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「ねえ、クリストファー様。
貴方に相応しくない婚約者がずっと、私達を見詰めているわ」
クスクスと嗤いながらクリストファーの腕に絡もうとするコゼットに、クリストファーは無言でコゼットの腕を払い除ける。
クリストファーの冷ややかな視線に一瞬たじろぐが、気を取り直してコゼットは媚態を振り撒く。
「ねえ、私との婚約を結ぶ方がクリストファー様の為になるとは思われないの?」
「……」
「侯爵家の令嬢である私こそが、クリストファー様に相応しいのでは」
「婚約者をこれ以上、一人にさせる事は出来ない。
失礼する」
「クリストファー様……」
クリストファーに相手にされない苛立ちに、コゼットの顔が歪む。
目鼻立ちの整った華やかで美しく、格式高い侯爵家の一人娘であるコゼットは貴公子達の好奇の的であった。
だが、コゼットの人となりを垣間見た途端、貴公子達はコゼットに対しての興味を一気に失ってしまった。
古き家柄に相応しい、気高い品性を持ち合わせた令嬢であるかと言えばそうでは無く、自尊心が高く自信過剰で自己主張が激しい、全てが思い通りにならないと気が収まらないと言う果てしなく我儘な令嬢である事に貴公子達は難色を示していた。
そして、そのコゼットが今、一番執心している人物がクリストファーである。
貴公子達の中でも際立った美貌で目を奪うクリストファーに、コゼットは一目見た時から激しく心を揺さぶられた。
(まあ、なんて素敵な方かしら。
あの方の側には私が相応しい。
そうよ、この社交界で一番、美しい私が……)
それなのに……。
クリストファーには既にマリアンヌと言う婚約者が存在する。
美貌も家柄も己よりも格下のマリアンヌが……。
(何故、あんな貧相な顔の娘がクリストファー様の婚約者なの!
私の方が遥かに相応しいのに、何故!)
ぎりりと歯を食いしばり、コゼットはマリアンヌの元に向かうクリストファーに切なげな視線を注ぐ。
心の内にマリアンヌに対する憎しみの炎を激らせながら。
***
「帰るぞ」
煌びやかで重苦しい社交の場に辟易していたマリアンヌは、ひっそりと片隅にあるソファに腰掛け、休憩していた。
マリアンヌの性格を熟知しているのか、クリストファーはすかさずマリアンヌの元に向かい、そのままこの場を退出する事を促す。
「クリストファー?」
追い立てる様にマリアンヌの手を取るクリストファーの表情はいつに無く険しい。
自分の名を呼んだ時の声音も何時もより低音である。
(何かあったのかしら?
声のトーンが明らかに低い。
機嫌を損ねる事態が生じたのね、きっと)
余り感情を露わにしないクリストファーの、微かな声音の変化で感情を読み取る事が出来るのは幼い頃からの付き合いが物語っている。
思い巡らしても幼い頃からクリストファーと会話らしい会話など、余りした試しが無かった。
父親から婚約者だと初めてクリストファーを紹介された時にも、挨拶をし、互いの名を告げて後の会話は一切、無かった。
親交を深める為にと庭園を案内する事を父親に勧められて2人で散策し始めても、クリストファーはずっと黙りであった。
歩きながら、チラチラとクリストファーに視線を注ぐが一向に反応が無い。
(ど、どうしよう。
無言をずっと突き通されたら、私はどうしたらいいの?)
半分、心の中で泣きそうになった。
半端なく綺麗な顔立ちの男の子。
こんな綺麗な男の子が自分の婚約者。
顔が好みでは無くても、気持ちがときめかなくても、でも、いつかはこの男の子が旦那様になる訳で。
(さ、最初だから話しづらくって、黙っているのよ、きっと。
何度か会っていたら自然と打ち解ける様になるって。
そうよ、マリアンヌ!
あの、おじ様の子息だもの。
きっと本来は優しくて思いやりのある子に違いないわ)
年頃の気恥ずかしさが優って上手く会話が出来ないのかとその時は勝手に解釈していたが、会う回数が増えるに連れてマリアンヌは段々と悟ってきた。
クリストファーは余り自分の感情を出す事を由と思わない、孤高な精神を抱く、ううん、とんでもなく気位が高く気難しい性格では無いかと。
そして心の中で一つの答えに辿り着いた。
自分がクリストファーの美貌に一切興味を抱く事がない様に、クリストファーもマリアンヌの容姿や、性格に、いいや、それ以上にマリアンヌに対して全く関心を抱いては無いかと言う結論を出したのであった。
(父親同士が勝手に決めた婚約者に愛情なんて持てる訳無いでしょう。
最初から愛情を抱かれる要素なんて、私には、一切、無いんだもの。
……。
何を期待しているの、マリアンヌ。
自分の容姿を客観的に見て、クリストファーの心を掻き乱す存在になり得ると思っている訳?
クリストファーの側にいても遜色の無い美貌だと言えるの?
鏡をよく見て分かるでしょう?
淡い栗色の髪に、暗い焦げ茶の瞳。
地味で印象の残らない容姿に、優美で女性らしい繊細な性格でも無く、際立った才能すら持ち得ない平凡以下の私に、クリストファーが魅力を感じるとは到底思えない。
何を以て自惚れているの?
クリストファーに愛される存在だと思えないでしょう。
ふふふ、馬鹿なマリアンヌ。
愛があっての婚約なんて、最初から期待する方がおかしいのだから……)
貴方に相応しくない婚約者がずっと、私達を見詰めているわ」
クスクスと嗤いながらクリストファーの腕に絡もうとするコゼットに、クリストファーは無言でコゼットの腕を払い除ける。
クリストファーの冷ややかな視線に一瞬たじろぐが、気を取り直してコゼットは媚態を振り撒く。
「ねえ、私との婚約を結ぶ方がクリストファー様の為になるとは思われないの?」
「……」
「侯爵家の令嬢である私こそが、クリストファー様に相応しいのでは」
「婚約者をこれ以上、一人にさせる事は出来ない。
失礼する」
「クリストファー様……」
クリストファーに相手にされない苛立ちに、コゼットの顔が歪む。
目鼻立ちの整った華やかで美しく、格式高い侯爵家の一人娘であるコゼットは貴公子達の好奇の的であった。
だが、コゼットの人となりを垣間見た途端、貴公子達はコゼットに対しての興味を一気に失ってしまった。
古き家柄に相応しい、気高い品性を持ち合わせた令嬢であるかと言えばそうでは無く、自尊心が高く自信過剰で自己主張が激しい、全てが思い通りにならないと気が収まらないと言う果てしなく我儘な令嬢である事に貴公子達は難色を示していた。
そして、そのコゼットが今、一番執心している人物がクリストファーである。
貴公子達の中でも際立った美貌で目を奪うクリストファーに、コゼットは一目見た時から激しく心を揺さぶられた。
(まあ、なんて素敵な方かしら。
あの方の側には私が相応しい。
そうよ、この社交界で一番、美しい私が……)
それなのに……。
クリストファーには既にマリアンヌと言う婚約者が存在する。
美貌も家柄も己よりも格下のマリアンヌが……。
(何故、あんな貧相な顔の娘がクリストファー様の婚約者なの!
私の方が遥かに相応しいのに、何故!)
ぎりりと歯を食いしばり、コゼットはマリアンヌの元に向かうクリストファーに切なげな視線を注ぐ。
心の内にマリアンヌに対する憎しみの炎を激らせながら。
***
「帰るぞ」
煌びやかで重苦しい社交の場に辟易していたマリアンヌは、ひっそりと片隅にあるソファに腰掛け、休憩していた。
マリアンヌの性格を熟知しているのか、クリストファーはすかさずマリアンヌの元に向かい、そのままこの場を退出する事を促す。
「クリストファー?」
追い立てる様にマリアンヌの手を取るクリストファーの表情はいつに無く険しい。
自分の名を呼んだ時の声音も何時もより低音である。
(何かあったのかしら?
声のトーンが明らかに低い。
機嫌を損ねる事態が生じたのね、きっと)
余り感情を露わにしないクリストファーの、微かな声音の変化で感情を読み取る事が出来るのは幼い頃からの付き合いが物語っている。
思い巡らしても幼い頃からクリストファーと会話らしい会話など、余りした試しが無かった。
父親から婚約者だと初めてクリストファーを紹介された時にも、挨拶をし、互いの名を告げて後の会話は一切、無かった。
親交を深める為にと庭園を案内する事を父親に勧められて2人で散策し始めても、クリストファーはずっと黙りであった。
歩きながら、チラチラとクリストファーに視線を注ぐが一向に反応が無い。
(ど、どうしよう。
無言をずっと突き通されたら、私はどうしたらいいの?)
半分、心の中で泣きそうになった。
半端なく綺麗な顔立ちの男の子。
こんな綺麗な男の子が自分の婚約者。
顔が好みでは無くても、気持ちがときめかなくても、でも、いつかはこの男の子が旦那様になる訳で。
(さ、最初だから話しづらくって、黙っているのよ、きっと。
何度か会っていたら自然と打ち解ける様になるって。
そうよ、マリアンヌ!
あの、おじ様の子息だもの。
きっと本来は優しくて思いやりのある子に違いないわ)
年頃の気恥ずかしさが優って上手く会話が出来ないのかとその時は勝手に解釈していたが、会う回数が増えるに連れてマリアンヌは段々と悟ってきた。
クリストファーは余り自分の感情を出す事を由と思わない、孤高な精神を抱く、ううん、とんでもなく気位が高く気難しい性格では無いかと。
そして心の中で一つの答えに辿り着いた。
自分がクリストファーの美貌に一切興味を抱く事がない様に、クリストファーもマリアンヌの容姿や、性格に、いいや、それ以上にマリアンヌに対して全く関心を抱いては無いかと言う結論を出したのであった。
(父親同士が勝手に決めた婚約者に愛情なんて持てる訳無いでしょう。
最初から愛情を抱かれる要素なんて、私には、一切、無いんだもの。
……。
何を期待しているの、マリアンヌ。
自分の容姿を客観的に見て、クリストファーの心を掻き乱す存在になり得ると思っている訳?
クリストファーの側にいても遜色の無い美貌だと言えるの?
鏡をよく見て分かるでしょう?
淡い栗色の髪に、暗い焦げ茶の瞳。
地味で印象の残らない容姿に、優美で女性らしい繊細な性格でも無く、際立った才能すら持ち得ない平凡以下の私に、クリストファーが魅力を感じるとは到底思えない。
何を以て自惚れているの?
クリストファーに愛される存在だと思えないでしょう。
ふふふ、馬鹿なマリアンヌ。
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