらくすくすと笑い出す。
クリスティアーナの笑い声に気まずくなったクリストファーは不貞腐れ、ぷいとそっぽを向く。
図星なのね、とクリスティアーナは心の中で呟く。
クリストファーが祖母を苦手としているのは昔から知っている。
会う度にクリストファーにマリアンヌと婚約破棄し、クリスティアーナとの婚姻を結ぶ事を強要するマルグリットに、クリストファーは不愉快極まりない。
「貴方がクリスティアーナと結ばれたら呪いから解放されるのよ!」
何を根拠でそうマルグリットがクリストファーに告げるのか、理解に苦しむクリスティアーナとクリストファーであったが、互いを姉弟の様に思い合ってる二人には迷惑な言葉である。
「……、あんまり笑わないで、ティア」
ぽそり、とクリストファーが言う。
クリストファーの言葉に、クリスティアーナはふっと笑みが浮かぶ。
最近、クリストファーは無言を解き始めた。
感情を言葉として顕にする事をクリストファーは解禁した。
自分の感情を言葉を封じる事で対なる君の呪いを抑えていたクリストファー。
それが対なる君の呪いを封じていたとは、正直解らない。
だが、マリアンヌに真摯な愛を貫いているクリストファーの心の表れだと、呪いの保持者であるクリスティアーナは信じて疑っていない。
マリアンヌと互いの想いを確かめ合ったと頬を紅潮し、クリスティアーナの元に来たクリストファー。
あの時のクリストファーの笑顔を忘れる事が出来ない。
やっとマリアンヌに愛を告げる事が出来たんだ……。
そう告げるクリストファーの目にが涙が溢れていて。
泣き顔で告白するクリストファーにクリスティアーナの眦に涙が滲んだ。
(ああ、やっとクリストファーはマリアンヌ嬢と相愛になったのね)
クリストファーの恋の成就に喜びを隠せない。
対なる君だから愛を捧げているのでは無い。
己もクリストファーもただ、純粋に愛を抱いているだけ。
相手に恋をして愛に目覚めて、そして一つに結ばれたいと願って。
「クリスティアーナの好きな紅茶と、焼き菓子を、持ってきたんだ」
クリストファーの言動に違和感を感じる。
もしかして、とクリスティアーナは先日のエドヴァスの訪問を思い浮かべ……。
「……、クリストファー、エドヴァス殿下に強要されたのでしょう?
その紅茶と焼き菓子」
クリスティアーナの冷ややかな声にクリストファーは肩を竦める。
肯定と取れるクリストファーの態度にクリスティアーナは嘆息を洩らす。
「ああ、どうして周りの迷惑を顧みないのかしら、エドは。
強引で身勝手で、人の感情を逆撫でする発言しかしなくって」
「……、でも、ティアに一途だよ、エドヴァス様は」
クリストファーの意外な発言に、クリスティアーナは一瞬、言葉を噤んでしまう。
「クリストファー」
「解っている、ティアの気持ちは。
僕だってマリアンヌだけだ、愛を捧げているのは。
でも……」
呟く様にクリストファーは言う。
クリスティアーナには生きて欲しい、と。
エドヴァスがクリスティアーナの呪いを解く方法を血眼になって探している事をクリストファーも幼い頃から知っている。
王太子であるが故の傲慢さと気位の高さと、そして人に傅かれる事が当たり前だとエドヴァスの言動には感じられる。
だがクリスティアーナに対する愛は真実だとクリストファーは思っている。
クリスティアーナがフランシスに愛を捧げているのは知っている。
自分の魂の半身だとクリスティアーナはフランシスの事をそう思っている。
己も然り、だが……。
姉の様に慕っているクリスティアーナを呪いの犠牲として、死を受け入れて欲しくは無い。
その呪いが解けるのなら、クリスティアーナがこれから先もずっと生きていてくれるのなら……。
ふと、クリスティアーナと視線が交わる。
クリスティアーナの静けさを秘めた瞳にクリストファーは一瞬、自分の考えが浅はかだったと己を恥じる。
「……、ごめん、ティアは望んでいないよね。
僕が愚かだった」
「クリストファー」
人の想いはままならないモノだと解っている。
クリスティアーナが呪いに殉じて死を受け入れる事を由としないエドヴァスの心情。
フランシスに永遠の愛を捧げているクリスティアーナ。
「……、紅茶と焼き菓子には罪は無いわね」
「ティア」
「一緒に頂きましょう、クリストファー」
柔らかに微笑むクリスティアーナにクリストファーは一瞬、言いようも無い哀しみに囚われる。
何時迄この穏やかな日々が過ごせるか分からない。
クリスティアーナとの会話を楽しむ、このひと時が、何時迄続くかは。
ふわりと何処からか、薔薇の薫りが漂ってきた。
ミルラとティーが混じり合った、優しげで包む様な懐かしさを感じる……。
穏やかな午後。
暖かい日差しが差し込む部屋で、クリスティアーナとクリストファーは心行まで会話を楽しんだ。
長椅子に腰掛け、ひと針ひと針丁寧に刺繍を刺していたクリスティアーナは、微かに漂う薔薇の芳香に気付き、手を止める。
ティーとダマスクが入り混じった薫り。
薔薇の本来の甘い香りに上品な紅茶の香りをブレンドさせた様な芳香に、クリスティアーナは顔を上げ、扉へと視線を注ぐ。
「ティア」
軽く扉をノックして入ってくるクリストファーにクリスティアーナの口元が自然と綻ぶ。
幼馴染であり再従兄弟でもあるクリストファーは、クリスティアーナと同じく対なる君の呪いの保持者でもある。
クリスティアーナの苦悩も、焦燥も、哀しみもクリストファーには包み隠さず話す事が出来る。
フランシスを喪った時、嘆き悲しむクリスティアーナに唯一、共感したのはクリストファーだけだった。
自分の命よりも大切な存在。
対なる君の呪いでそう感じるのかと問われて、否と答えるのは、クリスティアーナは、クリストファーと自分だけだと言い切る事が出来る。
クリストファーにとってマリアンヌが唯一であるのと同じく、クリスティアーナにとってフランシスは唯一だと……。
***
8歳の時にこの世を去った愛しい人。
あの日、自分がやっと女性として一歩、踏み出す事が出来る様になった、特別な日。
身体に変化があった日。
自分の身体が異様に熱い。
どくどくと心臓の音が高まって身体の芳香が拡散して。
自分の中の薔薇の開花の兆しがあった、あの日。
(ああ、早くフランシス様に会いたい。
会って、伝えたい。
一歩、貴方に近付く事が出来る様になった。
身体が大人になろうとしていると)
逸る気持ちで馬車に乗り、フランシスの屋敷に向かっていたクリスティアーナ。
そっと自身の身体を抱き締める。
まだ、身体の変化は見ても分からない。
だが、乳母であるアンナが慈しみを込めた瞳で己を見詰め教えてくれた。
「クリスティアーナお嬢様は、フランシス様のお子を産めるお体になりました」、と。
最初、アンナに何を言われたか、クリスティアーナは解らなかった。
身体の異変。
触った時の違和感。
下腹部の鈍い痛み。
ガタガタと震えが走って、涙がボロボロと流れて止まらない。
混乱する気持ちと自分の身体の異変が怖くてクリスティアーナはアンナに泣いて縋った。
泣き噦るクリスティアーナにアンナは柔らかく抱き締め、クリスティアーナの気持ちが静まる迄側に居て慰めた。
アンナから渡された薬の効果と身の回りを綺麗に整えて貰って、やっと気持ちの混乱が収まり、冷静になってアンナが告げる言葉の意味を思案し、気付いた時の恥ずかしさと喜びと。
(フランシス様の?
フランシス様の子供って、私が……。
幼い自分が大人の女性になろうとしている。
まだ一歩、進み始めたばかりだけど、でも)
「フランシス様は、その、喜んでくれるかしら……」
恐る恐る尋ね、上目遣いでアンナを見る。
恥ずかしくて声が掠れる。
多分、頬は熟れたトマトの様に真っ赤だと自負している。
嬉しさと気恥ずかしさと、そして大人なフランシスに近付こうとしている自分の身体の成長と。
クリスティアーナの問いにアンナは笑みを深くし、肯定してくれた。
アンナの後押しにクリスティアーナの気持ちは舞い上がり、フランシスに会いたい気持ちが一気に膨れ上がる。
(フランシス様に会いたい!
今直ぐにでもフランシス様に会って、伝えたい……)
大人になったと言いたい。
そして自分の気持ちを伝えたい。
貴方が好きです、と。
告白する自分を想像し、クリスティアーナの緊張は最高潮に達していた。
頬が熱くなる。
告白するんだ。
ずっと躊躇っていた気持ちをフランシスに告白して。
(フランシス様……)
何度も伝えたいと思った。
フランシスの事が好きだと。
恋をしていると。
子供な自分の告白をフランシスがどう受け止めるか解らない。
だけど、何時もフランシスは自分を対等に扱ってくれた。
大人で優しい、フランシス。
初めての恋で好きの意味もまだ幼くて。
でも、恋に年齢は関係ないと思う自分もいる。
この気持ちは誰にも負けない。
フランシスを慕うこの気持ちは、誰よりも真剣だって。
ずっと伝えたかった、フランシスに。
恋心を伝えたかった。
クリスティアーナのフランシスに対する淡い想いにフランシスは気付いていたかも知れない。
だが、この想いが異性に対する恋情だとフランシスは思わないだろう……。
「フランシス様。
貴方が好きです」
対なる君だからでは無い。
対なる君の呪いなんて知らない。
このトキメキも、頬が赤くなるのも、フランシスが側に居てソワソワして落ち着かないのも、これは全部、クリスティアーナの感情。
クリスティアーナの気持ち。
呪いの所為では無い。
そう、フランシスに伝えたい。
だが、クリスティアーナはフランシスに想いを告げる事が出来なかった。
対なる君の呪いがフランシスを襲い、呪いの毒が心臓を覆いフランシスの身体中に荊が蔓延り壊死が始まり……。
何も知らないクリスティアーナがフランシスの元に駆け付けた時には既にフランシスはこの世を去っていた。
皮肉にもクリスティアーナの初潮が呪いの発動の引き金となって、フランシスの呪いと共鳴し、フランシスの命を奪う形となってしまった。
その事をクリスティアーナは知らされていない。
フランシスは遺言として自身の寿命が尽きたとクリスティアーナに伝えて欲しい、と。
自分の死の真相をクリスティアーナに伏せる事を最後の言葉として残して逝った。
***
(今日、お祖母様は王妃様のお茶会に招かれ王室に行かれてる。
お祖母様の外出を見計らっての訪問って、クリストファーったら)
クリストファーの心情を察したクリスティアーナは、クリストファーを見詰めながらくすくすと笑い出す。
クリスティアーナの笑い声に気まずくなったクリストファーは不貞腐れ、ぷいとそっぽを向く。
図星なのね、とクリスティアーナは心の中で呟く。
クリストファーが祖母を苦手としているのは昔から知っている。
会う度にクリストファーにマリアンヌと婚約破棄し、クリスティアーナとの婚姻を結ぶ事を強要するマルグリットに、クリストファーは不愉快極まりない。
「貴方がクリスティアーナと結ばれたら呪いから解放されるのよ!」
何を根拠でそうマルグリットがクリストファーに告げるのか、理解に苦しむクリスティアーナとクリストファーであったが、互いを姉弟の様に思い合ってる二人には迷惑な言葉である。
「……、あんまり笑わないで、ティア」
ぽそり、とクリストファーが言う。
クリストファーの言葉に、クリスティアーナはふっと笑みが浮かぶ。
最近、クリストファーは無言を解き始めた。
感情を言葉として顕にする事をクリストファーは解禁した。
自分の感情を言葉を封じる事で対なる君の呪いを抑えていたクリストファー。
それが対なる君の呪いを封じていたとは、正直解らない。
だが、マリアンヌに真摯な愛を貫いているクリストファーの心の表れだと、呪いの保持者であるクリスティアーナは信じて疑っていない。
マリアンヌと互いの想いを確かめ合ったと頬を紅潮し、クリスティアーナの元に来たクリストファー。
あの時のクリストファーの笑顔を忘れる事が出来ない。
やっとマリアンヌに愛を告げる事が出来たんだ……。
そう告げるクリストファーの目にが涙が溢れていて。
泣き顔で告白するクリストファーにクリスティアーナの眦に涙が滲んだ。
(ああ、やっとクリストファーはマリアンヌ嬢と相愛になったのね)
クリストファーの恋の成就に喜びを隠せない。
対なる君だから愛を捧げているのでは無い。
己もクリストファーもただ、純粋に愛を抱いているだけ。
相手に恋をして愛に目覚めて、そして一つに結ばれたいと願って。
「クリスティアーナの好きな紅茶と、焼き菓子を、持ってきたんだ」
クリストファーの言動に違和感を感じる。
もしかして、とクリスティアーナは先日のエドヴァスの訪問を思い浮かべ……。
「……、クリストファー、エドヴァス殿下に強要されたのでしょう?
その紅茶と焼き菓子」
クリスティアーナの冷ややかな声にクリストファーは肩を竦める。
肯定と取れるクリストファーの態度にクリスティアーナは嘆息を洩らす。
「ああ、どうして周りの迷惑を顧みないのかしら、エドは。
強引で身勝手で、人の感情を逆撫でする発言しかしなくって」
「……、でも、ティアに一途だよ、エドヴァス様は」
クリストファーの意外な発言に、クリスティアーナは一瞬、言葉を噤んでしまう。
「クリストファー」
「解っている、ティアの気持ちは。
僕だってマリアンヌだけだ、愛を捧げているのは。
でも……」
呟く様にクリストファーは言う。
クリスティアーナには生きて欲しい、と。
エドヴァスがクリスティアーナの呪いを解く方法を血眼になって探している事をクリストファーも幼い頃から知っている。
王太子であるが故の傲慢さと気位の高さと、そして人に傅かれる事が当たり前だとエドヴァスの言動には感じられる。
だがクリスティアーナに対する愛は真実だとクリストファーは思っている。
クリスティアーナがフランシスに愛を捧げているのは知っている。
自分の魂の半身だとクリスティアーナはフランシスの事をそう思っている。
己も然り、だが……。
姉の様に慕っているクリスティアーナを呪いの犠牲として、死を受け入れて欲しくは無い。
その呪いが解けるのなら、クリスティアーナがこれから先もずっと生きていてくれるのなら……。
ふと、クリスティアーナと視線が交わる。
クリスティアーナの静けさを秘めた瞳にクリストファーは一瞬、自分の考えが浅はかだったと己を恥じる。
「……、ごめん、ティアは望んでいないよね。
僕が愚かだった」
「クリストファー」
人の想いはままならないモノだと解っている。
クリスティアーナが呪いに殉じて死を受け入れる事を由としないエドヴァスの心情。
フランシスに永遠の愛を捧げているクリスティアーナ。
「……、紅茶と焼き菓子には罪は無いわね」
「ティア」
「一緒に頂きましょう、クリストファー」
柔らかに微笑むクリスティアーナにクリストファーは一瞬、言いようも無い哀しみに囚われる。
何時迄この穏やかな日々が過ごせるか分からない。
クリスティアーナとの会話を楽しむ、このひと時が、何時迄続くかは。
ふわりと何処からか、薔薇の薫りが漂ってきた。
ミルラとティーが混じり合った、優しげで包む様な懐かしさを感じる……。
穏やかな午後。
暖かい日差しが差し込む部屋で、クリスティアーナとクリストファーは心行まで会話を楽しんだ。
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