愛のない婚約かと、ずっと思っていた。

華南

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閑話(中編)

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「……、セシリア?」

リアナの呼び掛けに我に返ったセシリアがふっと微笑む。
過去に想いを馳せていた事にらしく無いと心の中で呟きながら。

「御免なさい、リアナ。
ふふふ、訪問時のクリストファーの言葉を思い出していたの。
切羽詰まった表情でお願いされたわ。
マリアンヌの外泊を許して欲しいと」

セシリアの唐突な発言にリアナの目が大きく見開く。
最初、自分の耳を疑ってしまった。
聞き間違いでは無いかと。
まさかクリストファーがマリアンヌとの外泊をセシリアに懇願するとは。
真面目で誠実で品行方正な自慢の息子が……。

「え、そ、それって……」

わなわなと身体を震えさせセシリアに問う。
上手く言葉を紡ぐ事が出来ないリアナにセシリアが首を傾げながら言う。

「何、急に言葉に詰まっているの?
決まっているでしょう。
そう言う流れになっても許して欲しいって事よ。
クリストファーがマリアンヌの事を抱きたいって事。
アンタだって許したんでしょう?
2人の新居になる屋敷で過ごす事を」

セシリアのあっけらかんとした物言いにリアナは急に頭を抱える始末。
確かにクリストファーが自暴自棄になって暴走するよりは心の安寧の為にマリアンヌとの触れ合いには目を瞑ろうとした。
外泊する事は親公認だと言うのも頭では理解できても、感情は……。

「く、クリストファーあああ……」

形相を崩し今にでも泣き崩れそうなリアナにセシリアは呆れ果ててしまう。
つい、淡々とした口調でリアナに諭す。

「な、何、今にでも泣きそうな顔をしているの。
クリストファーの為にふらふらした足取りで私に逢いに来たんでしょう?
マリアンヌが婚姻前にクリストファーに処女を散らされても許して欲しいって。
そうでしょう?
リアナ」

セシリアの的を得た言葉にぐうの音も出ない。
確かにセシリアの言葉は正しい。
正しいけど、それをずけずけと言うのも如何様かとリアナはキッとセシリアを睨め付ける。

「……、そ、そんなにハッキリと言わないでよ、セシリア。
本当にアンタには恥じらいがないの?」

「え……」

ハンカチを眦にあて頬を真っ赤に染めるリアナにセシリアは唖然としていた。
今更恥じらいとか言われても事実ではないか。
それをリアナは何を言い出す。

「リアナ……」

「な、何、人の名をしみじみと言うのよ。
ふ、普通、娘の貞操の危機にその物言いは何よ!
マリアンヌが心配ではないの?
前にも言ったけど貴族の世界で肩身の狭い想いを娘にさせる事に胸が痛まないの!
余りにも不謹慎よ!」

必死になってセシリアに説教するリアナに面食らってしまう。
娘の貞操に心が痛まないってその貞操を奪おうとするアンタの息子はどうなのよ、とセシリアは心の中で吐き捨てた。
クリストファーの境遇と心情を知った上で了承した。
それにマリアンヌがクリストファーとの婚約で思い悩んでいる姿を散々見てきた。
母親として娘が処女のまま婚姻するのが望ましいと思っても、マリアンヌはクリストファーの事を求めている。
互いの愛を確認したいのならそれは2人の問題であって母親が関与する事では、無い。

マリアンヌも既に1人の女性である。
そのマリアンヌが決めた事に反対する理由等、無い。

「……、ふ、不謹慎って。
懇願するクリストファーを無下にあしらう事は出来ないでしょう?
事情が事情でしょう。
それに今までのクリストファーのマリアンヌに対する真摯な愛を見せられたら、クリストファーの懇願を受け入れるしかないわ。
断れないわよ」

ふふふ、と少し困惑気に微笑むセシリアに母親の心情を垣間見た。

それ以上何も言えないとリアナは思ってしまった。
息子の身勝手な願いをあっさりと受け入れたと、どうしてそんな愚かな考えに及んだか。

(ああ、アンタは本当にクリストファーの事を許してくれたのね。
対なる君の呪いの保持者であるクリストファーをマリアンヌの相手として受け入れて……)

頬に涙が伝う。

急に涙を流すリアナにセシリアが笑みを深くする。

「ありがとう、セシリア……」

クリストファーの事を許してくれて。
マリアンヌの伴侶として認めてくれて。

そして、今、2人が結ばれる事に深い愛で受け止めてくれて。

「バカね、リアナ。
泣く程の事ではないでしょう」

そっとハンカチを眦にあてるセシリアにリアナがすんと鼻を啜る。

「な、泣いてなんかないわよ!」

「ふふふ」

ツンとそっぽを向くリアナにセシリアは目を細める。
本当に気が強くて涙脆くて、そして誰よりも息子の幸せを願う母親で……。

リアナに出会えて良かったと、そう、呟く自分に気付きセシリアは微笑んだ。
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