まるでシンデレラの姉の様に

華南

文字の大きさ
上 下
16 / 22

16

しおりを挟む
瞳との会話を終えた慧は、直ぐさまシャワーを浴び、着替えを済ませ瞳のアパートへと車を走らせた。
昨日と打って変わり慧の心は晴れやかであった。

あれだけ美夜との仲睦ましい様に嫉妬の炎を滾らせていた慧が、今は瞳の心をどう奪うかそのことだけに囚われている。

(ああ、瞳、君を早くこの手に抱きたい。
比沙子さんが浮かべていた笑みを君からも引き出したい……)

誰よりも敬愛していた比沙子。
自分の母親とは違う、比沙子は本当の意味で聖女の如く清らかであった。
瞳の父親に騙されて陥ってしまった比沙子。
哀れな比沙子。

それも全て自分が原因。
母の欲望の為に比沙子は人生を犠牲にした。
父の裏切りによって比沙子は愛を失った。
家族も華やかな生活も、そして命すら。

ただ一人の忘れ形見である瞳を幸せにしないといけない。
自分は瞳を幸せにする義務がある。
権利がある。

瞳は自分に愛されるべき、存在なんだ……。

うっとりと瞳の顔を浮かべ慧は微笑んでいた。
これから先、瞳は自分の事を愛するようになるだろう……。

あの、義理の姉である美夜と言う女よりも、自分の事を慕い信じ、そして愛し。
自分と言う存在が瞳の全てになる。

そう、瞳には自分だけがいればいい。
それ以上の存在は邪魔なだけ。

綺麗な箱庭で君を愛してあげる。
誰よりも幸せにする。

もう、離さない!

慧の目に狂気の炎が宿る。
愛する少女が自分に零れんばかりの微笑を浮かべる事を信じて。

***

その頃瞳は慧との会話を終え、自分の行った大胆な行動に身体を震えさせていた。
昨日、初めて会話を交わした人物にバイトを紹介してもらうなんて、余りにも浅はかではなかっただろうか?と冷静になって考えていたが、慧のあの真摯で優しい声音に心が揺れる。

母親の日記に挟まれていた写真の男性に良く似た慧。
まるで物語に出る様な整った美貌の慧に嘆息が零れたのも事実だった。

それ以上に瞳の心に慧が刻まれたのは、自分を欲望の好色の目で見なかったからであった。
素のままの自分が、どれだけ異性の目に付くかは、年頃になって気付いていた。

身体が成長するにつれて、瞳の美しさに仄かに女性の色香も備わってきた。
清楚な中に匂い立つ女性の甘やかな薫り。
それが男の欲望を掻き立てるのを本能的に悟っていた。

だから目立たない様に自分を律した。

「松室さん……」

彼は本当の自分を見つめてくれるであろうか…?

あの真摯に自分を心配して、美夜を批判した慧。
最初、美夜に声を荒立てる慧に怒りを覚えた。
何も知らない美夜を傷つけるのは許さない。
ただ一人、自分を大切に想い家族として愛してくれる美夜を……。

なのに、何故だろう?

あの必死になって美夜に意見する慧が心を離さなかった。
今まで自分にとって父と美夜だけが信じられる存在であった。
皆、母に似た美貌を持つ自分に同性は敵意を示していた。
男達は自分をまるで品定めする様な下品な眼差しで見ていた。

初めてだった。
自分に対してあれだけ感情を露にして心配してくれた異性は。
あの腕に抱かれた時に感じたときめきと、そして安心感。

父を亡くして初めて異性の暖かさに触れた。

心が大きく跳ね上がる。

「慧さん……」

だんだんと膨れ上がる慧に対する信頼感。
多分、彼は自分に対して裏切る事はしない。
何故か、そう思えて仕方が無い。

母の日記を読んだからからであろうか?
真摯に心配していた目を見つめてからであろうか?

彼は本当の私を見てくれるのだろうか……。

(シンデレラ……。
王子様に出会って本当の自分を取り戻したシンデレラ。
王子様に愛されて幸せになったシンデレラ。
私にも何時か、シンデレラの様に自分を心から愛してくれる存在に出会うのかしら)

一瞬、瞳の目に涙が滲む。

誰かに大切に想われたい。
自分を愛してくれたのは亡くなった父と美夜だけ。

美夜が自分の側に居てくれたらそれだけで幸せだと思った。
今もそう思う。

だけど……。

ふと、見せる美夜の哀しい微笑み。
あの笑みが何を語っているかは解らない。
父を亡くして美夜は静かに泣いていた。
感情を押し殺す美夜の涙に、瞳は父に対して、美夜の深い想いに気付いていた。

触れたらいけない美夜の聖域。
多分、自分が入り込める事が出来ない美夜の心。

美夜は瞳を大切にしてくれる。
ただ一人の家族として愛してくれる。

だけど、本当に美夜が心を奪われているのは父だけ。

我侭なのかも知れない。
贅沢なのかも知れない。

だけど、その人にとって自分がただ一人の存在として愛されたい。
本当の自分を見つめ愛して欲しい……。

自分の存在が寂しいと思った。
誰かに深く愛されたい。

瞳を瞳として見てくれるただ一人の存在に出会いたい!

舞踏会で忘れたガラスの靴。
自分の存在を示すガラスの靴を頼りに王子様はシンデレラの捜し当てた。
真実の愛で灰かぶりのシンデレラを生涯の伴侶として愛した……。

物語の様な恋をしたい訳ではない。
ただ、誰かに深く愛されたかった。
父が亡くなった事で心の中に出来た深い空洞を包み込む様な深い愛に満たされたいと思った。

「誰か私を心から愛して……」

願う言葉が自然と零れる。
その言葉に瞳は静かに涙を流した……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

救助隊との色恋はご自由に。

すずなり。
恋愛
22歳のほたるは幼稚園の先生。訳ありな雇用形態で仕事をしている。 ある日、買い物をしていたらエレベーターに閉じ込められてしまった。 助けに来たのはエレベーターの会社の人間ではなく・・・ 香川「消防署の香川です!大丈夫ですか!?」 ほたる(消防関係の人だ・・・!) 『消防署員』には苦い思い出がある。 できれば関わりたくなかったのに、どんどん仲良くなっていく私。 しまいには・・・ 「ほたるから手を引け・・!」 「あきらめない!」 「俺とヨリを戻してくれ・・!」 「・・・・好きだ。」 「俺のものになれよ。」 みんな私の病気のことを知ったら・・・どうなるんだろう。 『俺がいるから大丈夫』 そう言ってくれるのは誰? 私はもう・・・重荷になりたくない・・・! ※お話に出てくるものは全て、想像の世界です。現実のものとは何ら関係ありません。 ※コメントや感想は受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ただただ暇つぶしにでも読んでいただけたら嬉しく思います。 すずなり。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...