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5話

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(ああ、極楽だったわ……。
今日の入浴は最高だった。
心も身体も癒されてスッキリしたわ。
身体は軽いし気持ちも浮上してきたし、入浴剤の効果覿面ね。
本当に良い仕事している。
今日の入浴剤は発汗作用のあるバスソルトに何種類ものハーブがブレンドされているのね。
えっと、ゼラニウムにクラリセージ、そしてパルマローサとローズ?
ここまでは分かるけど、後は……)

何時も誰が入浴剤のブレンドをしているのかしら?
屋敷の皆に聞いてみても、誰一人言葉を濁して教えてくれない。
何故か生温い目で見られ曖昧な返事をされてそれ以上問う事が出来ない。
屋敷で取引を行っている業者から仕入れているとは到底思えない。

だって、私の体調とメンタルに合わせて毎回、調合されているから。
今日のハーブだって尖った神経が鎮静されるハーブがブレンドされていて、凄く気持ちが軽くなったもの。

(子供の頃は余り深くは考えなかったけど。
一体、いつからハーブ入りの入浴剤がバスタブに浸かっていたかしら?)

多分それは……と思った途端、睡魔が急に襲ってきた。
今日一日、神経をかなり酷使した所為で安眠効果のあるハーブが作用し始めたのだろう。
こてんと枕に頭を深く沈める。

うーん、気持ち良い。
何も考えず深く眠れそう。
今日あった事は全て忘れて……。
そう、鬱々とした気持ちも、クリストファーに対するモヤモヤとした感情も……。

***

カーテンの隙間から光が差し込んでくる。
寝ぼけた思考で起き上がる。

(今日はクリストファーのお屋敷に行く日だっけ……)

昨日の今日だから、正直行きたくない。
だって昨日のクリストファーったら、いつにも増して表情筋を硬直させ、私を鋭い目で見据えていたもの。
なんか居た堪れなかったのよね。
不機嫌極まり無いオーラを醸し出し無口さに磨きを掛けていたから。

あ、でも、一応、言葉を発したっけ。
昨日の言葉は確か、「帰るぞ」と後は久々に名を呼ばれた。
ただそれだけ。
それでも珍しいと思う私達の関係って……。

……。

やめよう、これ以上考えるのは。
虚しくなるから。

(こんな気持ちの時にリラックス効果のある紅茶って……)

何種類もある紅茶缶を手に取り、選別しながら準備を整える。

毎月一回、互いの家を婚約が決まった時から行き来を行なっている。
幼い頃は頻繁に互いのお屋敷に行き来していたけど年頃になるに連れて、私もクリストファーも時間が合わなくなり1ヶ月に一回のペースとなったが。

(でも不思議な事に互いの屋敷の訪問日は、お母様もおば様も寝込まれるのよね。
一昨日、久々におば様の訪問があって言い争ったその日の夜。
おば様との言い争いがヒートアップした所為でお母様ったら、夜には体調を崩されて寝込まれたのよね。
幼い頃から度々あるので心配で見舞おうとしたら、周りが私をやんわりと制して。
高熱が続いて体調不良だから私の見舞いが逆にお母様の神経に差し障るからと言って)

子供の頃は素直に信じたけど、最近、ちょっと疑問に思ってしまうのよね。
お母様もおば様もそんなにお身体が弱かったかしら……。

もしかして……。

まさか、ねえ。

……。

(や、やだ、マリアンヌったら、はしたない。
な、何、耳年増な妄想を抱くのよ。
確かにお母様は未だにお若くて綺麗だけど、でも、それって)

夫婦仲は……、微妙な筈よ、多分。

私とクリストファーの両親って。
私達と同じく愛の無い婚約をもすっ飛ばしての婚姻だもの。
幼い頃からお母様に散々聴かされたわ。
お父様との婚姻が決まった時点で既にウェディングドレスが仕上がっていて、抵抗するにも外堀を固められて逃れる事が出来なかったと。
余りにも身勝手な婚姻に腹を立てたお母様もおば様も式の夜、逃亡を図ろうとして、そして……。
それ以上の事は流石に言葉を濁されたわ。

きっと散々な目にあったに違いないわ。

……。

その所為かしら。
私とクリストファーとの婚姻を何が何でも阻止したいと言う気持ちが強いのは。

心無い婚姻を強いられた己の立場と父親同士が勝手に決めたクリストファーとの婚約に嘗ての自分が重なって娘である私には同じ思いを味合わせたくないと思われたのね。

母親の心情が勝っての愛ある行為と思いましょう……。

でもお母様ったら。

一体、お父様の何処がご不満なのかしら。

未だに衰えない美貌。
娘の目からしてもかなりの美男である。
若かりし頃はクリストファーのお父様と社交界で令嬢達からの人気を二分する程モテていたと聞き及んでいる。
でも、お母様もおば様も他の貴公子にご執心で全く関心が無かったと。
私と同じく好みの顔では無かったのかな?

繊細で優美な顔にヘーゼルの瞳は少したれ気味で優しげであり淡い栗色の髪は日に当たると金色に輝くお父様は、今でも色褪せる事のない美貌でご婦人方を魅了している。

でも、何故かお母様一筋なのよね。
政略結婚の筈なのに……。

きっとお父様の一目惚れだったのね。
気が強くてもお母様は曲がった事が大っ嫌いな方だから。
実の娘にも間違った事に関しては手厳しいけど、愛情深いし、とても優しいもの。

だから密かに憧れるの。
お父様とお母様の馴れ初めに。

愛がない婚姻でもあれだけ深く愛されるお母様って誰よりも幸せでは?

(そ、そうよ。
浮気もしない、あれだけの美貌に愛妻家で娘にも深い愛情を注いでいる。
なんて贅沢なの!お母様ったら。
お父様の何処がご不満なの!
私なんて、私なんて……)

駄目だ、私……。
本当に我慢の限界なんだ。

きっと、の存在が、今まで抑圧されていた気持ちに火を灯したのね。

だって、彼女には微笑んでいたもの。
私には一切、笑った顔なんて見せた事もない。
会話すら、無い……。

何を彼女と話していたの?
何を楽しげに語っていたの?

彼女には自分の事を語っているの?

私は……。

クリストファーにとって、私は父親同士が勝手に決めた婚約者。

それ以上でもそれ以下でもないのは、充分、理解している。

私を気に入っていると言う言葉もクリストファーのお父様の勘違いであって、私には到底、そう思えない。

ぽろり。

や、やだ、涙が勝手に出ている。

どうして泣いているの?
どうして涙が止まらないの?

ああ、私、悔しいんだ。
悔しくて、惨めで涙が止まらないんだ。

そうよ、マリアンヌ。
きっと、そう。

クリストファーに愛されないから泣いているなんて、そんなの、気の迷いとしか言えないから……。
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