愛のない婚約かと、ずっと思っていた。

華南

文字の大きさ
上 下
18 / 59

18話

しおりを挟む
「今頃、マリアンヌ達は……。
ふふふ」

呟きながら苦笑を洩らすセシリアにリアナは訝しげな視線を投げかける。
リアナの視線に気付いたセシリアは意味ありげな言葉を告げる。

「アンタの大切な息子は来年、父親になっているかも知れないわね」

セシリアの発言にリアナはかたんと音を立てながら、ティーカップをテーブルに置く。
普段のリアナとは思えない乱暴な仕草にセシリアはくすくすと笑う。
指先が微かに震えている。
明らかに動揺しているとセシリアは心の中で苦笑を洩らしていた。

「え?」

呆然とした表情で呟く様にセシリアは楽しげに微笑んだ。
まるで悪戯を成功させた子供の様に。

「うふふふ」

セシリアの屈託ない笑い声に、リアナはわなわなと身体を震わせるながらセシリアを睨め付ける。

「な、何をマリアンヌに言ったのよ!
ま、まさかアンタ、娘を唆したので無いでしょうね?
い、一体、何を考えているの!」

顔を青褪めガタガタと身体を震わせる罵倒するリアナにセシリアはケラケラと笑い出す。
眦に涙を浮かべ笑うセシリアにリアナは怒り心頭に発していた。

「ふ、ふざけないでよ!
私の可愛いクリストファーを世間の晒し者にするつもりなの?
じょ、冗談では無いわよ!
クリストファーはね、この18年間、真面目で品行方正でずっと生きてきたのよ!それをアンタは!
ま、マリアンヌだって婚前に身籠ったら社交界で肩身の狭い立場になるとは考えなかったの?
娘の純潔が大事では無いの?
アンタはそれでもマリアンヌの母親なの?
シャンペトル家の立場も、いいえ、クリストファーの将来を汚す事はやめて!」

生真面目で冗談が効かないリアナらしい発言だとセシリアは苦笑と共に感心していた。
流石はクリストファーの母親である。

「ふふふ、アンタの余裕の無い顔を見るのって本当に楽しいわ、リアナ。
何時もつんと澄まして気位の高いアンタが愛息子の事になると形相が変わる姿は……。
冗談よ、リアナ。
何、真剣に捉えているの?
アンタの息子がそんなご大層な問題を起こすと思っているの?」

セシリアの最後の言葉に身体をビクッとさせる。
思う所があるのだろうか?とセシリアはリアナをじいいと見詰める。

「……」

「リアナ?」

「……、マリアンヌの事になると強ち、否定出来ないわ」

(え?
アンタ、一体何を言い出しているのよ。
ここは普通、否定するのでは?)

「……」

一瞬、言葉をかけるタイミングを失ったセシリアに気付かずリアナはぶつぶつ言い出す始末。

「今まで我慢に我慢を強いてきたのよ、クリストファーは。
解るでしょう、セシリア」

ソファから立ち上がりセシリアにぐいぐいと詰め寄り直近で語り出すリアナに、セシリアはたじろいでしまう。

(ちょ、ちょっとリアナ、アンタ興奮し過ぎよ。
目が逝っちゃってるわよ。
分かっているのかな、うん、自覚は無いわね、これは)

「お上品なアンタの言葉とは思えないわよ、リアナ。
一瞬、自分の耳を疑ってしまったじゃないの。
何て生々しいのよ、その発言は」

「自分の実体験を元にして言っているだけ。
……、ライアンは暴走したわよ」

はははは、とセシリアの口からは乾いた笑い声しか出ない。

(ま、まああの旦那は暴走するわね。
結婚するまで童貞だったからねえ、ライアンは。
対なる君しか身体が反応しないと言っていたから。
でも、だからと言ってねえ。
あれでもリアナは夢見る乙女なのよ。
特に恋愛に関しては意外に純情だから)

これは拗らせたわね、

「……、で、暴走の結果、何日監禁されたのよ、初夜の日から」

興味深げに聞こうとするセシリアに今度はリアナが尻込みする。
昔からセシリアは恋愛に関して妙にリアリストだとリアナは感じていた。
変に冷めた変な女であると言うのがリアナのセシリアに対する感想であった。

「それを聞きたいの?
今更」

仄かに頬が赤く染まっている。
未だにこう言う事に恥じらいを持つあたり、リアナはやっぱり根が乙女である。
自分とは大違いだ、多分……。

「そう、今更」

「……、ふん、い、一週間よっ!」

半分ヤケクソに言うリアナの表情は羞恥と怒りが入り混じっていた。

「あらら、負けてしまったわ。
まあ、ライアンたら頑張ったのね。
凄いわ。
流石は対なる君の魔力と言うか……。
やっぱり体力の差かしら?
ロベルトの方が持久力が無かったと言う訳ね」

「そ、そんな問題じゃ無いわよ!
い、異常だわ、無垢なる処女に何て事をするの?
泣いて赦しを乞うても、一切、手加減無しで暴走しまくって!
気を失っても抱かれている、意識が戻っても蜜月だからと言って部屋から一歩も出してくれない。
身体中に鬱血と汗と互いの……、な、何て言葉を言わせるのよ。
ああ、今、思い出しても悍ましい限りだわ。
け、ケダモノよ、ライアンは。
清廉で寡黙で凛々しいって世間ではそう評されているけど、中身は野蛮のただの変質者よ」

捲し立てるリアナの目は血走っており怒りが収まる気配を感じない。
普段からリアナの機嫌を損ねているのだろう、特に夫婦生活で。
相当に鬱憤が溜まっているのねとリアナと心の中で深い嘆息を洩らしていた。

「凄い言われようね、ライアン。
リアナ一筋なのになんだか可哀想だわ。
盲目的な愛を捧げているじゃ無いの」

セシリアの言葉にリアナの口が閉ざされる。
あれだけ感情を露わにし柳眉を顰めていたリアナの打って変わっての萎れた様子に戸惑いを隠せない。
何処か物悲しげな表情にセシリアはリアナの苦悩を垣間見た。

「……、それは私がライアンの対なる君だから、よ。
ライアンにとって私の存在はそれ以上でもそれ以下もないわ……」

「リアナ……」

「アンタもそう思っているんでしょう?セシリア」

急に問われるリアナの言葉にセシリアは、咄嗟に返答する事が出来なかった。
言葉に窮した、これがセシリアの本音である。

「……」

「だからマリアンヌとクリストファーとの婚約を反対したんでしょう?
その気持ち、理解出来るわよ。
私だってアンタと同じ立場なら……」

「リアナ」

寂しげに微笑むリアナ顔は正にクリストファーの母親としての表情であった。
息子を誰よりも慈しむ母親の情を秘めた……。

「私はクリストファーが大切なの。
愛する息子が対なる君を得られないと原因不明の病に犯され命を落とすと聞かされたら、正常な精神を保てると思う?
マリアンヌが対なる君と知った途端、クリストファーの命の保証は保たれたと心の中で安堵し涙を流したわ。
ふふふ、セシリア、私って最低な女でしょう?
アンタに嫌な女と思われても当然だと思うし、罵倒されても当たり前だと思っている。
だって私はクリストファーの母親だから……。
息子が生き長らえるんなら何だってするわ。
でもね」

ふと、視線をセシリアの方に向ける。
静けさを称えたリアナの目は真摯でありセシリアの心に強く訴えていた。

「クリストファーは、それを望まなかった」

「……」

「クリストファーが私に言ったのよ。
自分はマリアンヌの事が好きだけど対なる君だから好きだと思われたくないって。
マリアンヌ自身が好きなのに、それはマリアンヌに対して失礼だと言ってね。
そして自分の想いも対なる君の血の呪いで好きなんだと思いたくないとね。
私、マリアンヌは素晴らしい相手と婚約したと心から思ったわ。
クリストファーは自らの血の宿命に対抗しようとしている。
ロベルトとは違う、運命を受け入れるのではなく、運命に逆らおうとしている。
それはマリアンヌに真実の愛を抱いているから」

「セシリア」

「だからクリストファーはマリアンヌに語ろうとしなかったの。
話せばマリアンヌに対する想いが溢れて気持ちを抑える事が出来ない。
愛しているのに、マリアンヌが自分の対なる君だと知られたら自分の愛を否定される。
それ程哀しい事は無いとクリストファーは言ったのよ」

セシリアの言葉にリアナは苦笑を洩らす。
息子の揺るぎない言葉が何処か誇らしげである。
そんなリアナの母親とした表情にセシリアは眩しげに目を細めた。

「私にも念を押されたわ。
マリアンヌには対なる君の事を一切、話さないでくれとね。
マリアンヌは今も知らないのね、自分がクリストファーの対なる君だと言う事を……」

リアナの言葉にセシリアはくすくすと笑い出す。
セシリアの笑い声にセシリアの意図を察したリアナが同じく苦笑を洩らした。

「ふふふ、知っても知らなくてもマリアンヌはクリストファーに恋をしたわ。
愛したと思うわ」

「セシリア」

「クリストファーだから恋をしたと絶対、マリアンヌは言うわ。
対なる君の事を知っても、ね」

「そうね」

「だから今回の事は目を瞑っていて、リアナ。
マリアンヌがやっと自分の気持ちに気付いてクリストファーと対峙したいと言っているから」

「まあ、今回だけよ」

「取り敢えず、部屋の鍵は開けておくように伝えているから」

ふんと顔を逸らしたリアナの眦に涙が滲んでいた事に、セシリアは気付いたが敢えて触れなかった。

マリアンヌも大人になろうとしている。
自分の元から羽ばたいて、そして。

(私も踏み出さないといけない……)

私だけでは無くリアナも。
対なる君の呪いがもし解けたなら、私とリアナは……。

私はロベルトと。

これは予感。
きっとマリアンヌとクリストファーは対なる君の呪いに打ち勝つ事が出来る。
そう信じている。

その時、私は……。

マリアンヌ。

私は、私の未来を求めて生きて行くわ。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...