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32話
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ふわりと淡い光が灯っている。
雨の所為で薄暗くなっている部屋の中で蔓薔薇の苗木が淡い光を放っている。
その光に導かれる様にクリストファーの身体が淡い光の膜に覆われて。
「クリストファー?」
胸を愛撫するクリストファーの身体が淡い紫色の光を発光している。
不思議な現象にマリアンヌは思わずクリストファーのシャツを掴んでしまう。
(どうしてクリストファーの身体が淡い光を放っているの?)
急にマリアンヌにシャツを掴まれ、クリストファーはすうとマリアンヌの顔を覗き込む。
「マリアンヌ?」
濡れた唇で艶かしくマリアンヌの名を呼ぶ。
クリストファーの欲情に濡れた目にマリアンヌは平常心を保つ事なんて出来ない。
上擦った声でクリストファーに尋ねてしまう。
何故、クリストファーの身体が淡い紫色の光を放っているのか、と。
マリアンヌの問いにクリストファーの表情がすうと無くなってしまう。
自らの身体を確かめる様に触れるが、クリストファー自身、淡い光を放っている事に気付かない。
「マリアンヌには僕の身体から淡い光が放っている様に見えるんだね……」
何処か哀しげな声音にマリアンヌはクリストファーを訝しげに見てしまう。
時折、濃い紫色に変化する瞳。
身体から発する薔薇の薫り。
そして今、淡い紫色の膜に覆われ発光している不思議な現象。
「クリストファーは私に何かを隠しているの?」
ついポロリと言葉が漏れる。
ずっと不思議でしか無かった。
何故、クリストファーの紺碧の瞳が鈍い紫色へと変化するのか。
何故、クリストファーは濃厚で思考を蕩かす蠱惑的な薔薇の薫りを体中から発するのか。
何故、クリストファーはずっと、無口、無表情で自分に接してきたのか。
絡まっている思考が一つの答えに辿り着こうと必死になって解こうとしている。
(ま、まって、マリアンヌ!
少し落ち着いて、考えて……)
ずっと胸の中で引っ掛かっていた。
シャンペトル家も、ピアッチェ家にも屋敷に絡まる様に薔薇が蔓延っていて。
ピアッチェ家の蔓薔薇は黄金色の繊細で華やかな八重咲きの薔薇。
シャンペトル家の蔓薔薇は薄紅色で重ねの多いロゼット咲きの薔薇。
一瞬、誰かの姿をマリアンヌに彷彿させる。
ヘーゼルの瞳に淡い金髪の繊細で優美でありながら華やかな美貌のお父様と、清廉でしっとりとした濃い紅茶色の瞳に淡いストロベリーブラウンのクリストファーのお父様の姿が目の前に浮かぶ。
(どうしてお父様方を思い出すの?)
考え込むマリアンヌの肩に躊躇うようにクリストファーが触れる。
翳りのあるクリストファーの表情にマリアンヌは自分の考えが間違えではない事に気付く。
「貴方は一体、ううん、お父様やおじ様も含めて私に何を隠しているの?」
そう、隠しているとしか思い当たらない。
多分、自分だけが知らない秘密。
お母様もおば様もきっと知っているに違いない。
だから、自分達の婚約に難色を示していた。
お母様がクリストファーとの婚約に散々、反対したのも、きっと両家の蔓薔薇が関連している。
(ううん、蔓薔薇ではなく、何かがきっと絡んでいる、だって……)
クリストファーの身体から時折、放つ薔薇の香りは香水とは言い難い不可思議な薫りで。
あんなに繊細で複雑な薫りの調合を出来る調香師なんてきっと存在しない。
「何を知りたい?マリアンヌは……」
憂いを含んだ眼差しで見詰められマリアンヌは返答に困窮する。
「わ、私は……。
何から聞けば良いのか、正直、分からない。
だって、頭が混乱して、あり得ない考えにきっとクリストファーは笑ってしまうから」
狼狽える様に話すマリアンヌにクリストファーは寂しげに微笑む。
クリストファーの力ない様子にマリアンヌは心臓が鷲掴みされる様に痛くて。
自分の考えが愚かだと思いたい。
そんな馬鹿げた事なんて、ううん、正にあり得ない現象だとクリストファーに失笑される事を心の中で望んでいて。
「……、マリアンヌの推測は正しいよ」
不意にクリストファーがマリアンヌに言葉を放つ。
「クリストファー?」
窓を打つ雨の音がしんと鎮まった部屋に響いて、クリストファーの言葉を奪ってしまう。
騒がしい心臓の音。
何かを警告している。
ずっと知らなかった秘密が暴かれる瞬間だとマリアンヌは思いながら、でも、それはクリストファーの心の傷と考えられるのではないか。
本当は触れてはいけない、だけど……。
知らないと前に進む事が出来ない、マリアンヌもクリストファーも。
「ずっと、君に伝える事が出来なかった。
……。
マリアンヌ、僕の対なる君」
「……、対なる、君?」
クリストファーの言葉を辿る様にゆっくりと転がす様に言葉を紡ぐとクリストファーは淡く微笑んで、そして……。
自分のシャツのボタンに手を掛け一つ一つ外していく。
目が離せない。
クリストファーの動作に。
全てのボタンを外し、ぱさりとシャツを脱ぎ捨てて。
目の前に晒されるクリストファーの裸体にマリアンヌは言葉を失ってしまう。
(な、何なの!
く、クリストファーの心臓に浮かび上がる、アザは!
心臓を囲う様に蔓延っているアザがまるで蔓薔薇の様に見えるなんて……)
マリアンヌの動揺を隠せない表情にクリストファーはそっとマリアンヌの手を掴み、心臓へと導く。
とくんとくんと規則正しい心臓の音に呼応する様にアザが薄紫色の光を放っている。
「これが僕の秘密だよ、マリアンヌ……」
クリストファーの目に涙が滲み頬を伝っていた。
ふわりと淡い光が灯っている。
雨の所為で薄暗くなっている部屋の中で蔓薔薇の苗木が淡い光を放っている。
その光に導かれる様にクリストファーの身体が淡い光の膜に覆われて。
「クリストファー?」
胸を愛撫するクリストファーの身体が淡い紫色の光を発光している。
不思議な現象にマリアンヌは思わずクリストファーのシャツを掴んでしまう。
(どうしてクリストファーの身体が淡い光を放っているの?)
急にマリアンヌにシャツを掴まれ、クリストファーはすうとマリアンヌの顔を覗き込む。
「マリアンヌ?」
濡れた唇で艶かしくマリアンヌの名を呼ぶ。
クリストファーの欲情に濡れた目にマリアンヌは平常心を保つ事なんて出来ない。
上擦った声でクリストファーに尋ねてしまう。
何故、クリストファーの身体が淡い紫色の光を放っているのか、と。
マリアンヌの問いにクリストファーの表情がすうと無くなってしまう。
自らの身体を確かめる様に触れるが、クリストファー自身、淡い光を放っている事に気付かない。
「マリアンヌには僕の身体から淡い光が放っている様に見えるんだね……」
何処か哀しげな声音にマリアンヌはクリストファーを訝しげに見てしまう。
時折、濃い紫色に変化する瞳。
身体から発する薔薇の薫り。
そして今、淡い紫色の膜に覆われ発光している不思議な現象。
「クリストファーは私に何かを隠しているの?」
ついポロリと言葉が漏れる。
ずっと不思議でしか無かった。
何故、クリストファーの紺碧の瞳が鈍い紫色へと変化するのか。
何故、クリストファーは濃厚で思考を蕩かす蠱惑的な薔薇の薫りを体中から発するのか。
何故、クリストファーはずっと、無口、無表情で自分に接してきたのか。
絡まっている思考が一つの答えに辿り着こうと必死になって解こうとしている。
(ま、まって、マリアンヌ!
少し落ち着いて、考えて……)
ずっと胸の中で引っ掛かっていた。
シャンペトル家も、ピアッチェ家にも屋敷に絡まる様に薔薇が蔓延っていて。
ピアッチェ家の蔓薔薇は黄金色の繊細で華やかな八重咲きの薔薇。
シャンペトル家の蔓薔薇は薄紅色で重ねの多いロゼット咲きの薔薇。
一瞬、誰かの姿をマリアンヌに彷彿させる。
ヘーゼルの瞳に淡い金髪の繊細で優美でありながら華やかな美貌のお父様と、清廉でしっとりとした濃い紅茶色の瞳に淡いストロベリーブラウンのクリストファーのお父様の姿が目の前に浮かぶ。
(どうしてお父様方を思い出すの?)
考え込むマリアンヌの肩に躊躇うようにクリストファーが触れる。
翳りのあるクリストファーの表情にマリアンヌは自分の考えが間違えではない事に気付く。
「貴方は一体、ううん、お父様やおじ様も含めて私に何を隠しているの?」
そう、隠しているとしか思い当たらない。
多分、自分だけが知らない秘密。
お母様もおば様もきっと知っているに違いない。
だから、自分達の婚約に難色を示していた。
お母様がクリストファーとの婚約に散々、反対したのも、きっと両家の蔓薔薇が関連している。
(ううん、蔓薔薇ではなく、何かがきっと絡んでいる、だって……)
クリストファーの身体から時折、放つ薔薇の香りは香水とは言い難い不可思議な薫りで。
あんなに繊細で複雑な薫りの調合を出来る調香師なんてきっと存在しない。
「何を知りたい?マリアンヌは……」
憂いを含んだ眼差しで見詰められマリアンヌは返答に困窮する。
「わ、私は……。
何から聞けば良いのか、正直、分からない。
だって、頭が混乱して、あり得ない考えにきっとクリストファーは笑ってしまうから」
狼狽える様に話すマリアンヌにクリストファーは寂しげに微笑む。
クリストファーの力ない様子にマリアンヌは心臓が鷲掴みされる様に痛くて。
自分の考えが愚かだと思いたい。
そんな馬鹿げた事なんて、ううん、正にあり得ない現象だとクリストファーに失笑される事を心の中で望んでいて。
「……、マリアンヌの推測は正しいよ」
不意にクリストファーがマリアンヌに言葉を放つ。
「クリストファー?」
窓を打つ雨の音がしんと鎮まった部屋に響いて、クリストファーの言葉を奪ってしまう。
騒がしい心臓の音。
何かを警告している。
ずっと知らなかった秘密が暴かれる瞬間だとマリアンヌは思いながら、でも、それはクリストファーの心の傷と考えられるのではないか。
本当は触れてはいけない、だけど……。
知らないと前に進む事が出来ない、マリアンヌもクリストファーも。
「ずっと、君に伝える事が出来なかった。
……。
マリアンヌ、僕の対なる君」
「……、対なる、君?」
クリストファーの言葉を辿る様にゆっくりと転がす様に言葉を紡ぐとクリストファーは淡く微笑んで、そして……。
自分のシャツのボタンに手を掛け一つ一つ外していく。
目が離せない。
クリストファーの動作に。
全てのボタンを外し、ぱさりとシャツを脱ぎ捨てて。
目の前に晒されるクリストファーの裸体にマリアンヌは言葉を失ってしまう。
(な、何なの!
く、クリストファーの心臓に浮かび上がる、アザは!
心臓を囲う様に蔓延っているアザがまるで蔓薔薇の様に見えるなんて……)
マリアンヌの動揺を隠せない表情にクリストファーはそっとマリアンヌの手を掴み、心臓へと導く。
とくんとくんと規則正しい心臓の音に呼応する様にアザが薄紫色の光を放っている。
「これが僕の秘密だよ、マリアンヌ……」
クリストファーの目に涙が滲み頬を伝っていた。
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