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26話
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雑貨店でのコゼット・ケンティフォリアの登場によってクリストファーの愛を再確認したマリアンヌの頬は緩みっぱなしであった。
クリストファーの情熱的な愛の告白がマリアンヌの心を捕らえて離さない。
締まりの無い顔だと思いつつ、つい、にんまりと笑ってしまう。
(ああん、もう、クリストファーの所為で気持ちの自制が効かないわ。
嬉しさの余り表情筋に力が入らないわ)
クリストファーに気付かれると流石に恥ずかしいと思い、パシパシと両手で頬を打つ。
薄らと赤みの差す頬にくすりと笑ってしまう。
我ながら単純な思考回路だと自覚している。
でも仕方がない事だと思う。
今までずっとクリストファーに愛されていないと思っていたから……。
幼い頃からずっとクリストファーに疎まれていると思っていた。
父親同士が勝手に決めた婚約者が凡庸で美しくも無くお淑やかでも無い貴族の令嬢らしからぬ女であれば尚更だ。
貴族の令嬢の嗜みである社交で場を和ませる話術に長けている訳でも無くダンスなんて大の苦手で。
異性の心を擽る仕草や性的な魅力があるとは到底思えない姿体。
恋の駆け引きなんて以ての外。
そんな器用な性格では無いし、はっきり言って無理!
性に合わない事だもの。
そんな事よりも屋敷でお菓子を焼いたり本の世界に没頭したり庭を散策したり、時には屋敷のみんなと一緒に土いじりをして時間の流れを楽しんでいる。
泥だらけになって草むしりをする伯爵令嬢ってありかしら?とマリアンヌは時折、首を傾げてしまう。
そんなマリアンヌにクリストファーだって呆れ果てているに相違ない。
だから、ずっと無口、無表情でクリストファーがマリアンヌに接していたとしか考えられなかった。
(淑女とは到底思えない存在だわ、私って)
ふうと心の中で嘆息を洩らす。
やっぱり男性ってお淑やかで慎ましい女性が好みなのかな?
そう思うとクリストファーってかなり変わっているわ。
私が好きだなんて。
(や、やだ、また思い出して頬が……。
でもね。
気付かなかったのよね、クリストファーの気持ちに。
完璧に猫を被っていたもの。
今までのクリストファーの素振りを見て、私が好きだとはとても思えないもの)
無口、無表情のクリストファーの心情を理解しようと何度も試みたが気付けばクリストファーとの溝が深まっていた。
歩み寄る努力を怠っていたと思われたらそれは心外である。
長年に亘りマリアンヌなりにクリストファーには心を砕いてきたと思う。
それでもクリストファーは無口、無表情を突き通した。
お手上げだとマリアンヌは心の中で叫び、そして。
気付いてしまった。
クリストファーには愛する女性がいる事に。
だから意に沿わぬ婚約を強いられた事に怒っての反抗であったと、憤りをどう表現したら効果的か、婚約者であるマリアンヌに無口、無表情で接する事でクリストファーなりの抵抗を試みたとしか思えなかった。
でも、マリアンヌがクリストファーに婚約破棄を告げた事でやっと気持ちの行き違いに気付いて。
互いの想いが通じ合い相思相愛の婚約者となって、今。
***
「マリアンヌ?」
クリストファーの呼び掛けに我を取り戻したマリアンヌはクリストファーに向かって満面の笑顔で応える。
キラキラと目を輝かせてクリストファーを見詰めるマリアンヌにクリストファーの心臓がドキリと音を立てる。
かああと頬が赤く染まっていく己に気付き、クリストファーは慌ててマリアンヌの視線から逃れる。
(はああ、マリアンヌが可愛過ぎて理性が狂わされる。
ああ、20歳まで耐えられるだろうか)
鋼の精神力で今まで自制してきたが、そろそろ限界だとクリストファーは感じていた。
気持ちが満たされたら今度は一つに結ばれたいと願うのは当たり前の感情だと自負している。
マリアンヌが欲しい。
心だけでは無く身体も、マリアンヌの全てが欲しい。
欲張りになったと己を叱咤するが、健全な男性の生理現象を考えると……。
(マリアンヌに触れたいと言えば軽蔑するだろうか?
結婚まで後、一年半……。
ああ、マリアンヌと同じ歳である事が恨めしい……)
「どうかしたの?クリストファー」
首を傾げて見詰めるマリアンヌの可愛らしい仕草にクリストファーは言葉に詰まる。
流石にマリアンヌに欲情して抱きたいとは口が裂けても言えない。
言えないけど……。
(こ、これが対なる君の呪いの現象だとは思っていないが。
ここまで自制を強いられると別の意味で呪いとしか思えない)
普段のクリストファーとは思えない冗談だ。
禁欲を強いる事自体、精神衛生上良くないと思い始めている思考が恐ろしい。
そして、つい、口を滑らせてしまう。
「ねえ、マリアンヌ……」
「なあに?クリストファー」
上機嫌でハイテンションなマリアンヌの声音に相反してクリストファーの声は何処までも低く硬い。
「……。
僕の事、好き?」
急に問われる言葉にマリアンヌはキョトンとした目でクリストファーを見つめ、そして、ぼっと頬を赤く染めて言う。
「好き……」
「僕の事、愛している?」
段々と恥ずかしいクリストファーの問い掛けにマリアンヌは頬に手を添えながら言う。
「も、もう、クリストファーのバカ!
そ、そんな恥ずかしい事を急に言われて……。
……。
愛しているわ、クリストファー。
も、もう恥ずかしくって顔から火が出そうよ!」
俯きながら恥ずかしげに答えるマリアンヌにクリストファーの理性は完全に崩壊される。
な、なんて可愛いんだ、マリアンヌとクリストファーが心の中で叫んでいるのはマリアンヌには聴こえない。
聴こえたらそれはそれで恐ろしい。
「……。
じゃあ、僕の願いを叶えてくれる?
僕が好きなら、愛しているのなら叶えてくれるよね」
大胆な質問をしていると既に思っていない。
品行方正で清廉で孤高なクリストファーは既に存在しない。
「え?
な、何なの急に。
クリストファーったら凄く真剣に何を……」
どくどくと心臓の音が騒がしい。
クリストファーの思い詰めた、ううん、違う。
「クリストファー……」
自然と名を呟いていた。
「マリアンヌ、僕は……」
すっと唇が重なる。
急に口付けをされて、そして耳元で囁かれて。
(な、何を急に。
ううん、違う、私は……)
気付いていたじゃない。
だって、ずっと、望んでいたじゃない。
クリストファーから告げられる事を。
「マリアンヌに触れたい……。
マリアンヌが欲しい」
クリストファーの告白に自然と私は頷いていた。
クリストファーの情熱的な愛の告白がマリアンヌの心を捕らえて離さない。
締まりの無い顔だと思いつつ、つい、にんまりと笑ってしまう。
(ああん、もう、クリストファーの所為で気持ちの自制が効かないわ。
嬉しさの余り表情筋に力が入らないわ)
クリストファーに気付かれると流石に恥ずかしいと思い、パシパシと両手で頬を打つ。
薄らと赤みの差す頬にくすりと笑ってしまう。
我ながら単純な思考回路だと自覚している。
でも仕方がない事だと思う。
今までずっとクリストファーに愛されていないと思っていたから……。
幼い頃からずっとクリストファーに疎まれていると思っていた。
父親同士が勝手に決めた婚約者が凡庸で美しくも無くお淑やかでも無い貴族の令嬢らしからぬ女であれば尚更だ。
貴族の令嬢の嗜みである社交で場を和ませる話術に長けている訳でも無くダンスなんて大の苦手で。
異性の心を擽る仕草や性的な魅力があるとは到底思えない姿体。
恋の駆け引きなんて以ての外。
そんな器用な性格では無いし、はっきり言って無理!
性に合わない事だもの。
そんな事よりも屋敷でお菓子を焼いたり本の世界に没頭したり庭を散策したり、時には屋敷のみんなと一緒に土いじりをして時間の流れを楽しんでいる。
泥だらけになって草むしりをする伯爵令嬢ってありかしら?とマリアンヌは時折、首を傾げてしまう。
そんなマリアンヌにクリストファーだって呆れ果てているに相違ない。
だから、ずっと無口、無表情でクリストファーがマリアンヌに接していたとしか考えられなかった。
(淑女とは到底思えない存在だわ、私って)
ふうと心の中で嘆息を洩らす。
やっぱり男性ってお淑やかで慎ましい女性が好みなのかな?
そう思うとクリストファーってかなり変わっているわ。
私が好きだなんて。
(や、やだ、また思い出して頬が……。
でもね。
気付かなかったのよね、クリストファーの気持ちに。
完璧に猫を被っていたもの。
今までのクリストファーの素振りを見て、私が好きだとはとても思えないもの)
無口、無表情のクリストファーの心情を理解しようと何度も試みたが気付けばクリストファーとの溝が深まっていた。
歩み寄る努力を怠っていたと思われたらそれは心外である。
長年に亘りマリアンヌなりにクリストファーには心を砕いてきたと思う。
それでもクリストファーは無口、無表情を突き通した。
お手上げだとマリアンヌは心の中で叫び、そして。
気付いてしまった。
クリストファーには愛する女性がいる事に。
だから意に沿わぬ婚約を強いられた事に怒っての反抗であったと、憤りをどう表現したら効果的か、婚約者であるマリアンヌに無口、無表情で接する事でクリストファーなりの抵抗を試みたとしか思えなかった。
でも、マリアンヌがクリストファーに婚約破棄を告げた事でやっと気持ちの行き違いに気付いて。
互いの想いが通じ合い相思相愛の婚約者となって、今。
***
「マリアンヌ?」
クリストファーの呼び掛けに我を取り戻したマリアンヌはクリストファーに向かって満面の笑顔で応える。
キラキラと目を輝かせてクリストファーを見詰めるマリアンヌにクリストファーの心臓がドキリと音を立てる。
かああと頬が赤く染まっていく己に気付き、クリストファーは慌ててマリアンヌの視線から逃れる。
(はああ、マリアンヌが可愛過ぎて理性が狂わされる。
ああ、20歳まで耐えられるだろうか)
鋼の精神力で今まで自制してきたが、そろそろ限界だとクリストファーは感じていた。
気持ちが満たされたら今度は一つに結ばれたいと願うのは当たり前の感情だと自負している。
マリアンヌが欲しい。
心だけでは無く身体も、マリアンヌの全てが欲しい。
欲張りになったと己を叱咤するが、健全な男性の生理現象を考えると……。
(マリアンヌに触れたいと言えば軽蔑するだろうか?
結婚まで後、一年半……。
ああ、マリアンヌと同じ歳である事が恨めしい……)
「どうかしたの?クリストファー」
首を傾げて見詰めるマリアンヌの可愛らしい仕草にクリストファーは言葉に詰まる。
流石にマリアンヌに欲情して抱きたいとは口が裂けても言えない。
言えないけど……。
(こ、これが対なる君の呪いの現象だとは思っていないが。
ここまで自制を強いられると別の意味で呪いとしか思えない)
普段のクリストファーとは思えない冗談だ。
禁欲を強いる事自体、精神衛生上良くないと思い始めている思考が恐ろしい。
そして、つい、口を滑らせてしまう。
「ねえ、マリアンヌ……」
「なあに?クリストファー」
上機嫌でハイテンションなマリアンヌの声音に相反してクリストファーの声は何処までも低く硬い。
「……。
僕の事、好き?」
急に問われる言葉にマリアンヌはキョトンとした目でクリストファーを見つめ、そして、ぼっと頬を赤く染めて言う。
「好き……」
「僕の事、愛している?」
段々と恥ずかしいクリストファーの問い掛けにマリアンヌは頬に手を添えながら言う。
「も、もう、クリストファーのバカ!
そ、そんな恥ずかしい事を急に言われて……。
……。
愛しているわ、クリストファー。
も、もう恥ずかしくって顔から火が出そうよ!」
俯きながら恥ずかしげに答えるマリアンヌにクリストファーの理性は完全に崩壊される。
な、なんて可愛いんだ、マリアンヌとクリストファーが心の中で叫んでいるのはマリアンヌには聴こえない。
聴こえたらそれはそれで恐ろしい。
「……。
じゃあ、僕の願いを叶えてくれる?
僕が好きなら、愛しているのなら叶えてくれるよね」
大胆な質問をしていると既に思っていない。
品行方正で清廉で孤高なクリストファーは既に存在しない。
「え?
な、何なの急に。
クリストファーったら凄く真剣に何を……」
どくどくと心臓の音が騒がしい。
クリストファーの思い詰めた、ううん、違う。
「クリストファー……」
自然と名を呟いていた。
「マリアンヌ、僕は……」
すっと唇が重なる。
急に口付けをされて、そして耳元で囁かれて。
(な、何を急に。
ううん、違う、私は……)
気付いていたじゃない。
だって、ずっと、望んでいたじゃない。
クリストファーから告げられる事を。
「マリアンヌに触れたい……。
マリアンヌが欲しい」
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