愛のない婚約かと、ずっと思っていた。

華南

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閑話(前編)

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この薔薇を貴女に捧げましょう。
愛しい、貴女。

心を狂わす貴女の微笑み、馨しい芳香を秘めた貴女の肢体は私を惑わし心を乱す。
ああ、貴女の存在が私の心を捕らえて離さない。

貴女を愛している……。

私の全ては貴女のもの。

私が生み出した、この世で一番美しい薔薇を貴女に捧げよう。
永遠の愛の証として貴女に。

***

「ねえ、リアナ。
アンタ、よく許したわね。
、2人を宿泊させる事を」

セシリアの発言にリアナのこめかみが引き攣る。
セシリアの私室でベルガモットの薫りが漂うダージリンを嗜みながら、リアナが優雅にティーカップを置く。
一連の洗練された優美な仕草に、流石はシャンペトル家の奥方だわと何処か尊敬に似た感情をリアナに抱いた。

「……、その話は控えて頂戴。
今はクリストファーとマリアンヌの事を考えたくないの」

「あらまあ」

憔悴しきったリアナの姿にセシリアは心の中で苦笑を漏らした。

(確かにあの部屋での惨劇はリアナにとって晴天の霹靂としか言えないわね)

クリストファーとマリアンヌのあられもない姿を目の当たりにしたセシリアとリアナの反応はそれぞれ違っていた。
セシリアはマリアンヌの乱れた姿に呆気に取られ暫し言葉に詰まったが、リアナの反応は凄まじかった。
ワナワナと身体を震えさせ金切声を上げ半狂乱になる始末。

母親想いの、品行方正で真面目で優しい自慢の息子の自堕落とも言える姿はリアナの想像を絶する事であり、前代未聞な悲喜劇としか思えなかった。

「……、昨日、あれからずっと考えていたの。
あのままもしクリストファーとマリアンヌが結ばれたら、世間では非難される事柄でもクリストファーにとっては何よりも大切な事では無いかと」

「……、え、ええ!
り、リアナ」

「ずっとあの子は思い悩んでいたのよ、マリアンヌとの関係に。
見ていて辛くは無かったと言えば嘘になる。
息子の悩みをどうにか解決出来るのなら、そうよ、母親としては何が大切かと考えたら、クリストファーの意思を尊重するのが一番だと考えたの。
それにやっぱり対なる君の呪いがあの子にどんな影響を与えているかと考えると恐ろしくなって。
自我を無くして自暴自棄になるよりはクリストファーの心の安寧の為なら世間の非難等、全然痛くも痒くも無いわ!
そ、そうよ!
息子の幸せ以上に大切なものなんて存在しない、世間の噂なんてどうにでも揉み消す事だって出来るわ!
名家であるシャンペトル家の、そして、腹立たしいけど本家であるレガーリス家の力を借りればどうにでも……」

うふふふふふ、と不気味な笑みを浮かべながらリアナは独りごちる。
完全に自分の世界に入り込んでいる。

確かに本家であるレガーリス家は王家に繋がる血筋であり王国でも屈指の名家である。
だが、リアナにとってレガーリス家は目の上のたん瘤であり忌々しい存在である。
それは自分にとっても同じと言える。
現当主であるマルグリット様がライアンとリアナの婚姻に難色を示していたと耳にタコが出来る程リアナに聞かされた。
リアナの出自がシャンペトル家に相応しく無い、ただ、それだけの理由で。
そして、自分とロベルトとの婚姻にも。

ただ、対なる君の相手として相応しい身分では無い、私達は家名に泥を塗る賤しい存在だと言わんばかりに冷ややかな視線で射抜かれた。

(仕方ないじゃ無い、あなた様の可愛いライアンもロベルトも呪いの保持者なんだから。
私達がいなければ今頃は……。
まあ、それが私達に対して憎しみを抱く原因とも言えるけど)

ふと、リアナに視線を注ぐ。

精神的にも肉体的にも疲労困憊である筈だ。
それなのに、今日、ここに来ている。

クリストファーの事で謝罪と懇願する為にセシリアに逢いに来たのだから……。

***

今日、クリストファーの訪問に何故かリアナが付き添ってきた事にセシリアは唖然とした表情で迎え入れる。
何処かしら表情に陰鬱があり、目の下には隈が出来ている。
昨日の今日でよく起き上がる事が出来たものだとリアナに対してのセシリアの率直な感想であった。

そして顔色が悪く足元がふらついているリアナの外出をライアンがよく許したものだと考えていると、少し離れた場所にライアンが控えている。
流石にクリストファーが側に居てもリアナの事が心配で堪らなかったのか。
冷静沈着だと謳われるライアンの表情に明らかに苛立ちと焦りが生じている。
いつ倒れてもおかしくないリアナに気が気でないと見て取れるライアンの表情に、いい加減、息子離れをしなさいよ、リアナと心の中で舌打ちした。

(クリストファーの事が心配なのは判るけど、クリストファーも18歳の青年よ。
女性では成人を迎える年齢で、私もアンタもクリストファーの年齢で結婚してるでしょう。
なのに、何時迄もクリストファーを子供扱いしてはクリストファーが可哀想とは……)

思えない、とセシリアは言葉を濁す。
対なる君の呪いが関連しているから尚更だ。
ずっと対なる君の呪いに心が苛んでいた、いや、今でもそうだ。
愛息子が呪いの保持者となれば溺愛に拍車が掛かってもおかしくはない。

それにリアナも自分も両親の愛情を受けて育った訳では、無い……。
特に肉親の情が薄かったリアナにとってクリストファーはまさに宝物だと言っても過言では無い。
自分がマリアンヌをそう喩える様に、リアナも。

(リアナもあれで苦労人だから、ねえ。
でも、だからと言ってライアンの愛を素直に受け入れる事が出来ないのかしら?
あれだけリアナ一筋でぞっこんなのに……)

ふうと心の中で溜息を漏らす。
夫婦間の問題は他人がどうこう出来る問題では無い。
リアナの心境の全てを把握している訳では無い。
互いに踏み込んではいけない領域がある事は言葉にしなくても解っている。

対なる君の呪いが絡んでなければ、出会わなかった2人。
それは自分とロベルトの関係もそうだと。

(人の事を言えた義理では無いわね。
私もロベルトとの関係が歪なものだと自覚しているし)

そう簡単に受け入れられる問題では、無い……。
人生を狂わされた、対なる君の呪いの所為で。
もし、ロベルトの存在が無ければ、私は……。

私は。

(過去を振り返っても何も変わらないとずっと思っていた。
マリアンヌがいたから私は人生を悲観する事はしなかった、でも)

と永遠の別れを余儀なくされて、全てを奪われてしまった。
愛する祖父母と心優しく温かな村の人達との別れ、そして……。

あの方とも。

今でもあの方は独身を貫いている。
その事を小耳に挟む度に心が深く抉られる。

もう、諦めて欲しい、と。
私は既に貴方に相応しい女ではない。

貴方が愛を捧げた女は既にこの世に存在しない女だと思って欲しい。
それが貴方に対する私の答え。

私は余りにも変わり過ぎた……。

(何をらしくない考えに捉われているの?
既に終わった事であり、どうにもならない事でしょう。
ふふふ、それに私は女である前にマリアンヌの母親だから。
あの娘の幸せが私の全て。
マリアンヌが誰よりも幸せになってくれたらそれだけで私は)

私は心を満たされるのだから。
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